大崎・西品川・広町は、山手線のターミナル、大規模な車両基地、製薬会社の研究拠点、再開発された高層ビル群が近接する地域です。大崎駅から大井町方面へ歩くと、鉄道、工場・研究所、住宅地、再開発地区が短い距離の中で切り替わります。
現在の街並みを理解する鍵は、明治以来の工業地と鉄道用地がまとまった土地を必要としたこと、その周囲に住宅地が広がったこと、そして大崎駅周辺で大規模再開発が続いてきたことです。
大崎・西品川・広町はどんな場所か
大崎駅の東西にはオフィス・商業施設・住宅が集まり、西品川から広町にかけては東京総合車両センターや第一三共品川研究開発センターなど大きな敷地が残ります。駅前の高層化が進む一方、少し離れると低層住宅地や昔からの道路が接しています。
品川区では大崎駅周辺を含む複数地区で市街地再開発が進められてきました。西品川一丁目地区では「大崎ガーデンシティ」が2018年に竣工し、大崎駅西口でも複数の再開発計画が続いています。2026年には大崎駅西口駅前地区で事業計画案がまとめられ、都市計画手続きに向けた検討が進められています。
なぜ大崎・広町に工場と鉄道用地が集まったのか
明治期の品川では、鉄道の開通と目黒川の水運を背景に工場が集まりました。1873年に品川硝子製造所の前身となる工場が目黒川流域に立地し、1887年には品川白煉瓦工場が進出しました。1901年に大崎駅、1914年に大井町駅が開業すると、機械・金属・化学などの工場と下請け町工場が増え、工場で働く人の住宅も周辺へ広がりました。
広町一丁目は鉄道に囲まれたまとまった土地が残り、内陸部では工場を置きやすい地区でした。第一三共の前身・三共の品川工場と、現在の東京総合車両センターにつながる鉄道施設が近接しているのは、この近代工業化の過程と重なります。目黒川沿いの工業化については、目黒川から官営品川硝子製造所跡・天王洲を歩く散歩でも現地をたどれます。
大崎駅に多くの鉄道路線が集まる理由
大崎駅ではJR山手線、埼京線、湘南新宿ラインと、東京臨海高速鉄道りんかい線が結びつきます。りんかい線は2002年に大崎まで全線開業し、JR埼京線との相互直通運転を開始しました。現在は臨海部と渋谷・新宿・池袋方面が乗り換えなしでつながっています。
駅の南側には東京総合車両センターへ出入りする線路もあり、営業線、車両基地への入出庫線、りんかい線系統が近接します。百反歩道橋など線路をまたぐ場所では、鉄道用地が街区を大きく分けていることを地上から確認できます。
東京総合車両センターは何をしているのか

東京総合車両センターは、JR東日本が品川区に置く大規模な車両基地・車両工場です。JR東日本の紹介では敷地面積は223,475平方メートル。西側の工場部分ではE231系やE233系などのメンテナンスを行い、東側の車両基地には山手線E235系が所属しています。
大崎駅側の車庫は上下2層を使う構造で、JR東日本によると地下部分に22線、地上部分に23線があります。限られた都心の土地で多数の車両を収容するため、立体的に線路を配置しています。
大井町側では100年以上にわたって鉄道車両のメンテナンス拠点が続いてきました。大井町駅周辺広町地区の開発でも鉄道とのつながりが計画に組み込まれ、車両基地を一望できるデッキや工場見学イベントとの連携が示されています。
第一三共品川研究開発センターの土地は元官営硝子製造所だった
広町1丁目の第一三共品川研究開発センターは、第一三共の前身である三共の品川工場を受け継ぐ拠点です。三共商店は1908年、品川にあった元官営の硝子製造所を買収して品川工場を開設しました。敷地と建物は、それまでの箱崎工場のおよそ10倍の規模でした。
品川工場は翌年から本格稼働し、薬品試験室や製剤設備を整えて三共の主力工場へ成長しました。第一三共によると、当時使われた赤煉瓦建物の一部は愛知県の博物館明治村へ移築されています。現在の品川研究開発センターでは医薬品の研究開発が行われています。
ゲートシティ大崎と大崎駅周辺の再開発

大崎駅周辺では、工場や大規模事業所の跡地を活用した再開発が駅の東西で進みました。東口のゲートシティ大崎は駅と歩行者デッキで結ばれ、オフィス、商業施設、ホールなどを備える複合施設です。駅前の道路だけでなく、デッキを通じて建物同士を結ぶ歩行者動線が大崎の再開発地区の特徴になっています。
西品川一丁目では大規模遊休地を活用した市街地再開発が進められ、2018年に大崎ガーデンシティが竣工しました。大崎駅西口側ではThinkParkや大崎ウエストシティタワーズなどの整備も進み、業務・住宅機能が集積しています。
大崎再開発の流れ
- 1980年代:品川区が大崎駅周辺の再開発を進め、工場・事業所が集まっていた地域の土地利用転換が本格化します。
- 1990年代:大崎ニューシティ、ゲートシティ大崎など、駅東側で業務・商業機能を集めた再開発街区が形成されます。
- 2000年代:ThinkParkや大崎ウエストシティタワーズなど駅西側の整備が進み、駅と各街区を結ぶ歩行者デッキも拡大します。
- 2018年:西品川一丁目地区の大崎ガーデンシティが竣工します。
- 2020年代:大崎駅東口・西口の複数地区で再開発事業が続き、駅周辺の更新が進んでいます。
大崎の再開発は一つの巨大事業ではなく、駅の東西にある複数の街区が段階的に更新されてきたものです。工場や大規模事業所の跡地をオフィス・住宅・商業施設へ転換し、デッキや道路で街区を結ぶ方法が繰り返されています。
NBF大崎ビルと再開発後の大崎

NBF大崎ビルは大崎駅西口側を代表する大規模オフィスの一つです。旧称はソニーシティ大崎で、駅からペデストリアンデッキでアクセスできます。建物外周には気化熱を利用する外装システム「バイオスキン」が採用されました。
大崎では駅前に高層オフィスや住宅を集めるだけでなく、道路と鉄道で分断されやすかった街区をデッキや歩行者空間で結び直す整備が続いています。2026年時点でも大崎駅西口駅前地区では再開発の検討が進行中です。
大井町・広町では車両基地と再開発が隣り合う
広町の南側、大井町駅周辺ではJR東日本と品川区が大規模なまちづくりを進めています。JR東日本が2023年に公表した計画では、開発街区は延床面積約26万平方メートルで、オフィス、商業、ホテル、賃貸住宅、広場などを整備する構成です。
計画には大井町駅としながわ中央公園方面を結ぶ歩行者デッキ、約4,600平方メートルの広場、災害時に約3,000人を受け入れるスペースなどが含まれます。鉄道施設を街の裏側に隠すのではなく、車両基地を眺められる場所として活用する方針も示されています。
歩くときに見るポイント
- 大崎駅:山手線・埼京線・湘南新宿ライン・りんかい線が集まる線路配置を確認します。
- ゲートシティ大崎:駅と再開発街区を結ぶペデストリアンデッキを歩きます。
- 第一三共品川研究開発センター周辺:元官営硝子製造所から製薬工場、研究開発拠点へ変わった土地利用をたどります。
- 広町・東京総合車両センター周辺:住宅地のすぐ隣に広大な鉄道用地が残る境界を見ます。
- 大崎ガーデンシティ:西品川一丁目の大規模再開発と周辺住宅地の接続を確認します。
- NBF大崎ビル:大崎駅西口の高層業務地区とデッキネットワークを見ます。
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