荒川区の東部、都電荒川線(東京さくらトラム)と日暮里・舎人ライナーが交わる熊野前を中心に広がる東尾久。住宅や商店、町工場の間を歩くと、中世から続く寺院、江戸期の園芸文化、近代工業、日本本土初空襲の記憶まで、異なる時代の痕跡が短い範囲に重なっています。
散歩の軸になるのは、尾久図書館前に移設された荒川遊園煉瓦塀、華蔵院、玄琳牡丹屋敷跡、尾久本土初空襲の史跡、株式会社ADEKA本社、都立尾久の原公園です。田端方面から東尾久へ入り、熊野前・隅田川側へ進むと、農村から工業地、そして現在の住宅地・公園へ変わった地域の流れを追えます。

2025年3月5日開催レポート|夜の東尾久を歩く
2025年3月5日(水)19時から、14名で荒川区東尾久を歩きました。テーマは「7つしかない町名の一つ『東尾久』を歩いてみよう!」。夜の商店街、住宅地の細い路地、電力インフラが目立つ一帯、江戸後期の園芸文化を伝える史跡、戦争と復興の記憶、そしてドラマ『TRICK(トリック)』のロケ地まで、現在の街並みの中に異なる時代の痕跡を探す散歩です。
- 開催日時:2025年3月5日 19:00
- 参加人数:14名
- 主な見どころ:木材店の残る街並み、おぐぎんざ商店街、田端変電所周辺、玄琳牡丹屋敷跡、尾久本土初空襲後の区画整理記念碑、『TRICK』の「池田荘」ロケ地
木材店の看板から始まる、夜の街並み観察
駅前の大きな通りだけでなく、東尾久には住宅と小規模な事業所が近接する道が多く残っています。この日は、まず木材店の大きな縦看板が目に入る一角を通過しました。古い看板や建物の用途を手掛かりにすると、いまの住宅地だけを見ているだけでは気づきにくい、商工業の街としての表情も読み取れます。


おぐぎんざ商店街――暮らしの動線を歩く
続いて歩いたのが、おぐぎんざ商店街です。荒川区の商店街一覧にも「おぐぎんざ商店街振興組合(ふれあいCITYおぐぎんざ)」として掲載され、東尾久4丁目を中心に地域の日常の買い物を支える商店街です。訪問時は夜でしたが、アーチや街灯、個人商店の看板が通りの連続性をつくっていました。
今回の写真には、鶏肉専門店や餃子の直売所など、食に関わる店も写っています。店舗や営業内容は時期によって変わりますが、「何を売る店がどのように並んでいるか」を見ると、観光地ではなく生活圏としての尾久の姿が分かります。昼間とは違い、店の明かりと閉店後のシャッターが交互に現れる夜の商店街は、街の輪郭を観察しやすい時間帯でもありました。




田端変電所周辺――送電線がつくる東尾久の景観
東京電力パワーグリッドの田端変電所周辺では、鉄塔や送電線が夜空に大きく見えます。変電所は電力を地域へ届けるための重要な設備ですが、街歩きでは設備そのものだけでなく、「なぜこの一帯では送電線がこれほど景観の中に現れるのか」と考える入口になります。寺社や史跡とは異なる、近現代の都市インフラも東尾久を形づくる要素の一つです。

玄琳牡丹屋敷跡――江戸後期の「花の名所」
東尾久8丁目では、玄琳牡丹屋敷跡の説明板を確認しました。荒川区の史跡案内によると、江戸時代後期、医師の佐治玄琳の屋敷は牡丹の見事さで知られ、「牡丹屋敷」と呼ばれていました。現地説明板には、文化年間(1804~1818)に庭へ植えられた牡丹の中に百輪以上の花を付ける株があり、紀行文『遊歴雑記』にもその様子が記されたことが紹介されています。
現在は屋敷そのものではなく説明板が歴史を伝えていますが、住宅地の一角に立って読むことで、江戸近郊の尾久が単なる農村ではなく、人を呼ぶ園芸文化の場でもあったことが具体的に想像できます。後半の「玄琳牡丹屋敷跡」の解説では、この地域の園芸文化についてさらに詳しく紹介しています。

