上大崎の歴史散歩|白金長者丸・花房山、城南五山と近代建築を歩く

上大崎二丁目で山手線をまたぐ白金桟道橋

目黒駅は品川区上大崎かみおおさきにあります。駅前から数分歩くと、目黒川へ下る坂、高台に残る邸宅街、江戸時代の大名屋敷跡、昭和初期のモダニズム建築が近い範囲に重なります。

この散歩では、上大崎四丁目の聖アンセルモ カトリック目黒教会から、目黒川、花房山、白金長者丸、土浦家住宅の旧所在地、白金桟道橋を経て目黒駅へ戻ります。「長者丸」と「花房山」の由来、城南五山が住宅地として知られる背景、江戸から近代へ土地利用が変わった流れを、現地の見どころと合わせてたどります。

上大崎とは|目黒駅を囲む高台と目黒川

現在の上大崎は一丁目から四丁目まであり、目黒駅の東側から白金台、東五反田、西五反田に接しています。品川区の資料では、大崎・五反田地区は中世以来の発展を基盤に、江戸時代には幕府直轄領、将軍家の鷹場、増上寺の子院群、大名屋敷などが展開した地域として整理されています。上大崎三丁目では、播磨国三日月藩森家の上屋敷跡も埋蔵文化財包蔵地として確認されています。

東京都品川区の行政地図と上大崎の位置
上大崎は品川区の西北部、目黒駅周辺に位置します。

地形を見ると、高台と目黒川沿いの低地が近接しています。城南五山と呼ばれる高台のうち、上大崎三丁目付近が花房山、東五反田側に池田山・島津山、北品川側に御殿山・八ツ山があります。品川区は花房山や長者丸を、目黒川北側の高台に形成された閑静な住宅地として位置づけています。

城南五山と目黒駅・品川駅周辺の位置関係
城南五山の位置関係。上大崎三丁目付近に花房山があります。

白金長者丸|中世の伝承と昭和初期の邸宅地

上大崎二丁目には、現在も「上大崎長者丸町会」「長者丸駐在所」という名称が残っています。品川区の広報は、この長者丸の名を、現在の国立科学博物館附属自然教育園付近に居を構えたと伝わる「白金長者」に結びつけています。

港区の地域資料では、白金長者は柳下上総介やなぎした かずさのすけを祖とする伝承が紹介され、応永年間ごろにこの地を開墾して城館を築いたとされています。自然教育園には中世の館跡を伝える土塁などが残り、旧白金御料地は国の天然記念物・史跡です。

現在の長者丸の街並みには、もう一つの時代層があります。品川区のまちづくり資料によると、上大崎二丁目の長者丸では昭和初期に大区画の住宅地開発が行われ、その区画が現在のゆとりある住宅地の骨格につながっています。中世の地名伝承と近代の邸宅地開発が同じ場所に重なるのが、長者丸の特徴です。

花房山|外交官・花房義質の邸宅から生まれた地名

上大崎三丁目付近の花房山は、明治・大正期の外交官花房義質はなぶさ よしもとの邸宅に由来します。品川区立図書館は「品川の地名」などの資料から、花房子爵の邸による地名であることを紹介し、花房家の住所が上大崎三丁目にあったことも確認しています。

花房義質は岡山藩士の家に生まれ、適塾で学んだ後、明治政府の外交官として清国・朝鮮・ロシアとの外交に携わりました。農商務次官、宮内次官、枢密顧問官、日本赤十字社長などを歴任しています。品川区の資料では、この花房邸に由来する高台が、後に大使館なども立地する落ち着いた住宅地になったと説明されています。

目黒駅東側には高低差と大きな住宅区画が残ります。江戸期の三日月藩森家上屋敷地と、近代の花房邸に由来する地名が同じエリアに重なり、近世の大名屋敷地から近代の邸宅地へ移った土地利用の変化を短い距離でたどれます。

今回のコース概要

聖アンセルモ カトリック目黒教会から目黒川へ下り、上大崎三丁目の旧大名屋敷跡や花房山、上大崎二丁目の長者丸を巡り、白金桟道橋から目黒駅へ戻る流れです。所要時間と総距離は記録がないため掲載していません。

  1. 聖アンセルモ カトリック目黒教会
  2. 徳川家由来の塔
  3. 亀の甲橋
  4. E-Park
  5. 第一日野小学校発祥之地
  6. 旧播磨三日月藩森家上屋敷跡
  7. 希望ヶ丘公園
  8. 誕生八幡神社
  9. パレロワイヤル長者丸周辺
  10. 土浦家住宅旧所在地(旧・土浦亀城邸)
  11. 白金桟道橋
  12. 目黒駅

