現在の東京都庁や新宿住友ビル、京王プラザホテルが立つ西新宿一帯には、かつて東京の近代水道を支えた淀橋浄水場が広がっていました。現在の超高層ビル群は、この広大な土地の転換から生まれました。
1898年に給水を始めた浄水場が1965年に閉鎖されると、広大な跡地は新宿副都心の中心へ変わっていきます。1971年の京王プラザホテルを皮切りに超高層ビルが相次いで完成し、1991年には東京都庁が移転しました。水をつくる場所から、東京を代表する高層ビル街へ。その変化を現地でたどります。
西新宿にはなぜ高層ビルが集まったのか
出発点は1960年に決定した新宿副都心計画です。新宿区によると、西新宿ではこの計画に基づいて道路や公開空地が整備されました。その後、1968年から1990年にかけて「特定街区」制度を活用した超高層ビルの建設が進みます。
特定街区は、まとまった空地を確保し、壁面の位置などを調整する代わりに、容積率や高さに関する制限を緩和できる都市計画制度です。西新宿では大きな建物の足元に広場や歩行空間を確保しながら、高層化を進める仕組みとして使われました。現在もビルの間に広い空地が多いのは、この都市計画の痕跡です。
街づくりの制度をもう少し詳しく知りたい方は、用途地域・建ぺい率・容積率から街を読むガイドもあわせてどうぞ。
1898年、ここは淀橋浄水場だった
江戸時代の現在の西新宿周辺には、神田上水・玉川上水と両者をつなぐ助水堀、十二社の池がありました。熊野神社周辺は池や滝のある景勝地として知られ、茶屋や料亭が並びました。明治以降、淀橋浄水場の建設に伴って池や水路は次第に姿を変えていきます。
淀橋浄水場は、東京の近代水道で最初の浄水場として現在の西新宿に造られ、1898年に東京市内への給水を始めました。玉川上水から原水を取り入れ、ろ過した水を鉄管で市街地へ送る施設です。急速に人口が増える東京の衛生と生活を支えました。






浄水場は1965年3月31日に閉鎖され、機能は東村山浄水場へ移りました。浄水場の廃止と並行して進んだ副都心計画により、跡地は大規模な業務街へ転換していきます。
淀橋浄水場を含む東京水道の流れは、東京水道の歴史|江戸の上水から浄水場・ダム・巨大水道網までで詳しく紹介しています。
1960年代、新宿副都心計画が街の骨格をつくった
現在の西新宿を歩くと、地上の歩道、地下通路、車道が何層にも分かれ、道路とビルの公開空地にも高低差があります。新宿副都心計画では道路と歩行空間を立体的に整備し、現在の多層的な街の骨格をつくりました。
新宿区は現在も、1960年の計画に基づく道路や公開空地を西新宿の街の骨格と位置づけています。半世紀を経て、当時つくられた高低差や分断を解消し、歩きやすくにぎわいの続く空間へ更新する再整備も進んでいます。
新宿中央公園|浄水場跡地に「都市の緑」を残す
新宿中央公園は淀橋浄水場跡地の一部に整備され、1968年に都立公園として開園しました。1975年に新宿区へ移管され、現在は区立公園として最大の面積をもつ公園です。副都心計画では「都市にみどり」を掲げ、オフィス街に接する休息の場として計画されました。
副都心計画は、高層ビルの区画とともに、大きな公園と公開空地を組み込みました。園内には水の広場など、水と関わる土地の記憶を受け継ぐ空間があります。
1971〜1991年、西新宿の空に超高層ビルが並んだ
高層ビル群は約20年をかけて段階的に形成され、1991年に東京都庁が加わりました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1971年 | 京王プラザホテル竣工 |
| 1974年 | 新宿住友ビル、新宿三井ビル、KDDIビル竣工 |
| 1976年 | 損保ジャパン本社ビル竣工 |
| 1978年 | 新宿野村ビル竣工 |
| 1979年 | 新宿センタービル竣工 |
| 1980年 | 小田急第一生命ビル竣工 |
| 1982年 | 新宿NSビル竣工 |
| 1985年 | 東京都庁の新宿移転が決定 |
| 1991年 | 東京都庁が西新宿へ移転し、業務開始 |


京王プラザホテル|高層ビル街の最初の一棟
1971年6月5日、京王プラザホテルが開業しました。公式資料では「日本初の超高層ホテル」とされ、当時の西新宿で超高層の建物はこのホテルだけでした。現在の密集したスカイラインからは想像しにくいものの、最初の一棟が副都心予定地に人を呼び込み、街の輪郭をつくり始めました。
