増上寺の七夕まつり・和紙キャンドルナイト|20代女子限定で芝公園と徳川ゆかりの史跡を歩く

七夕の短冊と和紙キャンドルに彩られた増上寺大殿

2023年7月7日19時、ゆる歴史散歩会の女子会企画「増上寺で七夕まつりと和紙キャンドルナイト」を開催しました。参加者は13人。日本生命浜松町クレアタワー付近に集合し、浜松町から増上寺へ歩きながら、増上寺大門、七夕まつりと和紙キャンドルナイト、さらに旧台徳院霊廟惣門まで、夜の芝・増上寺周辺を巡りました。

増上寺は徳川将軍家の菩提寺として発展した浄土宗の大本山です。七夕の灯りだけでなく、なぜこの場所に大寺院が築かれたのか、芝公園がなぜ増上寺を囲む形をしているのかを知ると、東京タワーの足元に重なる歴史がぐっと立体的に見えてきます。

今回のコース概要

日本生命浜松町クレアタワー付近で集合し、浜松町の街を歩いて増上寺大門へ。増上寺の七夕まつり・和紙キャンドルナイトを楽しみ、旧台徳院霊廟惣門など芝公園周辺の徳川将軍家ゆかりの史跡も見学しました。歴史散歩と七夕の夜景を一度に味わえるコースです。

日本生命浜松町クレアタワー前に集合した増上寺七夕まつり参加者
2023年7月7日19時、日本生命浜松町クレアタワー付近に集合。13人で増上寺の七夕まつりへ向かいました。

19時に集合。写真からも、まだ空に明るさが残る時間帯だったことが分かります。ここから13人で、増上寺を目指して出発しました。

浜松町から増上寺へ向かう夜の街歩きと東京タワー
浜松町から増上寺へ。夕暮れの街の先に東京タワーが見えてきます。

浜松町から西へ進むと、ビルの間に東京タワーが見えてきます。夕暮れから夜へ移る街を歩き、近世の寺院と近代以降の東京を象徴する景観が重なる芝へ向かいました。

増上寺の現在と江戸時代の寺域を比較した図

増上寺はなぜ徳川将軍家の菩提寺になったのか

増上寺は1393年、酉誉聖聰ゆうよしょうそう上人によって、現在の千代田区平河町から麹町付近にあたる地に開かれました。1590年、関東を治めるようになった徳川家康が増上寺を徳川家の菩提寺に選び、1598年には現在の芝へ移転します。江戸幕府の保護のもとで大寺院へ発展しました。

江戸時代の増上寺は現在よりはるかに広い寺域を持ちました。二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の六将軍が葬られ、芝一帯は将軍家の信仰と葬送を担う重要な場所になります。将軍墓所や境内の詳しい見どころは、増上寺の見どころと歴史でも紹介しています。

徳川将軍家の系図

増上寺大門と芝公園|寺の門から日本最初期の公園へ

大門は増上寺の総門です。現在の門は1937年に鉄骨鉄筋コンクリート造で再建され、2016年に東京都から増上寺へ返還されました。翌2017年には耐震補強と外観改修が行われ、参道の入口として現在も大きな存在感を見せています。

増上寺大門を通って七夕まつりへ向かう参加者
増上寺の大門を通過。寺域へ近づくにつれて、七夕の夜らしい人出が増えていきました。

私たちも大門をくぐって増上寺へ向かいました。写真では、夜の参道へ進む参加者とともに「浄土宗 大本山 増上寺」の扁額が見えます。

大門の先に広がる芝公園は、1873年の太政官布達によって、上野、浅草、深川、飛鳥山とともに日本で最初に指定された公園の一つです。当初は増上寺境内を含む広い公園でしたが、戦後の政教分離によって寺域が外れ、現在のように増上寺を取り囲む形になりました。公園と寺の境界が複雑なのは、この近代史によるものです。

増上寺三解脱門前に広がっていた松原を示す資料

三解脱門|江戸初期の増上寺を伝える重要文化財

三解脱門さんげだつもんは増上寺の中門にあたり、国の重要文化財です。増上寺の公式案内では、徳川幕府の助成によって1611年に建立され、強風による倒壊後、1622年に再建されたとされています。江戸初期の大造営当時の姿を伝える貴重な建築で、朱塗りの重層門は増上寺を代表する景観です。

名称は、仏教でいう「空門・無相門・無願門」という三つの解脱に由来します。楼上には釈迦三尊像や十六羅漢像などが安置されています。2026年9月現在は保存修理工事中で、増上寺公式サイトでは2032年6月までを予定しています。