大通りから一本入る――裏路地に残る街区のスケール
史跡と史跡の間では、細い裏路地も通りました。東尾久では大きな道路と、その間をつなぐ細い生活道路が隣り合っています。夜の散歩では、道幅や建物との距離感、角を曲がった先の景色が昼間以上にはっきり感じられます。歴史的な説明板がない場所でも、街区の形や道のつながり自体が、地域の変化を考える材料になります。

尾久本土初空襲と、その後の区画整理を伝える記念碑
尾久第五児童遊園では、1942年(昭和17年)4月18日の本土初空襲と、その後の復興を伝える記念碑を見ました。荒川ふるさと文化館の資料によると、現在の尾久橋付近にあたる当時の尾久町八・九丁目は初期の爆撃地点となり、死者10人、重傷34人、軽傷14人、全焼43戸、全壊9戸、半焼1戸、半壊13戸の被害が記録されています。
今回撮影した碑のそばの現地説明板は、空襲を契機として地元有志が街の復興のため区画整理を計画し、1942年5月22日に熊野土地区画整理組合を設立したこと、そして区画整理の完了を記念して1948年(昭和23年)に尾久橋西側付近へ記念碑が建てられたことを伝えています。その後、区が保管していた碑は地域史を伝えるため、旧所在地に近い尾久第五児童遊園へ設置されました。空襲の記憶だけでなく、「被災後に道路と街区をどう立て直したか」まで一つの場所で考えられる史跡です。

『TRICK』の「池田荘」ロケ地――あおい荘へ
この日の終盤では、ドラマ『TRICK』で仲間由紀恵さん演じる山田奈緒子が暮らす「池田荘」の外観ロケ地として知られる「あおい荘」を訪ねました。テレビ朝日の公式情報では、山田奈緒子は売れない奇術師として描かれるシリーズの主人公。ロケ地資料でも、荒川区東尾久8丁目のアパートが「池田荘」の撮影地として繰り返し掲載されています。
現地では、作品で印象的だった外観を公道側から確認し、建物名の表札も見ることができました。歴史散歩の中にドラマのロケ地が混ざることで、同じ街が「江戸の園芸」「戦争と復興」「現代の映像文化」という異なる入口から見えてきます。


