旧前田家本邸を8人で見学|重要文化財の洋館・祖霊社跡地と加賀前田家の歴史【2025年1月】

目黒区駒場公園から眺めた旧前田家本邸洋館の外観とアーチ

2025年1月12日(日)10時から、ゆる歴史散歩会は「重要文化財『旧前田家本邸』を見学しよう」を開催しました。参加者は8人。東京都目黒区の駒場公園に残る旧前田家本邸の洋館を中心に、祖霊社跡地や館内の展示を訪ねました。冬のためか来館者が少なく、華やかな室内装飾や建築の細部をゆっくり見学できた一日でした。写真20枚とともに、加賀前田家の歩み、洋館と和館の役割、敷地に残る歴史をご紹介します。

開催概要と今回の見どころ

  • 開催日時:2025年1月12日(日)10:00~
  • イベント名:重要文化財「旧前田家本邸」を見学しよう
  • 参加者:8人
  • 場所:東京都目黒区駒場・目黒区立駒場公園の旧前田家本邸
  • 写真でたどる内容:祖霊社跡地と解説板、洋館の外観と玄関、1階の接客空間、階段と2階の生活空間、館内の解説パネル

当日の写真順にご紹介します。各建物の建築年や用途は東京都・文化庁などの資料に基づいて説明し、見学当日の様子と区別しています。

祖霊社跡地|前田家が祖先をまつった場所

公園の木立の中には、かつて前田家の祖先をまつった祖霊社そうれいしゃの跡地があります。現地の解説板によると、1929年(昭和4年)に駒場本邸が完成した際、社も本郷から移されました。古写真と旧平面図からは、本殿・幣殿・拝殿・神饌所・参道が設けられていたことが読み取れます。

駒場公園に残る旧前田家本邸祖霊社跡地の歴史解説板
祖霊社跡地の解説板。1929年の移築から戦後の解体まで、その経緯を伝えています。

終戦後に前田家本邸が連合国軍に接収されると、祖霊社は解体されました。解説板には、前田家が菅原道真を祖として信仰し、ゆかりの亀戸天神社へ社殿の一部を寄進したことも記されています。戦後の変化によって、同じ社殿が別の役割を担うようになった点にも、建物の歴史の重なりを感じます。

旧前田家本邸祖霊社跡地の石造基礎と石灯籠が残る林間の風景
祖霊社跡地。木立の間に石の基礎や灯籠などが残り、かつての境内をしのばせます。

現在も手水鉢、石灯籠、基礎の一部などが見られます。華やかな洋館とは対照的な静かな場所ですが、前田家の屋敷が日常生活、接客、祖先祭祀を含む大きな一体の空間だったことを教えてくれます。

旧前田家本邸

旧前田家本邸きゅうまえだけほんていは、旧加賀藩主前田家の第16代当主で侯爵の前田利為まえだ としなりによって建てられた邸宅です。前田家はもともと東京・本郷の旧加賀藩上屋敷跡を本邸としていましたが、関東大震災後の東京帝国大学との土地交換を背景に駒場へ移転。1929年に洋館が、翌1930年に和館が完成しました。

洋館・和館・門・渡廊下などの建造物と土地は2013年に国の重要文化財に指定されました。邸宅全体が近代の華族の生活と迎賓文化を伝える貴重な遺構です。洋館は鉄筋コンクリート造、地上2階・地下1階。建築学者塚本靖つかもと やすしが全体の基本計画と監督を担い、洋館の設計に高橋貞太郎が関わりました。

洋館の外観|タイル、アーチ、バルコニー

駒場公園から望む旧前田家本邸洋館のスクラッチタイルと連続アーチ
公園側から見た洋館。茶褐色のタイル壁と連続するアーチ、バルコニーが印象的です。

公園側から眺めると、茶褐色のスクラッチタイル、石のアーチ、バルコニーの手すり、塔屋が建物を立体的に見せています。英国風の落ち着いた構成と細やかな装飾には、ヨーロッパでの生活経験を持つ利為の意向も反映されています。

旧前田家本邸洋館の外壁とバルコニーを見上げる見学参加者
参加者と一緒に洋館を見上げ、外壁の素材や窓の意匠をじっくり見比べました。

外壁を近くから見ると、タイルの表面の質感、窓の形の違い、石材の彫刻などにも目が向きます。全体像と部分の細部を行き来して鑑賞できるのが、実物の建築を訪ねる楽しさです。

旧前田家本邸洋館正面玄関付近の石造アーチとタイル装飾
洋館の玄関付近。石造のアーチや照明、外壁の装飾が来客を迎える空間をつくっています。

玄関には深く彫り込まれたアーチや壁面の装飾があり、内部へ進む前から建物の格式が伝わります。外の重厚な造りと室内の華麗な意匠の対比も見どころです。

洋館1階|社交と「もてなし」の空間

1階は大客室・小客室・大食堂などを備えた接客の場でした。皇族や外国の賓客を招く会合や晩餐会などに使われ、壁紙や天井装飾、暖炉のマントルピース、シャンデリアが格調ある雰囲気を形づくっています。

