前野田向遺跡第2地点の歴史|1994年発掘の縄文早期撚糸文系土器

板橋区前野町三丁目の「前野田向遺跡第2地点」では、平成6年(1994)に縄文時代早期の土器が発掘されました。特に撚糸文(よりいともん)系の土器群は、文様や形の変化、他地域の土器との比較に役立つ資料です。出土品は「前野田向遺跡第2地点出土縄文時代遺物一括」として板橋区の有形文化財に指定されています。

都営住宅の建て替えに伴う1994年の発掘

遺跡の所在地は板橋区前野町3丁目53番付近です。平成6年、都営住宅の建て替え工事に先立って第2地点が発掘調査されました。地表では住宅地になっている場所の地下から、縄文時代早期の生活に関わる土器が見つかったことになります。

発掘調査では、出土した土器の形だけでなく、土器が埋まっていた層や位置関係も記録します。違う層の資料を比べることで、同じ地域でも道具の形や文様が変わった過程を考えられます。前野田向遺跡では、撚糸文系土器の時間的な変化を追えることが大きな特徴です。

撚糸文系土器とは

撚糸文は、撚った糸を棒などに巻き付け、その道具を土器の表面に転がして付けた文様です。細かな筋が繰り返される模様が器の外側に残ります。縄文時代早期の関東地方では、この文様を用いた土器が広く作られていました。

同じ撚糸文の土器でも、器の形、文様を付ける方向、模様の間隔などには違いがあります。こうした差を整理することで、土器が作られた時期や、ほかの地域の土器と共通する特徴を調べます。

出土品が伝える時間の変化と地域間の関係

板橋区の文化財マップでは、第2地点から出土した撚糸文系土器を、土器の時間的変遷と他地域との交流をうかがう資料として紹介しています。縄文時代の土器の変化を調べる際には、離れた地域から出土した器の文様や製法を比較します。

土器の特徴が共通している場合、人や物が移動した可能性だけでなく、製作技法が周囲に伝わった可能性も検討します。個々の土器をどこで製作したのか、どの経路で文様が広まったのかを考えるには、ほかの遺跡の調査成果も必要です。

文化財指定と前野町のほかの遺跡

出土資料は「前野田向遺跡第2地点出土縄文時代遺物一括」という名称で板橋区指定有形文化財(考古資料)となっています。板橋区は文化財解説カードも公開しており、現地の住宅地と資料の保存先を区別して調べることができます。発掘地点そのものを常時公開している史跡公園ではないため、見学を希望する場合は区立郷土資料館などの展示情報を確認してください。

前野町五丁目には、縄文時代から近世までの遺構が見つかった前野兎谷遺跡もあります。こちらでは古墳時代前期の住居跡や土器が特に注目されます。常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財では二つの遺跡を地域全体の歴史の中に位置付けています。

参考資料