『天空の城ラピュタ』の中で、パズーは「空に浮かぶ島」を書いた人物としてジョナサン・スウィフトの名を挙げます。スウィフトが1726年に発表した『ガリヴァー旅行記』第3部には、巨大な島が空を移動する国「ラピュタ」が登場します。
原作のラピュタには王と宮廷が暮らし、地上の国バルニバービを空から治めています。つまり、ラピュタは空飛ぶ王宮であり、国の政治を動かす中心でもありました。島を動かす技術は、天文学や数学の成果である一方、反抗する都市から日光と雨を奪い、石を落とす武器にも使われます。
宮﨑駿監督は、空に浮かぶ宝島を構想する中で『ガリヴァー旅行記』を思い出し、島の名を借りたと語っています。名称と「空から地上を支配できる島」という発想には共通点があります。ただし、映画の登場人物や物語、飛行石、失われた文明、樹木に覆われた庭園は、映画のために新しく作られたものです。

スウィフトが『ガリヴァー旅行記』に込めた風刺
ジョナサン・スウィフトは、1667年にアイルランドのダブリンで生まれた聖職者・作家です。政治や社会を鋭く観察し、1726年に『ガリヴァー旅行記』を刊行しました。
現在では子ども向けの冒険物語としても親しまれていますが、原文は政治、宗教、戦争、植民地支配、学問、そして人間の思い上がりを笑いによって批判する風刺文学です。ガリヴァーが訪れる奇妙な国々は、遠い異世界であると同時に、当時のイギリスとヨーロッパを映す鏡でもありました。
第1部の小人国リリパットでは、宮廷の出世競争や宗派対立が、ばかばかしいほど小さな争いとして描かれます。第2部の巨人国では、ガリヴァーとヨーロッパ文明が外側から見直されます。第3部にはラピュタ、バルニバービ、ラガード、グラブダブドリッブ、ラグナグ、日本が登場し、学問と権力、過去への憧れ、不老不死への欲望が次々と風刺されます。
ラピュタの物語で問われるのは、奇妙な科学装置そのものだけではありません。その知識を誰が持ち、誰の暮らしに影響を与え、どのような目的で使うのかが重要なテーマになっています。

原作のラピュタはどんな島だったのか
ガリヴァーが第3の航海で見上げたラピュタは、ほぼ円形をした空飛ぶ島です。原文には直径7837ヤード、約4.5マイル、厚さ300ヤードと、細かな寸法まで記されています。底面は硬い物質で覆われ、その上に鉱物の層と土が重なり、都市や宮殿、庭園が造られています。
島を動かすのは、中心部に据えられた巨大な磁石です。磁石の向きを変え、地面との引力と反発力を利用することで、島は上昇、下降、斜め方向への移動ができます。ただし、動ける範囲は王が支配するバルニバービの上空に限られます。どこへでも飛んでいける乗り物ではなく、領土の上を巡る空飛ぶ王宮です。
ラピュタの上流階級は、数学と音楽に夢中です。服の寸法から料理の形まで幾何学で表し、会話の途中でも考え事に沈み込みます。あまりに周囲が見えなくなるため、口や耳を軽くたたいて注意を戻す係まで付き添っています。
彼らは高度な計算や天文学を扱えるのに、会話や衣服、建物、日々の判断では失敗を重ねます。スウィフトはこの落差を通して、知識が人間の感覚や暮らし、他者との対話から離れていく姿を笑いに変えました。
空飛ぶ島は王の統治装置だった
ラピュタの王は、地上のバルニバービを空から統治します。都市が王に逆らうと、その真上へ島を移動させ、巨大な影で日光を遮ります。雨も地上へ届かなくなるため、農作物や人々の暮らしは大きな打撃を受けます。
それでも抵抗が続けば、島の下から石を落とします。最後の手段は、島そのものを都市の上へ降ろし、建物と住民を押しつぶすことでした。ラピュタは、空を飛ぶ不思議な島であると同時に、王が地上を従わせるための巨大な兵器でもあります。
王と宮廷は地上の住民から遠く離れた場所にいます。相手の顔や暮らしを間近に見ることなく、日光や雨を奪い、石を落とせます。空と地上の位置関係が、そのまま支配する側と支配される側の関係になっているのです。
ところが、都市リンダリーノの住民は空からの支配に抵抗しました。塔の上に強力な磁石を置き、近づいてきた島を地上へ引き寄せる準備をしたのです。島が降下すると予想外に強い引力が働き、王は都市を押しつぶせなくなりました。住民は王に要求を認めさせます。
この反乱によって、圧倒的に見えたラピュタの技術にも限界があることが分かります。島は地上の磁力や地質の影響から逃れられません。都市を押しつぶそうとすれば、王宮である島そのものも危険にさらされます。空の兵器は、地上の人々が同じ自然法則を利用することで止められました。
