市ヶ谷から水道橋の歴史散歩|江戸城外堀・見附跡8スポット

市ヶ谷駅付近に残る江戸城市ヶ谷見附の石垣跡

市ヶ谷駅から飯田橋を経て水道橋駅まで、江戸城外堀に沿って歩く歴史散歩コースです。市ヶ谷見附、牛込見附、小石川見附を中心に、日本赤十字社発祥地、飯田町駅跡、三崎稲荷神社など8か所を巡ります。現在のJR中央・総武線沿いには、江戸城の堀、土塁、石垣、近代鉄道の痕跡が重なって残っています。

歩行距離はルートの取り方によって約4km、歩くだけなら約1時間、史跡や案内板を見ながら巡る場合は2~3時間が目安です。市ヶ谷・飯田橋・水道橋の三駅を結ぶため、途中で切り上げやすく、東京の城郭史と近代史を一度にたどれます。

市ヶ谷から水道橋までの歴史散歩コース概要

出発市ヶ谷駅
到着水道橋駅
距離約4km(歩く道によって前後します)
所要時間歩行のみ約1時間/見学込み2~3時間
主な見どころ市ヶ谷見附、江戸城外堀、牛込見附、飯田町駅跡、小石川見附、三崎稲荷神社
歩きやすさ舗装路中心。橋、階段、交差点があります
おすすめ江戸城、鉄道史、古地図、地形、神社が好きな人

江戸城外堀と「見附」を知ってから歩く

江戸城の外堀は、城の中心部だけでなく、武家地や町人地を含む江戸の市街地を囲う防御線でした。寛永13年(1636)、幕府が諸大名に命じて外郭を整備し、牛込、市ヶ谷、四谷、赤坂などに枡形を設けたことで、江戸城の惣構が完成しました。現在残る外堀の一部は、正式には国指定史跡「江戸城外堀跡」と呼ばれ、昭和31年(1956)3月26日に指定されています。

見附は、堀を渡る橋と城門を組み合わせた警備の要所です。江戸城の主要な見附では、高麗門から入った人を石垣で囲まれた方形の空間へ導き、直角に曲げて櫓門を通す「枡形」が用いられました。敵が直進しにくく、城内から監視・防御しやすい構造です。

江戸城三十六見附と主要な線路・史跡を示した地図
紫色は主な見附、白色は主な歴史スポット、青色は現在の主要線路です。今回歩く市ヶ谷・牛込・小石川の各見附は、江戸城北西部の外郭を守っていました。

江戸城の見附は実際には36か所を超えましたが、江戸時代から俗に「江戸城三十六見附」と呼ばれました。全36か所の位置、現存する門や石垣、効率的な巡り方は、江戸城三十六見附とは?全36か所の一覧・見どころ・巡り方で詳しく解説しています。

外堀が形づくられた徳川三代の時代

徳川家康が江戸に入った後、江戸城と城下町の拡張は秀忠・家光の時代まで続きました。とくに家光の時代、寛永13年の外郭工事によって、市ヶ谷や牛込を含む外堀の防御線が整えられます。散歩中に見る堀や石垣は、江戸城本丸から離れていても、将軍の城と都市全体を守る施設でした。

徳川家康から歴代将軍へ続く徳川将軍家系図

散歩ルートと8つの見どころ

市ヶ谷駅を出発し、外堀に沿って飯田橋へ進み、神田川沿いから水道橋へ向かいます。地点名のリンクを開くとGoogleマップで位置を確認できます。

1. 国指定史跡 市ヶ谷見附跡

市ヶ谷見附跡は、江戸城外郭の西側を守った城門跡です。市ヶ谷橋と門、石垣、枡形が一体となり、外から江戸城内へ入る人や物の流れを監視しました。現在は門そのものが失われていますが、市ヶ谷駅付近に石垣が残り、外堀の水面、土手、橋との位置関係から、かつての出入口を読み取れます。

現地では、石垣だけを見るのではなく、橋を渡った先で進行方向がどのように変わるかを意識してください。枡形門は、外から城内を一直線に見通せないように造られました。現在の道路や駅の構造に隠れていますが、橋と石垣をセットで見ると門の規模を想像しやすくなります。

