五美大展2023を国立新美術館で鑑賞|第46回東京五美術大学連合卒業・修了制作展の記録

2022年度 第46回 東京五美術大学 連合卒業・修了制作展 国立新美術館

2023年2月26日、ゆる美術で国立新美術館を訪れ、「2022年度第46回 東京五美術大学 連合卒業・修了制作展」を鑑賞しました。通称「五美大展」と呼ばれる展覧会で、多摩美術大学、女子美術大学、東京造形大学、日本大学芸術学部、武蔵野美術大学の卒業・修了制作が国立新美術館に集まりました。

展覧会の会期は2023年2月25日から3月5日まで。ゆる美術の開催日は会期2日目の2月26日でした。1階と2階の展示室を約90分かけて巡った当日の記録とともに、国立新美術館の建築、そして美術館の敷地が陸軍兵舎から東京大学を経て文化施設へ変わった歴史をたどります。

2022年度第46回東京五美術大学連合卒業・修了制作展とは

東京五美術大学連合卒業・修了制作展は、多摩美術大学、女子美術大学、東京造形大学、日本大学芸術学部、武蔵野美術大学の5大学による合同展です。東京造形大学は、教育効果と学生の制作意欲の向上を目的として始まった展覧会と説明しています。卒業・修了を迎える学生の絵画・彫刻を中心とした作品が一堂に集まるため、一つの大学の卒業制作展とは異なる規模で作品に出会えます。

2022年度の第46回展では、日本画、油絵、版画、彫刻が展示されました。会場は国立新美術館の1A〜1D、2A〜2Dの8展示室に加え、野外展示場A〜Cまで使われています。同じ時代に学んだ学生たちが、素材、技法、画面や空間の使い方をそれぞれの方法で作品にしたことを、広い会場を移動しながら見比べられる展覧会でした。

2022年度第46回の開催概要

展覧会名2022年度第46回 東京五美術大学 連合卒業・修了制作展
会期2023年2月25日(土)〜3月5日(日)
開館時間10:00〜18:00(入場は17:30まで)
休館日火曜日
会場国立新美術館 1A・1B・1C・1D・2A・2B・2C・2D、野外展示場A・B・C
観覧料無料
作品ジャンル日本画・油絵・版画・彫刻
主催東京五美術大学
開催情報は国立新美術館「2022年度第46回 東京五美術大学 連合卒業・修了制作展」に基づきます。

公式の開催情報は、国立新美術館の展覧会情報に残されています。現在開催中の展覧会ではなく、2023年に終了した展覧会の記録です。

ゆる美術で鑑賞した2023年2月26日の記録

ゆる美術では、展覧会2日目の日曜日に国立新美術館へ集まりました。最初に美術館と五美大展について簡単に共有し、前半は1階、後半は2階を鑑賞する流れです。途中でグループを替え、同じ展覧会を別のメンバーとも歩きました。

日時2023年2月26日(日)12:00〜14:00
場所国立新美術館(東京都港区六本木7丁目22番2号)
内容国立新美術館と周辺の歴史紹介、五美大展の鑑賞
展覧会観覧料無料

11:50ごろに受付とグループ分けを行い、12:10ごろから国立新美術館と展覧会を紹介。12:20ごろから1階を鑑賞し、13:00ごろにグループを替えました。13:10ごろから2階へ移り、13:50ごろに鑑賞を終えています。限られた時間でも1階と2階を続けて歩くことで、五大学の作品が同じ建物の中で広がる展覧会の規模を体感できる構成でした。

五大学の卒業・修了制作が一堂に集まる

五美大展の特徴は、5大学の卒業・修了制作を一度に見られることです。日本画や油絵の平面作品、版画、彫刻が並び、展示室の外にも野外作品のための会場が設けられました。作品の大きさや素材、空間との関係に目を向けるだけでも、鑑賞の入口が次々に生まれます。