ラピュタとラガードが映す科学の危うさ
ラピュタを離れたガリヴァーは、地上国バルニバービの首都ラガードへ向かいます。そこで訪れる「ラガードの学士院」は、さまざまな研究計画を進める施設です。ラピュタは王と数学者たちが暮らす空飛ぶ王都、ラガード学士院は地上にある研究機関で、二つは別の場所です。
学士院の研究者たちは、キュウリから太陽光を取り出す、排泄物を元の食べ物へ戻す、屋根から下へ向かって家を建てる、言葉の代わりに物を持ち歩くといった計画に取り組んでいます。どれも発想は奇抜ですが、農地や建物、人々の暮らしを豊かにはしていません。
バルニバービでは、昔からの農法や建築を捨て、新しい計画を取り入れた土地が荒れています。一方、従来の方法を守った領主の土地はよく整っています。スウィフトは研究者の奇妙な実験を笑いながら、その計画が社会へ持ち込まれた後の被害まで描きました。
17世紀後半から18世紀初頭のイギリスでは、観察や実験、天文学、力学が急速に発展しました。スウィフトも同時代の科学についてよく知っていました。そのため、ラピュタとラガードの章は「科学そのものへの嫌悪」と単純にまとめるより、現実から離れた理論、実用を装った無理な計画、知識と政治権力の結びつきへの批判として読むのが適切です。
新しさや専門性だけを理由に計画が評価されると、失敗の負担は暮らす人々へ押しつけられます。ラピュタでは知識が空から人々を支配する力となり、ラガードでは研究計画が農業や住まいを荒らしました。二つの場所は、知識を持つ人と、その結果を引き受ける人との距離を、それぞれ違う形で描いています。

『天空の城ラピュタ』は何を受け継いだのか
スタジオジブリの『天空の城ラピュタ』は、1986年8月2日に公開されました。原作・脚本・監督は宮﨑駿、プロデューサーは高畑勲です。
宮﨑監督は制作当時を振り返り、海の向こうの宝島よりも、空に浮かぶ島のほうがよいと考えたと語っています。そのとき『ガリヴァー旅行記』に空飛ぶ島があったことを思い出し、名前を調べて「ラピュタ」を企画に取り入れました。
映画が原作から借りたのは、島の名前と空飛ぶ島という発想です。登場人物、物語、文明の設定は新しく作られており、『ガリヴァー旅行記』をそのまま映画化した作品ではありません。
原作と映画には、上空から地上を圧倒できる力という共通点があります。スウィフトのラピュタは、日光と雨を遮り、石を落とし、島を降下させて都市を制圧します。映画のラピュタは、巨大なエネルギー兵器とロボット兵を備え、地上の国家を上回る軍事力を持っています。どちらの作品でも、空にいることが攻撃する側の大きな優位になります。
一方、島の設定は大きく変えられました。原作では、王と宮廷が島で暮らし、今も地上の領土を支配しています。映画の島は、人が去った廃墟です。ムスカは、そこに残された帝国の力を再び動かそうとします。
原作の巨大磁石は映画では飛行石に変わり、数学者たちの宮廷は失われた文明の中枢へ置き換えられました。原作で王に抵抗するのは都市リンダリーノの住民ですが、映画ではパズーとシータが、ラピュタの力をどう終わらせるかを選びます。
映画で特に強く描かれるのが、機械と自然が同じ島に残っていることです。城の下部には巨大な機械設備と兵器があり、上部では樹木が建物を包み、園丁用ロボットが鳥や植物を守っています。兵器の島と静かな庭園が一つの場所に重なり、文明の力を誰が何のために使うのかが物語の中心になります。
スタジオジブリの成立や、宮﨑駿・高畑勲を中心とした制作の歴史は、ジブリ誕生前から現在まで|宮崎駿・高畑勲と仲間たちがつないだアニメーション史で詳しく紹介しています。
原作と映画を比べる
| 比較項目 | 『ガリヴァー旅行記』のラピュタ | 『天空の城ラピュタ』 |
|---|---|---|
| 発表 | 1726年刊『ガリヴァー旅行記』第3部 | 1986年公開のアニメーション映画 |
| 物語の中での役割 | ガリヴァーが訪れるいくつもの土地の一つ | 登場人物たちが目指す物語の中心地 |
| 島を浮かせる力 | 巨大な磁石の引力と反発力 | 飛行石を中心とする技術 |
| 島にいる者 | 王、宮廷、数学と音楽に夢中な上流階級 | 人間は去り、園丁用ロボットと生態系が残る |
| 地上との関係 | バルニバービを今も空から統治している | かつて地上を支配した帝国の遺産 |
| 軍事力 | 日光と雨の遮断、落石、島の降下 | エネルギー兵器、ロボット兵、飛行石の力 |
| 科学と技術の描き方 | 抽象的な学問と暮らしのずれを風刺する | 技術の魅力と破壊力を同時に描く |
