【開催レポート】ペリー来航から172年、品川台場・第三台場を歩く|幕末の海防史跡を散策

第三台場の砲台跡を見学する参加者

2025年4月12日(土)12:30〜14:15、ゆる歴史散歩会では「172年前の黒船(ペリー)来航でできた台場の歴史と史跡を散策しよう!」を開催しました。参加は15名。お台場海浜公園から国指定史跡・品川台場の第三台場(現在の台場公園)へ向かい、幕末の江戸防衛のために築かれた海上砲台の地形と遺構を実際に歩きました。

海辺の開放的な景色のすぐ隣に、土塁、砲台跡、陣屋跡、弾薬庫跡などが残るのが第三台場の面白さです。春の緑や花を楽しみながら、黒船来航が江戸の海防をどう変えたのか、そして現在の「お台場」という地名がどこから来たのかを現地でたどりました。

お台場海浜公園から海越しに品川台場周辺を眺める参加者
お台場海浜公園から海辺の景観を眺めながら、品川台場の歴史散歩をスタート。

今回のコース概要

集合はお台場海浜公園。海辺から品川台場周辺の位置関係を見たあと、第三台場へ入り、案内図で全体構造を把握しながら土塁や内部の史跡を巡りました。最後はお台場海浜公園駅周辺で終了する流れです。第三台場は現在、都立台場公園として公開されています。

第三台場・台場公園の史跡案内図
第三台場(台場公園)の案内図。弾薬庫跡、陣屋跡、砲台跡などの位置が分かります。

案内図を見ると、周囲を高い土塁が囲み、その内側に陣屋跡や弾薬庫跡が配置されていることが分かります。現地を歩く前に全体像を押さえると、ただの起伏に見える場所が防御施設の一部として見えてきます。

台場――ペリー来航と江戸防衛が生んだ海上砲台

品川台場が築かれる直接の契機は、嘉永6年(1853)のペリー艦隊来航でした。アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが浦賀沖に来航し、開国を求める国書を幕府に渡すと、江戸湾の防備は急務になります。東京都立図書館の解説では、ペリー来航直後から海防強化のため品川沖で御台場の造営が始まり、当初は11基が計画されたものの、最終的に完成したのは第一・第二・第三・第五・第六台場と御殿山下台場の6基でした。

築造計画の中心人物が、伊豆国韮山にらやま代官の江川英龍えがわひでたつです。英龍は西洋砲術を学び、黒船来航以前から海防強化を唱えていました。ペリー来航後には御台場の築造位置選定や大砲鋳造などを担い、実際の築造を指揮しました。現在の港区の解説によれば、御台場はヨーロッパの軍事知識を参照しつつ、江戸時代以来の築城・土木技術を組み合わせて構築された点にも特徴があります。

「御台場」は本来、砲台を意味する言葉です。現在の「お台場」という地名は、この幕末の防衛施設の記憶を引き継いでいます。第三台場と第六台場は1926年に「品川台場」として国史跡に指定され、第三台場は公園として内部を歩ける一方、第六台場は保存のため立ち入りできません。

第三台場の土塁上から史跡を撮影する参加者
高く築かれた土塁の上から第三台場内部を見渡します。

第三台場では、外側から眺めるだけでは分かりにくい土塁の高さを実感できます。海上から来る艦船に備えた砲台だったことを念頭に置くと、周囲を囲む盛土の意味が立体的に理解できます。

第三台場の土塁を歩くゆる歴史散歩会の参加者
海に囲まれた砲台だった地形を感じながら、第三台場の土塁を歩きました。

第三台場を歩く――土塁と陣屋跡から構造を読む

第三台場の内部は現在、芝生の広場を中心とした公園ですが、周囲には高い土塁が残っています。土塁の上を歩くと東京湾側の視界が開け、内部へ下りると周囲に囲まれた空間になります。高低差を自分の足で体感できることが、現地を訪れる大きな価値です。

第三台場に咲く八重桜と史跡の風景
春の花越しに見る第三台場。史跡と現在の公園風景が重なります。

この日は春らしい景色も見られました。花の向こうには史跡の広場や遺構があり、幕末の軍事施設が現在は都心の公園として利用されている時間の重なりを感じられます。

第三台場の土塁を登る参加者と陣屋跡の広場
土塁の高低差を実際に歩き、海防施設としての構造を体感しました。

土塁を上り下りしながら内部を巡ると、平面図だけではつかみにくい規模感が分かります。案内図に示された陣屋跡、弾薬庫跡、砲台跡などの位置を照らし合わせながら歩くと、第三台場が一つの防衛施設として計画されていたことが見えてきます。

第三台場の石造遺構を見学する参加者
土塁に残る石造の遺構を間近で見学しました。

砲台跡と遺構――何を見ると面白い?

第三台場では砲台跡や石造の遺構などを間近に見ることができます。ただし、現地案内図にもあるとおり、現在見られる「砲台跡」や「かまど場」の一部は江戸時代当時のものではありません。

第三台場の砲台跡を見学する参加者
第三台場に残る砲台跡を囲み、幕末の海防について学びました。

今回の散策では、砲台跡の周囲で立ち止まり、ペリー来航から品川台場築造へ至る流れを振り返りました。172年前の外交危機への対応として始まった大土木工事が、現在のお台場の風景の中に残っていることが、この場所の大きな見どころです。

第三台場の陣屋跡と土塁から望むフジテレビ本社
陣屋跡から土塁を望む風景。幕末の史跡と現代のお台場の街並みが同じ視界に入ります。

陣屋跡付近から土塁越しに現代のお台場を眺めると、幕末の海防史跡とフジテレビ本社など現在の臨海副都心の建物が同じ視界に入ります。歴史散歩では、史跡そのものだけでなく「なぜここに造られ、周囲がその後どう変わったのか」を見ると、街の成り立ちがより分かりやすくなります。

品川台場が残したもの

品川台場は、ペリー来航に直面した江戸幕府が首都・江戸を守るために進めた防衛事業でした。計画のすべてが完成したわけではありませんが、現存する第三台場と第六台場は、幕末の外交・軍事・土木技術を現在の東京湾岸で伝える貴重な史跡です。

今回の散策では、海辺の景色を楽しみながら、案内図、土塁、陣屋跡、砲台跡などを順に見ていきました。写真や地図だけでは分からない高低差や距離感を体験できるのは、現地を歩く歴史散歩ならではです。初めて参加する方でも、景色を楽しみながら歴史を一つずつ知っていけるコースになりました。

あわせて読みたい

同じ2025年4月12日に開催した海上保安庁 海洋情報資料館の開催レポートでは、海図作製や海洋調査の歴史を紹介しています。幕末から近代にかけて、東京湾と「海を知る技術」がどう変化したのかをあわせて読むと、湾岸の歴史を別の角度から楽しめます。

TimeWalkで近くの歴史スポットを探す

散歩の前後に周辺の史跡をもう少し巡りたいときは、Webアプリ「TimeWalk」も利用できます。現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめます。

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参考資料