志村一里塚と旧中山道を歩く|志村坂上・清水坂・薬師の泉・志村城跡の歴史散歩

巣鴨地蔵通り商店街の入口と買い物客でにぎわう通り

東京都板橋区の志村坂上周辺には、江戸日本橋から3里目に築かれた志村一里塚、旧中山道の難所として知られた志村清水坂、江戸名所だった清水薬師を伝える薬師の泉、中世の志村城跡・城山熊野神社などがまとまって残っています。

この散歩では、志村・小豆沢・前野町周辺を歩き、街道、崖線、城跡、湧水、板碑をたどります。江戸の街道史だけでなく、武蔵野台地と荒川低地の高低差が、城や坂道、湧水の位置とどう結びついているかも現地で確かめられます。

今回のコース概要|志村坂上周辺の旧中山道と史跡を歩く

  • エリア:東京都板橋区志村・小豆沢・前野町周辺
  • 主な見どころ:城山熊野神社・志村城跡、志村の崖線、志村清水坂、薬師の泉、富士大山道道標・庚申塔、志村延命寺板碑群、見次公園、志村一里塚
  • テーマ:旧中山道、志村一里塚、中世城郭、崖線と湧水、板碑と地域信仰

当日の記録から所要時間・総距離・明確な出発地と到着地は確認できないため、ここでは推測せず、確認できる訪問地点を中心に紹介します。

【紫色:主な見附 白色:主なスポット 青色:現在の主要線路】見附とは見張り番所がある城門のことで、江戸城の見附は主に枡形門と堀に架けられた橋が一体となったものが多かった。実際は36以上あったが俗に江戸城三十六見附と呼ばれている。現在でも一部残っている。
相生町(あいおいちょう) 赤塚(あかつか) 赤塚新町(あかつかしんまち) 小豆沢(あずさわ) 泉町(いずみちょう) 板橋(いたばし) 稲荷台(いなりだい) 大原町(おおはらちょう) 大谷口(おおやぐち) 大谷口上町(おおやぐちかみちょう) 大谷口北町(おおやぐちきたちょう) 大山金井町(おおやまかないちょう) 大山東町(おおやまひがしちょう) 大山西町(おおやまにしちょう) 大山町(おおやまちょう) 加賀(かが) 上板橋(かみいたばし) 熊野町(くまのちょう) 小茂根(こもね) 幸町(さいわいちょう) 栄町(さかえちょう) 坂下(さかした) 桜川(さくらがわ) 清水町(しみずちょう) 志村(しむら) 新河岸(しんがし) 大門(だいもん) 高島平(たかしまだいら) 東新町(とうしんちょう) 常盤台(ときわだい) 徳丸(とくまる) 中板橋(なかいたばし) 仲宿(なかじゅく) 中台(なかだい) 仲町(なかちょう) 中丸町(なかまるちょう) 成増(なります) 西台(にしだい) 蓮沼町(はすぬまちょう) 蓮根(はすね) 氷川町(ひかわちょう) 東坂下(ひがしさかした) 東山町(ひがしやまちょう) 富士見町(ふじみちょう) 双葉町(ふたばちょう) 舟渡(ふなど) 本町(ほんちょう) 前野町(まえのちょう) 三園(みその) 南町(みなみちょう) 南常盤台(みなみときわだい) 宮本町(みやもとちょう) 向原(むかいはら) 大和町(やまとちょう) 弥生町(やよいちょう) 四葉(よつば) 若木(わかぎ)

志村の地形|武蔵野台地と荒川低地の境を歩く

東京都板橋区志村は、武蔵野台地の高台と荒川低地の境にあたります。小豆沢から赤塚方面へ続く崖線があり、志村二丁目・三丁目付近では大きな高低差をつくっています。坂道や湧水が多いのは、この地形と深く関係しています。

志村城が台地上に築かれ、清水坂が崖線を下り、薬師の泉や見次公園に水が見られるという配置を意識すると、個々の史跡が一つの地形の上につながって見えてきます。

志村一里塚|日本橋から3里目、旧中山道に残る国史跡

志村一里塚は、旧中山道の両側に残る一里塚です。徳川家康が街道整備を進めた慶長9年(1604年)、江戸日本橋を起点として1里ごとに一里塚が築かれ、志村は3里目にあたりました。一里塚は旅人に距離を知らせる目印で、塚の木陰は休憩場所にもなりました。

明治以降、多くの一里塚が失われましたが、志村一里塚は残り、大正11年(1922年)に国の史跡に指定されました。板橋区によると、現在も2基一対で残る一里塚は全国的にも少なく、道路拡幅の際にも塚そのものは移動していません。

現地では、道路の片側だけでなく向かい合う2基を一組として見るのがポイントです。現在の交通量の多い道路と江戸時代の距離標が同じ場所に重なることで、旧中山道が現在の都市道路へ引き継がれたことを実感できます。

所在地は板橋区志村1-12・小豆沢2-16付近で、都営三田線志村坂上駅から徒歩1分ほどです。

志村清水坂|旧中山道の高低差を体感する

志村清水坂は、旧中山道が志村の崖線を越える坂です。隠岐殿坂、地蔵坂とも呼ばれ、急な勾配と途中で曲がる道筋を持ちます。江戸を出た旅人にとって、板橋宿を越えた先で地形の変化を強く感じる場所でした。