| 自然の役割 | 島の上に土地や庭園がある | 巨木、庭園、鳥、植物が文明の跡を包む |
| 支配への抵抗 | リンダリーノの住民が磁石と塔で抵抗する | パズーとシータが帝国の力を終わらせる |
共通しているのは、ラピュタという名前、空飛ぶ島、そして上空から地上を支配できる力です。映画はそこへ、20世紀の戦争や産業文明、失われた技術、自然の回復といった新しい要素を加えました。
二つのラピュタが描く空からの支配
スウィフトのラピュタでは、王が地上から離れた空間に暮らし、技術を使って都市の日光や雨を支配します。映画では、滅びた帝国の兵器を手にしたムスカが、地上の軍隊や国家を一気に従わせようとします。
二つの作品に共通する脅威は、兵器の強さだけではありません。力を使う者が、その影響を受ける人々から遠く離れていることも大きな問題です。空から見れば、地上の家や畑、町、人間は小さく見えます。支配する側は、被害を間近で見ずに命令を下せます。
原作では、リンダリーノの住民が島と同じ磁力を利用し、王に要求を認めさせました。映画では、王家の知識を受け継ぐシータが、支配者になる道を選びません。どちらの物語でも、絶対に見えた空の力は、地上側の知識と行動によって崩されます。
映画では、兵器と宮殿が壊れた後も、巨大樹の根、庭園、鳥、ロボットが残ります。スウィフトから受け継いだ「空からの支配」という構図に、自然と共にある技術や、文明の遺産を何に使うのかという問いが加えられました。
原典と作品資料をたどる
『ガリヴァー旅行記』のラピュタは、第3部第1章から第4章を中心に描かれています。ラガード学士院が登場するのは第5章以降です。英語原文はProject Gutenbergで全文を読めます。
映画の基本情報と公式静止画は、スタジオジブリの公式作品ページで公開されています。宮﨑監督が「ラピュタ」という名を取り入れた経緯は、『ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ』などの制作資料でたどれます。
原作を読むと、映画で短く語られるスウィフトの名が、磁石で動く島、空中の宮廷、地上への制裁、住民の抵抗を含む政治的な物語につながっていることが分かります。映画を見直すと、飛行石、軍事力、庭園、巨大樹など、原作から受け継いだ部分と映画独自の部分をよりはっきり比べられます。
まとめ
『ガリヴァー旅行記』のラピュタは、巨大な磁石で空を移動し、地上の国を上から治める王の島です。高度な数学や天文学は、島を動かす技術であると同時に、人々を従わせる武器にもなりました。地上のラガード学士院では、暮らしから離れた研究計画が農業や建築を荒らします。
『天空の城ラピュタ』は、島の名前と空から地上を支配する発想を受け継ぎ、飛行石、失われた帝国、兵器、ロボット、巨大樹の物語へ作り変えました。スウィフトが描いた知識と権力の問題は、映画では、文明の力を誰が受け継ぎ、何のために使うのかという選択へつながっています。
関連記事
参考文献・参考サイト
- Jonathan Swift, Gulliver’s Travels, Project Gutenberg
- Jonathan Swift, Gulliver’s Travels, Part III, Project Gutenberg(挿絵・章立て付き版)
- Barbara M. Benedict, “A Voyage to Laputa, Balnibarbi, Luggnagg, &c.”, The Cambridge Companion to Gulliver’s Travels, Cambridge University Press, 2023/2024
- Gregory Lynall, “Science, Empire, and Observation”, The Cambridge Companion to Gulliver’s Travels, Cambridge University Press
- Colin Kiernan, “Swift and Science”, The Historical Journal, Vol.14, No.4, 1971, pp.709–722
- スタジオジブリ「天空の城ラピュタ」
- スタジオジブリ「作品の著作権表示」
- スタジオジブリ・文春文庫編集部編『ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ』文藝春秋、2013年

