【開催レポート】2周年記念 皇居外苑と丸の内ナイトウォーク|和田倉門・明治生命館・東京駅を43人で歩く

和田倉門跡の石垣前に集まるナイトウォーク参加者

2024年10月2日、ゆる歴史散歩会の2周年記念イベント「皇居外苑と丸の内ナイトウォーク」を開催しました。19時30分に和田倉門へ集合し、参加者は43人。本サークルが始まってちょうど2年の節目で、第1回の開催地だった皇居東御苑のすぐ近くから、皇居外苑、丸の内、東京駅へと歩きました。

江戸城の門と濠、明治から昭和の近代建築、丸の内の高層ビル、復原された東京駅丸の内駅舎が一続きに現れるのがこのコースの魅力です。夜の皇居外苑では石垣や楠木正成像が照らされ、丸の内では歴史建築と現代のビル群が同じ風景に重なります。2周年にふさわしく、多くの参加者と東京の都市史をたどる夜になりました。

和田倉門跡の石垣前に集まるナイトウォーク参加者
和田倉門の石垣前に集合した参加者。2周年記念のナイトウォークがここから始まりました。

開催概要

  • イベント名:【2周年記念】皇居外苑と丸の内ナイトウォーク
  • 開催日時:2024年10月2日 19:30
  • 参加人数:43人
  • 集合場所:和田倉門
  • 主な訪問先:和田倉門、和田倉噴水公園、桔梗門、坂下門、楠木正成像、馬場先門跡、旧第一生命館、明治生命館、丸の内、東京駅丸の内駅舎

今回のコース概要

和田倉門 → 和田倉噴水公園 → 桔梗門 → 坂下門 → 楠木正成像 → 馬場先門跡 → 旧第一生命館 → 明治生命館 → デ・リーフデ号像 → 丸の内ビルディング → 東京駅丸の内駅舎。皇居外苑の江戸城遺構から、明治・大正・昭和の建築を経て東京駅へ向かう流れです。

江戸城三十六見附
徳川将軍家系図

2周年記念ナイトウォークの様子

和田倉門からスタート

集合場所は和田倉門です。環境省の皇居外苑では和田倉橋や石垣が夜間照明の対象になっており、日没後は濠と石垣の輪郭が柔らかく浮かびます。丸の内の高層ビルが背景に並び、江戸城の遺構と現代東京が同時に見える場所から出発しました。

夜の和田倉門と和田倉橋、丸の内の高層ビル群
集合場所の和田倉門。ライトアップされた石垣と和田倉橋の向こうに丸の内の夜景が広がります。

和田倉門は江戸城東側の門の一つで、元和6年(1620)に仙台藩主・伊達政宗が築いたと千代田区観光協会が紹介しています。門そのものは失われましたが、枡形の石垣と橋が残り、江戸城の出入口だった位置を現在の街の中で確認できます。

和田倉噴水公園へ

和田倉門から隣接する和田倉噴水公園へ進みました。現在の公園は、1961年に当時の皇太子明仁親王のご成婚を記念して造られた噴水をもとに、1995年に当時の皇太子徳仁親王のご成婚を機に再整備されたものです。「継続性と新たな発展」をテーマに、大噴水、流水、ガラスの橋などが一体で構成されています。

夜の和田倉噴水公園と丸の内の高層ビル群
和田倉噴水公園。水景と丸の内のビル群が夜の皇居外苑を彩ります。

楠木正成像を見上げる

皇居外苑南東部では楠木正成くすのきまさしげ像へ。住友家が別子銅山開坑200年を記念して企画し、東京美術学校へ制作を依頼した騎馬像で、高村光雲たかむらこううんらが制作に関わりました。1900年に完成・献納され、本体は高さ約4メートル、台座を含めると約8メートルあります。

夜の皇居外苑に立つ楠木正成騎馬像
皇居外苑の楠木正成像。ライトアップされた騎馬像を見ながら、制作の背景や人物像をたどりました。

明治生命館前のMY PLAZAへ

丸の内へ入り、重要文化財・明治生命館前のMY PLAZAへ進みました。明治生命館は1934年竣工、設計は岡田信一郎おかだしんいちろう。古典主義の列柱が皇居側に並び、戦後はアメリカ極東空軍司令部として接収されました。2階会議室は対日理事会の会場にも使われ、1997年には昭和期の建造物として初めて国の重要文化財に指定されています。

明治生命館前のMY PLAZAで展示を見る参加者
明治生命館前のMY PLAZA。近代建築と丸の内の歴史を学びながら展示を見学しました。

東京駅丸の内駅舎でゴール

最後は東京駅丸の内駅舎へ。1914年12月20日に開業した赤煉瓦駅舎は、1945年の空襲で屋根などを失い、戦後は2階建てで復旧しました。2007年から保存・復原工事が進められ、2012年に創建時の3階建てと南北ドームが復原されています。夜の駅前広場から見る駅舎は、丸の内の街づくりの到達点を感じさせる景観です。

ライトアップされた東京駅丸の内駅舎の夜景
ゴールの東京駅丸の内駅舎。復原された赤煉瓦駅舎を眺めながらナイトウォークを締めくくりました。

皇居外苑――江戸城の門と濠をたどる

皇居外苑は、江戸城の濠と石垣、門跡を間近に見られる場所です。現在の広々とした芝生や松林の周囲には、かつて城内への出入口を担った門が点在しています。夜は和田倉橋や楠木正成くすのきまさしげ像などがライトアップされ、石垣と濠の輪郭が昼間とは違う表情を見せます。