坂の下には板橋宿と蕨宿の間をつなぐ「合の宿」があり、名主屋敷や立場茶屋が置かれたと伝わります。戸田の渡しが増水した際に旅人が待機する場所にもなりました。

現地では、坂の勾配だけでなく道が曲がりながら低地へ下る形に注目すると、旧街道が地形に合わせて通されたことが分かります。近くの志村清水坂緑地とあわせて歩くと、崖線と湧水の関係も見やすくなります。

薬師の泉|徳川吉宗と清水薬師、江戸名所の記憶

薬師の泉は、旧中山道のすぐ近くにある庭園です。かつてこの地には曹洞宗大善寺があり、八代将軍徳川吉宗が鷹狩りの際に立ち寄り、境内から湧く清水を賞して本尊を「清水薬師」と名付けたと伝わります。

清水薬師は『江戸名所図会』にも描かれた江戸名所でした。現在の庭園は、その図をもとに板橋区が復元し、平成元年(1989年)に「薬師の泉」として開園したものです。

ここで見るべきなのは庭園だけではありません。志村の崖線から湧く水が、街道を行き交う人の休息や信仰の場を生んだことが重要です。清水坂と続けて歩くと、坂と泉が同じ地形条件から生まれたことを理解しやすくなります。

志村城跡と城山熊野神社|台地の先端を利用した中世の城

城山熊野神社のある高台は、志村城跡にあたります。熊野神社は長久3年(1042年)、当地の豪族・志村将監が紀州熊野から勧請したと伝えられています。のちに社を中心として志村城が築かれ、千葉氏が板橋地域へ進出した時期には赤塚城の前衛拠点として機能したとされています。

城山は舌状台地の先端にあり、周囲の低地との高低差を防御に利用しやすい場所です。板橋区の資料では、熊野神社本殿西側に本郭と二の郭の間にあったとみられる空堀跡が残るとされています。

現在は城郭の姿が大きく失われているため、建物を探すよりも、神社が立つ高台の位置、斜面、わずかに残る空堀跡を見ると中世城郭の立地をつかみやすくなります。

志村延命寺板碑群|1252年の板碑が伝える中世志村

延命寺は、志村城をめぐる戦いを背景に、見次権兵衛が自らの屋敷を寺にしたと伝わる真言宗寺院です。境内には志村延命寺板碑群があり、建長4年(1252年)の板碑を含む中世の石造資料が伝わっています。

板碑は中世に供養などのため造立された石碑で、武蔵地域では秩父産の緑色片岩を使う例が多く見られます。延命寺所蔵の板碑には1252年から1516年までの紀年銘が確認でき、板橋区は中世志村の地域史と人々の信仰を知る重要な資料と位置づけています。

現地では石碑の形だけでなく、鎌倉時代から戦国期までの年号が残ることに注目すると、江戸時代の旧中山道より前から志村に人々の生活と信仰があったことが分かります。

富士大山道道標・庚申塔|街道から分かれた信仰の道

富士大山道道標は、富士山や相模国の大山へ向かう参詣者の道を示したものです。板橋区の散策資料では、道標は寛政4年(1792年)の造立で、「是より大山道井ねりま川こへみち」と刻まれています。隣の庚申塔は万延元年(1860年)の造立です。

旧中山道だけを見ると道は江戸と京都を結ぶ一本の線に見えますが、実際には各地で参詣路や地域の道と接続していました。この道標は、志村が旅人の通過点であると同時に、富士・大山信仰へ向かう分岐点でもあったことを示します。

見次公園と志村の湧水|崖線がつくる水の風景

見次公園は池を中心とした公園で、志村周辺の湧水と地形を感じられる場所です。志村清水坂緑地や薬師の泉とあわせて見ると、台地の縁に水が湧く場所が点在していることが分かります。

史跡だけを点で追うのではなく、坂の上と下、水のある場所を地図で結ぶと、志村の歴史が地形に支えられてきたことを読み取りやすくなります。

今回巡ったスポット一覧

以下は当日の記録に残る訪問地点です。リンクはGoogleマップです。

  1. 熊野神社の樹林
  2. 城山熊野神社境内・志村城跡
  3. 旧志村役場跡
  4. 志村の崖線
  5. 志村清水坂
  6. 板橋区立志村清水坂緑地
  7. 薬師の泉
  8. 富士大山道道標・庚申塔
  9. 志村延命寺板碑群
  10. 見次公園
  11. 志村一里塚
  12. 旧齋藤商店(1889年創業の竹材・竹製品店。2022年12月30日閉店)

旧中山道をさらに歩く|板橋宿・巣鴨へ

志村一里塚は日本橋から3里目の一里塚です。旧中山道を江戸側へたどるなら、板橋宿の史跡を巡る記事で宿場の本陣跡・脇本陣跡・縁切榎などを確認できます。

巣鴨地蔵通り商店街の入口と買い物客でにぎわう通り
巣鴨地蔵通り商店街、2009年2月。撮影:Kentin/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0。

板橋から巣鴨方面まで続けて歩くなら、<板橋~巣鴨>旧中山道を歩いてみよう!最後は巣鴨地蔵通り商店街で食べあるきもあわせてご覧ください。街道沿いの史跡から巣鴨地蔵通り商店街まで、旧中山道を別区間からたどれます。

自分で歴史散歩をするならTimeWalk

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。志村坂上周辺を歩く前後に、近くの史跡を探す用途にも使えます。

解説付きの街歩きに参加する

ゆる歴史散歩会では、東京の史跡、神社仏閣、坂道、地形、建築などを解説付きで歩くイベントを開催しています。開催中の企画はイベント一覧から確認できます。歴史初心者や一人参加の方も参加できます。

参考資料

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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