江戸城三十六見附とは?全36か所の一覧・見どころ・巡り方

江戸城三十六見附は、江戸城と城下町を守った主要な城門をまとめた呼び名です。四谷見附や赤坂見附のように地名へ残った場所、田安門や桜田門のように門が残る場所、石垣や道路の曲がり方から位置を読める場所があります。

この記事では、三十六見附の全一覧、現在地、残る遺構、現地で見るポイント、効率よく巡る区間をまとめます。名称と配列は大熊喜邦『江戸建築叢話』所収の三十六見附を基準とし、現地情報は公的機関の文化財資料と現在の公開情報で補いました。見学情報は2026年7月28日時点です。

江戸城三十六見附の位置関係を示す図

江戸城三十六見附とは

見附は城門・橋・番所を組み合わせた警備拠点

見附は、交通の要所を監視する場所を表す言葉です。江戸城では、堀に架かる橋、門、番所を組み合わせた出入口を指しました。番士が人と物資の出入りを監視し、非常時には城内への進入を防ぐ役割を担いました。

多くの門は、最初の高麗門をくぐった先で進行方向を直角に変え、渡櫓門へ進む枡形構造です。直進を防ぐ四角い空間を石垣と門で囲み、攻め手の勢いを止めます。大手門、桜田門、田安門、清水門では、この仕組みを現在も立体的に確認できます。

江戸城は城下町まで囲む巨大な城郭だった

徳川家康が江戸城を居城とした後、秀忠、家光の三代にわたって城と城下町の整備が進みました。寛永13年(1636)には内外郭を含む大規模な城郭がほぼ完成し、外堀の延長は約14キロメートルに達しました。堀の内側には本丸、二の丸、三の丸、西の丸、北の丸と武家地・町人地が広がり、江戸の都市全体が防御線に組み込まれました。

江戸城外郭に配置された見附・門・櫓の位置関係を示す図
江戸城外郭の門と櫓の配置図。作成:Tateita/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。
徳川将軍家の系図

「三十六」は主要門を選んだ名数

江戸城には大小多数の門があり、三十六見附は門の総数を表す数字ではなく、主要な門を選んだ名数です。資料ごとに名称や並び順へ差があります。本稿は『江戸建築叢話』に掲げられた36門を採用し、外郭から内曲輪、城内へ進む流れで整理しました。

江戸城三十六見附の全一覧

「門が残る場所」「石垣や堀が残る場所」「碑や地形で確認する場所」が混在します。皇居東御苑内の門は公開日に見学でき、西の丸周辺の門は皇居外苑や一般参観コースから外観を確認します。

