国立科学博物館・地球館B3F「自然のしくみを探る」は、物質の最小スケールから宇宙の大規模構造までを一つのフロアでたどれる常設展示です。原子の内部へ視線を縮めると素粒子に行き着き、そこから加速器、電磁波、宇宙望遠鏡、ニュートリノへ進むと、極小の世界と宇宙の歴史がつながっていきます。
地球館B3F「自然のしくみを探る」は、展示改修のため2026年9月8日から閉鎖されます。このページには2023年12月に見学した旧展示の写真を掲載しています。再開時期や新しい展示内容は、国立科学博物館の公式発表で確認できます。

地球館B3F「自然のしくみを探る」――素粒子から宇宙まで
展示は大きく「日本の科学者」「法則を探る」「宇宙を探る」「物質を探る」の4つに分かれています。「法則を探る」にはKEKB加速器とBelle測定器、「宇宙を探る」には太陽系から銀河、宇宙膨張まで、「物質を探る」には元素・分子・ナノの世界から物質の究極の成り立ちまでが並びます。
国立科学博物館の公式フロア案内では、「宇宙を探る」は⑦「宇宙を見る眼」から⑭「宇宙膨張とその起源」、「物質を探る」は⑮「物質の階層構造」から㉒「環境にやさしい化学をめざして」まで続きます。小さな粒子と巨大な宇宙を別々の話として扱わず、同じ自然法則の中で見せる構成です。
全館の展示構成や日本館・地球館の見どころは、国立科学博物館の見どころと歴史にまとめています。2026年10月31日から開催される特別展については、特別展「生きものたちの性」|求愛・性決定・性転換・生殖の多様性を解説で背景と見どころを紹介しています。
物質を小さくたどる――分子、原子、そして素粒子
身の回りの物質を小さくたどると、分子、原子へ進みます。原子は原子核と電子からなり、原子核の中には陽子と中性子があります。さらに陽子と中性子はクォークからできています。電子やクォークは、現在の物理学で物質をつくる基本的な素粒子として扱われています。

大きさの段階を追っていくと、化学と物理の境界も見えやすくなります。分子の結び付きや元素の違いは物質の性質を生み、さらに深い階層ではクォークや電子などの振る舞いが問題になります。地球館B3Fでは、この「大きさの階段」を展示物で行き来できるのが特徴でした。

KEKBとBelle――物質と反物質の違いを追う
素粒子は非常に小さく、直接眺めることはできません。そこで使われるのが加速器です。KEKBは電子と陽電子を高いエネルギーまで加速して衝突させ、そこから生まれる粒子をBelle測定器で精密に調べる装置でした。
KEKのBelle実験は、B中間子の崩壊を観測し、2001年に小林・益川理論が予測したCP対称性の破れを実証しました。宇宙の初期には物質と反物質が生まれたと考えられていますが、現在の宇宙は物質が圧倒的に多く見えます。粒子と反粒子のわずかな違いを測る研究は、この宇宙の成り立ちを探る手掛かりになっています。
KEK「Belle実験」では、KEKBとBelleの目的や成果が紹介されています。
大型加速器は世界各地で使われています。欧州原子核研究機構CERNのLHCは、陽子を衝突させる世界最大級の加速器です。装置の規模や衝突させる粒子は異なりますが、「高いエネルギーの衝突から物質の基本法則を調べる」という発想は共通しています。

電磁波――人の目に見える光はごく一部
光は電磁波の一種です。電波、赤外線、可視光、紫外線、X線、ガンマ線はすべて電磁波で、違うのは主に波長とエネルギーです。波長が短いほど光子一つあたりのエネルギーは高くなります。

天文学では、同じ天体でも観測する波長によって見える姿が変わります。可視光では星の光が目立ち、赤外線では冷たい塵の向こう側や低温の天体を捉えやすくなります。X線では高温のガスや激しい高エネルギー現象が観測できます。人間の目で見える光だけが宇宙から届く情報ではありません。

