東京カテドラル聖マリア大聖堂で、2026年10月9日に「オルガン・メディテーション」が開かれます。演奏するのはオルガニストの荻野由美子。曲目にはメンデルスゾーン、ヴォーン・ウィリアムズ、シューマン、バッハが並びます。
4人の生年は1685年から1872年まで広がり、バロック、19世紀ロマン派、20世紀イギリス音楽へと時代を横断します。フーガ、カノン、コラール、讃美歌旋律、足鍵盤というオルガン音楽の基本も、4曲を通して現れます。
今回のプログラムから、西洋のオルガン音楽が約200年のあいだに受け継いだ技法と教会音楽の伝統をたどります。
2026年10月のオルガン・メディテーション
東京カテドラルの「オルガン・メディテーション」は、晩の祈りとオルガン音楽による瞑想の時間として一般に開かれている催しです。2004年にはすでに開催されており、現在は原則として1月と8月を除く毎月第2金曜日に続けられています。
2026年10月回の概要は次の通りです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開催日 | 2026年10月9日(金) |
| 開場 | 18:00 |
| 開演 | 18:30 |
| 終演予定 | 19:20 |
| 会場 | 東京カテドラル聖マリア大聖堂 |
| 演奏 | 荻野由美子 |
| 入場料 | 無料 |
| 備考 | オルガンの維持と催しの支援のため献金を受け付けています |
曲目は次の4組です。
- フェリックス・メンデルスゾーン《オルガン・ソナタ第3番 イ長調 Op.65-3》
- ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ《ウェールズの讃美歌による3つの前奏曲》より《ロシメドル(Rhosymedre)》
- ロベルト・シューマン《ペダル・ピアノのための6つのカノン風小品 Op.56》より第1番、第2番
- ヨハン・セバスティアン・バッハ《前奏曲とフーガ ニ短調 BWV539》
祈りと静かな時間を含む継続企画で、大聖堂の豊かな残響の中でオルガンを聴く構成です。
演奏者・荻野由美子
荻野由美子は、東京藝術大学音楽学部器楽科オルガン専攻とデュッセルドルフ音楽大学を卒業したオルガニストです。NHK-FM放送、日本各地のコンサートホールや教会で演奏し、NHK交響楽団や東京交響楽団などのオーケストラでもオルガンを担当してきました。
2011年度から2020年度まで神奈川県民ホールのオルガンアドバイザーを務め、2020年にはCD《神奈川県民ホール45周年記念パッサカリア》をリリースしました。現在はカトリック碑文谷サレジオ教会オルガニスト、北とぴあオルガンアドバイザー、洗足学園音楽大学講師を務めています。
東京カテドラルのマショーニ・オルガン
東京カテドラル聖マリア大聖堂では、2004年にマショーニ社製「Op.1165」が設置されました。信者席後方のバルコニーに置かれ、東京カテドラル公式サイトは「クリアな音色」と「大聖堂ならではの豊かな残響」を特徴として紹介しています。
この楽器は歴史的なオルガン建造の伝統を踏まえながら、典礼と演奏会の双方で使うことを想定して造られました。
パイプオルガンは鍵盤を押すことでパイプへ空気を送り、異なる音色のパイプ群を組み合わせて響きを作ります。手鍵盤に加えて足鍵盤も使うため、低音から高音まで複数の声部を一人で組み立てられます。
クラシック音楽の時代区分や基本的なジャンルは、「クラシック音楽とは?」で詳しく紹介しています。
4人の作曲家を時代順に見る
今回登場する4人を生年順に並べると、約190年の幅があります。
| 作曲家 | 生没年 | 主な位置づけ | 今回の曲 |
|---|---|---|---|
| ヨハン・セバスティアン・バッハ | 1685–1750 | バロック | 《前奏曲とフーガ ニ短調 BWV539》 |
| フェリックス・メンデルスゾーン | 1809–1847 | ロマン派 | 《オルガン・ソナタ第3番》 |
| ロベルト・シューマン | 1810–1856 | ロマン派 | 《6つのカノン風小品 Op.56》 |
| ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ | 1872–1958 | 20世紀イギリス | 《Rhosymedre》 |
西洋音楽全体の流れは、「西洋音楽史まるわかりガイド」で時代順にまとめています。
ヨハン・セバスティアン・バッハ
ヨハン・セバスティアン・バッハは1685年生まれ。バロック音楽を代表する作曲家であり、オルガニストとしても活動しました。若いころから北ドイツのオルガン音楽を学び、教会音楽、鍵盤音楽、器楽曲など膨大な作品を残しました。

メンデルスゾーンは19世紀にバッハ作品の復興に大きく貢献し、シューマンもバッハの作品と対位法を深く研究しました。
