上野公園から根岸・三ノ輪へ歴史散歩|子規庵・御行の松・三ノ輪橋を歩く

上野公園から根岸・三ノ輪へ向かう歴史散歩の構成イメージ

上野公園の東側から鶯谷うぐいすだにを抜け、根岸の細い路地をたどり、三ノ輪橋まで歩く歴史散歩です。上野の山裾には、江戸時代に「鶯の里」「初音の里」と呼ばれた根岸の風景、明治の文人が暮らした町の記憶、古い寺院や商家、そして都電へ続く近代都市の痕跡が残っています。

今回のルートは、上野公園周辺から日本鳩レース協会、GPC鶯谷、子規庵、ねぎし三平堂、西宮版画店、鍵屋、防災広場 根岸の里、永久寺を経て三ノ輪橋へ向かいます。途中では、柳通りや音無川の記憶、御行の松など、根岸の町そのものの歴史も見ていきます。

上野公園から根岸・三ノ輪へ歩く歴史散歩の構成イメージ
上野公園から根岸・三ノ輪へ歩く歴史散歩の構成イメージ

上野公園から根岸へ

上野公園の東側を出ると、上野の山から低地へ下る地形がはっきりしてきます。現在の根岸は台東区北西部の住宅地ですが、江戸時代には上野山麓の閑静な郊外でした。寛永寺の門主がこの地に御隠殿を構えたこともあり、田園や音無川、四季の景観を楽しむ行楽地・別荘地として知られるようになります。

「鶯の里」と御隠殿、根岸という町の成り立ち

台東区の資料では、元禄期に寛永寺門主が京から鶯を取り寄せて根岸に放ったことから、この一帯は「鶯の里」「初音の里」と呼ばれるようになったとされています。宝暦3年(1753)には門主の御隠殿ごいんでんが置かれ、根岸は寛永寺と深く結びついた土地になりました。

文化・文政期には文人や大名の別邸が集まり、根岸は江戸近郊の行楽地として発展しました。田畑や音無川が広がっていた土地に、曲がった道や細い路地が残ったことも、現在の根岸らしい町並みにつながっています。

根岸にあった旧陸奥宗光邸と陸奥宗光
根岸には明治期にも政界人・文人・芸術家が暮らしました。旧陸奥宗光邸もその一例です。

根岸と入谷周辺の歴史は、入谷の歴史スポットをめぐる散歩記事でも詳しく紹介しています。

散歩ルートと見どころ

1.日本鳩レース協会

日本鳩レース協会は上野公園内に事務所を置く全国組織です。協会は1950年に設立され、鳩を同じ地点から放し、それぞれの鳩舎へ帰る速さを競う鳩レースの普及・運営に携わっています。上野公園の静かな一角に、戦後のレジャー文化を伝える団体があるのもこの散歩の意外な出発点です。

2.GPC鶯谷

GPC鶯谷を通り、鶯谷駅周辺から根岸の住宅地へ入ります。駅前の大通りから一本入ると道幅が急に細くなり、上野の山の東側に広がった旧市街地らしい道の形が残っています。

3.子規庵

子規庵は、俳人・正岡子規まさおか しきが晩年を過ごした場所です。子規は根岸を拠点に俳句と短歌の革新を進め、1902年にこの地で亡くなりました。建物は戦災で焼失しましたが、戦後に再建され、現在は東京都指定史跡として公開されています。

子規のもとには多くの俳人や歌人が集まり、根岸は近代文学の交流拠点の一つになりました。江戸時代には行楽地・別荘地だった根岸が、明治になると文人の町へ姿を変えていく流れを実感できる場所です。

根岸の歴史と子規庵をたどる散歩記事のイメージ
根岸の歴史と子規庵をたどる散歩記事のイメージ

4.ねぎし三平堂

ねぎし三平堂は、初代林家三平ゆかりの資料を伝える施設です。根岸では明治の文学文化だけでなく、昭和の落語・大衆芸能の記憶にも触れられます。子規庵とあわせて歩くと、根岸に文化人が集まった時代の広がりが見えてきます。

5.西宮版画店

西宮版画店の周辺は、根岸の細い路地と古い住宅地の雰囲気を感じやすい区間です。施設の来歴については確認できる公的資料が限られるため、ここでは路地景観の一地点として紹介します。

6.鍵屋

鍵屋は、安政3年(1856)創業とされる根岸の老舗酒場です。旧店舗は道路拡幅に伴って移転し、建物は現在、江戸東京たてもの園に移築保存されています。根岸に残る現在の店舗と、移築された旧店舗を比べると、道路整備によって街路と建物がどう変化したかも見えてきます。

鍵屋については、入谷・根岸周辺の散歩記事にも記録があります。

7.防災広場 根岸の里

防災広場 根岸の里には、深井戸、マンホールトイレ、かまどベンチ、防火水槽など、災害時に使う設備が整備されています。木造住宅が密集する下町では、防災も現代の都市史を考える重要なテーマです。

柳通り・音無川と御行の松

根岸を歩くと、現在の道路だけでは分かりにくい水辺の記憶があります。かつて音無川が流れていた一帯では、暗渠化後も道路の線形に旧河道の名残が残ります。柳通り周辺には旧花街の面影を伝える建物もあり、根岸の路地景観を理解するうえで欠かせない場所です。

近くの西蔵院には御行の松おぎょうのまつがあります。江戸名所図会や歌川広重の錦絵にも登場した名松で、正岡子規や樋口一葉の作品にも姿を見せます。現在の松は代替わりしていますが、江戸の名所と明治の文学文化を一本につなぐ存在です。

永久寺と目黄不動

永久寺は、江戸五色不動の一つである目黄不動めきふどうで知られる寺院です。開創は南北朝期とされ、その後、焼失と再建を重ねてきました。上野・根岸の文人文化から、江戸の信仰文化へと話題が切り替わる地点です。

三ノ輪橋へ

散歩の終点は三ノ輪橋停留場です。現在の東京さくらトラム(都電荒川線)は三ノ輪橋から早稲田まで12.2kmを結びます。東京の路面電車は昭和40年代まで広い路線網を持っていましたが、自動車交通の増加とともに多くの路線が廃止されました。荒川線は専用軌道が多く、代替道路が乏しかったことや沿線住民の存続要望もあり、現在まで残っています。

都電荒川線の車両
三ノ輪橋から早稲田までを結ぶ都電荒川線。詳しい歴史は関連記事で紹介しています。

都電の路線史や各停留場については、都電荒川線を全停留場めぐった記事で詳しく紹介しています。

散歩の基本情報

  • スタート:上野公園周辺
  • ゴール:三ノ輪橋停留場
  • 主なエリア:上野公園、鶯谷、根岸、三ノ輪
  • 見どころ:子規庵、ねぎし三平堂、鍵屋、防災広場 根岸の里、御行の松、永久寺、三ノ輪橋
  • TimeWalk(街歩き歴史アプリ)も利用できます

参考資料