市ヶ谷駅付近に残る江戸城市ヶ谷見附の石垣跡
市ヶ谷見附跡。橋と石垣の位置関係を見ると、江戸城外郭の出入口だったことが分かります。Wikimedia Commons掲載画像。

2. 日本赤十字社発祥地

日本赤十字社発祥地は、博愛社が飯田町に事務所と病院を置いた歴史を伝える場所です。博愛社は明治10年(1877)の西南戦争で、敵味方を区別せず負傷者を救護するために設立されました。明治19年(1886)11月、東京・麹町区飯田町に事務所と救護員養成のための病院を開き、翌年に日本赤十字社へ改称しました。

ここでは「日本赤十字社という名称が最初に生まれた場所」というより、前身の博愛社が東京で活動の本拠を構え、病院と人材育成を始めた場所として捉えると正確です。江戸城の軍事的な外郭を歩いた直後に、近代の人道救護史へ場面が切り替わるのが、このコースの特徴です。

3. 牛込見附跡

牛込見附跡は、江戸城外郭から上州方面へ向かう道を押さえた門跡です。寛永16年(1639)に築かれ、牛込橋の両側には枡形を構成した石垣の一部が残ります。神楽坂側と飯田橋側を結ぶ交通の要所で、現在も橋、外堀、石垣を一度に観察できます。

牛込橋では、橋のたもとの石垣を左右から確認し、外堀の水面とJR中央・総武線の位置にも注目してください。江戸時代の防御施設だった低地が、明治以降は鉄道を通す空間として利用されました。城郭と鉄道が別々の時代の遺構ではなく、同じ地形を使って重なっていることが分かります。

牛込橋から見たJR中央線と江戸城牛込見附跡・外濠
牛込橋とJR中央線。左側に牛込見附跡、右側に江戸城外堀。2019年7月23日。撮影:皮卡神/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

外堀をさらに南へ歩くコースは、赤坂見附から四谷見附までの歴史散歩半蔵門から四谷門までの史跡散歩につながります。江戸城西側の門と堀を続けて比較したい人におすすめです。

4. 区境ホール

区境ホールは、千代田区と新宿区の境界付近に設けられた空間です。外堀は単なる水辺ではなく、現代の行政区境にも影響を与えています。対岸の斜面地と外濠公園の緑を見比べると、堀を境に地形と街区の性格が変わることが分かります。

この付近では、外堀を「江戸城の施設」としてだけでなく、現在の公園、鉄道、道路、区境を組み立てる都市の骨格として見てください。高低差が分かりやすく、台地と低地の境に堀が通された理由を実感できます。

5. 飯田町駅跡

飯田町駅跡は、中央線の前身にあたる甲武鉄道と、その後の貨物輸送の歴史を伝える場所です。飯田町駅は都心側の鉄道拠点として発展し、旅客機能が移った後も長く貨物駅として使われました。外堀や河川に沿う平坦な土地は、線路や荷扱い施設を置くうえでも重要でした。

現在の大規模な建物や整備された歩行空間からは駅の姿を想像しにくいものの、周辺の線路配置、神田川、飯田橋駅との距離を見ると、ここが物流拠点に選ばれた理由が分かります。江戸の防御線が、明治以降の交通・物流軸へ転用された変化を示す地点です。

6. 小石川見附跡

小石川見附跡は、江戸城外郭北側の門跡です。小石川門は寛永13年(1636)の外郭整備で築かれ、水戸藩邸に近かったことから「水戸様御門」とも呼ばれました。現在は門や枡形の全体像をとどめていませんが、周辺の道路、橋、川の位置から外郭の境界をたどれます。

牛込見附では石垣が比較的分かりやすく残るのに対し、小石川見附は都市化の中で痕跡が見えにくい場所です。案内板と現在の地形を照合し、どこに門があり、城内外の動線がどう分かれていたかを考えるのが見学のポイントです。

7. 三崎稲荷神社

三崎稲荷神社は、三崎村の鎮守として祀られたと伝わる神社です。かつては現在の本郷一丁目付近にあたり、その後の移転を経て明治38年(1905)に現在地へ遷座しました。祭神は宇迦之御魂神、須佐之男神、大市姫神、大物主神です。