国立新美術館は展示室そのものが大きく、8つの室内展示室と野外展示場を使う第46回展は、短時間で全作品を細かく見るより、歩きながら気になる作品へ立ち止まる楽しみ方と相性のよい規模でした。ゆる美術では約90分を1階と2階に分けて鑑賞しています。

国立新美術館は公募展のために生まれた

国立新美術館の設立は、1978年に美術関係者から「首都東京に公募展に必要な新しい美術館建設」を求める要望が出されたことにさかのぼります。文化庁は1999年に設立準備委員会を設置し、2000年に設計業務を黒川紀章・日本設計共同体へ委託しました。2003年に「国立新美術館」という正式名称が決まり、2006年に竣工、2007年1月21日に開館しています。

国立新美術館は独立行政法人国立美術館の5番目の施設として開館しました。大きな特徴は、一般的な美術館のように美術作品のコレクションを持たず、展覧会、情報提供、教育普及、国際交流などを担うアートセンターとして活動していることです。展示スペースは約14,000平方メートルで国内最大級。五美大展のように多数の作品を複数の展示室で見せる展覧会と深く結び付く施設です。

波打つガラス外壁と黒川紀章の建築

建築を手がけたのは、建築家の黒川紀章くろかわ きしょうと日本設計の共同体です。「森の中の美術館」をコンセプトとし、南側には波のようにうねるガラスカーテンウォールが広がります。館内には12の展示室、アートライブラリー、講堂、研修室などがあり、地下鉄千代田線の乃木坂駅からも直結しています。

1階の大きな吹き抜けでは、ガラス越しに周囲の緑が入り込みます。展示を見るための箱としてだけでなく、曲面のガラス、巨大な空間、逆円錐形の構造物そのものが国立新美術館の体験を形づくっています。黒川が生前に完成させた最後の美術館建築でもあります。

美術館の敷地に残る旧陸軍兵舎

現在の国立新美術館の敷地には、かつて旧陸軍第一師団歩兵第三連隊の兵舎がありました。1928年に鉄筋コンクリート造の兵舎が完成し、第二次世界大戦後は米軍に接収されます。その後、1959年から2001年まで東京大学生産技術研究所・物性研究所として使われました。旧兵舎の建築、二・二六事件、戦後の転用、保存までの経緯は、旧歩兵第三連隊兵舎の詳しい解説でまとめています。

1894年に青山停車場から出発する歩兵第三連隊第一大隊
青山停車場から出発する歩兵第三連隊第一大隊、1894年。撮影者不詳/Wikimedia Commons/Public Domain。

写真の撮影場所は六本木の兵営ではなく青山停車場です。六本木に兵営を置いた歩兵第三連隊の兵士が鉄道で移動していた時代を伝えます。

1977年のハーディ・バラックスと六本木周辺を写した空中写真
1977年のハーディ・バラックス周辺。国土交通省「国土画像情報(カラー空中写真)」を基に作成/Wikimedia Commons/CC BY 4.0。

旧兵舎の大部分は国立新美術館の建設に伴って姿を消しましたが、一部は保存・改修され、現在の国立新美術館別館になっています。軍用地、米軍施設、大学研究施設、美術館へと土地の役割が変わってきた過程は、六本木7丁目・乃木坂の歴史散歩で詳しくまとめています。

乃木坂という地名

国立新美術館と直結する千代田線の乃木坂のぎざか駅。その名のもとになった坂は、1912年に乃木希典のぎ まれすけ将軍の葬儀と同時に、幽霊坂から乃木坂へ改称されました。港区によれば、それ以前には行合坂、なだれ坂とも呼ばれていました。

1930年の旧乃木邸
旧乃木邸、1930年。『大東京写真帖』/国立国会図書館/Wikimedia Commons/Public Domain。

美術館の周囲には、近代の軍都としての記憶と、戦後に生まれた研究・文化施設が重なっています。乃木坂から六本木一帯をさらに広く見ると、武家屋敷、陸軍施設、再開発へ続く土地利用の変化もつながります。全体像は六本木1〜7丁目の歴史ガイドでたどれます。

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参考資料