乃木坂|乃木神社と周辺のお散歩|ゆる歴史

乃木神社と梅の花 イベント

明治期の軍人・乃木希典とその妻・乃木静子を祀る乃木神社とその周辺を散策します。
隣接している乃木公園、旧乃木邸や宝物殿、近くのフジフイルムスクエアの写真歴史博物館、TOTOギャラリー・間もよりたいと思います。この時期は梅の花もきれいだと思います(^-^)

基本情報

日時2023年2月26日(日) 10:00〜11:30
場所乃木神社およびその周辺
内容エリアの歴史、乃木希典や近代史、周辺の散歩
費用なし
その他なし
※ 現地で発生すると予想される費用です。イベント参加費ではありません。

流れ

こちらの流れを想定していますが、当日の状況で変更する可能性もあります。人数が多い場合は4〜5人単位でグループ分けをします。

10:00集合、自己紹介、予習
10:10周辺散策
10:30乃木神社散策
11:10周辺散策
11:30終了

申し込み

サークル管理サイトのつなげーと(こちら)を使用していますのでご確認ください。
招待コードが求められた場合は「542290」を入力してください。利用手数料(500円)が無料になります♪

詳細&予習

東京ミッドタウンの歴史

1641年萩藩毛利家屋敷
1873年陸軍の駐屯地となり、大日本帝国陸軍の歩兵第一および第三連隊が使用した。
1946年アメリカ合衆国に接収され、米軍将校の宿舎として使用された。
1962年陸上自衛隊の檜町駐屯地と防衛庁の本庁舎も設置された。
2000年防衛庁本庁は新宿区の防衛庁市ヶ谷地区に移転
2007年竣工

乃木希典と乃木神社の年表

1849年東京に生まれる
1877年西南戦争に従事
1894年日清戦争で歩兵第一旅団長として旅順攻略に従事
1896年台湾総督に就任
1904年陸軍大将に就任
1905年旅順陥落
1907年学習院院長に就任
1912年7月30日、明治天皇崩御
1912年9月13日、明治天皇の大喪儀当日の夜、乃木希典陸軍大将と妻・静子が天皇に殉じて自刃。
1913年当時の東京市長が中心となって中央乃木会を設立し、乃木邸内の小社に乃木夫妻の霊を祀った。
1923年乃木神社創建。明治神宮宝物殿を設計した大江新太郎。
1945年東京大空襲で焼失。
1962年祭神50年祭に併せて復興。大江新太郎の息子の大江宏が設計。
1983年大江宏の長男・大江新と三男・昭が宝物殿を建てた。

乃木神社の境内

乃木神社の境内のマップ

※太文字は下に解説があります。
1.本殿 2.幣殿 3.拝殿 4.正松神社 5.枝垂桜 6.雷神木 7.教育の碑 8.宝物殿 9.儀式殿 10.授与所 11.二の鳥居 12.楷樹 13.参集殿 14.手水舎 15.赤坂王子稲荷神社 16.乃木家祖霊舎 17.旧乃木邸 18.辻占売り少年の銅像 19.厩 20.水師営の会見の「なつめの木」 21.一の鳥居 22.枝垂桜 23.乃木公園 24.乃木開館

4.正松神社
祭 神:玉木文之進正 命・ 吉田矩方松陰命
玉木文之進は、幕末維新に際し、多くの偉人傑士を輩出した長州萩の学者であり松下村塾の開祖です。
また、吉田松陰は玉木の甥にあたり村塾を受継いで多くの国士を養成された教育者です。
ご祭神は、玉木に師事され、松陰を深く敬慕されていました。
これがご祭神の人格形成の基になったと考えられるので、乃木神社戦災復興を機に、萩の松陰神社から御分霊を勧請し、境内に鎮祭したものです。

6.雷神木
昭和47年の当神社例祭前夜に落雷があり、約3メートルほどの樹片が回廊の屋根を飛び越えて何も破損することなく拝殿内に落下しました。銅葺きの御本殿に落雷が考えられるところをこの楠の木が身代わりになったと思われます。

8.宝物殿
御鎮座九十年を記念して修復・奉納された御祭神の石膏像、ご殉死の刀をはじめ、遺言の條々、勲章、漢詩などを公開しております。(入場無料:9時 – 17時)

