
2024年6月22日、5人で「南池袋のふくろう・みみずく資料館とお寺とあじさい巡り」を開催しました。南池袋公園を出発し、本立寺、安国堂、威光山法明寺、雑司ヶ谷鬼子母神堂などを巡りながら、寺町の歴史と初夏のあじさいを楽しむ街歩きです。
池袋駅東口のすぐ南には、繁華街の印象とは大きく異なる寺社と住宅地が広がっています。江戸の信仰、幕末の記憶、戦災、昭和の住宅、ふくろう文化まで、時代の異なる痕跡が短い距離に重なる地域です。
今回のコース概要
- 豊島区立南池袋公園
- 本立寺
- 安国堂
- 威光山法明寺
- 雑司ヶ谷鬼子母神堂
- 豊島ふくろう・みみずく資料館
- 南池袋・雑司が谷周辺の史跡
2024年6月22日の開催レポート
南池袋公園からスタート
午前10時、豊島区立南池袋公園に集合しました。芝生広場の向こうにはカフェがあり、池袋駅から徒歩圏とは思えないほど開放感のある風景です。5人で顔を合わせ、ここから南池袋と雑司が谷の寺社を巡りました。

南池袋公園には「豊島区空襲犠牲者哀悼の碑」があります。1945年(昭和20)4月13日深夜から14日未明にかけて、東京城北部は大規模な空襲を受けました。豊島区では死者778人、全焼家屋34,000戸、被災者161,661人に及び、当時の区人口のおよそ7割が被災したと豊島区は記録しています。
現在の南池袋公園周辺は、かつて東武鉄道の創業者根津嘉一郎が所有した雑木林にちなみ「根津山」と呼ばれていました。空襲後、この一角には多くの犠牲者が仮埋葬されました。散歩の出発点である南池袋公園は、現在の明るい公園風景と、池袋の戦災の記憶が重なる場所でもあります。

本立寺|神木隊と榊原家の記憶
最初に訪れた本立寺では、「神木隊戊辰戦死之碑」と榊原家ゆかりの墓所を見学しました。神木隊は越後高田藩の抗戦派を中心に組織された部隊で、戊辰戦争に参加しました。現在の南池袋に、幕末から明治へ移る激動の記憶が石碑として残っています。


墓域には榊原家に関わる墓碑や石塔が残ります。榊原家は徳川家康以来の譜代大名家で、江戸時代には姫路藩や高田藩などを治めました。境内では史跡だけでなく、ちょうど見頃を迎えたあじさいも目を楽しませてくれました。


安国堂|法明寺の祖師堂
続いて安国堂へ。法明寺公式によれば、安国堂は日蓮聖人像を安置する祖師堂で、日蓮が著した『立正安国論』にちなむ名称です。木立とあじさいに囲まれた堂は、池袋駅の近くとは思えない静けさでした。

威光山法明寺|江戸の名所に咲くあじさい
威光山法明寺は、豊島区によると弘仁元年(810)に真言宗の「威光寺」として開かれ、正和元年(1312)に日蓮宗へ改宗して現在の寺号となりました。江戸時代から桜の名所として知られ、境内には珍しい意匠の梵鐘や蕣塚なども残ります。
この日は桜ではなく、境内のあじさいが主役でした。青や紫の花が堂宇や山門の落ち着いた景観によく映え、6月の寺社散歩らしい風景を楽しめました。


雑司ヶ谷鬼子母神堂|江戸から続く参詣地へ
雑司ヶ谷鬼子母神堂は、法明寺に属するお堂です。永禄4年(1561)に鬼子母神尊像が清土で見つかり、天正6年(1578)に雑司ヶ谷村の人々が堂を建てて安置したと伝わります。現在の本殿は寛文4年(1664)に建立され、元禄13年(1700)に相の間と拝殿が増築されました。2016年には国の重要文化財に指定されています。


境内では、昔ながらの駄菓子屋「上川口屋」にも立ち寄りました。駄菓子が瓶や木箱に並ぶ店先は、歴史的な堂宇とはまた違う角度から、雑司が谷の生活文化を感じさせます。




境内の大イチョウは東京都指定天然記念物です。豊島区の文化財案内では幹回り6.63メートル、高さ32.5メートルとされ、応永年間(1394~1428)に僧の日宥が植えたと伝えられています。堂宇より古い可能性がある巨木を、参加者みんなで見上げました。