旧前田家本邸洋館内の金色のシャンデリア、暖炉と華やかな壁紙
豪華な照明と壁紙、暖炉が調和する洋館の室内。装飾の細部まで見られました。

見上げると照明の金具や天井の模様まで丁寧につくられています。人出が落ち着いていたこの日は、光の当たり方や壁紙の文様をゆっくり楽しめました。

暖炉のまわりを正面から見ると、華やかな壁紙と壁灯、シャンデリアがひとつの室内意匠としてまとまっていることがよく分かります。

旧前田家本邸洋館の金色のシャンデリアと花文様の壁紙、白い暖炉
金色のシャンデリア、壁紙、暖炉が調和する洋館の客室。

窓辺に目を向けると、曲面に沿って設けられた窓や木製の腰壁、柄物のカーテンから、光を取り入れる工夫と内装の細やかさが伝わります。

旧前田家本邸洋館の曲面に沿った窓と木製腰壁、花柄のカーテン
緩やかに弧を描く窓辺。木製の壁面装飾とカーテンの意匠が見どころです。

別の一室では、窓に面して食卓と椅子が置かれていました。庭の緑が見える窓と室内の調度品を合わせて見ると、この邸宅の暮らしの一端を想像できます。

旧前田家本邸洋館の窓辺に配された食卓と籐張り椅子
窓に向かって食卓と椅子が置かれた一室。生活を彩る調度品にも注目です。

木製の壁面や格天井と白い暖炉の対比も印象的です。同じ洋館の中でも部屋によって色彩や素材、装飾の表情が大きく異なります。

旧前田家本邸洋館の格天井と木製壁面、白い装飾暖炉のある室内
木製の壁面と格天井に白い暖炉が映える空間。素材の対比が印象的です。
旧前田家本邸洋館の階段ホールのステンドグラス窓と装飾照明
階段ホールの大きな窓と照明。移動する空間にも美しい意匠が施されています。

階段まわりでは、木製の手すりや大きな窓、ステンドグラスの色合いに注目。各部屋だけでなく、部屋をつなぐ空間まで綿密に計画されていることが分かります。

別の角度からは、赤い絨毯が敷かれた階段の曲線と、透かし彫りのような手すりの装飾がよく見えます。窓からの自然光も階段の印象を変えています。

旧前田家本邸洋館の赤い絨毯を敷いた階段と彫刻された木製手すり
赤い絨毯の階段と曲線を描く手すり。窓から差し込む光も美しい階段ホール。

客室の装いも実に多彩です。紫系の壁紙やソファ、曲面を描く鏡のある暖炉を組み合わせた部屋は、先ほどの金色の壁紙の部屋とはまた違った雰囲気です。

旧前田家本邸洋館の紫色の壁紙、ソファ、装飾暖炉がある客室
紫系の壁紙とソファ、暖炉が調和する客室。部屋ごとの色彩の違いも楽しめます。

洋館2階|家族の「くらし」の空間

洋館の2階には、利為の書斎、夫妻の寝室、子ども部屋などが置かれました。来客を迎える1階に対して、2階は家族の生活を支える場です。室内には木製家具や収納、呼鈴や電話なども設けられ、昭和初期の近代住宅の姿を伝えています。

旧前田家本邸洋館の木製家具と彫刻された建具を見学する参加者
木製家具や彫刻装飾のある部屋を見学。接客空間とは異なる落ち着いたしつらえです。

家具の大きさ、扉に施された彫刻、カーテンや壁紙の色合いなどを観察すると、日常生活のための部屋にも設計上の工夫があったことが分かります。

旧前田家本邸洋館の寝室に展示されたベッドと家具、壁紙
洋館の寝室。ベッドや鏡、家具の配置から邸宅の生活空間を想像できます。

こちらの一室には大きな窓と鏡台があり、寝室周辺とはまた異なる落ち着いた雰囲気が広がっています。日常の身支度や過ごし方を想像しながら見ると、家族の生活の場としての洋館が身近に感じられます。

旧前田家本邸洋館の鏡台と大きな窓、壁紙が整えられた私的な部屋
鏡台と大きな窓を備えた一室。家族の暮らしを思わせる落ち着いたしつらえです。

館内では保存修理の際に古写真や資料を参照して復元した意匠も紹介されています。いま見る室内には、往時から受け継がれた部分と調査・修復の成果が重なっています。

図面と解説パネルで知る洋館・和館の役割

洋館の地下には台所、ボイラー室、倉庫などが設けられていました。地下で用意した食事を上階へ運ぶ小型の昇降機もあり、迎賓の場を支える近代的な設備が整っていました。部屋の配置だけでなく、家族や使用人の動線を考えると、豪華な邸宅の実用的な一面も見えてきます。