歩いて分かった東尾久の面白さ
今回の散歩では、木材店や商店街のような日常の景色から、江戸後期の牡丹屋敷、1942年の空襲と戦後の区画整理、電力インフラ、テレビドラマのロケ地までが、徒歩でつながる距離に現れました。大きな観光名所だけを目指すのではなく、「この道はなぜこの形なのか」「この看板は何を伝えているのか」と立ち止まりながら歩くと、東尾久の歴史が立体的に見えてきます。
東尾久の周辺も続けて歩きたい方は、西尾久の歴史散歩や、都電荒川線を全停留場からたどる記事もあわせてご覧ください。現在地から近くの史跡を探したいときは、TimeWalkで現在地から歩ける史跡を地図で探すこともできます。
東尾久はどんな町か
荒川区の現在の町名は、荒川、西尾久、西日暮里、東尾久、東日暮里、町屋、南千住の7つです。東尾久は一丁目から八丁目まであり、西側は西日暮里・町屋、東側は隅田川方面へ続きます。都電荒川線の東尾久三丁目・熊野前、日暮里・舎人ライナーの赤土小学校前・熊野前などが街歩きの入口になります。
熊野前という名は、かつて東尾久八丁目付近にあった熊野神社に由来します。神社は1878年(明治11年)に八幡神社へ合祀されましたが、駅名や商店街の名称として土地の記憶が残りました。都電沿線の歴史は、都電荒川線を全停留場からたどる記事でも紹介しています。
尾久の地名と、上尾久・下尾久から荒川区へ
尾久は古い地域名で、「小具」「越具」などの表記も使われました。室町時代の文書には「小具郷」が見え、荒川区の公式資料では、大林院・宝蔵院・華蔵院・阿遮院・満光寺などに鎌倉・室町期の板碑が伝わることが紹介されています。地名の由来には複数の説がありますが、古くから隅田川沿いの集落として続いてきた地域です。
江戸時代には上尾久村・下尾久村・船方村に分かれ、1889年(明治22年)の町村制施行で上尾久村、下尾久村、船方村の一部が合併して尾久村が成立しました。1923年(大正12年)に尾久町となり、1932年(昭和7年)、南千住町・三河島町・日暮里町とともに東京市へ編入されて荒川区が誕生します。現在の東尾久・西尾久という町名は、この旧尾久地域の歴史を引き継いでいます。
町屋との境を流れた江川堀は現在暗渠となっています。荒木田の原や渡し跡、江川堀をたどる散歩は、町屋の歴史散歩|荒木田の原・渡し跡・江川堀暗渠を歩くで詳しく紹介しています。
煉瓦工場と都市化――尾久図書館前に残る産業の記憶
明治期の隅田川沿いには煉瓦工場が並びました。荒川区によると、この一帯では煉瓦に適した土が採れ、船運を使えることが工場立地を後押ししました。東尾久七丁目の旭電化跡地付近には戸田・山本煉瓦工場、華蔵院付近には鈴木煉瓦工場があったとされています。
その産業史を目で確認できるのが、現在の尾久図書館前にある古い煉瓦塀です。これは、1922年(大正11年)に開園した荒川遊園を囲んでいた煉瓦塀の一部で、尾久図書館の整備に合わせて移設されました。長手だけの段と小口だけの段を交互に積む「イギリス積み」が見どころです。
華蔵院――中世の板碑と、地域教育の出発点
東尾久八丁目の華蔵院は真言宗豊山派の寺院です。中世の板碑を所蔵し、境内には庚申塔、宝篋印塔などの石塔が残ります。1845年に寺子屋が開かれたことから、東尾久の教育史をたどる場所としても重要です。
1845年(弘化2年)には寺子屋「江川堂」が開かれ、1878年(明治11年)には公立尾久小学校の前身となる私立田辺小学校が設けられました。その後、満光寺に分校が置かれ、私立井上小学校へ改称されています。現在の住宅地の中に、近代学校制度が定着する前後の学びの歴史が残っています。
玄琳牡丹屋敷跡――上尾久に名を残す園芸文化
華蔵院の近くには、医師の佐治玄琳の屋敷がありました。牡丹が見事だったことから「玄琳牡丹屋敷」と呼ばれ、上尾久の名所として知られました。荒川区の地域史資料では、上尾久は花を楽しむ土地柄として紹介され、牡丹屋敷とともに周辺の桜草の自生地も挙げられています。
現在は史跡として、その位置から上尾久の園芸文化をたどれます。牡丹屋敷と寺院・石造物をあわせて見ると、江戸近郊だった尾久の暮らしと文化が具体的に浮かびます。
1942年4月18日――尾久本土初空襲
1942年(昭和17年)4月18日、東尾久周辺は日本本土初空襲の被災地となりました。真珠湾攻撃から約4か月後、アメリカ軍機が飛来し、当時の尾久町八・九丁目、現在の尾久橋周辺に爆弾と焼夷弾が投下されました。