増上寺七夕まつりと和紙キャンドルナイト|13人で歩いた2023年7月7日

増上寺では7月7日に七夕まつりが行われ、短冊に込められた願い事を祈願する「七夕会」が奉修されます。境内には色とりどりの短冊が飾られ、和紙キャンドルの灯りと寺院建築、東京タワーが重なるのが大きな見どころです。

増上寺七夕まつり会場の混雑した境内
増上寺の七夕まつり会場に到着。境内は多くの来場者でにぎわっていました。

会場へ着くと境内は多くの来場者でいっぱいでした。七夕当日の夜ということもあり、写真には参道を埋めるほどの人出が記録されています。13人でまとまって歩きながら、キャンドルエリアへ進みました。

増上寺和紙キャンドルナイト入場待ちの列と東京タワー
和紙キャンドルのエリアへ入るための列。増上寺と東京タワーを望みながら進みます。

和紙キャンドルのエリアへ入るための列も長く延びていました。列の向こうにはライトアップされた東京タワーが見え、待っている時間にも芝・増上寺ならではの夜景を楽しめる状況でした。

増上寺大殿と和紙キャンドルと東京タワーの七夕夜景
和紙キャンドルの灯りが並ぶ増上寺境内。大殿と東京タワーが一つの夜景に重なります。

キャンドル会場に入ると、柔らかな灯りの先に大殿、その背後に東京タワーが立ち上がります。江戸の大寺院と昭和に建てられた電波塔が一つの画面に収まる景観は、増上寺周辺の「時代の重なり」を視覚的に感じられる場所でもあります。

七夕の短冊と和紙キャンドルに彩られた増上寺大殿
色とりどりの七夕短冊と和紙キャンドル、その先に増上寺大殿。2023年7月7日の七夕らしい一景です。

短冊と和紙キャンドル越しに大殿を見ると、七夕という年中行事と増上寺の伽藍が自然につながります。近年の開催の様子は、2026年の増上寺七夕祭り「和紙キャンドルナイト」開催レポートでも写真とともに紹介しています。

旧台徳院霊廟惣門|二代将軍・徳川秀忠の巨大霊廟の名残

旧台徳院霊廟惣門きゅうだいとくいんれいびょうそうもんは、二代将軍・徳川秀忠の霊廟に設けられた門です。1632年に造営された台徳院霊廟の遺構で、国の重要文化財に指定されています。かつての霊廟は壮大な伽藍を備えていましたが、1945年の空襲で大部分を失いました。

旧台徳院霊廟惣門
旧台徳院霊廟惣門と東京タワーの夜景
旧台徳院霊廟惣門。二代将軍・徳川秀忠の霊廟の名残と現代の東京タワーが同じ視界に入ります。

夜の惣門は朱色と金具の装飾が照明に浮かび、その右奥には東京タワーが見えます。現存する門を前にすると、現在のホテルや公園まで含む一帯が、かつて将軍霊廟の空間だったことを想像しやすくなります。

旧台徳院霊廟惣門を見学する参加者と東京タワー
旧台徳院霊廟惣門を見学。芝公園周辺に残る徳川将軍家ゆかりの史跡を夜の街歩きでたどりました。

参加者も足を止め、惣門と東京タワーが並ぶ夜景を見学しました。上野の寛永寺にも徳川将軍の墓所があり、寛永寺と徳川将軍家の墓所を巡った開催レポートと見比べると、江戸に二つの大きな将軍家菩提寺が置かれたことが分かります。

東京タワーと増上寺|同じ風景に重なる江戸・明治・昭和

増上寺の西側には、1958年に営業を開始した東京タワーが立っています。江戸の大寺院、明治に生まれた芝公園、昭和の電波塔が近接する風景は、このエリアを歩く面白さの一つです。周辺には増上寺と関係の深い寺院も多く、麻布台ヒルズから東京タワーを歩く歴史散歩では、心光院など芝・東麻布の史跡を巡っています。

現在地から芝公園の歴史を歩くなら

現在地から歩ける史跡を地図で探す「TimeWalk」は、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。増上寺や芝公園を訪れたあとに、周辺の史跡をもう少し歩きたいときにも使えます。

まとめ|七夕の夜景から徳川将軍家の歴史まで

2023年7月7日の女子会は、13人で浜松町から増上寺へ歩き、七夕の短冊と和紙キャンドル、東京タワーの夜景を楽しみながら、徳川将軍家ゆかりの史跡にも触れる夜の歴史散歩になりました。華やかな七夕行事を入口にすると、大門や芝公園、旧台徳院霊廟惣門といった周辺の歴史も同じ風景の中でつながって見えてきます。

増上寺周辺を自分でも歩いてみたい方は、上記の関連記事やTimeWalkもあわせてご覧ください。

参考資料