湯島天神の梅まつりと本郷歴史散歩|菅原道真・東京大学赤門を歩く

湯島天満宮の梅まつりで咲く梅と境内の様子

湯島天満宮(湯島天神)の梅まつりを起点に、文京区湯島から本郷へ歩く歴史散歩です。菅原道真と梅・牛の伝承を知ったうえで、新花公園、切通公園を通り、東京大学本郷キャンパスの鉄門・赤門を経て本郷三丁目駅へ向かいます。梅の名所と学問の神様、江戸の大名屋敷から近代の大学へ移った本郷の歴史を一つのルートでたどれます。

今回のコース概要|湯島天満宮から本郷三丁目駅へ

  1. 湯島天満宮
  2. 新花公園
  3. 切通公園
  4. 鉄門(てつもん)
  5. 赤門(あかもん)
  6. 本郷三丁目駅

出発地:湯島天満宮 到着地:本郷三丁目駅 主なテーマ:梅まつり、菅原道真、天神信仰、湯島・本郷の地域史、東京大学赤門。所要時間と距離は元の記録に記載がないため、ここでは推測せず掲載していません。

湯島天満宮(湯島天神)|梅の名所と学問の神様

湯島天満宮は文京区湯島に鎮座する神社で、「湯島天神」の名でも親しまれています。祭神は天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)と菅原道真公です。神社の由緒では雄略天皇2年(458年)の創建と伝え、正平10年(1355年)に菅原道真公を勧請したとしています。太田道灌による再建、徳川家康による朱印地の寄進などを経て、江戸の文教と結びついた天満宮として信仰を集めました。

現地では梅だけでなく、東京都指定有形文化財の銅製鳥居、学業成就の信仰、境内の牛の像などにも目を向けると、湯島天満宮の歴史がつながります。

文京梅まつり|見頃と約300本の梅

文京梅まつりは、文京花の五大まつりの一つとして湯島天満宮で毎年2月上旬から3月上旬に開催されています。文京区によると、梅園には白梅を中心に約300本の梅があり、例年は2月中旬から3月上旬に見頃を迎えます。2026年の第69回は2月8日から3月8日まで開催され、入場は無料でした。開催日や催し、開花状況は年ごとに変わるため、訪問前に文京区や湯島天満宮の最新情報を確認してください。

梅まつりは昭和33年(1958年)から続き、野点、物産展、白梅太鼓などが行われてきました。梅の減少を受けて2023年に始まった梅園再生プロジェクトでは、冬至梅の植え替えや庭園化が進められ、2025年2月に新しい梅園がお披露目されています。

湯島天満宮の梅まつりで咲く梅と境内の様子
湯島天満宮の梅まつり、2009年。撮影:pelican/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0。

菅原道真と梅|なぜ天神さまに梅が結びつくのか

菅原道真(845~903年)は平安時代の学者・政治家です。宇多天皇に重用され、寛平6年(894年)には遣唐使の停止を建議しました。昌泰4年(901年)に大宰府へ左遷され、延喜3年(903年)に大宰府で没しました。のちに天満天神として祀られ、学問の神様として広く信仰されます。

道真と梅を結ぶ代表的な歌が、大宰府へ向かう際に詠んだとされる「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」です。道真を慕った梅が一夜で大宰府へ飛んだという「飛梅伝説」も伝わり、梅は天神信仰を象徴する植物になりました。湯島天満宮の梅まつりは、花の観賞と道真の伝承が同じ境内で重なる行事です。

天神さまと牛|境内の牛を見る理由

天神信仰では牛も菅原道真と深く結びつきます。道真が丑年生まれとされることや、没後に遺骸を運んだ牛が動かなくなった場所を墓所としたという伝承など、牛にまつわる複数の話が伝わっています。湯島天満宮で牛の像を見るときは、学問の神様という信仰だけでなく、道真の生涯と伝承を伝える存在として見ると背景が分かります。

