東京音楽大学「多文化音楽研究領域」とは?世界の伝統楽器を聴ける教員コンサートを解説

東京音楽大学の中目黒・代官山キャンパス外観

アイヌのトンコリ、モンゴルの馬頭琴、インドのシタール、中国の古筝・古琴・笛子・洞簫、日本の箏と二十五絃箏、ヨーロッパのリュートとトラヴェルソ、インドネシアのガムラン、キルギスのコムズ。東京音楽大学大学院の「多文化音楽研究領域」では、こうした異なる文化圏の音楽が同じ研究領域で扱われています。

伝統音楽の保存・紹介に加え、楽器や演奏法を研究し、実際に演奏し、復元や編曲を行い、異なる文化の楽器を組み合わせ、現代の作曲家による新作まで生み出します。世界の音楽文化を広く見渡したい方は、当サイトの「西洋だけじゃない音楽史」もあわせて読むと位置づけがつかみやすくなります。

2026年度の教員コンサート最新情報

2026年9月14日時点で、2026年度秋の多文化音楽研究領域・教員コンサートは公式発表を確認できていません。多文化音楽研究領域の公式イベントページとteket主催者ページにも、2026年度教員コンサートの開催案内は掲載されていません。日程は公式発表後に更新します。

年度開催日開演会場
202211月5日(土)18:30TCMホール
202311月4日(土)18:30TCMホール
202411月9日(土)18:30TCMホール
202510月11日(土)18:30TCMホール

過去4年度はいずれも土曜日の18時30分開演でした。2026年の日付は公式発表後に掲載します。発表時には、多文化音楽研究領域公式サイト東京音楽大学公式サイトteket主催者ページを確認します。

東京音楽大学「多文化音楽研究領域」とは

東京音楽大学大学院音楽研究科では、2020年4月に音楽文化研究専攻へ「多文化音楽研究領域」を新設しました。日本を含む世界各地の伝統音楽文化を、文化の多様性という視点から研究し、新しい音楽文化を創造・発信することを掲げています。

修士研究には大きく三つの方向があります。「理論研究」は音楽文化を研究して論文にまとめるもの、「開発研究」は企画・制作・プロデュースなどを通じて多文化の音楽を現代社会へ生かすもの、「演奏・創作研究」は伝統と現代を交差させて新しい演奏や作品をつくるものです。演奏だけ、論文だけに限定せず、研究・教育・実演・創作を同じ領域の中で往復できる設計になっています。

東京音楽大学には、大学院領域の新設よりはるか以前から付属民族音楽研究所があります。研究所は1975年、作曲家の伊福部昭いふくべあきらによって開設され、アイヌ音楽を主な研究課題として出発しました。その後、インドネシアのガムラン、インド音楽、トンコリ、コムズ、馬頭琴、中国音楽、日本の伝統音楽、古楽器などへ実践と教育の範囲を広げています。多文化音楽研究領域は、こうした長年の蓄積を大学院の研究・創作へ発展させた流れの中にあります。

東京音楽大学と民族音楽研究の歩み

東京音楽大学の前身は、1907年に創立された東洋音楽学校です。日本で最も古い歴史を持つ私立音楽大学で、2019年4月には中目黒・代官山キャンパスが開校しました。多文化音楽研究領域の教員コンサートは、このキャンパスのTCMホールで開催されてきました。

  • 1975年 付属民族音楽研究所を開設
  • 2020年4月 大学院に多文化音楽研究領域を新設
  • 2020年10月4日 第1期生と指導教員によるキックオフコンサート
  • 2021年度以降 大学院生などによる多文化音楽研究領域演奏会を開催
  • 2022年度以降 秋の教員コンサート「伝統の音×創造の音」が継続
  • 年度末 学生等による研究成果演奏会を開催

付属民族音楽研究所では1970年代後半から学部のガムラン授業が行われ、1996年には一般向けガムラン実技講座、翌年にはジャワ舞踊講座が始まりました。2020年に突然「世界の楽器」を取り入れたのではなく、研究・実技教育の蓄積を大学院へつないだ歴史があります。

秋の教員コンサート「伝統の音×創造の音」

2022年度から続く秋の教員コンサートには「伝統の音×創造の音」という共通名称があります。会場は毎年TCMホールで、2022~2025年度はいずれも入場無料でした。2023年は公式案内で無料・事前申込制、2024・2025年はteketを使った無料チケット方式が確認できます。

二十五絃箏や古筝のように複数年に登場する楽器がある一方、シタール、ガムラン、リュート、トラヴェルソ、トンコリなど、年度ごとに文化圏と研究テーマが変わります。古典曲、伝統曲、復元・編曲、現代作品、世界初演が同じ公演の中に置かれる点に、この研究領域の性格がよく表れています。