同じバロック時代の宗教音楽では、ヘンデルのオラトリオを扱った「メサイアとは?」も関連する入口になります。
フェリックス・メンデルスゾーン
フェリックス・メンデルスゾーンは1809年生まれのドイツの作曲家です。《夏の夜の夢》やヴァイオリン協奏曲で知られますが、優れたオルガニストでもありました。

1829年3月11日、ベルリンでバッハ《マタイ受難曲》の復興上演を指揮した出来事は、メンデルスゾーンの音楽史上の大きな功績です。バッハの対位法やコラールの伝統を受け継ぎながら、19世紀の響きへ発展させた作品群の一つが《6つのオルガン・ソナタ Op.65》です。
ロベルト・シューマン
ロベルト・シューマンは1810年生まれ。ピアノ曲や歌曲で広く知られるロマン派の作曲家です。1840年代にはバッハの作品と対位法への関心を深め、足鍵盤を備えたペダル・ピアノにも取り組みました。

1845年には《ペダル・ピアノのための6つのカノン風小品 Op.56》を作曲しています。シューマン・ポータルの資料では、ペダル・ピアノへの関心はオルガン演奏の練習やバッハ研究とも結びついていたことが紹介されています。
ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズ
ラルフ・ヴォーン・ウィリアムズは1872年生まれ。20世紀イギリスを代表する作曲家の一人です。《揚げひばり》《トマス・タリスの主題による幻想曲》などで知られます。

1903年からイギリス各地で民謡の採集を進め、1904年から1906年にかけて『The English Hymnal』の音楽編集にも携わりました。民謡や讃美歌の旋律は、その後の作品に深く入り込みます。
今回演奏される《Rhosymedre》にも、讃美歌旋律との関わりが表れています。
メンデルスゾーン《オルガン・ソナタ第3番 イ長調 Op.65-3》
メンデルスゾーンの《6つのオルガン・ソナタ Op.65》は1845年に初版が刊行されました。第3番はイ長調で、現在一般に演奏される形は2楽章です。
第1楽章は「Con moto maestoso」。堂々とした楽想から始まり、やがて複数の声部が追いかけ合うフーガへ進みます。その中にルター派のコラール《Aus tiefer Not schrei ich zu dir》の旋律が置かれます。日本語では「深き淵より」の名で紹介されることが多く、詩編130篇と結びつく讃美歌です。
住友生命いずみホールの解説では、この楽章冒頭の素材が姉ファニーの結婚式のために書かれた音楽に由来すること、コラール旋律が曲の重要な骨格になることが紹介されています。
第2楽章は「Andante tranquillo」。第1楽章の大規模な展開から一転し、穏やかな音楽で曲を閉じます。
19世紀ロマン派の響きの中に、バッハ以来のフーガやコラールの伝統が組み込まれた作品です。
ヴォーン・ウィリアムズ《Rhosymedre》
《Rhosymedre》は、1920年のオルガン曲集《Three Preludes Founded on Welsh Hymn-Tunes(ウェールズの讃美歌による3つの前奏曲)》の第2曲です。
3曲は《Bryn Calfaria》《Rhosymedre》《Hyfrydol》で構成され、《Rhosymedre》はAndantino、ト長調。旋律は19世紀ウェールズの聖職者・作曲家John D. Edwards(1805–1885)による讃美歌旋律です。
すでに存在していたウェールズの讃美歌旋律を素材に、オルガン曲として組み直した作品です。穏やかに流れる伴奏の中から長い讃美歌旋律が浮かび上がり、声部の位置や響きが少しずつ変化します。
民謡採集と『The English Hymnal』の編集を経たのち、1920年に《Rhosymedre》を含む3つの前奏曲が作られました。
シューマン《ペダル・ピアノのための6つのカノン風小品 Op.56》第1番・第2番
作品56は、ペダル・ピアノのために1845年に作曲されました。
ペダル・ピアノは、通常の鍵盤に加えて足で弾くペダル鍵盤を備えたピアノです。オルガン奏者が足鍵盤を練習する用途にも使われ、シューマンはこの楽器を通してバッハの作品や対位法を研究しました。
《6つのカノン風小品》は全6曲です。今回演奏されるのは次の2曲です。
- 第1番 ハ長調「Nicht zu schnell(速すぎず)」
- 第2番 イ短調「Mit innigem Ausdruck(心を込めた表情で)」
カノンは、一つの声部が示した旋律を別の声部が一定の規則で追いかける書法です。輪唱と同じ基本原理を持ちますが、シューマンの作品では和声や伴奏を伴う対位法へ発展しています。
第1番と第2番は調性も性格も異なり、同じカノンという仕組みから違う表情が生まれます。現在はオルガンでも広く演奏され、足鍵盤を含む複数の声部の重なりを聴ける作品になっています。
バッハ《前奏曲とフーガ ニ短調 BWV539》