荒川区が紹介する当時の記録では、爆弾3個と集束焼夷弾1個が投下され、死者10人、重傷34人、軽傷14人の被害が出ました。家屋は全焼43戸、全壊9戸、半焼1戸、半壊13戸に及び、上下水道やガス管も破壊されています。
東尾久八丁目には「東京初空襲の地」の説明板が設けられ、尾久第五児童遊園周辺にも空襲の記憶を伝える碑があります。現在の静かな住宅地を歩きながら、被害地点が生活圏のすぐ中にあったことを確認できる史跡です。
ADEKAと東尾久――農村から工業地へ
大正期の東尾久を大きく変えたのが工業化です。現在も東尾久七丁目に本社を置く株式会社ADEKAは、1917年(大正6年)に旭電化工業株式会社として設立され、1918年に尾久工場が完成しました。電解法による苛性ソーダの製造から始まり、1919年には硬化油の製造へ進み、化学品と油脂加工を柱に発展しました。
尾久工場の主要工程は1970年代までに鹿島・千葉などへ移り、生産拠点としての役割は縮小しました。一方、東尾久には本社と研究開発拠点が残っています。大規模工場の立地と住宅地の拡大が重なったことは、現在も町工場と住宅が近接する東尾久の景観を理解する手掛かりになります。
尾久の原公園――工場跡地が水と緑の公園へ
都立尾久の原公園は、旧旭電化尾久工場の跡地に整備され、1993年(平成5年)に開園しました。芝生広場のほか、湿地を生かした「トンボ池」があり、荒川区によれば約30種類のトンボが確認されています。園内にはシダレザクラも植えられ、春には花見の場所として親しまれています。
煉瓦工場や化学工場が立地した隅田川沿いに、現在は湿地と芝生を持つ公園が広がります。東尾久の街歩きでは、同じ土地の利用が農地、工業地、公園へ変化した時間の長さを最も実感しやすい場所です。
東尾久を歩く散歩コース
田端方面から東尾久へ入り、熊野前・尾久の原公園方面へ進む流れです。立ち寄り先は営業状況や現地表示を確認しながら組み合わせると歩きやすくなります。
- 田端駅・アトレヴィ田端周辺
- 尾久銀座商店街
- 尾久図書館前の荒川遊園煉瓦塀――明治・大正期の煉瓦産業を伝える遺構です。
- 華蔵院――板碑・石塔と寺子屋・私立田辺小学校の歴史をたどります。
- 玄琳牡丹屋敷跡――佐治玄琳の牡丹屋敷があった場所です。
- 尾久第五児童遊園――尾久本土初空襲の記憶を伝える地点です。
- 東京初空襲の地――1942年4月18日の空襲を伝える説明板があります。
- あおい荘
- 株式会社ADEKA本社――東尾久の近代工業史を今につなぐ企業です。
- 都立尾久の原公園――旧旭電化尾久工場跡地に整備された都立公園です。
- 大門湯
- 私立井上小学校跡――尾久小学校へつながる地域教育の歴史をたどります。
- 田端変電所周辺
東尾久とあわせて歩きたい荒川区・都電沿線
旧尾久地域を西側まで続けて歩くなら、西尾久の歴史散歩へ。尾久温泉と三業地、あらかわ遊園、尾久八幡神社など、東尾久とは異なる尾久の近代史をたどれます。
熊野前を通る新しい交通軸から街を見るなら、日暮里・舎人ライナー沿線ガイドも参考になります。都電と日暮里・舎人ライナーが交差する位置関係を押さえると、東尾久が都心と足立方面を結ぶ交通の節点になっていることが分かります。
地図から次の歴史スポットを探す
東尾久のように、住宅地の中へ史跡や旧地名の痕跡が点在する地域では、現在地から近い歴史スポットを地図で探せるTimeWalkも利用できます。散歩の途中で「現在地から歩ける史跡を地図で探す」使い方ができます。
まとめ
東尾久には、華蔵院の板碑と地域教育、玄琳牡丹屋敷の園芸文化、明治・大正期の煉瓦産業、ADEKAに象徴される工業化、1942年の尾久本土初空襲、工場跡地から生まれた尾久の原公園が重なっています。熊野前から隅田川側へ歩くと、現在の住宅地の中に残った中世・近世・近代・戦争・産業の痕跡を一続きにたどれます。
参考資料
- 荒川区「荒川ゆうネットアーカイブ 史跡・名所(尾久)」(玄琳牡丹屋敷、熊野神社跡など)
- 荒川ふるさと文化館だより 第41号(1942年4月18日の東京初空襲と尾久の被害)
- 荒川区「尾久第五児童遊園」(所在地・施設情報)
- 荒川区「商店街」(おぐぎんざ商店街振興組合)
- 荒川区教育委員会「玄琳牡丹屋敷跡」現地説明板
- 尾久第五児童遊園「記念碑について」現地説明板(2023年11月20日設置)
- テレビ朝日『TRICK』シリーズ公式サイト
- 全国ロケ地ガイド「TRICK ロケ地情報・マップ」(山田奈緒子の「池田荘」)
- Yahoo!マップ「東京電力パワーグリッド株式会社 田端変電所」(所在地確認)

