
2023年12月30日、19人で東京都葛飾区の柴又を歩きました。京成金町線の柴又駅に集合し、前半は帝釈天参道で食べ歩き。柴又帝釈天で年末詣をした後、江戸川河川敷へ向かい、江戸時代から続く「矢切の渡し」に乗って千葉県松戸市下矢切まで渡りました。
参道のにぎわい、寺町としての柴又の歴史、そして橋ではなく舟で都県境を越える体験まで、柴又らしさを一度に味わえる街歩きです。後半では「矢切の渡し」がなぜ残ったのか、同名の歌謡曲との関わりも紹介します。
今回のコース概要
柴又駅 → 柴又帝釈天参道(食べ歩き) → 柴又帝釈天 → 江戸川河川敷 → 矢切の渡し(柴又側) → 千葉県松戸市下矢切
対岸の下矢切には鉄道駅が渡船場のすぐ近くにないため、当日は松戸駅方面へ向かう人はバスを利用し、それ以外の人は再び渡し船で柴又側へ戻りました。

柴又
柴又は、柴又帝釈天の門前町として発展してきた地域です。葛飾区史によると、江戸時代後期には帝釈天への参拝が行楽としてにぎわい、現在のような参道は明治時代末ごろに形づくられ、その後大正期にかけて商店街の姿へ発展しました。参道に草団子、せんべい、川魚料理などの店が並ぶ風景は、参詣と食の楽しみが結びついた柴又の特徴です。
また、柴又帝釈天を中心とする一帯は国の重要文化的景観に選定されています。寺だけを見るのではなく、駅前から参道、境内、江戸川まで続く景観全体を歩くことで、門前町と水辺が一体となった柴又の成り立ちを感じられます。
参道で食べ歩き
集合後は、まず参道へ。年末の参道には多くの人が行き交い、私たちも草団子などを手にしながら食べ歩きを楽しみました。


柴又の参道は「食べること」そのものが街歩きの楽しみになります。甘味だけでなく、温かい食べ物や飲み物もあり、冬の散歩にもよく合います。




柴又帝釈天で年末詣
参道の先に現れるのが、柴又帝釈天として知られる題経寺です。葛飾区史では1629年創建と伝えられ、帝釈堂や二天門の精緻な彫刻で知られています。帝釈堂の彫刻群は大正末期から十数年をかけ、1934年に完成しました。
帝釈天信仰と柴又の門前町を理解する鍵の一つが「庚申」です。1779年、行方不明になっていた帝釈天の板本尊が庚申の日に発見されたと伝えられ、以後、庚申の日が縁日となりました。60日に一度巡る庚申の日には現在も縁日が行われています。

今回は12月30日の年末詣。食べ歩きのにぎわいから寺院の境内へ入り、一年の終わりに柴又を訪ねる時間となりました。
帝釈天から江戸川へ
参拝後は帝釈天の裏手から江戸川河川敷へ。葛飾区の案内では、矢切の渡しの柴又側乗り場は柴又駅から徒歩約10分、帝釈天裏手の河川敷を上がった江戸川沿いにあります。

参道の密度ある町並みから、視界の開けた河川敷へ景色が大きく変わります。この「門前町から川へ」という変化も、柴又散歩の面白さです。

矢切の渡し(渡し船と曲)
矢切の渡しは、東京都葛飾区柴又と千葉県松戸市下矢切を結ぶ渡し船です。葛飾区と松戸市の資料では、その起源は江戸時代初期にさかのぼります。江戸川の両岸に農地を持つ地元の農民が往来するための渡しとして使われ、現在も残る歴史的な交通手段です。葛飾区は「都内に残る渡しはここだけ」と紹介しています。
渡し船は単なる観光アトラクションとして始まったものではありません。橋の少ない時代、川の向こう側にある農地へ行くための生活交通でした。いま舟に乗ると、現在の都県境を越える短い船旅の中に、江戸川を挟んで生活圏がつながっていた時代の感覚を重ねることができます。
『野菊の墓』と歌謡曲「矢切の渡し」
矢切の名を全国へ広めた文化作品も見逃せません。松戸市は、伊藤左千夫の小説『野菊の墓』で政夫と民子の物語の舞台となったこと、さらに同名の歌謡曲の舞台として知られることを紹介しています。
歌謡曲「矢切の渡し」は、細川たかしさんの公式ディスコグラフィーによると1983年2月21日発売。作詞は石本美由起、作曲は船村徹です。歴史ある渡船の名が歌によって広く知られ、現在の観光地としてのイメージにも重なっています。
初めての渡し船、ほぼ貸し切りで乗船
今回、私たちにとっては初めての渡し船体験でした。19人で乗ると、舟はほぼ私たちだけの貸し切り状態。船頭さんが面白い話を聞かせてくださり、岸から眺めるだけでは分からない渡船の雰囲気を味わえました。

出発直後は風情のある手漕ぎ。途中からは原動機に切り替わり、川面を進んでいきます。松戸市の案内では、柴又と矢切の間の江戸川はおよそ150メートル。短い距離ですが、橋を渡るのとはまったく違う視点で川と両岸を見ることができます。

冬の澄んだ空の下、ほぼ貸し切りの舟で江戸川を渡る時間は、この日の街歩きのハイライトになりました。
千葉県松戸市下矢切へ到着
舟は対岸の千葉県松戸市下矢切へ到着。東京都内の柴又から、ほんの短い船旅で千葉県へ移ります。

渡船場のすぐ近くに鉄道駅はありません。当日は松戸駅へ向かう人はバスに乗り、それ以外の人は再び渡し船に乗って柴又へ戻りました。現在の矢切側へのアクセスも、松戸市観光協会では松戸駅西口からバスを利用する経路などが案内されています。運航日や料金は変更されることがあるため、実際に乗船する際は葛飾区・松戸市・観光協会などの最新案内を事前に見るのがおすすめです。
TimeWalkで柴又周辺の歴史スポットを探す
柴又は、帝釈天だけでなく参道、江戸川、矢切の渡しなど、歩くことで歴史のつながりが見えやすい地域です。街歩きの予習・復習や別の日の散策には、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探せるWebアプリ「TimeWalk」も利用できます。
まとめ
今回の柴又散歩は、参道での食べ歩き、柴又帝釈天の年末詣、そして江戸川を渡る矢切の渡しまで、門前町と水辺の歴史を体験でつなぐ一日になりました。特に渡し船は、江戸時代から続く交通の記憶を現在の風景の中で体感できる貴重な存在です。
柴又を訪れるときは、参道と帝釈天だけで引き返さず、ぜひ江戸川の土手まで歩いてみてください。町のにぎわいから広い川景色へ移ることで、柴又という地域の別の表情が見えてきます。

