


北区豊島
北区豊島は、かつて平安時代末期から鎌倉時代にかけて武蔵国で勢力を誇った豪族・豊島氏の発祥の地として知られています。隅田川の右岸に位置するこの地は、古くから水運の要所であり、江戸時代には近郊農業が盛んでした。明治時代以降は、広大な土地と水利を活かして軍需工場や民間企業(トンボ鉛筆など)が次々と進出し、「工業の町」として日本の近代化を支えました。現在は、工場跡地が大規模な団地へと姿を変え、豊かな水辺空間と歴史遺構が共存する住宅街となっています。
今回行くところ
- 大坊橋跡
大坊橋は、かつて豊島村の中央を流れていた農業用水「豊島川(現在は暗渠)」に架かっていた橋です。名前の由来は、近くにあった金剛寺(大坊)に関連すると言われています。現在は橋の面影はありませんが、かつての水路跡が道路となっており、この地の生活を支えた水の歴史を今に伝えています。 - 産業考古学探索路
北王子線、須賀線、都電、製紙工場、フェルト工場、宮堀渡船場、甚兵衛堀などの説明が書かれています。 - 豊島馬場遺跡公園
ここは豊島氏の館跡の一部と推定されている場所で、中世の土塁や溝の跡が発掘された貴重な遺跡です。現在は公園として整備されており、歴史ファンにとっては「豊島氏発祥の地」を肌で感じられるスポットです。馬場という名の通り、かつては武士たちが馬の稽古に励んだ光景を想像させてくれます。 - 豊島清光館(清光寺)
清光寺は、豊島氏の中興の祖とされる豊島清光の館跡に建てられたと伝えられる寺院です。境内には清光の墓と伝わる五輪塔があり、北区の指定文化財となっています。地域の守護職として名を馳せた豊島氏の権威と、その終焉を静かに物語る聖域といえる場所です。 - 紀州神社
鎌倉時代、豊島氏が紀伊国(現在の和歌山県)の熊野権現を勧請して創建したと伝わる神社です。紀州との縁が深いこの神社は、古くから地域住民の信仰を集めてきました。毎年行われる祭礼は賑やかで、かつての農村地帯だった頃からのコミュニティの結びつきを感じさせます。この地域には「鈴木」さんが多いかもしれません。 - 株式会社トンボ鉛筆
1913年に創立された日本を代表する文房具メーカー、トンボ鉛筆の本社がここにあります。昭和初期にこの地に工場を構えて以来、豊島の工業化を象徴する存在となりました。現在も本社ビルが建ち、長年この街の雇用と活気を支えてきた「ものづくりの街・豊島」の象徴的企業です。 - UR豊島五丁目団地
かつての日本無機繊維などの広大な工場跡地に建設された、約5,000戸を誇るマンモス団地です。1970年代の入居開始当時は「東洋一の団地」とも称され、隅田川沿いにそびえ立つ高層棟の景観は圧巻です。ひとつの街として完成されており、戦後の高度経済成長期から現在に至る都市開発の歴史を象徴しています。 - みどりと環境の情報館(エコベルデ)
北区の環境学習の拠点として、旧豊島小学校の跡地に整備された施設です。ここでは地域の自然環境や地球温暖化対策について学ぶことができ、緑豊かなビオトープも併設されています。工業地帯から住宅街へと変わった豊島において、次世代へ環境意識を繋ぐ大切な役割を担っています。 - 隅田川旧防潮堤
かつて隅田川の氾濫から街を守るために築かれたコンクリート製の高い壁(カミソリ堤防)の一部が、記憶の遺構として保存されています。現在はスーパー堤防化が進み、川との距離が近くなりましたが、この壁を見ることで、かつての住民がいかに水害の脅威と向き合ってきたかを学ぶことができます。
