目黒川みんなのイルミネーションを歩く|大崎・五反田「冬の桜」と橋の歴史

目黒川沿い遊歩道の桜色イルミネーションを歩く夜景

桜の葉が落ちた目黒川に、冬になるともう一度、桜色が戻ります。大崎から五反田へ続く「目黒川みんなのイルミネーション」は、川沿いの樹木を桜色のLEDで包み、水面まで淡い光で染める冬の風物詩です。

2024年12月、ゆる歴史散歩会ではゲートシティ大崎を起点に、居木橋、森永橋、御成橋をたどり、五反田ふれあい水辺広場まで歩きました。現在の高層ビル街の足元には、縄文時代の集落、江戸の村、明治以降の工場街、戦後の河川改修と再開発という長い時間が重なっています。

目黒川みんなのイルミネーションとは

「目黒川みんなのイルミネーション」は、大崎〜五反田間の目黒川沿い約2.2kmを桜色の光でつなぐイベントです。公式には「冬の桜」と呼ばれ、春の桜並木とは違う景色をつくります。次回は2026年12月4日から2027年1月31日までの開催が発表されています。

開催期間2026年12月4日〜2027年1月31日
エリア大崎〜五反田の目黒川沿い約2.2km(両岸合計総延長)
入場料無料
電力地域の使用済み食用油由来のバイオディーゼル燃料による100%自家発電
主な最寄駅大崎駅・五反田駅

始まりは2010年。翌2011年の東日本大震災をきっかけに、地域で回収した使用済み食用油をバイオディーゼル燃料に変え、100%自家発電で点灯する方式へ発展しました。華やかな景観と、地域の資源を地域で循環させる仕組みが一体になっています。

大崎駅近くの橋から見た夜の目黒川と水面の光
大崎駅近くから見た夜の目黒川。2011年撮影。撮影:T.Kiya/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)。

春の目黒川では桜が川面へ枝を伸ばします。冬のイルミネーションは、その桜並木そのものを光らせることで、同じ川にもう一つの季節をつくっています。

2025年春、目黒川周辺に咲く桜
目黒川周辺の桜。2025年4月撮影。撮影:Syced/Wikimedia Commons(CC0 1.0)。

大崎・五反田の目黒川|工場の川から都市の水辺へ

いまの大崎・五反田はオフィスビルやマンションが並ぶ街ですが、明治から昭和にかけての目黒川沿いは東京有数の工場地帯へ変わっていきました。水を利用でき、舟運にもつながる川沿いには工場が集まり、鉄道の発達とともに機械・金属・化学などの産業が拡大しました。

一方、都市化が進むと生活排水や工場排水による水質悪化が深刻になります。その後は下水道整備や河川環境の改善が進み、1995年から落合水再生センターの高度処理水が目黒川へ導かれるようになりました。現在も浚渫や障害物撤去、再生水の活用が続いています。

五反田を流れる目黒川と周辺の市街地
五反田を流れる目黒川。2021年撮影。撮影:Syced/Wikimedia Commons(CC0 1.0)。

ゲートシティ大崎|工場街から副都心へ

散歩の起点はゲートシティ大崎です。大崎駅東口第2地区の再開発は1984年に準備組合が設立され、約15年を経て1999年にグランドオープンしました。大崎が工場街から業務・商業・住宅が混在する副都心へ変わっていく過程を象徴する場所です。

再開発では目黒川沿いの区道が桜並木として整備され、河川管理用通路や公園も一体的につくられました。護岸工事に伴って森永橋も架け替えられています。現在の「桜の目黒川」という景観には、河川整備と再開発が深く関わっています。

東京都品川区大崎のゲートシティ大崎
ゲートシティ大崎。2012年撮影。撮影:Aimaimyi/Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)。

居木橋|縄文遺跡と旧村名が残る橋

居木橋いるきばしの周辺には、縄文時代前期の集落跡と貝塚を含む居木橋遺跡があります。現在のビル街からは想像しにくいほど古くから、人が暮らしていた土地です。

江戸後期の地誌『新編武蔵風土記稿しんぺんむさしふどきこう』には、橋の名から「居木橋村」という村名が生まれたという説が記されています。橋が単なる交通施設ではなく、土地を示す名前として残ったことがわかります。

近代化の早さもこの一帯の特徴です。1873年には目黒川近くに近代的なガラス工場が設けられ、1887年には品川白煉瓦工場が進出しました。のちに目黒川沿いへ多くの工場が集まる、その先駆けとなった地域です。