開業時には47階に展望室があり、ホテルそのものが東京の新名所になりました。2024年には本館最上階に「SKY PLAZA IBASHO」が開業し、半世紀を超えて高層階の魅力を更新しています。
新宿住友ビル|1974年、日本一の高さへ
新宿住友ビルは1974年に竣工しました。地上52階、高さ210メートルで、完成時は日本一の高さ。三角形の平面から「三角ビル」の名で親しまれ、西新宿を代表する建物になりました。
2020年の大規模改修では、ビル足元の広場を巨大なガラス屋根で覆い、全天候型の「三角広場」として再整備しました。耐震・防災機能も更新され、1970年代の超高層ビルを使い続けながら現代の都市機能へ適応させた例になっています。
新宿NSビル|高さよりアトリウムを選んだ1982年の建築
1982年に竣工した新宿NSビルは、建物の高さを抑え、2つのL字型オフィス棟に囲まれた巨大なアトリウムを中心に据えました。設計を担った日建設計は、上部のスカイライトから自然光が落ちる内部空間を「City in City」と表現しています。
新宿NSビルの見どころは、塔の高さに加えて、建物の中に都市のような広場をつくった点にあります。西新宿の超高層建築が、高さの競争から空間体験へ広がった時期を伝えています。
東京都庁|1991年、副都心に行政機能が加わる
東京都庁は1991年4月1日に西新宿で業務を始めました。1970年代から続いた超高層ビル街に、東京都の行政機能が加わります。
第一本庁舎45階の展望室は地上202メートルで、入室無料です。開室時間は南展望室が原則9時30分〜22時、北展望室が原則9時30分〜17時30分で、入室締切は閉室30分前です。休室日や臨時変更があります。入口は第一本庁舎1階の展望室専用エレベーターです。最新の開室状況は東京都庁展望室の公式案内で確認できます。
新宿野村ビル|1978年、高層ビル街が面的に広がる
新宿野村ビルは1978年に竣工しました。京王プラザホテル、新宿住友ビル、新宿三井ビルなどに続いて高層建築が増え、1970年代後半には西新宿の景観が「一棟の名所」から「高層ビル群」へ変わっていきます。
現在の49・50階は公式フロアガイドで「眺望レストラン」のフロアとして案内されています。高所から無料で西新宿を眺める目的なら、東京都庁展望室が利用できます。
現地で見たい西新宿の痕跡と建築
- 東京水道発祥の地:旧淀橋浄水場を伝える大型バルブが残ります。
- 京王プラザホテル:1971年、西新宿の超高層化の先頭に立った建物です。
- 東京都庁第一本庁舎:展望室から高層ビル群を上から観察できます。
- 新宿中央公園:1968年に開園した、淀橋浄水場跡地と副都心計画をつなぐ大きな緑地です。
- 新宿NSビル:外観よりも、中央の巨大アトリウムに入ると設計思想が伝わります。
- 新宿住友ビル・三角広場:1974年の超高層ビルと2020年の再生を同時に見られます。
- 新宿野村ビル:1970年代後半に高層ビル街が広がった段階をたどれます。
新宿駅西口から京王プラザホテル、東京都庁、新宿NSビル、新宿住友ビル、新宿野村ビルへ進むと、主要な建築と都市空間を短い範囲でまとめて見られます。淀橋浄水場や玉川上水、初台まで含めて歩く場合は、新宿・西新宿・初台の歴史散歩ルートがつながります。
地下から見ると、西新宿の立体都市がよくわかる
西新宿では、地上の高層ビルに加えて、地下道、地下鉄駅、ビル地下階が連続しています。雨の日でも移動しやすい一方、地上と地下の位置関係は複雑です。新宿駅の地下ダンジョン完全ガイドでは、都庁・西新宿方面の地下動線を詳しく紹介しています。
2026年、西新宿は再び更新期に入っている
西新宿の超高層ビルは、竣工から30年以上を経た建物が増えました。新宿区は、道路と公開空地の高低差による分断や、建物の更新期を課題として挙げています。2026年には4号街路を「西新宿グランドモール」として再編するデザインコンセプトがまとめられ、歩行空間や沿道の公開空地を一体的に使う方向が示されました。
1960年代につくられた都市基盤の上で、1970〜80年代の超高層建築を使い続けながら、歩く人のための空間へ組み替える。西新宿は、再び大きな更新の途中にあります。

