1849年の英国。グレート・ウェスタン鉄道では、線路、駅、車両に巨額の資本が投じられていました。経営に直接参加しない多数の株主は、会社が示す数字を信頼しなければなりません。しかし、その数字を作るのは経営者側です。デロイト公式史によれば、同社は取締役や役員から独立し、自由に報告できる会計士へ監査を依頼しました。その会計士がウィリアム・ウェルチ・デロイトです。一人の会計士が開いた事務所は、なぜ世界規模のネットワークへ成長したのでしょうか。かつてBig8だった大手は、なぜ現在のBIG4になったのでしょうか。そして四つのブランドは、本当に四つの世界企業なのでしょうか。約180年の流れを、株式会社と監査の誕生からたどります。
- まず結論|BIG4はデロイト・PwC・EY・KPMG
- 鉄道会社の数字を誰が信じるのか
- 1845年、ウィリアム・ウェルチ・デロイトが事務所を開いた
- 監査はなぜ専門職になったのか
- 四つの巨大ネットワークには何本もの家系図がある
- Big8とは何だったのか
- 会計事務所はなぜ合併を繰り返したのか
- 1987~1989年、Big8からBig6へ
- 1998年、PwC誕生でBig5になった
- 2001~2002年、アーサー・アンダーセン崩壊でBig4へ
- BIG4はなぜ一つの会社ではなくネットワークなのか
- 4つへの集中は何をもたらしたのか
- 日本のBIG4はどのように形成されたのか
- 現在のBIG4は会計事務所なのか、コンサル会社なのか
- AI時代に監査とBIG4はどう変わるのか
- よくある誤解
- まとめ|四つのブランドの背後には180年の再編史がある
まず結論|BIG4はデロイト・PwC・EY・KPMG
BIG4とは、デロイト、PwC、EY、KPMGという四つの国際的なプロフェッショナルサービス・ネットワークの通称です。公的機関が毎年の売上高で選び直すランキングではなく、世界規模の監査を担う大手が再編の末に四つへ集約された歴史から定着しました。
日本では「世界四大会計事務所」「四大監査法人」「BIG4コンサル」といった表現が使われますが、厳密には指す組織が違います。国際ブランドの調整組織、各国の監査法人、税理士法人、コンサルティング会社、財務アドバイザリー会社などは、同じ名称を共有していても一つの法人とは限りません。各国のメンバーファーム等は法的に独立しているのが一般的で、国際組織自身が顧客へ監査や助言を直接提供しない場合もあります。
現在の業務は監査・保証、税務、M&A、リスク、サイバー、業務改革、テクノロジーなどへ広がっています。ただし監査対象企業へ提供できる非監査業務には独立性規制があります。戦略コンサルティング業界の「BIG3」は別の通称であり、BIG4より上・下という関係ではありません。
| 比較項目 | BIG4 | BIG3 |
|---|---|---|
| 構成 | デロイト、PwC、EY、KPMG | マッキンゼー、BCG、ベイン |
| 歴史的出発点 | 会計、監査、税務 | 経営・戦略助言 |
| 中核機能 | 監査・保証を含む総合専門サービス | 経営戦略の助言 |
| 現在の領域 | 監査、税務、M&A、リスク、コンサル等 | 戦略、組織、成長、変革等 |
| 組織構造 | 各国の法的に独立した法人が連携するネットワーク | 各社固有の国際組織 |
| 独立性との関係 | 監査先への非監査業務に強い制限 | 監査人独立性の規制を中核としない |
| 呼称成立の理由 | Big8からの合併と1社退出で4つに集約 | 戦略コンサル大手3社をまとめた通称 |
約180年を30秒でたどる年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1845 | ウィリアム・ウェルチ・デロイトがロンドンで事務所を開く |
| 1849 | グレート・ウェスタン鉄道の監査を担当。サミュエル・ローウェル・プライスも事務所を開く |
| 1854 | ウィリアム・クーパーが事務所を開く |
| 1865/1874 | Price, Holyland and Waterhouse成立/Price, Waterhouse & Co.へ |
| 1891~1917 | Peat、Marwick、Lybrand、Ernst、Young、Andersen、Klynveldなど主要前身事務所が形成 |
| 1957 | Coopers & Lybrand成立 |
| 1970~80年代 | 巨大国際会計事務所をBig8と呼ぶ慣行が定着 |
| 1987 | KPMG成立 |
| 1989 | Ernst & Young、Deloitte & Touche成立。Big8からBig6へ |
| 1998 | PricewaterhouseCoopers(PwC)成立。Big6からBig5へ |
| 2001~02 | エンロン破綻、アーサー・アンダーセンが監査業務から事実上撤退。Big4へ |
| 2002 | 米国でサーベンス・オクスリー法成立、PCAOB設置 |
| 2005 | 米連邦最高裁がアンダーセンの有罪判決を破棄・差し戻し |
| 2010~20年代 | 監査、税務、コンサル、デジタル、AI関連サービスが拡大 |
鉄道会社の数字を誰が信じるのか
産業革命が進むと、鉄道、鉱山、製鉄、保険、銀行のように巨額の資本を必要とする事業が急成長しました。一人の資産家だけでは資金を賄いきれず、多数の株主から資金を集める株式会社が重要になります。株式会社の基本は、当サイトの「株式会社とは何か」でも詳しく説明しています。