森永橋|製菓工場の通勤路から始まった橋

橋の名前に企業の記憶を残すのが森永橋です。森永製菓は1915年、大崎に第二工場を完成させました。当時は大崎駅と工場を直接結ぶ橋がなく、従業員は大きく迂回して通勤していました。その不便を解消するため、森永側が木橋を架けたのが森永橋の始まりです。

橋は1929年、1972年、1993年に架け替えられました。工場が姿を消したあとも「森永橋」という名は残り、大崎が食品工業の街でもあった時代を伝えています。

目黒川に架かる森永橋を小関橋側から望む
目黒川に架かる森永橋。2024年撮影。撮影:Syced/Wikimedia Commons(CC0 1.0)。

御成橋|将軍の鷹狩りから再生水まで

御成橋おなりばしの名は、江戸時代に徳川将軍が鷹狩りへ向かう際、このあたりを通ったことに由来すると伝えられています。「御成り」は将軍など身分の高い人物の外出を表す言葉で、橋名に江戸の道の記憶が残りました。

現在の御成橋は、目黒川の環境改善を目で見られる場所でもあります。東京都下水道局が供給する再生水がここから川へ放流され、川の水量確保と水質向上に使われています。夜間には放流設備がライトアップされ、江戸の橋名と現代の水環境対策が同じ場所に重なります。

御成橋から上流方向に見た大崎と東五反田の目黒川
御成橋から上流方向を望む目黒川。2011年撮影。撮影:Jonas Neergaard-Nielsen/Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.0)。

五反田ふれあい水辺広場|再開発で生まれた川辺

五反田側の大きな見どころが、五反田ふれあい水辺広場です。周辺の再開発と一体になって整備された親水空間で、川へ視線が開け、桜並木と水面を近くに感じられます。現在はイルミネーションや水辺イベントの舞台となり、かつて工場の背後を流れていた目黒川が、人の集まる都市の水辺へ変わったことを実感できる場所です。

歩いたコース|大崎駅から五反田へ

2024年12月の散歩では、大崎駅から川へ出て、イルミネーションと橋の歴史を順番にたどりました。各リンクはGoogleマップです。

  1. ゲートシティ大崎アトリウム
  2. 居木橋
  3. 森永橋
  4. 御成橋公園
  5. 五反田ふれあい水辺広場

同じエリアをもう少し歩く

目黒川そのものを長くたどるなら、目黒から天王洲まで目黒川沿いを歩いた散歩コースもつながります。大崎周辺の再開発や鉄道の重なりは、西品川・広町から大崎周辺を歩いた散歩コースでさらに詳しく見られます。

開催レポート|2024年12月9日、14名で冬の目黒川へ

2024年12月9日19時30分、14名で大崎から目黒川沿いを歩きました。この日のテーマは「イルミネーションで埋め尽くされた桜で有名な目黒川をぐるりと歩きます✨」。春には桜の名所として知られる川沿いが、冬は桜色の光に包まれます。華やかな夜景を楽しみながら、ゲートシティ大崎、森永橋、鈴懸歩道橋すずかけほどうきょうなどをたどり、現在の都市景観の中に残る大崎の工業史と橋の記憶も確かめました。

ゲートシティ大崎からスタート

集合地点は大崎駅から直結するゲートシティ大崎です。大崎駅東口第2地区の再開発として整備され、1999年2月にグランドオープンした複合施設で、目黒川沿いの歩行空間や桜並木も再開発の中で整えられました。現在の大崎を象徴する大規模なオフィス・商業空間ですが、ここから川へ出ると、近代の工場街だった時代の痕跡が橋名などに残っています。

夜のゲートシティ大崎と大崎駅から続く歩行者通路
2024年12月9日の集合地点、ゲートシティ大崎へ向かう夜の歩行者通路。
ゲートシティ大崎アトリウムのクリスマスツリー
ゲートシティ大崎アトリウム。クリスマスツリーの前に参加者が集まり、ここから夜の歴史散歩を始めました。

アトリウムには大きなクリスマスツリーが飾られ、冬の夜らしい景色の中から散歩を始めました。参加者14名で歩く今回のルートは、イルミネーションを見るだけでなく、川沿いの橋を手掛かりに大崎の街の変化を読み解けるのが特徴です。