番号名称現在地の目安現地で見るポイント地図
1浅草見附(浅草橋門)浅草橋駅周辺跡碑と浅草橋。奥州・日光方面へ通じた江戸北東の出入口地図
2筋違見附(筋違橋門)万世橋・昌平橋周辺門跡の位置と神田川。中山道方面と城内を結んだ交通の要所地図
3小石川見附(小石川門)飯田橋駅東口周辺外堀と神田川が接近する地形。門跡は市街地に重なる地図
4牛込見附(牛込門)飯田橋駅西口石垣の一部。上州道へ通じた門で、寛永13年(1636)に枡形が築かれた地図
5市谷見附(市谷門)市ケ谷駅周辺土橋の高低差と外濠。市谷方面へ開く門の位置地図
6四谷見附(四谷門)四ツ谷駅周辺駅の両側に残る石垣。甲州街道につながる重要な出入口地図
7喰違見附紀尾井町・上智大学周辺土塁と折れ曲がる道。石垣造りの枡形と異なる地形防御地図
8赤坂見附(赤坂門)赤坂見附駅・弁慶橋周辺石垣と弁慶濠。大山道方面へ通じた外郭門地図
9虎ノ門虎ノ門駅周辺石垣の一部と外堀の痕跡。南側から江戸城へ入る要所地図
10幸橋門新橋駅・内幸町周辺門跡の位置。外堀は市街地と道路へ変わった地図
11山下橋門(山下門)日比谷・有楽町周辺山下御門跡。外堀の線を現在の街路からたどる地図
12数寄屋橋門数寄屋橋公園周辺数寄屋橋跡の碑と外堀の位置。銀座と丸の内を結ぶ地点地図
13鍛冶橋門東京駅八重洲南口周辺鍛冶橋通りに残る門名。外堀跡は市街地の道路網に重なる地図
14呉服橋門東京駅八重洲北口周辺発掘で確認された外堀石垣と門跡の位置地図
15常盤橋門常盤橋公園枡形石垣と常磐橋。外堀と日本橋川が接続する場所地図
16神田橋門神田橋周辺日本橋川と橋。鎌倉河岸に近い物資輸送の要所地図
17一ツ橋門一ツ橋周辺橋際に残る石垣の一部。御三卿・一橋家の名にもつながる地図
18雉子橋門雉子橋周辺日本橋川沿いの石垣。高速道路下に城郭の線が残る地図
19竹橋門竹橋駅・北の丸公園南東竹橋と堀。北の丸と城内を結んだ門の位置地図
20清水門北の丸公園高麗門、渡櫓門、枡形、雁木。国の重要文化財地図
21田安門北の丸公園・九段下高麗門と渡櫓門。国の重要文化財で、枡形を体感しやすい地図
22半蔵門半蔵門駅・皇居西側現在の門と半蔵濠。通常は外観から位置を確認地図
23外桜田門(桜田門)桜田門駅高麗門、渡櫓門、枡形。国の重要文化財地図
24日比谷門日比谷公園心字池に転用された石垣。日比谷公園内で観察できる地図
25馬場先門皇居外苑・馬場先濠門跡と堀。丸の内側から皇居外苑へ入る位置関係地図
26和田倉門和田倉噴水公園周辺和田倉橋と枡形石垣。門前の空間が分かりやすい地図
27大手門皇居東御苑江戸城の正門。高麗門、再建渡櫓門、枡形、旧鯱地図
28平川門皇居東御苑高麗門と渡櫓門。帯曲輪門を伴う複雑な虎口地図
29北桔橋門皇居東御苑本丸北側の高石垣と旧跳ね橋の地形地図
30西の丸大手門皇居正門現在の皇居正門。正門石橋と一体で外観を確認地図
31西の丸玄関門二重橋周辺正門鉄橋の奥に位置する西の丸の玄関口。通常は外観中心地図
32坂下門皇居宮殿東側現在の坂下門。通常は外観中心で、皇居一般参観の周辺施設地図
33内桜田門(桔梗門)桔梗濠・皇居東御苑南側桔梗濠越しの門。皇居一般参観で近くを通る場合がある地図
34下乗門(大手三の門)皇居東御苑同心番所と石垣。大名が駕籠を降りた場所地図
35中之御門(中之門)皇居東御苑巨石を使った石垣と大番所。本丸へ向かう正面の虎口地図
36中雀門皇居東御苑文久3年(1863)の火災で焼けた石垣。本丸御殿玄関前の門跡地図
1871年に撮影された現存しない江戸城呉服橋門の古写真
呉服橋門、1871年。撮影:横山松三郎/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

初めての見附巡りで外せない8か所

牛込見附:駅前に石垣が残る外郭門

JR飯田橋駅西口周辺に石垣の一部が残ります。牛込門は江戸城北の丸に近く、牛込・早稲田方面へ通じる上州道の出口でした。寛永13年(1636)に阿波徳島藩主蜂須賀忠英が枡形を築き、明治期の撤去後も石垣の一部が残りました。

牛込橋から見たJR中央線と江戸城牛込見附跡・外濠
牛込橋とJR中央線。左側に牛込見附跡、右側に江戸城外濠。2019年7月23日。撮影:皮卡神/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

市谷見附から牛込見附、小石川見附まで外濠沿いを歩くコースは、国の史跡「江戸城外濠公園」など市ヶ谷から水道橋までブラタモリ風にあるいてみようで紹介しています。

四谷見附:鉄道と道路の間に残る石垣

四ツ谷駅周辺では、線路沿いと外濠公園側に石垣が残ります。四谷門は甲州街道につながる西側の要所でした。駅の高低差と外濠を合わせて見ると、橋を渡って門へ入る構造を理解しやすい場所です。

喰違見附:道の折れが防御施設になる

喰違見附では、大規模な石垣門よりも土塁と屈曲する道が見どころです。紀尾井町の尾根を横切る道をずらし、直進しにくい形にしています。門の建物が失われた場所でも、地形と道路から防御の工夫を読める代表例です。