2025年「音の宇宙~伝統と変容」

2025年度は10月11日(土)18時30分開演。副題は「音の宇宙~伝統と変容」でした。滝田美智子(二十五絃箏)、毛丫(古筝)、王明君(笛子)、千葉伸彦(トンコリ)、水戸茂雄(リュート)に加え、宇佐幸将(アイヌ舞踊)、宇佐恵美(アイヌ舞踊・歌)、及川夕美(ピアノ)らが出演しました。

  • 《トンコリ ヘチリ》 糀場富美子こうじばとみこ編曲
  • 《サケハウ~タㇷ゚カㇻ》 糀場富美子編曲
  • 《蜀錦図》 楊暁忠作曲
  • 《山籟》 夏田昌和作曲、世界初演
  • 《二十絃箏とオーケストラのための交響的エグログ》 伊福部昭作曲、麻生海督編曲
  • 《バロック・リュートのためのファンタジア》 伊福部昭作曲

アイヌのトンコリを楽器単独で扱わず、歌や舞踊と同じ舞台に置いたことが大きな特徴です。中国の古筝・笛子、日本の二十五絃箏、ヨーロッパのリュート、現代作曲家の世界初演も並びました。2025年は伊福部昭の生誕111年に当たり、伊福部作品が2曲取り上げられました。

2024年「まだ見ぬ音楽の世界に向かって」

2024年度は11月9日(土)18時30分開演。正式な副題は「多文化音楽の研究と探求~まだ見ぬ音楽の世界に向かって~」でした。出演はアヨーシ・バトエルデネ(馬頭琴)、王明君(洞簫)、小日向英俊(シタール)、滝田美智子(箏・二十五絃箏)、毛丫(古筝・古琴)、水戸茂雄(リュート)、吉澤徹(フルート・トラヴェルソ)です。

  • 《天籟譜 IV》 糀場富美子作曲、世界初演
  • 《青い月の下で(2015)~多文化音楽領域Ver.(2024)~》 藤原豊作曲
  • 《待ちわびる恋》 セルミジー作曲/P.ファレーズ編
  • 《恋に落ちて》 作者不詳/P.アテニャン編
  • 《タカタカ馬》 バトエルデネ作曲
  • ほか

モンゴル、中国、インド、日本に加えて、リュートとトラヴェルソによるヨーロッパ古楽まで一つの公演で扱いました。さらに《天籟譜 IV》は世界初演。伝統楽器の紹介だけでなく、その楽器を現在の作曲へつなげる研究領域であることが明確に表れた年です。

過去の教員コンサート―2022~2025年

2022年―日本・中国・キルギス・モンゴルが並んだ出発点

2022年11月5日(土)18時30分、TCMホールで開催。公式チラシで確認できる主なプログラムは、井上鑑《Cairon―二面の二十五絃箏による物語》、周煜国《雲裳訴》、キルギスの《Бурулчаның селкинчек(ブルルチャのブランコ)》、譚盾《竹跡》、バトエルデネ《野生のロバの走り》、ジャンツァンノロブ《心のゴビ》です。出演は滝田美智子、毛丫、ウメトバエワ・カリマン、王明君、アヨーシ・バトエルデネほか。二十五絃箏、古筝、コムズ、笛子、馬頭琴が並び、現在の教員コンサートの基本形がすでに見えます。

2023年―インドと東南アジアへ拡大

2023年11月4日(土)18時30分、TCMホールで開催。公式案内で公表された主な曲目は、加古隆《水底の風》、《ラーガ・デーシュ(Raga Desh)》、ジャワガムラン古典曲《Ladrang PANGKUR pelog barang》ほかです。二十五絃箏、古筝、古琴、シタール、タブラー、笛子、コムズ、ガムランが登場し、東アジア・中央アジアからインド、インドネシアまで範囲が広がりました。インド音楽のラーガとターラはインド音楽の解説記事、ガムランはガムランの解説記事で詳しく紹介しています。

年度主な文化圏・楽器世界初演・注目作品特徴
2022二十五絃箏、古筝、コムズ、笛子、馬頭琴《Cairon》《竹跡》ほか東アジアと中央アジアを軸に現在の基本形が成立
2023古琴、シタール、タブラー、ガムランなど《ラーガ・デーシュ》《Ladrang PANGKUR》インド・東南アジアへ対象が拡大
2024馬頭琴、洞簫、古琴、シタール、リュート、トラヴェルソ《天籟譜 IV》世界初演ヨーロッパ古楽まで横断
2025トンコリ、アイヌ歌舞、古筝、笛子、二十五絃箏、リュート《山籟》世界初演、伊福部昭2作品アイヌ文化と現代作曲、伊福部作品が交差

古筝・古琴・日本の箏は何が違う?