会社を所有する株主と、日常の経営を行う取締役・経営者が分かれると、情報格差が生まれます。経営者は現場、契約、借金、在庫を詳しく知っていますが、株主は公表された帳簿や決算書に頼ります。経営者が作った数字を経営者だけで確認しても、外部の投資家は十分に安心できません。そこで、経営者から独立した専門家が財務情報を検証し、意見を示す監査が必要になりました。

19世紀英国を代表する大規模鉄道会社グレート・ウェスタン鉄道は、この問題を象徴します。デロイト公式史によれば、同社は1849年、取締役・役員から独立し、自由に報告できる会計士ウィリアム・ウェルチ・デロイトへ監査を依頼しました。上の図は1842年の貨物輸送広告であり、1849年の監査現場を描いたものではありません。この事例は独立性と客観性を重視する監査を理解する入口ですが、「この一件だけで現代監査が発明された」「世界最初の監査だった」とは言えません。
現代の監査も、会社の成功や、すべての不正が存在しないことを保証する仕事ではありません。監査人は、利用者の判断を変え得るほど重要な誤りや不正、つまり「重要な虚偽表示」のリスクを評価し、監査リスクを合理的に低い水準へ抑える証拠を集めます。「合理的保証」とは高い水準の確信であり、絶対保証ではありません。
1845年、ウィリアム・ウェルチ・デロイトが事務所を開いた
ウィリアム・ウェルチ・デロイトは1818年生まれです。1845年、ロンドンで自身の会計士事務所を開きました。鉄道投資が拡大する時代に、1849年のグレート・ウェスタン鉄道監査をはじめ、大規模企業の帳簿を独立した立場から調べた経験は、事務所の信頼形成と成長に結びつきました。

ただし、現在のデロイトは、この一人の事務所がそのまま一枚岩の巨大企業になったものではありません。米国のHaskins & Sells、Touche Rossをはじめ、多数の事務所が提携・統合し、1989年の大型再編を経て現在のネットワークへつながりました。国によって組み合わせが異なる時期もありました。デロイトはBIG4史を始める有力な入口ですが、BIG4全体の唯一の起源ではありません。
監査はなぜ専門職になったのか
簿記は取引を帳簿へ記録する技術、会計は記録を整理して決算書などを作る仕組み、監査は第三者がその財務情報を証拠に基づいて検証し、意見を表明する仕事です。三つはつながっていますが同じではありません。
会計士が会社の使用人ではなく外部専門家として働くには、個人の善意だけでなく制度が必要です。19世紀後半以降、専門職団体、資格制度、倫理規程、教育、監査基準が整備され、株式会社法制と財務報告制度も発展しました。監査人の独立性とは、単に性格が公平という意味ではありません。金銭関係、役職、親族関係、業務上の利害などを管理し、判断をゆがめる関係を避ける制度上の要請です。
関係の流れ
株主・投資家が資金を出す
↓
会社・経営者が事業を行い財務情報を作る
↓
独立した監査人が証拠に基づいて検証する
↓
監査意見を通じ、財務情報への信頼を支える
難しいのは、監査人が監査報酬を顧客企業から受け取りながら、その経営者から独立した判断を求められる点です。後に税務、システム導入、経営助言などの非監査業務が拡大すると、顧客との経済関係が深まり、この緊張はさらに強く意識されるようになりました。
四つの巨大ネットワークには何本もの家系図がある
現在の四ブランドは、各一人の創業者から直線的に続く四本の会社史ではありません。何世代もの系譜が合流した「事務所の家系図」です。前身事務所の創業年と、現在のネットワークが成立した年を分けて見る必要があります。
| 現在のブランド | 主要な前身・人物 | 現在につながる大型統合 |
|---|---|---|
| デロイト | William Welch Deloitte、Haskins & Sells、Touche Rossなど | 1989年、Deloitte Haskins & SellsとTouche Rossを軸にDeloitte & Toucheへ。国別の組み合わせには差があった |
| PwC | Samuel Lowell Price、William Cooper、Price Waterhouse、Coopers & Lybrandなど | 1998年、Price WaterhouseとCoopers & Lybrandが統合 |
| EY | Alwin C. Ernst、Arthur Young、Ernst & Whinney、Arthur Youngなど | 1989年、Ernst & WhinneyとArthur Youngが統合。創業者本人同士が会って決めた統合ではない |
| KPMG | Piet Klynveld、William Barclay Peat、James Marwick、Reinhard Goerdeler | 1987年、Peat Marwick InternationalとKlynveld Main Goerdeler等が統合。名称は4人の姓の頭文字 |
PwCの源流では、1849年にサミュエル・ローウェル・プライス、1854年にウィリアム・クーパーが事務所を開き、1865年にPrice, Holyland and Waterhouse、1874年にPrice, Waterhouse & Co.が成立しました。ほかにも1891年のPeat名への移行、1897年のJames Marwick事務所、1898年のLybrand, Ross Brothers & Montgomery、1903年のErnst & Ernst、1913年のArthur Young & CompanyとArthur Andersen & Co.、1917年のPiet Klynveld事務所など、多くの源流があります。