赤坂見附:石垣と弁慶濠が一緒に残る

赤坂見附駅から弁慶橋へ向かうと、外堀の水面と石垣を同時に観察できます。赤坂門は大山道方面へ通じる外郭門で、江戸城西側の防御と交通を担いました。四谷見附から赤坂見附へ歩く区間は、現存する外濠の規模を体感しやすい散歩道です。

田安門:二つの門と枡形が残る

田安門は北の丸公園の入口にあり、高麗門と渡櫓門の間で向きを変える枡形が残ります。門を通過しながら、橋、石垣、門、北の丸の位置関係を確認できます。清水門、桜田門とともに国の重要文化財です。

北の丸公園入口に現存する江戸城田安門の高麗門と石垣
田安門、2012年3月20日。撮影:Kakidai/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

清水門:雁木と高石垣まで見られる

清水門は高麗門と渡櫓門に加え、北の丸へ上る石段状の雁木が残ります。低い清水濠側から高い北の丸へ進むため、城内の高低差と防御を同時に観察できます。石段は急で、雨天時は足元への注意が必要です。

北の丸公園に現存する江戸城清水門の高麗門・石垣・雁木
清水門、2012年3月20日。撮影:Kakidai/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

桜田門:枡形の規模を体感できる

外桜田門は、桜田濠に面した高麗門と、その内側の渡櫓門で構成されます。二つの門の軸がずれ、枡形内で進路を変える構造が明瞭です。幕末の桜田門外の変は、門外の彦根藩井伊家上屋敷に近い場所で起きました。

皇居外苑に現存する江戸城外桜田門の高麗門と枡形
外桜田門(桜田門)、2021年8月14日。撮影:Syced/Wikimedia Commons/CC0。

大手門から中雀門:大名登城の順路をたどる

皇居東御苑では、大手門から下乗門、中之門、中雀門へ進むことで、大名が本丸御殿へ向かった正面経路をたどれます。大手門の枡形、同心番所、百人番所、中之門の巨石、中雀門の焼けた石垣が連続し、門ごとに警備が重なる構造を理解できます。

皇居東御苑の入口にある江戸城大手門渡櫓門
江戸城大手門渡櫓門、2004年。撮影:Fg2/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

常盤橋門から大手門、本丸へ進む登城ルートは、【3周年記念】大名気分で皇居を歩く!江戸城登城をしてみよう!で確認できます。

三十六見附を効率よく巡る5区間

全36か所は浅草橋から外堀を回り、皇居周辺と皇居東御苑へ続きます。一度に完歩するより、鉄道駅を起点に5区間へ分けると、遺構と地形を落ち着いて観察できます。各区間は見学と休憩を含めて半日を目安にしてください。

第1区間:浅草橋見附から牛込見附

  • 浅草見附
  • 筋違見附
  • 小石川見附
  • 牛込見附

神田川沿いに進み、江戸北東の出入口をたどる区間です。門の建物よりも、川、橋、街道、鉄道による都市の変化が中心になります。最後の牛込見附では石垣を確認できます。

第2区間:牛込見附から赤坂見附

  • 牛込見附
  • 市谷見附
  • 四谷見附
  • 喰違見附
  • 赤坂見附

水をたたえた外濠、土塁、石垣、屈曲する道が残り、外郭防御を最も理解しやすい区間です。初心者は四ツ谷駅から赤坂見附駅まで歩くだけでも、四谷門、喰違見附、赤坂門という異なる三つの防御形式を比較できます。

市ヶ谷駅付近に残る江戸城市ヶ谷見附の石垣跡
市ヶ谷見附跡。Wikimedia Commons掲載画像。

第3区間:赤坂見附から常盤橋門

  • 赤坂見附
  • 虎ノ門
  • 幸橋門
  • 山下橋門
  • 数寄屋橋門
  • 鍛冶橋門
  • 呉服橋門
  • 常盤橋門

埋め立てられた外堀を、駅名、橋名、道路の曲線から復元する区間です。虎ノ門から新橋、銀座、東京駅へ進むにつれて遺構は少なくなり、常盤橋公園で再び枡形石垣と日本橋川に出会います。

1871年に撮影された江戸城常盤橋門の古写真
常盤橋門、1871年。撮影:横山松三郎/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

第4区間:常盤橋門から和田倉門

  • 常盤橋門
  • 神田橋門
  • 一ツ橋門
  • 雉子橋門
  • 竹橋門
  • 清水門
  • 田安門
  • 半蔵門
  • 桜田門
  • 日比谷門
  • 馬場先門
  • 和田倉門