新花公園と切通公園|湯島の街を本郷へ歩く

湯島天満宮を出て本郷方面へ向かう途中に、新花公園と切通公園があります。新花公園は大正15年(1926年)の震災復興で東京市の公園として開園し、現在は「くじら公園」の愛称でも親しまれています。湯島小学校の拡張に伴って用地交換が行われ、昭和46年(1971年)に現在地で区立公園として開園しました。

切通公園は文京区湯島4丁目にある区立公園です。今回のルートでは、梅まつりの境内から東京大学本郷キャンパスへ移る途中の地点になります。湯島の神社境内だけで終わらず、住宅地と公園を抜けて本郷へ歩くことで、隣接する二つの地域の距離感もつかめます。

東京大学の鉄門・赤門|本郷に残る江戸と近代

本郷へ入ると、東京大学本郷キャンパス周辺を歩きます。東京大学は1877年に創設され、法・理・文の3学部と医学部から出発しました。本郷キャンパスの大部分は、江戸時代には加賀藩前田家の上屋敷でした。現在の大学を歩きながら、江戸の大名屋敷と近代の教育機関が同じ土地に重なっていることを確認できます。

【紫色:主な見附 白色:主なスポット 青色:現在の主要線路】見附とは見張り番所がある城門のことで、江戸城の見附は主に枡形門と堀に架けられた橋が一体となったものが多かった。実際は36以上あったが俗に江戸城三十六見附と呼ばれている。現在でも一部残っている。

赤門はなぜ本郷にあるのか

赤門の正式名称は「旧加賀屋敷御守殿門」です。加賀藩主前田斉泰が、11代将軍徳川家斉の娘・溶姫を正室に迎えるため、文政10年(1827年)に建てました。加賀藩邸の土地が明治政府の用地となり、東京大学の敷地へ引き継がれたため、大名屋敷の門が大学の象徴として残りました。国の重要文化財に指定されています。

現地で見るべき点は、大学名から連想される近代建築ではなく、江戸時代の大名屋敷の門が現在のキャンパスに残っていることです。なお東京大学では2025年11月から赤門の耐震工事を進めており、2026年8月現在は覆いや足場があり全体像を見られません。工期は2027年秋頃までの予定です。

本郷をさらに歩くなら、本郷歴史散歩ガイド|文学と学問の街を歩く東京街歩きで、赤門、安田講堂、三四郎池などをまとめて確認できます。別ルートの実地散歩は、聖テモテ教会、2つの赤門、東京大学の建築、ハチ公と教授、三四郎池などを巡ってみようも参考になります。

湯島天神・本郷散歩で見るポイント

  • 湯島天満宮:梅園、銅製鳥居、牛の像を見ながら、菅原道真と天神信仰を確認する。
  • 文京梅まつり:白梅を中心とする梅園と、道真の「東風吹かば」の歌・飛梅伝説を結びつけて見る。
  • 新花公園・切通公園:湯島から本郷へ歩く途中で、地域の街並みと公園の位置関係を見る。
  • 東京大学赤門:江戸時代の加賀藩上屋敷と、明治以降の東京大学が同じ土地に重なることを確認する。

谷中・向丘方面まで歩く場合は、台東区谷中から文京区向丘の裏路地や史跡を歩いてみようも関連する現地散歩です。東京の歴史散歩をエリアから探したい場合は、東京歴史散歩おすすめコース集も利用できます。

ゆる歴史散歩会の街歩きに参加する

ゆる歴史散歩会では、東京の史跡、神社仏閣、建築、地形、季節の行事などを解説付きで歩くイベントを開催しています。湯島や本郷に限らず、募集中の街歩きはイベント一覧から確認できます。初参加・一人参加の方も多く、歴史の予備知識は必要ありません。

TimeWalkで湯島・本郷の歴史スポットを探す

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。イベントの前後や、湯島・本郷を自分のペースで歩くときにも使えます。

参考にした公式情報