和田倉門

和田倉門は江戸城東側の門の一つです。和田倉橋の先に枡形門の石垣が残り、皇居外苑と丸の内の境界に江戸城の構造を実感できます。現在の橋は木橋の面影を残すコンクリート橋で、濠越しに丸の内のビル群が見えます。

桔梗門と坂下門

桔梗門ききょうもんは内桜田門とも呼ばれ、江戸城本丸方面へ通じた門です。現在も高麗門と渡櫓門からなる枡形が残ります。現在の皇居一般参観では集合・出入口として使われることもあり、江戸城から皇居へ続く歴史を身近に感じられます。

坂下門は旧江戸城西丸へ通じる門です。1862年には老中・安藤信正あんどうのぶまさが襲撃された坂下門外の変が起こりました。現在は宮内庁庁舎に近い皇居の門として使われています。

楠木正成像

楠木正成くすのきまさしげは皇居外苑南東部を代表する記念像です。住友家が別子銅山開坑200年を記念して企画し、東京美術学校に制作を依頼しました。高村光雲たかむらこううんらが関わり、1900年に完成・献納されています。高さ約4メートルの騎馬像は、台座を含めると約8メートルです。

楠木正成像と和気清麻呂像
皇居周辺に置かれた楠木正成像と和気清麻呂像

馬場先門から丸の内へ――城門の外がビジネス街になるまで

馬場先門跡は、丸の内と皇居外苑を結ぶ地点です。門は1629年に築かれ、三代将軍徳川家光とくがわいえみつが門内の馬場で朝鮮使節の曲馬を上覧したことが名称の由来とされています。日露戦争勝利を祝う提灯行列で多数の死傷者が出た後、1906年に枡形が撤去され、現在は石垣の一部が残ります。

江戸城馬場先門
江戸城馬場先門
馬場先門前の歴史的な街並み
馬場先門前の街並み。丸の内に煉瓦造りの建物が並び始めた時代の景観
1906年の馬場先門の凱旋門
1906年、日露戦争の祝賀に際して馬場先門付近に設けられた凱旋門

明治維新後、丸の内一帯には陸軍関係施設が置かれました。1890年、三菱の岩崎彌之助いわさきやのすけが丸の内の陸軍省用地などの払い下げを受け、1894年に三菱一号館が完成します。その後、赤煉瓦のオフィスが建ち並んだ街区は「一丁倫敦」と呼ばれました。東京駅の開業後はオフィス需要が高まり、1923年の丸ノ内ビルヂングをはじめ、より大規模なビルが都市景観をつくっていきます。

丸の内のビルの名称と竣工年の図
丸の内のビルの名称と竣工年
丸の内のビルの名称と竣工年の図
丸の内のビルの名称と竣工年

昭和の丸の内を代表する近代建築

旧第一生命館とGHQ

旧第一生命館は1938年竣工。設計は渡辺仁わたなべじん松本与作まつもとよさくです。1945年9月にGHQに接収され、6階の社長室がダグラス・マッカーサーの執務室として使われました。接収中には日本国憲法の原型となるGHQ草案が作られ、現在もマッカーサー記念室が保存されています。

重要文化財・明治生命館

明治生命館は1934年竣工。設計は岡田信一郎おかだしんいちろうで、列柱が並ぶ重厚な古典主義建築です。1945年から1956年までアメリカ極東空軍司令部として接収され、2階会議室は対日理事会の会場にもなりました。1997年に国の重要文化財に指定されています。

デ・リーフデ号像と八重洲の名前

デ・リーフデ号像は丸の内ビルディング脇にあります。1600年、オランダ船デ・リーフデ号が九州に漂着し、乗組員のヤン・ヨーステンは徳川家康に仕えました。江戸城近くに屋敷を与えられ、その和名「耶楊子」に由来する呼び名が「八重洲」へ変化したと伝えられます。現在の八重洲は東京駅の東側ですが、地名の由来をたどると皇居側の丸の内周辺へつながります。

丸ビルから東京駅へ――大正から現代の丸の内

丸の内ビルディングの前身、丸ノ内ビルヂングは1923年に竣工しました。東京駅開業後のオフィス需要を背景に建てられ、商店街を組み込んだ大型オフィスとして丸の内の象徴になりました。約80年使われた後に建て替えられ、2002年に現在の丸の内ビルディングが開業しています。

1923年竣工の丸ノ内ビルヂング
1923年竣工の丸ノ内ビルヂング

東京駅丸の内駅舎は1914年12月20日に開業しました。設計を統括したのは辰野金吾たつのきんご。1945年の空襲で3階部分と南北ドームを失い、戦後は2階建ての姿で復旧しました。2007年から保存・復原工事が行われ、2012年に創建時の3階建てとドームが復原されています。赤煉瓦駅舎は2003年に国の重要文化財に指定されました。

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まとめ

2周年記念の今回は、43人で和田倉門から東京駅まで歩きました。江戸城の門と濠、明治の赤煉瓦街、大正のオフィス街、昭和の近代建築、復原された東京駅までを一晩の徒歩コースでつなげられるのが皇居外苑・丸の内の特徴です。第1回の皇居東御苑から2年を経て、再び皇居周辺を歩く節目の開催になりました。

参考資料

TimeWalkで皇居・丸の内の歴史スポットを探す

今回のイベントではTimeWalkを利用していません。TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。皇居外苑や丸の内を自分のペースで歩くときは、現在地から歩ける史跡を地図で探すことができます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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