鬼子母神堂へ続く大門ケヤキ並木も東京都指定天然記念物です。石畳と大木が続く参道は、江戸の参詣地として栄えた雑司が谷の雰囲気を今に伝えています。

南池袋・雑司が谷の歴史をもう少し深く知る
南池袋・雑司が谷は武蔵野台地の東端に位置し、寺社と坂道、旧道が残る地域です。池袋駅の繁華街から少し歩くだけで、江戸の参詣地、戦災の記憶、戦後の住宅、現代の再開発が連続して現れます。
本立寺|榊原家と幕末の神木隊を伝える寺
本立寺に残る「神木隊戊辰戦死之碑」は、越後高田藩と戊辰戦争を結ぶ史跡です。本立寺は榊原家と縁を持った寺院としても知られ、境内の墓碑・供養塔から南池袋と大名家の接点を知ることができます。
安国堂と法明寺|池袋駅近くに残る寺町の風景
法明寺は弘仁元年(810)に真言宗「威光寺」として開創され、正和元年(1312)に日蓮宗へ改宗しました。現在の本堂は1945年の戦災で全山焼失した後、1959年に再建されたものです。
境内の安国堂は日蓮聖人を祀る祖師堂です。梵鐘には曲尺、算盤、枡、天秤など江戸時代の生活道具が刻まれ、酒井抱一の朝顔と戸張富久の句を刻んだ蕣塚もあります。法明寺は江戸時代から桜の名所として知られますが、初夏のあじさいも境内の緑によく映えます。
雑司ヶ谷鬼子母神堂|江戸から続く参詣地
雑司ヶ谷鬼子母神堂は安産・子育ての信仰を集め、江戸時代には武士から庶民まで多くの参詣者が訪れました。本殿・相の間・拝殿からなる建物は国指定重要文化財です。
境内には東京都指定天然記念物の大イチョウがあり、参道には鬼子母神大門ケヤキ並木が続きます。堂宇と参道、樹木を一緒に見ると、江戸の参詣地だった雑司が谷の空間が現在にも残っていることが分かります。
周辺をさらに歩くなら、高田馬場から池袋まで歩く|千登世橋・雑司が谷・鬼子母神の歴史散歩でも、鬼子母神大門ケヤキ並木と鬼子母神堂を詳しく紹介しています。
並木ハウス|手塚治虫が暮らした昭和の集合住宅
雑司が谷の並木ハウスは1953年(昭和28)に建てられた集合住宅で、漫画家手塚治虫が暮らしたことで知られています。戦後の木造集合住宅が少なくなった都心で、昭和の住宅史と漫画文化を同時に伝える場所です。
この日も現地に立ち寄り、外壁に掲げられた「登録有形文化財」の銘板を確認しました。池袋・椎名町周辺はトキワ荘をはじめ漫画家との縁が深い地域ですが、南池袋・雑司が谷にもその足跡が残っています。

豊島ふくろう・みみずく資料館|池袋の「ふくろう文化」を知る
豊島ふくろう・みみずく資料館は、豊島区立南池袋小学校の一室にある無料の資料館です。世界各地のふくろう・みみずくを題材にした資料や工芸品を収蔵し、そのうち200~300点ほどを順次展示しています。
この日は南池袋小学校の入口から資料館へ向かい、実際に展示を見学しました。学校施設の一角にある小さな資料館ですが、工芸品、絵画、装飾品など素材も表現も異なるふくろう・みみずくが一堂に並びます。

コレクションの中心は、東京大学名誉教授の故飯野徹雄氏と、拓殖大学教授の故松浦千誉氏が収集した資料です。池袋では駅前の「いけふくろう」をはじめ、ふくろうが街のモチーフとして親しまれています。資料館では、世界の民芸・工芸・意匠に現れるふくろうを比較して見ることができます。


屋外の史跡を歩いた後に、世界各地のふくろう文化を室内展示で見ることで、地域のシンボルとして親しまれる「ふくろう」を別の角度から知る時間になりました。開館日や展示内容は変更されることがあるため、訪問時は豊島区公式の豊島ふくろう・みみずく資料館案内で最新情報を確認できます。
豊島の森|区役所屋上で地形と自然を学ぶ
豊島区役所が入る「としまエコミューゼタウン」は2015年に完成した、区役所と超高層マンションが一体となった建物です。10階の屋上庭園「豊島の森」では、かつて豊島区に見られた植生や水辺環境を再現しています。

散歩の終盤には10階のテラスへ上がり、歩いてきた南池袋・雑司が谷の方向を見渡しました。地上では坂道や寺社を一つずつ追ってきましたが、高い場所から眺めると市街地の高低差や緑のまとまりが分かりやすくなります。

豊島区は武蔵野台地の東端にあり、小河川が台地を削って谷や崖線をつくりました。南池袋・雑司が谷の坂や寺社の位置を地形と重ねて見ると、街の成り立ちがより分かりやすくなります。

南池袋・雑司が谷を一緒に歩く面白さ
今回の散歩では、初夏のあじさいを楽しみながら、幕末の神木隊、法明寺の寺史、鬼子母神信仰、参道の大木や駄菓子屋まで、南池袋と雑司が谷に残る多彩な歴史をたどりました。5人という少人数だったため、碑や建物を一つずつ確認しながら歩けたのも今回の特徴です。
地形や暗渠にも興味がある方は、弦巻川跡を歩く|池袋・雑司が谷の暗渠と川跡をたどる歴史散歩レポートも関連します。雑司が谷の坂や低地を、水の流れから読み解いています。
TimeWalkで周辺の史跡を探す
今回のイベントではTimeWalkを利用していません。TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。南池袋や雑司が谷を自分のペースで歩くときは、現在地から歩ける史跡を地図で探すことができます。