旧前田家本邸洋館のもてなしとくらしを示す1階2階の館内解説パネル
洋館の「もてなしとくらし」を解説するパネル。1階、2階、地下の用途が分かります。

図面を見ると、1階の接客機能と2階の家族の部屋、地下の設備が明確に分かれています。見学中の空間がどのように使われていたのかを知ることで、家具や階段を見る目も変わってきます。

旧前田家本邸和館の書院造と日本庭園の役割を解説する館内展示パネル
和館の解説パネル。日本文化を伝える迎賓空間と書院造のしつらえが紹介されています。

1930年完成の和館は、外国の賓客を日本文化でもてなす場所でした。書院造の部屋や庭園、茶室などを備えています。洋館の西洋的な接客文化と和館の日本的な趣向は、同じ屋敷の中で互いを補うものでした。今回の写真は和館の説明パネルで、和館の室内の見学写真ではありません。

かつての駒場本邸の全体配置と祖霊社を示した館内展示パネル
「かつての駒場本邸」の敷地図。洋館・和館・祖霊社や往時の施設配置を紹介しています。

こちらのパネルには、かつての屋敷全体の配置が示されています。洋館と和館だけでなく、祖霊社や旧い門、庭園を含めて見ると、大名家から華族となった前田家が駒場に築いた暮らしの全体像が浮かび上がります。

前田家

前田家は、戦国武将前田利家まえだ としいえを祖とする大名家です。利家は織田信長と豊臣秀吉に仕え、金沢を拠点とする前田家の基礎を築きました。江戸時代には加賀藩かがはんの藩主として加賀・能登・越中にまたがる広い領地を治め、「加賀百万石」の大名家として知られました。金沢には前田家の保護と奨励の下で多彩な工芸や文化が育ちました。

明治維新後、前田家は華族となり、旧加賀藩上屋敷に由来する本郷の本邸を使っていました。16代当主の前田利為まえだ としなりは欧州での生活経験を持ち、駒場に建てた新しい本邸に英国風の意匠や近代設備を取り入れました。本郷から駒場への移転を知ると、江戸時代の大名家が近代の東京で暮らしの形を変えていった過程が理解できます。

本郷の旧前田家の屋敷と周辺については、関連記事大正時代の本郷と前田邸を地図で読み解くでも紹介しています。駒場と本郷を比べると、同じ前田家の歴史を都市の変化と結びつけて考えることができます。

戦後の変遷と重要文化財としての保存

前田利為は1942年に亡くなり、1945年に本邸は連合国軍に接収されました。その後、司令官の官邸として利用され、接収解除後の1967年には駒場公園として開園しました。洋館は東京都近代文学博物館にも利用され、2002年に同館が閉館。2013年の重要文化財指定を経て、2016~2018年に保存修理が実施されました。

こうした変遷を知ると、現在公園として親しまれる場所にも、華族の暮らし、戦争と戦後、文化財保護の歩みが折り重なっていることが分かります。

冬の静かな館内でゆっくり見学

旧前田家本邸洋館の華やかな客室を見学する参加者たち
シャンデリアと華やかな壁紙に囲まれた客室で見学する参加者たち。冬の静かな館内を楽しみました。

今回は8人で訪れ、冬の時期だったためか比較的空いていて、落ち着いて見学できました。外壁のタイル、室内の壁紙や照明、階段と寝室、そして展示パネルや祖霊社跡地まで、ひとつの邸宅を通じて建築と歴史の両方を味わえました。豪華な装飾だけでなく、そこで営まれた生活の仕組みにも触れられた見学でした。

動画で見る旧前田家本邸洋館の内部

洋館内部の華やかな照明や室内装飾を、撮影した短い映像でもご覧いただけます。写真と見比べることで、部屋の広がりや装飾のつながりも感じられます。

見学のための基本情報

旧前田家本邸は東京都目黒区駒場4丁目の駒場公園内にあり、京王井の頭線「駒場東大前駅」から歩いて行けます。洋館は原則9:00~16:00に公開され、公開範囲の見学は無料です。休館日や利用可能な場所は施設の行事や保存管理によって変更されるため、訪問前に東京都の旧前田家本邸・公開案内をご覧ください。

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旧前田家本邸と同じように明治・大正・昭和の邸宅建築を楽しむなら、旧岩崎邸庭園を訪れた開催レポートもおすすめです。また、南平台から西郷山・菅刈公園を訪ねる街歩きでは、邸宅跡と現在の公園をつなぐ地域の歴史に触れられます。ほかの活動記録は開催レポート一覧からご覧ください。

TimeWalkで周辺の歴史スポットを探す

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。駒場周辺の史跡や近くの歴史散歩のテーマを探すときにもご活用ください。

まとめ|旧前田家本邸から見えた近代の歴史

洋館では迎賓のための豪華な空間と家族の暮らしの空間を見比べ、祖霊社跡地では前田家の信仰や戦後の変遷を学びました。冬の落ち着いた雰囲気の中、8人でゆっくり歴史と建築を楽しんだ今回の見学。旧前田家本邸には、加賀百万石の大名家から昭和初期の華族の暮らしまでをつなぐ多くの手掛かりが残っています。

参考資料