桜色に染まる目黒川沿い遊歩道

2024年の「目黒川みんなのイルミネーション」は11月15日から2025年1月13日まで開催され、点灯時間は17時から22時、LEDは約35万球でした。大崎エリアマネージメントによると、地域で回収した使用済み食用油を活用し、100%自家発電で点灯する取り組みでもあります。春の桜そのものではなく、桜並木の枝をLEDで包むことで、冬の目黒川に「光の桜」が連続します。

目黒川沿い遊歩道を彩る桜色のイルミネーション
目黒川沿いの遊歩道を包む桜色のイルミネーション。冬の桜並木を光で表現した景観を歩きます。

遊歩道では頭上まで光が続き、歩く位置によって枝の重なりや水面への映り込みが変わります。桜の名所としての目黒川を、季節の違う夜景として体験できる区間でした。

森永橋|橋名に残る大崎の製菓工場

森永橋では、イルミネーション越しに橋を眺めるだけでなく、現地の由来板も確認しました。森永製菓の公式資料によれば、1915年に大崎へ第二工場が建設された際、駅から工場へ通う従業員のために木橋が架けられたことが森永橋の始まりです。当時、川を渡る橋がなく、従業員は工場まで大きく迂回する必要がありました。企業名が橋名として残ったことで、工場がなくなった現在も大崎の産業史を現地で読み取れます。

桜色のイルミネーション越しに見る目黒川の森永橋
目黒川の森永橋と桜色のイルミネーション。橋名には大崎にあった森永製菓第二工場の記憶が残ります。
森永橋の由来を記した現地案内板
森永橋の由来を伝える現地案内板。1915年の森永製菓第二工場建設と、従業員の通勤用に架けられた木橋の歴史が記されています。

品川区の「ヒカリの水辺プロジェクト」では、森永橋もライトアップ対象の橋の一つです。橋そのものの照明と桜色のイルミネーションが重なる夜景は、近代の通勤路として生まれた橋が、現在は水辺の景観をつくる場所にもなっていることを印象づけます。

鈴懸歩道橋|人道橋から見る光の水辺

鈴懸歩道橋すずかけほどうきょうは目黒川に架かる人道橋で、品川区の橋梁資料では1976年架設、橋長28.0mとされています。車道橋とは違い、歩いて川を渡りながら上流・下流の景観を見渡せるため、街歩きでは水辺の連続性を感じやすい場所です。

夜の目黒川に架かる鈴懸歩道橋
目黒川に架かる鈴懸歩道橋。夜の川沿いを歩きながら橋と都市景観を観察しました。
桜色にライトアップされた鈴懸歩道橋と目黒川
桜色の光に包まれた鈴懸歩道橋。水面にもイルミネーションが映り込みます。

この夜は橋のアーチと川沿いの桜色の光が水面に映り、橋を渡る前後で景色が大きく変わりました。品川区は目黒川を含む水辺の橋にライトアップ設備を整備しており、鈴懸歩道橋もその対象です。昼間は都市の歩行動線として使われる橋が、夜には川辺の景観を楽しむ視点場になります。

目黒川沿い遊歩道の桜色イルミネーションを歩く夜景
2024年12月9日の目黒川沿い遊歩道。桜色のイルミネーションの中を歩いた開催レポートのアイキャッチ写真です。

歩いて分かる、大崎・五反田の目黒川

今回の散歩では、再開発されたゲートシティ大崎から目黒川へ出て、桜色のイルミネーションと複数の橋をたどりました。夜景だけを切り取ると現代的な都市空間ですが、森永橋の由来を知ると大崎が工場街だった時代が見え、橋梁や遊歩道を見れば、川辺を歩いて楽しめる空間へ変化してきたことも分かります。光に包まれた冬の桜並木と地域史を同時に楽しめる、ナイトウォークならではの開催となりました。

目黒川周辺をさらに歩く

目黒川の歴史を上流側から天王洲まで広くたどりたい方は、目黒川の歴史を歩く|目黒・五反田・大崎から品川・天王洲までもあわせてどうぞ。大崎から御殿山・高輪へ地形と歴史をつなげるなら、大崎・目黒川・御殿山の歴史散歩が関連します。

自分で大崎・目黒川を歩くならTimeWalk

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。イベント後に大崎・五反田周辺をもう一度歩くときや、目黒川沿いで別の史跡を探したいときにも使えます。現在地から歩ける史跡を地図で探す。

参考資料・公式情報