江戸城の門や鉄道駅のような大規模施設だけでなく、地域の移動とともに場所を変えながら続いた信仰を確認できる地点です。現在の神田三崎町という町名と神社名を結び付けて見ると、この地域が水道橋駅周辺の市街地になる以前の記憶が残っていることが分かります。

千代田区神田三崎町にある三崎稲荷神社の社殿と境内
三崎稲荷神社、2014年1月19日。撮影:Carbonium/Wikimedia Commons/CC BY 3.0。

8. 水道橋の欄干に描かれた昔の景観

水道橋の欄干に描かれた昔の絵は、現在の水道橋周辺と江戸時代の景観を見比べる手掛かりです。「水道橋」という地名は、神田上水の水を通す懸樋が神田川をまたいでいたことに由来します。橋の周辺では、川、台地、道路、鉄道が狭い範囲に集まり、江戸から近代、現代までの都市基盤が重なっています。

欄干の絵を見るときは、描かれた川の幅、対岸の斜面、橋や水路の位置を現在の景観と比べてください。建物は大きく変わっても、神田川と台地の高低差は残っています。市ヶ谷から続けて歩くことで、外堀の水辺が神田川へつながり、江戸城外郭の北側を形成していたことを理解できます。

千代田区と新宿区の境を歩く

このコースは千代田区だけで完結せず、外堀を挟んで新宿区側の景観も見ながら進みます。外堀の水面と土手、台地上の市街地、低地を走る鉄道を同時に観察できるのが特徴です。地図では平面に見える街も、実際に歩くと橋の高さ、斜面、堀底の低さがはっきり分かります。

東京都千代田区の町名と行政区域を示した地図
東京都千代田区の行政区域。今回のコースは区北西部の飯田橋、神田三崎町周辺を通り、外堀を挟んで新宿区側と向き合います。

このコースで見落とさないための歩き方

  • 見附跡では、石垣単体ではなく橋、道路、堀を一緒に見ます。
  • 牛込橋では、外堀とJR線が同じ低地を通る理由を考えます。
  • 飯田町駅跡では、江戸の外郭が近代の物流軸へ変わった流れを確認します。
  • 案内板の年代・位置を確認し、現在地と旧位置を混同しないようにします。
  • 橋の上や交差点では立ち止まりすぎず、通行の妨げにならない場所から観察します。

よくある質問

市ヶ谷から水道橋までは徒歩で何分ですか?

歩くだけなら約1時間が目安です。8地点の案内板や石垣を見て、写真を撮りながら歩く場合は2~3時間を見込んでください。飯田橋駅で中断することもできます。

江戸城外堀跡と外濠公園は同じですか?

同じではありません。江戸城外堀跡は国指定史跡の正式名称で、堀、土手、枡形跡などが指定対象です。外濠公園は、外堀沿いに整備された公園・緑地の名称です。記事タイトルや文化財の説明では、両者を区別する必要があります。

市ヶ谷見附と牛込見附では何が残っていますか?

どちらも門そのものは現存しませんが、石垣や堀、橋との位置関係から枡形の構造をたどれます。牛込見附は牛込橋のたもとに石垣が残り、比較的見つけやすい場所です。

桜の季節以外でも楽しめますか?

一年を通して歩けます。葉が少ない季節は石垣や斜面を見通しやすく、城郭の地形を観察するには向いています。夏は日陰が少ない区間があるため、水分補給と暑さ対策が必要です。

参考資料

TimeWalkで、歩いている場所の歴史をもっと深く知る

歴史散歩サービスTimeWalkを使うと、市ヶ谷から水道橋のコース以外でも、現在地に近い史跡や出来事を確認しながら街を歩けます。事前に決めた名所だけを巡るのではなく、移動中に見つけた坂、橋、寺社、城跡などから、街の歴史を広げられるのが特徴です。

今回のように外堀、見附、鉄道、神社が重なる地域では、一つの時代だけを見ても街の成り立ちは分かりません。TimeWalkで周辺の歴史情報を確認しながら歩くと、江戸の地形が明治の鉄道や現在の道路・区境にどう受け継がれたかを立体的に理解できます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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