青山一丁目駅から赤坂へ向かう道には、江戸の武家地、明治・大正の邸宅地、昭和の政治史を伝える史跡が近い距離に集まっています。青山通り沿いの高橋是清翁記念公園から、山脇学園の武家屋敷門、丹後坂、旧町名由来板へ進むと、現在のビル街の下に残る赤坂の地形と歴史がつながります。
このページでは、青山一丁目から赤坂まで歩くときに見ておきたい史跡と、その背景をまとめます。後日、実際の開催内容は開催レポートとして追記予定です。
今回のコース概要
- 青山一丁目駅・青山ツイン周辺
- 高橋是清翁記念公園と赤坂地区旧町名由来板
- 山脇学園「武家屋敷門」
- 丹後坂
- 赤坂地区旧町名由来板
- 赤坂方面へ
青山一丁目から赤坂は高低差のある地域です。大通りから一本入ると坂道が増え、坂名や旧町名が江戸時代の屋敷配置を伝えています。
青山一丁目と赤坂は、江戸の武家地から続く街
現在の赤坂は飲食店やオフィスが集まる街ですが、江戸時代には地域の大半を大名・旗本などの武家地が占めていました。1878年(明治11)には赤坂・青山一帯が赤坂区となり、1947年(昭和22)の港区成立を経て、1966年(昭和41)の住居表示で赤坂一ツ木町、赤坂丹後町、赤坂表町、赤坂台町などの旧町名が現在の「赤坂」に統合されました。
そのため、現在の町名だけでは見えにくい土地の記憶が、坂の名や旧町名由来板に残っています。大正期の赤坂区全体を古地図で見たい方は、大正東京・赤坂区を古地図で徹底解説|赤坂・青山・乃木坂もあわせてご覧ください。
高橋是清翁記念公園|二・二六事件の現場となった邸宅跡
青山通り沿いの高橋是清翁記念公園は、政治家・高橋是清の赤坂邸跡です。高橋は日本銀行総裁、内閣総理大臣、大蔵大臣などを歴任し、1936年(昭和11)の二・二六事件でこの邸宅において殺害されました。
高橋の経歴は近代日本の金融史と重なります。若くして渡米した後、帰国後は官界に入り、特許制度の整備に関わりました。のちに日本銀行へ移り、日露戦争期には外債募集に携わります。首相退任後も蔵相を複数回務め、昭和恐慌後の財政・金融政策を担いました。

赤坂にあった主屋は1902年(明治35)の建築で、二階の書斎・寝室は二・二六事件の現場となりました。建物は現在、小金井市の江戸東京たてもの園に移築・復元されています。赤坂の旧邸宅地では建物そのものではなく、庭園の面影、石灯籠、高橋是清像などを見ながら、かつての邸宅の広がりを想像できます。
赤坂4〜8丁目をさらに詳しく歩くなら、赤坂4〜8丁目の歴史散歩|高橋是清邸跡・二・二六事件・武家屋敷門を巡るで、円通寺坂や近衛歩兵第三聯隊跡、乃木坂までつなげて紹介しています。
赤坂地区旧町名由来板|消えた町名から土地の履歴を読む
港区は赤坂地区の各所に旧町名由来板を設置しています。高橋是清翁記念公園にも由来板があり、現在の「赤坂七丁目」になる前の町名や地域の変遷をたどれます。
赤坂は1966年の住居表示で多くの旧町名が統合されました。赤坂台町、赤坂丹後町、赤坂一ツ木町などの名を地図と現地で照らし合わせると、坂と台地、屋敷地の関係がわかりやすくなります。
武家屋敷門|丸の内から赤坂へ移築された国指定重要文化財
山脇学園の敷地に立つ武家屋敷門は、国指定重要文化財です。文化庁の国指定文化財等データベースでは、江戸末期の1862〜1864年に建てられた二階建ての長屋門で、現在の桁行は21.8メートル、梁間は4.7メートルとされています。
もとは三河岡崎藩主で幕府老中を務めた本多忠民の江戸上屋敷表門で、屋敷は現在の丸の内・東京中央郵便局付近にありました。1862年(文久2)の火災後に再建され、明治以降は霞が関や白金などへ移されました。1974年(昭和49)には山脇学園の臨海施設があった千葉県九十九里町へ、2016年(平成28)に現在の赤坂校地へ移築されています。
現在残る門は、江戸の大名屋敷の規模と格式を立体的に伝える貴重な遺構です。門の左右に長屋部分を備える構成や、道路から見てもわかる大きな屋根が見どころです。
丹後坂|武家屋敷の名がそのまま坂名に残る
丹後坂は、赤坂4丁目2番と5番の間にある坂です。港区は、元禄年間(1688〜1704)に開かれたと推定し、坂の北東側に米倉丹後守の屋敷があったことを名の由来として紹介しています。西尾丹後守の屋敷に由来するという説も伝わります。
周辺には1966年まで「赤坂丹後町」の町名がありました。坂名が先に残り、町名が消えたことで、丹後坂は現在の街並みから旧町名をたどる目印になっています。石段と高低差を実際に歩くと、赤坂が平坦な街ではなく、台地と谷が細かく入り組む土地であることも実感できます。
赤坂見附まで足を延ばすと、江戸城外郭へつながる
丹後坂周辺から赤坂見附へ向かうと、散歩のテーマは武家屋敷から江戸城外郭へつながります。赤坂見附には赤坂御門の石垣が残り、江戸城の西側を守った門の位置を現在の街路の中で確認できます。
赤坂御門から外堀沿いを歩くコースは、赤坂見附から四谷見附へ|江戸城外堀と見附を歩く歴史散歩で詳しく紹介しています。
青山一丁目から赤坂を歩く見どころ
この区間の魅力は、ひとつの史跡だけで完結しないことです。高橋是清邸跡では昭和政治史、武家屋敷門では幕末の大名屋敷、丹後坂では江戸の屋敷配置と地形、旧町名由来板では近代以降の町名変化を追えます。数百メートル歩くごとに時代が切り替わり、赤坂の街そのものが歴史資料のように見えてきます。
TimeWalkで周辺の史跡を地図から探す
街歩きの途中で「この近くにほかの史跡はないか」と探したいときは、現在地から歩ける史跡を地図で探せるTimeWalkも利用できます。現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図上で探し、自分のペースで歴史散歩を組み立てられるWebアプリです。
参考資料
- 港区「地名の歴史(赤坂地区)」
- 港区「赤坂地区の旧町名」
- 港区「丹後坂」
- 文化庁「国指定文化財等データベース 武家屋敷門」
- 山脇学園「重要文化財 武家屋敷門移設工事が完了しました」
- 江戸東京たてもの園「高橋是清邸」