最後に置かれたのが、バッハの《前奏曲とフーガ ニ短調 BWV539》です。前奏曲は比較的短く、その後に大規模なフーガが続きます。BWVは「Bach-Werke-Verzeichnis」の略で、バッハ作品目録の番号です。
フーガ部分のもとになった音楽は、《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001》の第2楽章フーガです。1720年のヴァイオリン作品が、後にオルガン版として伝わりました。同じ音楽にはリュート版BWV1000もあります。
オランダ・バッハ協会は、BWV539のフーガがBWV1001第2楽章をもとにすることを確実な点として説明する一方、前奏曲を含めたBWV539全体の成立や編曲者については研究上の議論があると紹介しています。
ヴァイオリン1挺で多声的な構造を表現していたフーガを、複数の鍵盤と足鍵盤を持つオルガンで聴くと、各声部の動きがより明瞭に分かれます。
フーガ・カノン・コラール――今回出てくる5つの言葉
今回の4曲には、オルガン音楽で頻繁に登場する言葉がまとまって現れます。
| 用語 | 意味 | 今回のプログラムとの関係 |
|---|---|---|
| フーガ | 一つの主題を複数の声部が順番に提示し、展開する形式・書法 | メンデルスゾーン、バッハ |
| カノン | 先行する声部を別の声部が一定の規則で模倣する書法 | シューマン |
| コラール | ドイツのルター派教会で歌われる讃美歌とその旋律 | メンデルスゾーン |
| 足鍵盤(ペダル) | オルガニストが足で演奏する鍵盤 | 4曲の理解、とくにシューマン作品の成立背景 |
| 讃美歌旋律 | 教会で歌われてきた歌の旋律 | メンデルスゾーン、ヴォーン・ウィリアムズ |
フーガとカノンは、ともに複数の声部が関係し合う書法です。カノンは模倣の規則が強く、フーガは主題を順に提示したあと、より自由に展開していきます。
コラールと讃美歌旋律は、教会で実際に歌われる旋律を器楽作品の中に取り込む方法です。今回のメンデルスゾーンとヴォーン・ウィリアムズは、時代も国も異なりますが、どちらも既存の宗教的旋律をオルガン作品の素材にしています。
4曲をつなぐ「バッハ」という軸
今回の演奏順は、メンデルスゾーン、ヴォーン・ウィリアムズ、シューマン、バッハの順です。最後に置かれたバッハを起点に歴史を見直すと、各作品の関係が整理できます。
バッハは18世紀前半に、フーガ、コラール、足鍵盤を駆使したオルガン音楽を高度に発展させました。
その約80年後に生まれたメンデルスゾーンは、1829年の《マタイ受難曲》復興上演をはじめ、バッハ作品の再評価に大きな役割を果たしました。《オルガン・ソナタ第3番》にも、フーガとコラールという古い伝統が19世紀の響きの中で現れます。
シューマンは同じロマン派の世代で、1845年にペダル・ピアノを用いながらバッハと対位法の研究を深め、《6つのカノン風小品》を作曲しました。
ヴォーン・ウィリアムズはさらに後の世代です。教会で歌われてきた旋律を器楽作品へ取り込むヨーロッパ音楽の長い伝統の中で、《Rhosymedre》はウェールズの讃美歌旋律を20世紀のオルガン作品へ結びつけています。
参考文献
- 東京カテドラル聖マリア大聖堂・カトリック関口教会「2026年10月オルガンメディテーション」
- 東京カテドラル聖マリア大聖堂・カトリック関口教会「オルガンメディテーション」
- 2026年10月オルガンメディテーション チラシ
- 洗足学園音楽大学「荻野 由美子」
- 横浜みなとみらいホール「第14回オルガン・1アワーコンサート バッハへのオマージュ 出演:荻野由美子」
- Mendelssohn Haus Leipzig「Felix!」
- IMSLP「6 Organ Sonatas, Op.65 (Mendelssohn, Felix)」
- 住友生命いずみホール「バッハ2025 綾なす調和 Vol.3『深き淵より』」
- Ralph Vaughan Williams Society「A Short Biography」
- Ralph Vaughan Williams Society「List of Works」
- Ralph Vaughan Williams Society「The Music of Ralph Vaughan Williams on CD」
- Schumann Portal「Neue Schumanniana / New Schumanniana」
- ピティナ・ピアノ曲事典「シューマン:ペダル・フリューゲルのための練習曲(カノン形式の作品6曲)Op.56」
- Bach-Archiv Leipzig「Johann Sebastian Bach – A chronology」
- Netherlands Bach Society「Prelude and fugue in D minor BWV 539」
- 目黒区「目黒の地名 碑文谷(ひもんや)」
