都電砂町線の廃線跡を歩く|西大島・北砂・南砂から東陽町へ

1989年当時の小名木川貨物駅と北砂周辺の空中写真

西大島から北砂・南砂を経て東陽町へ歩くと、都電砂町線の廃線跡、越中島支線、小名木川貨物駅跡、江戸以来の運河、幕末の史跡が近い範囲に重なっています。現在は緑道や公園、商業施設になった場所が多く、鉄道が消えた後の土地利用までたどれる散歩コースです。

都営新宿線の西大島駅付近から東へ向かい、最後は東京メトロ東西線の東陽町駅へ抜けます。南砂緑道公園では改修工事が続いているため、2026年8月時点の通行情報もあわせて確認します。

江東区の町名。西大島から北砂・南砂・東陽へ、区の中央部を南東方向に歩きます。

都電砂町線とは

都電砂町線は、水神森から大島・北砂・南砂を通り、東陽町方面へ延びていた路線です。前身は私鉄の城東電気軌道で、1920年12月に水神森―小名木川間が開業しました。その後、路線は砂町方面へ延び、1942年に東京市電気局へ買収されました。

東京都交通局の時代には29系統と38系統がこの区間を走りました。砂町線は1972年11月12日の都電撤去で廃止され、専用軌道だった区間の一部は亀戸緑道公園、大島緑道公園、南砂緑道公園へ姿を変えています。

今回歩く区間では、大島三丁目、大島一丁目、北砂三丁目、北砂二丁目、境川、南砂三丁目、第四砂町小学校、南砂二丁目、東陽公園前と、かつての停留場の位置を追いながら進めます。線路そのものが残る場所は少ないものの、細長い緑道の形や道路との交差、モニュメントに旧線の痕跡が残っています。

歌川広重が描いた小名木川の舟と五本松
歌川広重『小奈木川五本まつ』、1856年。Library of Congress/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

西大島から東陽町へ廃線跡を歩く

大島緑道公園|専用軌道の形が残る

大島緑道公園は、都電砂町線の専用軌道跡を利用した緑道です。西大島駅の北側から歩くと、住宅地の中を細長く抜ける公園の形に旧線の線形が残っています。

砂町線は水神森から南へ向かい、竪川を越えて大島、北砂へ入りました。竪川を渡っていた橋梁は廃止後に「竪川人道橋」として使われましたが、2011年に撤去されています。

進開橋|小名木川と越中島支線を見る

進開橋の下を流れる小名木川は、江戸から東京にかけて物資輸送を支えた水路です。江戸東部では河川と掘割が物流網をつくり、明治以降は沿岸に工場も集まりました。

小名木川クローバー橋から見た小名木川の水面と護岸
小名木川クローバー橋から見た小名木川、2011年。撮影:Rs1421/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

橋上から西を見ると、JRの貨物線である越中島支線の橋梁も確認できます。都電の廃線跡と現在も使われる貨物線が近接するため、江東区の鉄道史を比較しやすい場所です。小名木川を西へたどり、隅田川との合流地点まで歩くなら、萬年橋・清洲橋・両国橋を巡る隅田川散歩も続きとして使えます。

小名木川貨物駅跡|現在のアリオ北砂

アリオ北砂一帯には、小名木川貨物駅がありました。JR貨物の資料では、駅は昭和4年(1929)から平成13年(2001)3月まで営業しています。廃止後の広い駅用地は再開発され、2010年にアリオ北砂が開業しました。

貨物駅が置かれた北砂は、小名木川と鉄道が交わる場所です。水運中心の物流から鉄道貨物へ移る時代を、現在の商業施設と周辺の線路から読み取れます。

1989年当時の小名木川貨物駅と北砂周辺の空中写真
小名木川貨物駅の空中写真、1989年。国土交通省「国土画像情報(カラー空中写真)」を基に作成/Wikimedia Commons。

北砂二丁目公園には小名木川貨物駅を伝えるモニュメントがあります。道路を挟んだ西側には越中島支線が通り、貨物駅跡と現役の貨物線を続けて見られます。

小名木川駅跡を起点に砂町銀座商店街を歩いた様子は、砂町銀座商店街で食べ歩き&石田波郷記念館の開催レポートでも紹介しています。

境川・仙台堀川|都電と水路が交差した場所

境川跡の説明板付近は、北砂から南砂へ入る途中の目印です。さらに南へ進むと仙台堀川公園の浮橋に着きます。江東区では鉄道だけでなく運河や掘割が街の骨格をつくってきたため、廃線跡を歩くと水路との交差が何度も現れます。

仙台堀川や小名木川を門前仲町・清澄白河側から歩くコースは、門前仲町・仙台堀川・小名木川を巡る散歩で紹介しています。

南砂線路公園・南砂緑道公園|都電の痕跡がまとまって残る

南砂線路公園から南砂緑道公園へ進むと、旧砂町線の専用軌道跡をたどれます。途中には城東電車の車輪があり、前身の城東電気軌道を伝えています。

南砂緑道公園は都電敷跡を生かした約1kmの緑道です。江東区は老朽化した園路や施設の改修を進めており、整備後も軌道敷遺構や電停をモチーフにしたオブジェを配置する計画です。

長州藩大砲鋳造場跡|幕末の砂村にあった軍事施設

長州藩大砲鋳造場跡は、現在の南砂2~3丁目付近にあった長州藩下屋敷内の鋳造場を伝える史跡です。嘉永7年(1854)、長州藩は佐久間象山の指導を受けて砂村の屋敷内で大砲を鋳造しました。

南砂緑道公園には大砲をかたどったモニュメントがあります。鉄道が敷かれる前の幕末史も同じ緑道上でたどれるため、この一帯の土地利用の変化がわかります。

東陽町駅|旧線の南端へ

南砂緑道公園を西へ抜けると東陽町駅が近づきます。かつては東陽公園前停留場を経て洲崎方面へ線路が続いていました。西大島から歩くと、専用軌道跡、貨物駅跡、現役貨物線、運河、幕末の史跡を一本の経路でつなげられます。

2026年の南砂緑道公園改修工事

江東区は南砂緑道公園の改修工事を2025年12月上旬から2027年3月下旬まで実施しています。公園全体を2工区に分けて施工し、2026年1月から8月頃までは1工区を全面閉鎖する予定です。その後も2工区の規制・閉鎖が続くため、廃線跡を連続して歩けない区間があります。

工事区間や迂回路は切り替わるため、散歩前に江東区「南砂緑道公園改修工事」の最新情報を確認してください。

このコースで注目したい歴史の重なり

  • 大島・南砂の細長い緑道は、都電砂町線の専用軌道跡です。
  • 小名木川貨物駅跡と越中島支線では、鉄道貨物の歴史を見られます。
  • 小名木川・仙台堀川は、江戸から東京へ続く水運と市街地形成を伝えます。
  • 南砂緑道公園の長州藩大砲鋳造場跡では、鉄道以前の幕末史まで遡れます。

参考資料

TimeWalkで周辺の歴史スポットを探す

TimeWalkは、現在地の近くにある歴史スポットを探しながら街を歩けるWebアプリです。西大島・北砂・南砂・東陽を歩くときも、周辺の史跡を確認しながら寄り道できます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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