楽器主な弦数公演での例
古筝現代では21弦が一般的可動式の柱を使う2022~2025年に登場
古琴7弦可動式の柱を使わない2023・2024年に登場
日本の箏一般的な楽箏は13弦柱を動かして調弦2024年に滝田美智子が演奏

三つとも細長い胴に弦を張る東アジアのツィター系楽器で、構造、歴史、演奏文化にはそれぞれ違いがあります。古琴は3000年以上の歴史を持つ七弦楽器で、中国の文人文化と強く結びつき、「琴・棋・書・画」の「琴」に位置づけられてきました。2024年の教員コンサートでは毛丫が演奏しています。古琴と中国文人文化の背景は「中国古典音楽とは何か」でも詳しく解説しています。

明代1634年に制作された中国の七弦楽器・古琴
明代1634年制作の古琴。The Metropolitan Museum of Art/Wikimedia Commons/CC0

二十五絃箏とは―伝統楽器から現代作品へ

二十五絃箏は、伝統的な十三弦箏より広い音域と現代作品への対応力を求めて発展した楽器です。野坂操壽による開発から30年に当たる2022年、東京音楽大学は「箏古典~現代―二十五絃箏制作30周年記念の年に―」をTCMホールで開講しました。滝田美智子は二代目野坂操壽に師事し、二十五絃箏によるリサイタルやオーケストラとの共演を重ねています。

2022年の《Cairon》、2024年の現代作品、2025年の伊福部昭作品まで、公演の中心に繰り返し現れます。箏の歴史的背景は「日本音楽史まるわかりガイド」、古典の箏から現代邦楽へ音域と表現を広げる流れは「和楽器コンサート『和のいろは』鑑賞ガイド」につながります。

笛子と洞簫―中国の横笛と縦笛

笛子は横に構える中国の竹笛です。歌口と指孔のほかに薄い膜を張る孔があり、膜の振動が明るくざわめくような音色を加えます。2025年は王明君が笛子を担当しました。

洞簫は縦に構えて吹く竹笛で、古琴との合奏など中国の文人音楽とも結びついてきました。同じ王明君が2024年には洞簫、2025年には笛子を担当しており、縦笛と横笛の響きを年度をまたいで比較できます。

トンコリ―樺太アイヌに伝わった5弦楽器

トンコリは主として樺太アイヌに伝わった弦楽器で、一般的には5弦です。左肩に立てかけ、弦を指板へ押さえず両手ではじいて演奏します。胴の内部に石などを入れ、それを「心臓」とみなす伝承もあります。

アイヌの弦楽器トンコリ
トンコリ。平取町立二風谷アイヌ文化博物館で撮影。撮影:Hno3/Wikimedia Commons/Public Domain

2025年には千葉伸彦が演奏しました。千葉はトンコリ演奏家であると同時に音楽学博士で、1990年からアイヌの古老に学び、伝統的な歌唱法や楽器演奏法の研究、伝承の復元に携わってきました。この公演では宇佐幸将・宇佐恵美による舞踊・歌も加わり、音楽を楽器だけで切り取らず、歌と身体表現を含む文化として提示しました。アイヌ文化の近現代史はアイヌ民族と博覧会の解説記事にもつながります。

馬頭琴―モンゴルの草原から現代の作品へ

馬頭琴はモンゴル語でモリンホールと呼ばれる二弦の擦弦楽器です。竿の上部に馬頭の装飾を持ち、伝統的には弦や弓に馬の尾毛が使われました。日本では『スーホの白い馬』で知られますが、現在も演奏され、新しい作品が作られている現役の楽器です。

モンゴルの伝統楽器である馬頭琴(モリンホール)
馬頭琴(モリンホール)。モンゴル国立博物館で撮影。撮影:Brücke-Osteuropa/Wikimedia Commons/Public Domain

教員コンサートでは2022年と2024年に登場し、2024年にはバトエルデネ《タカタカ馬》が演奏されました。馬頭琴やホーミーを含むモンゴル音楽の背景は「モンゴル音楽とは何か」で詳しく紹介しています。

シタール―共鳴弦が生むインド音楽の響き

シタールは北インド古典音楽を代表する撥弦楽器です。現代型では演奏弦のほかに多数の共鳴弦を備え、奏者が直接弾かない弦も演奏音に反応して共鳴します。多数の弦のうち、奏者が直接弾く弦と、響きを豊かにする共鳴弦では役割が異なります。

18世紀インドの弦楽器シタール
18世紀インドのシタール。The Metropolitan Museum of Art/Wikimedia Commons/CC0。歴史的な個体で、現代型シタールと構造が同一とは限らない。