12.楷樹(楷の木、カイノキ)
楷の木はウルシ科の雌雄をもつ落葉喬木で中国孔子の墓に植えられていることから日本では「孔子木」とも呼ばれています。樹姿端正で一点一画が整っていることから書法の楷書の語源であるとも言われている樹です。神社境内にある楷は、大正4年(1915)に農商務省林業試験場の初代所長であった白沢保美博士が孔子墓上より種を持ち帰り育成された由緒正しい系統のもので、当神社には大正15年(1926)5月に林学博士中村弥六氏により奉納植樹されたと伝えられています。

15.赤坂王子稲荷神社
祭 神:宇迦之御魂神・宇気母智神・和久産巣日神
赤坂王子稲荷神社は、ご祭神御夫妻やその御父君の崇敬が特に篤く、月詣りまでせられていた、北区王子に御鎮座の王子稲荷神社を乃木神社の戦災復興を機に勧請した縁りの神社です。

17.旧乃木邸
ご祭神は明治12年この赤坂の地に移られましたが、母屋の老朽化が甚だしくなり、明治35年に改築(ほぼ新築)されたのが現存する建物であります。
ドイツ留学の折に視察したフランス陸軍の兵舎をスケッチしたものをもとに自ら設計されています。
質素且つ強固にして極めて合理的に作られ、階段下や屋根裏など余すところなく利用されています。

18.辻占売り少年の銅像
明治24年、ご祭神が金沢を訪れたとき偶然 当時8歳の辻占売りの少年に出会いました。この少年が辻占売りをしながら一家の生計を支えていることを聞き、感銘を受けたご祭神は少年を励まし、金二円を渡されました。少年はこの恩を忘れることなく、努力を重ね金箔業の世界で大きな実績を積み上げました。 この銅像はご祭神の人となりを伝えるものとして昭和43年に造立されたものです。

19.厩
明治26年(1893)に現存の母屋改築より先に建築されたもので、母屋が木造であるのに対し、この厩(うまや)は英国より取り寄せたレンガで作られています。
当時の人々は母屋に比べ厩が立派であったので『新坂の厩』(新坂は旧町名)と評しました。
武人の嗜みとして、まず厩を築いて軍馬を肥やし、のちに自らの住む家を建てられたという、まさにご祭神の御人柄が偲ばれるものです。ステッセル将軍から贈られた壽(ス)号もここで過ごしました。

20.水師営の会見の「なつめの木」
日露戦争、水師営の会見の際、乃木の副官である兼松が記念に持ち帰ったナツメ樹の3代目です。今も庭に青々とした葉を茂らせています。

フジフイルムスクエアの写真歴史博物館

写真の文化・カメラの歴史的進化を観て体感できる希少価値の高い博物館です。およそ170年を越える写真の歴史について、貴重な秘蔵アンティークカメラコレクションや写真の数々をお楽しみいただけます。カメラの語源となった、絵画を描く道具として発明されたカメラ・オブスクーラ(写真鏡)など、約100点のクラシックカメラや写真を展示しています。また、カメラの歴史に関わる事柄を期間ごとに、テーマを決めて展示しているコーナーもあります。

TOTOギャラリー・間

人間・時間・空間、そしてそれぞれの間合いという、日本特有の概念を表象する「間」の一字を名称とした「TOTOギャラリー・間(ま)」は、社会貢献活動の一環としてTOTOが運営する、建築の専門ギャラリーです。

運営委員である塚本由晴、千葉学、セン・クアン、田根剛の4氏をキュレーターに迎え、企画展「How is Life?――地球と生きるためのデザイン」を2022年10月21日(金)~2023年3月19日(日)の会期で開催します。

建築やデザインを介して気候変動や社会格差など私たちを取り巻く障壁に風穴を開け、成長を前提としない繁栄のあり方を示している古今東西のプロジェクトを紹介します。

イベントレポート

イベント終了後に投稿します。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 会長
なかまつ

北海道大学工学部卒。美術館は週に2回、海外旅行は年に6回行く、ゴリゴリの理系出身のIT系ビジネスマン。隣が図書館のため毎月10冊の本を借りている。趣味の延長で、東京の歴史や芸術を楽しむゆる〜いイベントを企画している。

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