日本橋川、北の丸、千鳥ヶ淵、皇居外苑を結ぶ長い区間です。清水門、田安門、桜田門の三つの重要文化財を軸にし、途中離脱できる竹橋、九段下、半蔵門、桜田門の各駅を活用すると歩きやすくなります。

第5区間:皇居正門と皇居東御苑

  • 大手門
  • 平川門
  • 北桔橋門
  • 西の丸大手門
  • 西の丸玄関門
  • 坂下門
  • 桔梗門
  • 下乗門
  • 中之門
  • 中雀門

皇居外苑で西の丸周辺の門を外観から確認し、皇居東御苑で大手門から本丸へ向かう経路を歩きます。公開区域と通常の非公開区域が接するため、宮内庁の案内図と現地表示に沿って進みます。

見附跡を見つける4つの観察ポイント

1.橋と門を一組で見る

見附は橋の先に門を置く例が多く、橋名に門の記憶が残ります。浅草橋、神田橋、一ツ橋、竹橋、和田倉橋では、橋の両岸と堀・川の方向を見比べると門の位置を想像しやすくなります。

2.道が曲がる理由を考える

枡形門は高麗門から渡櫓門へ直進させず、内部で進路を変えます。喰違見附の屈曲、市谷・四谷の土橋、大手門や桜田門の直角の動線に注目すると、防御の意図が読み取れます。

3.石垣の表面と角を見る

石材の形を整えて隙間を小さく積む切込接、自然石に近い形を生かす打込接など、場所と築造・修理年代で表情が変わります。角では長辺と短辺を交互に組む算木積が使われ、石垣の強度を高めています。

4.駅名・町名・道路名を手がかりにする

赤坂見附、四谷見附、虎ノ門、半蔵門の名称は、門が失われた後も交通の結節点に残りました。数寄屋橋、鍛冶橋、呉服橋、神田橋の名も、外堀と門の位置を伝えています。

皇居東御苑の見学情報

皇居東御苑は入園無料で、事前予約も不要です。休園日は原則として月曜日・金曜日と年末年始で、祝日や行事により変更があります。公開時間は季節で変わり、4月15日から8月末までは9時から18時、11月から2月末までは9時から16時です。最終入園は閉園30分前です。訪問日は宮内庁「皇居東御苑」休園日カレンダーで最新情報を確認してください。

大手門、平川門、北桔橋門が出入口です。大手門から入ると、下乗門、同心番所、百人番所、中之門、中雀門、本丸跡の順に大名登城の動線をたどれます。清水門と田安門は北の丸公園側にあり、皇居東御苑の入園時間外でも周辺を歩けます。

皇居東御苑に現存する江戸城百人番所
江戸城百人番所、2005年。撮影:Fg2/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

桔梗門、富士見櫓、宮殿東庭、二重橋を歩いた様子は、みんなで皇居一般参観にいってきました!|皇居一般参観・二重橋を歩く開催レポートで紹介しています。

よくある質問

三十六見附は一日で巡れますか

位置だけを追えば長距離の一日行程になります。石垣、案内板、地形を観察する場合は、外堀4区間と皇居周辺1区間に分ける方法が適しています。皇居東御苑の休園日も日程へ反映してください。

初心者におすすめの区間はどこですか

四ツ谷駅から赤坂見附駅までの外濠区間と、皇居東御苑の大手門から中雀門までの区間です。前者は外堀、石垣、土塁、道の屈曲を比較でき、後者は門と番所が重なる城内警備を理解できます。

現在も門が残る見附はどこですか

田安門、清水門、桜田門では江戸時代の門構えを確認できます。大手門は高麗門と昭和41年(1966)に再建された渡櫓門で枡形を構成します。平川門、北桔橋門も皇居東御苑の出入口として門の形を保っています。

資料によって一覧の順番が違う理由は何ですか

三十六見附は幕府が統一番号を付けた制度名ではなく、主要な見附をまとめた名数として広まりました。そのため、資料ごとに採用門、呼称、順序へ差があります。比較する際は、一覧の根拠資料を先に確認すると混乱を避けられます。

参考文献・公式資料

現地確認のポイント:門そのものが残る場所では枡形の動線を、門が失われた場所では橋、堀、石垣、道の屈曲、駅名・町名を手がかりにしてください。36か所をつなぐと、皇居周辺だけでは捉えにくい江戸城の規模と、城郭都市から現代東京へ変わった過程を地上でたどれます。