2023年と2024年の教員コンサートに登場し、2024年は小日向英俊が演奏しました。小日向はインドのバナーラス・ヒンドゥー大学大学院で音楽学を学び、1970年代からシタールを学んできた研究者・演奏家です。ラーガやターラの仕組みはインド音楽の入門記事で詳しく説明しています。

リュートとトラヴェルソ―ヨーロッパ古楽の楽器

リュートは洋梨形の丸い胴と、後方へ曲がった糸巻き部分を持つヨーロッパの撥弦楽器で、ルネサンスからバロック期に重要な役割を担いました。2024・2025年に水戸茂雄が演奏し、2025年には伊福部昭《バロック・リュートのためのファンタジア》が取り上げられました。

トラヴェルソは、現在の金属製フルート以前に用いられた歴史的な横笛です。2024年に吉澤徹がフルートとトラヴェルソを担当しました。古い時代の楽器や奏法を用いて当時の響きへ近づこうとする考え方は、一般に「ピリオド楽器」「歴史的奏法」と呼ばれます。東アジアや南アジアの楽器だけでなく、ヨーロッパ古楽も同じ「多文化」の枠組みに入っている点が2024年公演の特徴でした。

コムズとガムラン―中央アジア・東南アジアまで広がる

コムズはキルギスを代表する三弦の撥弦楽器で、叙事詩や即興歌の伴奏にも用いられます。教員コンサートでは2022年と2023年にウメトバエワ・カリマンが演奏しました。

ガムランは、インドネシアの伝統的な打楽器オーケストラと、その楽器群を指します。青銅などの金属製打楽器を中心に、太鼓、弦楽器、竹笛などが加わる合奏文化です。2023年にはジャワガムランが登場しました。楽器編成、調律、循環的な時間構造については「ガムランとは何か」で詳しく解説しています。

伊福部昭と多文化音楽

伊福部昭は映画『ゴジラ』の音楽で広く知られる作曲家で、1974年に東京音楽大学教授へ就任し、1976年から1987年まで学長を務めました。北海道で育ち、アイヌ音楽などへの深い関心を持ったことは、1975年に付属民族音楽研究所を開設する背景にもなりました。

1982年には《二十絃箏と管絃楽のための交響的エグログ》を作曲しました。2025年の教員コンサートで取り上げられたのは麻生海督による編曲版です。原曲の「二十絃箏と管絃楽」という編成と2025年の公演版は異なり、作品が別の演奏環境へ受け継がれた例です。

同じ2025年には《バロック・リュートのためのファンタジア》も演奏されました。日本的・民族的な作風で知られる伊福部が、西洋古楽器のリュートのためにも作品を書いていたことが、一公演の中で示されました。2025年は生誕111年に当たり、二つの伊福部作品が選ばれています。

教員コンサートと学生の研究領域演奏会

秋の「伝統の音×創造の音」は教員コンサートです。これとは別に、年度末には大学院生などによる「多文化音楽研究領域演奏会」が行われます。2024年度演奏会は2025年3月9日、2025年度演奏会は2026年3月1日にTCMホールで開催されました。

学生公演では古筝、二胡、簫、古琴、二十五絃箏など、各自の研究成果に直結する演奏が組まれます。2024年度演奏会には古琴とインタラクティブメディアを組み合わせた《Visual Guqin Music》、2025年度演奏会にはピアソラ《Libertango》をもとにした古筝を含む編曲作品が登場しました。伝統の再現、研究、現代メディア、編曲が大学院研究の中で連続しています。

TCMホールへのアクセスと基本情報

TCMホールは東京音楽大学中目黒・代官山キャンパスにある422席の音楽ホールです。2019年開校のキャンパスを象徴する施設で、ソロや室内楽から室内オーケストラまで対応する音響設計と録音・映像収録設備を備えています。教室での小規模な研究発表ではなく、一般客が入る本格的なホールで教員コンサートが続けられてきました。

  • 所在地:東京都目黒区上目黒1-9-1
  • 東急東横線「中目黒駅」「代官山駅」から徒歩約5分
  • 東京メトロ日比谷線「中目黒駅」から徒歩約5分
  • 客席:422席

開催年によって申込方法は変わるため、最新年度の案内が出た後は公式ページで確認するのが確実です。過去実績では2024・2025年にteketの無料チケット方式が使われました。

過去公演・公式アーカイブ

多文化音楽研究領域の公式サイトでは、2020年度のキックオフコンサートから教員コンサート、学生演奏会まで年度順に記録されています。今後は2026、2027、2028年度の開催情報が発表され次第、このページ上部の「最新情報」と本章へ追記し、過年度分は削除せずアーカイブとして残します。