生類憐みの令による犬屋敷、新井薬師公園、平和資料展示室など中野の史跡巡りをします♪

中野の歴史散歩 イベント

江戸時代、中野は江戸に近い直轄支配地で、鷹狩りの指定地ともされていました。「徳川実記(とくがわじっき)」によると家光は7年間に29回も中野に鷹狩りに訪れています。年4回平均です。

5代綱吉の頃は「生類憐みの令」が出され鷹狩りは行われなくなりました。そして中野にはお犬様を養育するためのお囲い「犬小屋」が設けられたのです。お囲いは始めに現在のゼロホールの辺りにつくられましたが、足りなくなりどんどん増築されました。面積は約30万坪(約100ha)で東京ディズニーランド(51ha)と東京ディズニーシー(49ha)の合計と同じくらいで、30万頭の犬が養育されていたといわれています。綱吉死去後は直ちに廃止されました。1年間の総経費は98,000両(現代の価格では120億円以上と推定)と言われています。

8代吉宗はふたたび鷹狩りを復活。11回中野を訪れています。さて、吉宗は大変気に入った場所があり、そこに桃を植えさせよと命じました。それが現在の中野三丁目一帯にあった「桃園」のことです。

今回行くところ

※リンクを開くとGoogle Mapに飛びます。Google Mapのナビはあまり参考にせずに歩いてください。車や電車のナビの精度はいいですが徒歩での精度は低いです。

(1)中野犬屋敷(お囲い)

(2)中野ブロードウェイ

(3)薬師あいロード商店街

(4)新井山梅照院

真言宗豊山派、本尊は薬師如来、如意輪観音。天正4年(1586年)、僧・行春により創建。本尊は表を薬師如来、裏を如意輪観音とする二仏一体の像であるとされ、12年に一度「寅年」のみに開帳される。江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益に関して有名になったとの事です。 ーGoogle口コミより抜粋

(5)新井薬師公園 ひょうたん池新井復興土地區画整理組合竣功記念碑

(※)旧中野刑務所正門(旧豊多摩監獄表門)

大正期を代表する建築家・後藤慶二の作品で唯一現存する建造物。中野区有形文化財に指定されています。文化財指定理由「明治期の西欧の模倣から脱却し、近代の新たな建築様式を模索し始めた明治期から大正期の建造物であり、わが国の煉瓦造建築の技術的・意匠的到達点を示すものとして極めて重要です。関東大震災や第二次世界大戦の戦災をくぐりぬけ残されていることも、地域の遺産として貴重です。」とのことです。

(6)中野区平和資料展示室

戦争による被害の実相等を伝え、平和の意義の普及、区民のみなさんの平和で豊かな生活の維持向上のため、中野区ではさまざまな平和事業を行っています。平和資料展示室は、区民のみんさんから寄贈いただいた、戦争中の貴重な資料を展示する施設として、令和2年(2020)年11月6日に新施設として中野区立総合体育館内に開設しました。東京を焼き尽くした焼夷弾の破片、空襲のために変形してしまった時計や家族にあてたはがきやなど、当時の人々がどのような思いで暮らしていたのかを伝えてくれる品々を見ることができます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 会長
なかまつ

北海道大学工学部卒。美術館は週に2回、海外旅行は年に6回行く、ゴリゴリの理系出身のIT系ビジネスマン。隣が図書館のため毎月10冊の本を借りている。趣味の延長で、東京の歴史や芸術を楽しむゆる〜いイベントを企画している。

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