宇宙望遠鏡――大気の外から見ると宇宙の姿が変わる
地上の望遠鏡には地球の大気という壁があります。大気の揺らぎは天体像をぼかし、紫外線や赤外線の一部などは大気に吸収されます。望遠鏡を宇宙へ運ぶと、大気の影響を受けにくい場所から、地上では観測しにくい波長まで調べられます。

ハッブル宇宙望遠鏡は可視光に加えて紫外線や近赤外線も観測します。NASAは、宇宙望遠鏡の利点として、大気による像のぼやけを避けられることと、地上では一部が遮られる波長を観測できることを挙げています。宇宙観測では「望遠鏡をどこに置くか」そのものが、見える宇宙を左右します。

日本のロケット、人工衛星、探査機がどのように発展したのかは、日本の宇宙開発史で時系列にたどれます。
スーパーカミオカンデ――ニュートリノで宇宙を見る
宇宙から届く情報は電磁波だけではありません。ニュートリノは電荷を持たない素粒子で、物質とほとんど反応せず通り抜けます。そのため観測は難しい一方、太陽や超新星、宇宙線と大気の衝突など、宇宙で起きる現象を別の角度から知る手段になります。

スーパーカミオカンデは岐阜県飛騨市の地下1000mにある水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置です。直径39.3m、高さ41.4mのタンクに5万トンの水を蓄え、壁面に並ぶ約1万3000本の光センサーで、ニュートリノが水中で反応したときに生じるわずかな光を捉えます。
1998年、スーパーカミオカンデの大気ニュートリノ観測から「ニュートリノ振動」が発見されました。飛行中にニュートリノの種類が変わる現象で、ニュートリノが質量を持つことを示します。この成果は素粒子物理学の標準理論に修正を迫り、2015年のノーベル物理学賞の受賞理由となりました。

国立科学博物館はなぜ上野にあるのか
現在の上野公園一帯は、江戸時代には寛永寺の広大な寺域でした。1868年の上野戦争では彰義隊と新政府軍が戦い、寛永寺の多くの建物が失われました。明治政府はその後、上野を寺院の空間から公園、博覧会、博物館が集まる公共空間へと転換していきます。
1873年、太政官布達によって公園制度が始まり、同年10月に上野公園が開園しました。1877年には上野公園で第1回内国勧業博覧会が開かれ、45万人を超える来場者が美術館、農業館、機械館、園芸館、動物館を巡りました。欧米の技術と日本の在来技術を並べ、殖産興業を進める国家的な展示の場でした。
国立科学博物館も1877年を創立年としています。同年、上野山内の現在の東京藝術大学付近に新館が一部完成し、「教育博物館」と改称されました。その後は湯島への移転を経て、1923年の関東大震災で施設と標本をすべて失います。1931年に上野新館、現在の日本館が完成しました。
日本館は当時の文部省が設計したネオ・ルネサンス様式の建物で、2008年に重要文化財に指定されました。江戸の寺院都市、明治の博覧会場、近代の科学教育拠点という上野の変化が、国立科学博物館の立地そのものに重なっています。
寛永寺と徳川将軍家、上野戦争から公園成立までの歴史は、上野公園と徳川将軍家|寛永寺に眠る6人の将軍と歴代将軍の墓所一覧で詳しく紹介しています。
参考資料
- 国立科学博物館「地球館地下3階『自然のしくみを探る』の閉鎖について」
- 国立科学博物館「フロアマップ」
- 国立科学博物館「国立科学博物館の沿革」
- 高エネルギー加速器研究機構(KEK)「Belle実験」
- NASA Science “Why Have a Telescope in Space?”
- スーパーカミオカンデ「スーパーカミオカンデ概要」
- スーパーカミオカンデ「ニュートリノ振動」
- 国立国会図書館「第1回内国勧業博覧会」
情報は2026年8月28日に確認しています。