2025年4月15日開催レポート|夜の上大崎・白金長者丸を12人で歩く

2025年4月15日19時から、12人で「普段歩かない『上大崎かみおおさき』の裏路地(白金長者丸しろかねちょうじゃまる花房山はなぶさやまなど)を歩いてみます。」を開催しました。日中は通勤や買い物で通り過ぎやすい目黒駅周辺も、裏路地へ入ると坂や階段、住宅地の門構え、線路を越える橋が次々に現れます。夜の街灯の下で道の傾斜や高低差を確かめながら、上大崎の地形と住宅地の成り立ちをたどる散歩になりました。

夜の上大崎の坂道を歩くゆる歴史散歩会の参加者
2025年4月15日、目黒駅周辺から上大崎の高台へ。夜の坂道を歩きながら街の高低差を確かめました。

今回のテーマは、有名な観光地を一直線に巡るのではなく、普段なら選ばない細い道へ入り、街の形そのものを観察することです。写真でも分かるように、平坦な道だけでなく、上り下りを繰り返しながら進みました。目黒川沿いの低地と、その北側・東側に広がる高台が近い上大崎では、短い距離でも地形の変化を体感できます。

上大崎の裏路地を歩くゆる歴史散歩会の参加者
普段は通り過ぎやすい上大崎の裏路地を歩き、白金長者丸・花房山の住宅地をたどりました。

プラウドタワー目黒MARC|近年の街づくりも見える夜景

歩いていて印象的だった建物の一つが、プラウドタワー目黒MARCです。JR東日本グループと野村不動産グループが進めた「MEGURO MARC」は、オフィス・賃貸住宅・分譲住宅の3棟からなる複合開発で、2023年10月に全棟が完成しました。プラウドタワー目黒MARCはその分譲住宅棟で、地上32階・地下1階。上大崎の歴史を歩く途中で、目黒駅周辺の新しい街づくりも同時に視界へ入ってくるのが、このエリアの面白さです。

夜のプラウドタワー目黒MARC
西五反田側で見上げたプラウドタワー目黒MARC。2023年に完成したMEGURO MARCの分譲住宅棟です。

坂と階段を歩いて分かる、長者丸・花房山の高低差

白金長者丸ちょうじゃまるや花房山は、地図上の名前だけを追うより、実際に坂を上り下りすると位置関係が分かりやすくなります。上大崎二丁目の長者丸では昭和初期に大区画の住宅地開発が行われ、現在も落ち着いた住宅地の骨格が残ります。夜は建物そのものを細部まで観察しにくい一方、街灯に照らされた坂の勾配や、道が高台と低地をつないでいる様子がはっきり感じられました。

上大崎の急な坂道を上る参加者
低地と高台が近接する上大崎らしい坂道。夜の街歩きでも地形の変化がよく分かります。
階段状の坂を下るゆる歴史散歩会の参加者
上大崎の高低差を体感できる階段状の道を進みました。

住宅地では、大きな門や塀、道路との高低差にも注目しました。現在の景観だけで過去の所有関係まで断定することはできませんが、長者丸が昭和初期に大区画の住宅地として整えられたことを知ってから歩くと、道幅や敷地のまとまり方を見る視点が増えます。

白金長者丸周辺の門構えと住宅
白金長者丸周辺の住宅地。昭和初期の大区画住宅地開発を背景に、現在も落ち着いた街並みが続きます。

白金桟道橋|『東京ラブストーリー』のロケ地を実際に歩く

終盤で特に印象に残ったのが、白金桟道橋しろかねさんどうばしです。山手線などの線路をまたぐ1926年架設の人道橋で、長者丸側と目黒駅側をつないでいます。しながわ観光協会のロケーション案内によると、1991年版のドラマ『東京ラブストーリー』第3話終盤の印象的な場面が、この橋で撮影されました。作品を知っている人にとっては、上大崎の地形や鉄道の風景に加えて、1990年代のテレビドラマの記憶も重なる場所です。

夜の白金桟道橋と山手線の線路
山手線などの線路をまたぐ白金桟道橋。1926年架設の人道橋です。
夜の白金桟道橋の歩道
白金桟道橋を実際に歩いて渡りました。1991年版『東京ラブストーリー』のロケ地としても知られています。

