プリンスホテル日本庭園と高輪エリアの夜桜をめぐって歩く

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今回のルート

旧竹田宮邸洋館
グランドプリンスホテル高輪 貴賓館。1911年(明治44年)に竹田宮恒久王の邸宅として建てられた、ネオ・バロック様式の華麗な洋館です。設計は赤坂離宮(現在の迎賓館)も手がけた宮廷建築家・片山東熊によるもので、内部にはシャンデリアや大理石の暖炉など、当時の皇族の暮らしを偲ばせる豪華な装飾が残されています。現在はホテルの結婚式場や式典会場として利用されており、高輪の街に明治の栄華を伝える重要な歴史的建造物として、国の登録有形文化財にも指定されています。

プリンスホテル日本庭園
高輪のプリンスホテル群に囲まれた約2万平方メートルの広大な敷地を誇る庭園で、江戸時代には肥前島原藩主・松平主殿頭の下屋敷があった歴史を持ちます。特に夜のライトアップは幻想的で、最新の演出技術と伝統的な日本庭園の美が融合した、このエリアを代表する癒やしのスポットです。

頌栄(しょうえい)女子学院
1884年(明治17年)に創立された歴史あるキリスト教系の女子校で、白金台の閑静な住宅街に位置しています。キャンパス内にある「グローリア・チャペル」などの赤レンガ造りの建築群は、周辺の緑豊かな環境と調和し、長年この地の景観の一部として親しまれてきました。岡見清致は、中津藩士の家に生まれ、明治維新後に東京・大崎や品川、芝一帯に広大な土地を持つ地主として家業を継いだ人物です。福澤諭吉にゆかりのある親族を持ち、自身も福澤の影響で英学を学ぶ一方で儒学者の林靏梁に師事するなど、和魂洋才の素養を身につけました。親族の岡見辰五郎が品川教会を設立した縁からキリスト教に入信し、宣教師グリーンより受洗し、1884年に現在の頌栄女子学院の前身となる学校を開校した。

荏原 畠山美術館
株式会社荏原製作所の創業者・畠山一清(号・即翁)が、自身の茶道具コレクションを公開するために1964年に開館した私立美術館です。広大な「般若苑」の跡地に建つ館内は、畳敷きの展示室で座って鑑賞できるなど、茶の湯の精神を大切にしたユニークな造りとなっています。国宝や重要文化財を含む東洋古美術の質の高さはもちろん、四季の移ろいを感じさせる美しい庭園と共に、静かに芸術と向き合える隠れ家的な名所です。

三田用水路跡(白金台)
かつて玉川上水から分水し、目黒から白金・三田方面へと流れていた三田用水の遺構です。江戸時代から農業用水や飲料水として、近代以降は工業用水として地域を支えましたが、現在はその役割を終え、暗渠化されたり道筋にその名残を留めたりするのみとなっています。

白金台3丁目の豪邸
佛所護念会教団本部の向かいの豪邸。佛所護念会は法華経を信仰の柱とする法華系の新宗教団体で、港区白金台にその本部を構えています。戦後間もない時期に創立され、先祖供養を通じて人格を磨くことを重視する教えにより、全国に多くの信徒を有しています。周辺の閑静な住宅街の中で、独特の建築様式を持つ本部施設は存在感を放っており、地域の宗教的・精神的な拠点として長年にわたり活動を続けています。(Wikipedia)

八芳園(十三層塔)
江戸時代初期に天下の御意見番・大久保彦左衛門の下屋敷があったとされる、400年以上の歴史を持つ由緒ある庭園です。明治以降は実業家・久原房之助らによって整備され、現在は日本を代表する結婚式場・宴会場として知られています。「四方八方どこから見ても美しい」とされる庭園です。