麻布十番から広尾へ|元麻布・南麻布の坂とがま池を歩く歴史散歩

麻布十番から元麻布、南麻布を抜けて広尾へ。大黒坂、狸坂、狐坂、松方ハウス、がま池、仙台坂、新富士見坂をたどると、台地と谷がつくった地形の上に、江戸の大名屋敷、近代の邸宅、古い伝承が重なっていることがわかります。夜の街並みを楽しみながら歩ける歴史散歩コースです。

元麻布・南麻布を含む東京都港区の行政地図
港区の行政地図。元麻布・南麻布は麻布十番の西から南西に広がり、広尾方面へ坂道が続きます。

元麻布・南麻布に坂が多い理由

麻布一帯は台地と谷の起伏が大きく、古川側の低地へ向かって多くの坂が延びています。坂の名前には、寺社、大名屋敷、土地の伝承が残りました。大黒坂は大法寺の大黒天、仙台坂は仙台藩伊達家の下屋敷に由来します。狸坂や狐坂には、暗い坂道で狸や狐に化かされたという伝承が伝わっています。

江戸城三十六見附と周辺の位置関係を示した図
江戸城の見附と周辺地域。麻布は江戸城の南西側に広がり、江戸時代には大名屋敷や寺社が置かれました。
徳川将軍家系図
徳川将軍家系図。江戸幕府のもとで麻布周辺には諸大名の屋敷が置かれ、現在の坂名にもその記憶が残っています。

散歩ルート

  1. 十番稲荷神社のかえる像
  2. 赤い靴の女の子・きみちゃん像
  3. 大黒坂
  4. 旧阿部美樹志邸
  5. 狸坂
  6. 狐坂
  7. 松方ハウス
  8. がま池周辺
  9. 仙台坂
  10. 新富士見坂
  11. 廣尾稲荷神社
  12. 広尾駅

十番稲荷神社のかえる像と、がま池の伝説

散歩の出発点近くにある十番稲荷神社のかえる像は、元麻布の「がま池」と結びついています。文政4年(1821)の大火で、がま池近くの山崎家の屋敷だけが焼け残り、大蛙が池の水を吹いて火を防いだという伝説が広まりました。火伏せの御札「上の字様」が信仰され、戦後には「かえるのお守り」として受け継がれました。

がま池は現在も元麻布に残っていますが、周囲は私有地で一般公開されていません。十番稲荷神社のかえる像から伝説をたどり、元麻布の高台に池が残った地形を想像すると、このコースの輪郭がつかみやすくなります。

赤い靴の女の子・きみちゃん像

パティオ十番には童謡『赤い靴』の少女をモチーフにした「きみちゃん像」があります。麻布十番商店街によると、像は1989年に建立されました。モデルとされる岩崎きみは、麻布にあった孤児院で9歳の生涯を終えたと伝えられています。商店街の中心にある小さな像ですが、麻布十番と近代の社会史をつなぐ場所です。

大黒坂・狸坂・狐坂|坂名に残る江戸の麻布

大黒坂の名は、坂の途中にある大法寺の大黒天に由来します。ここから元麻布の高台へ入ると、狸坂、狐坂と動物の名を持つ坂が続きます。港区に残る坂名の由来には、狸や狐に化かされたという土地の伝承が記録されています。

現在は住宅地ですが、坂の勾配と曲がり方は地形そのものです。街灯の少なかった時代、谷へ下る坂や樹木の多い道が伝承の舞台になりました。元麻布を歩くときは、建物だけでなく高低差を見ると江戸以来の土地の形がよくわかります。

旧阿部美樹志邸と近代の鉄筋コンクリート

阿部美樹志あべ みきしは札幌農学校土木工学科を卒業し、アメリカで鉄筋コンクリート工学を研究した技術者です。鉄道院の技師を経て阿部事務所を開き、戦後は戦災復興院総裁や建設院総務長官を務めました。このルートでは阿部ゆかりとされる住宅の前を通ります。建物を外から見るだけでも、元麻布が近代以降に邸宅地として発展した一面に触れられます。

松方ハウス|1921年築、ヴォーリズ設計の邸宅

元麻布の西町インターナショナルスクールには、1921年に建てられた松方ハウスが残ります。設計は教会や学校建築を数多く手がけたW・M・ヴォーリズ。松方正義の子・松方正熊と妻美代子の私邸として建てられ、東京都選定歴史的建造物になっています。

この家で育った松方種子は1949年に西町インターナショナルスクールを創立しました。大正期の邸宅が、戦後の国際教育の場として受け継がれている点が元麻布らしい建築史です。学校施設のため、見学は道路から外観を眺める形になります。

仙台坂|伊達家下屋敷の記憶

仙台坂の名は、江戸時代に坂の南側に仙台藩伊達家の下屋敷があったことに由来します。現在の住宅街では屋敷そのものは残っていませんが、地名が大名屋敷の位置を伝えています。坂名を追うだけで、現代の道路の下に江戸の土地利用が重なっていることがわかります。

新富士見坂|明治末から大正初期に開かれた坂

新富士見坂は、明治末から大正初期ごろに開かれた坂です。かつて富士山をよく望めたことから名が付きました。江戸由来の大黒坂や仙台坂と比べると新しい坂で、麻布の街路が近代にも広がっていったことを伝えています。

廣尾稲荷神社|広尾駅へ向かう最後の歴史スポット

南麻布から広尾へ下る途中にあるのが廣尾稲荷神社です。東京都神社庁では、慶長年間に徳川秀忠が勧請したと伝えられています。周辺はかつて萩の名所として知られ、神社も「萩の稲荷」と呼ばれました。ここから広尾駅までは短く、麻布十番から続いた坂の散歩を締めくくる場所になります。

元麻布・南麻布をさらに歩く

元麻布・南麻布が高級住宅街や大使館街へ変わっていった背景、本村町貝塚、江戸の大名屋敷、暗闇坂、近代の邸宅地まで広く知りたい方は、元麻布・南麻布の歴史散歩もあわせてどうぞ。このページは、麻布十番から広尾まで実際に歩ける坂道と史跡に焦点を絞っています。

参考資料