今回の街歩きでは、中世の白金長者の伝承、江戸時代の大名屋敷、近代の邸宅地、昭和のモダニズム住宅、そして現在の大規模開発まで、時代の異なる要素を一晩のルートでつなげて見ることができました。観光名所だけを点で巡るのではなく、坂や裏路地、橋そのものを手掛かりにすると、上大崎という街の成り立ちが立体的に見えてきます。

聖アンセルモ カトリック目黒教会|レーモンドのモダニズム建築

上大崎四丁目の聖アンセルモ カトリック目黒教会は、チェコ出身の建築家アントニン・レーモンドの設計で1956年に完成しました。教会公式サイトによると、折板構造の壁と天井、東側から光を取り込む側壁、仙台石の祭壇などが特徴です。2016年には東京都選定歴史的建造物に選定されました。

目黒駅西口から徒歩3分ほどの場所にありながら、駅前商業地とは空気が変わります。上大崎の散歩を建築から始めると、この地域に近代建築と邸宅地が集まる感覚をつかみやすくなります。

旧播磨三日月藩森家上屋敷跡|江戸の上大崎にあった大名屋敷

上大崎三丁目には、播磨国三日月藩はりまのくに みかづきはん森家の上屋敷跡遺跡があります。品川区の埋蔵文化財包蔵地一覧では、近世の「屋敷」遺跡として登録され、陶磁器片や瓦などが確認されています。

品川歴史館の研究では、この遺跡から検出された池の遺構も検討されています。現在は住宅や道路の風景ですが、江戸時代の大名屋敷の土地利用が地下に残っている場所です。花房山という近代の呼び名だけで歩くより、江戸の上屋敷地を重ねると上大崎三丁目の歴史が立体的になります。

誕生八幡神社|太田道灌伝承と樹齢を重ねたイチョウ

目黒通り沿いの誕生八幡神社は、文明年間(1469〜1487年)に太田道灌おおた どうかんが勧請したと伝わる神社です。品川区によると、江戸時代には「誕生八幡」と称していました。

境内のイチョウは品川区指定天然記念物で、推定樹齢は250〜300年。道路拡張に伴って移植を重ねながら現在地に残っています。ビルが並ぶ目黒駅前で、地域の古い時間を目にできる場所です。

土浦家住宅旧所在地|長者丸に建った1935年のモダニズム住宅

長者丸には1935年、建築家土浦亀城つちうら かめきと妻・信が設計した第二の自邸、土浦家住宅が建てられました。木造乾式構法を用い、白い箱形の外観、段差を生かした立体的な室内、廊下を抑えた平面、設備を組み込んだ合理的な設計で、日本の初期モダニズム住宅を代表する建築の一つです。

建物は1995年に東京都指定有形文化財となり、2024年に港区南青山へ復原・移築されました。上大崎では旧所在地をたどることになります。昭和初期の長者丸で、大区画の住宅地開発と新しい住宅建築が同時期に進んだことを伝える場所です。

白金桟道橋|1926年から山手線をまたぐ人道橋

白金桟道橋は上大崎二丁目でJR山手線などをまたぐ人道橋です。品川区の橋梁長寿命化修繕計画では1926年架設とされ、現在も現役の橋として管理されています。線路によって分かれる長者丸側と目黒駅側をつなぐ、上大崎らしい高低差を体感できる場所です。

上大崎二丁目で山手線をまたぐ白金桟道橋
上大崎二丁目の白金桟道橋、2012年。撮影:Rs1421/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

目黒川まで足を延ばすと地形が分かる

亀の甲橋まで下ると、花房山や長者丸の高台と目黒川沿いの低地の差がはっきりします。目黒川の流路や五反田・大崎の発展まで続けて歩くなら、目黒川の歴史を歩く|目黒・五反田・大崎から品川・天王洲までで、川沿いの歴史をまとめています。

周辺の歴史散歩

上大崎から東へ歩くと、池田山、白金台、旧白金御料地へつながります。大名屋敷から近代の邸宅地へという流れを続けて見るなら、池田山・白金台・白金を巡る歴史散歩が関連します。

城南五山を広くつなげたい場合は、高輪ゲートウェイ〜品川・五反田の歴史散歩で島津山周辺と旧島津家本邸まで、品川・御殿山を歩く散歩ルートで御殿山側まで確認できます。

上大崎を自分で歩くならTimeWalk

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。目黒駅周辺から長者丸、花房山へ歩く際も、近くの史跡や建築、神社を探せます。現在地から歩ける史跡を地図で探す

参考資料