国別法人の合併、離脱、提携は世界共通ではなく、日本の監査法人の系譜も世界再編と完全には重なりません。「世界中の法人が同じ日に一社へ吸収された」という理解は避けるべきです。
Big8とは何だったのか
1970~80年代、巨大な国際会計事務所をまとめてBig8と呼ぶ慣行が定着しました。これも公的な資格区分ではありません。一般に挙げられるのは、Arthur Andersen、Arthur Young、Coopers & Lybrand、Deloitte Haskins & Sells、Ernst & Whinney、Peat Marwick、Price Waterhouse、Touche Rossの八つです。
企業が多国籍化すると、本社だけでなく世界各国の子会社も同じ水準で監査する必要が生まれました。国際的な提携網、共通の監査手法、ブランド、品質管理、人材育成が競争力になります。巨大顧客を監査するには、多数の専門家、世界拠点、業種知識、IT、訴訟・リスク管理能力が必要です。
大手ほど大型案件の経験を積み、経験が優秀な人材と次の大型案件を呼ぶ自己強化が起きました。同時に、税務、経営助言、情報システム、企業再編などへ業務が広がり、規模の利益がさらに大きくなりました。
会計事務所はなぜ合併を繰り返したのか
大型合併の背景には、単なる「大きくなりたい」という願望以上の産業構造がありました。顧客企業が海外へ進出すれば、監査人も各国の会計、税務、会社法へ対応しなければなりません。銀行、保険、製造、エネルギーなどの業種別専門知識、共通の監査手法と品質管理、コンピューターやデータ処理への投資も必要でした。
さらに、訴訟・賠償・評判リスクへ備える体力、世界共通ブランド、専門家の採用競争、M&Aや税務、経営助言のサービス拡大が統合を後押ししました。国際案件では、顧客に「どの国でも連携できる」と示すこと自体が価値になったのです。
一方、合併には問題もあります。組織文化の衝突、国別法人の利害、顧客同士の競合、監査人独立性の制約、顧客の選択肢減少、世界中で品質をそろえる難しさです。規模は能力を高めますが、規模そのものが品質を自動的に保証するわけではありません。
1987~1989年、Big8からBig6へ
1987年、Peat Marwick InternationalとKlynveld Main Goerdelerなどの統合によりKPMGが成立しました。KPMGはBig8の一角だったPeat Marwickの系譜を引き継ぎますが、相手側のKMGは一般的なBig8の八組織の一つとして数えられていたわけではありません。したがって、この成立だけで「Big8がBig7になった」とは数えません。
決定的な集約は1989年です。Ernst & WhinneyとArthur Youngが統合してErnst & Youngが成立し、Deloitte Haskins & SellsとTouche Rossを軸とする統合でDeloitte & Toucheが成立しました。Big8のうち二組ずつが二つのネットワークへまとまったため、呼び方はBig6へ変わりました。
ただし、各国の提携関係は一様ではありませんでした。世界中の法人が同じ日に一つの世界会社へ吸収されたのではなく、国別の事情、顧客競合、規制、既存提携を調整しながらネットワークが組み替えられました。
1998年、PwC誕生でBig5になった
1998年、Price WaterhouseとCoopers & Lybrandが統合し、PricewaterhouseCoopersが成立しました。現在は一般にPwCと表記されます。Big6のうち二つが一つになったため、大手はArthur Andersen、Deloitte & Touche、Ernst & Young、KPMG、PricewaterhouseCoopersのBig5へ集約されました。
両組織にも多数の前身事務所があり、統合は単純な社名変更ではありません。監査顧客の競合、独立性、各国組織の合流、方法論、品質管理、人事制度の調整が必要でした。ここでも、一つの世界法人が全組織を所有して吸収した単純な企業合併と理解すると、実態を見誤ります。
2001~2002年、アーサー・アンダーセン崩壊でBig4へ
Big5をBig4へ変えたのは合併ではなく、一社の事実上の退出でした。米エネルギー企業エンロンは急成長企業として高く評価されましたが、複雑な特別目的事業体、簿外取引、会計処理によって財務状態が見えにくくなり、2001年に破綻しました。監査人はArthur Andersen LLPでした。

アンダーセンは監査報酬に加えて非監査業務からも報酬を得ており、監査対象企業へ助言を提供する利益相反が厳しく問われました。文書廃棄をめぐって起訴され、2002年に司法妨害で有罪評決を受けます。米SECは同年8月31日までに、同社がSEC登録企業の監査業務を事実上停止する過程を扱いました。顧客、各国の提携事務所、専門家が離れ、国際ネットワークは解体しました。こうしてBig5はBig4になります。
2005年の最高裁判決は「すべて問題なし」ではない
2005年、米連邦最高裁はArthur Andersen LLP v. United Statesで有罪判決を全員一致で破棄し、差し戻しました。理由は、陪審への法的説示が必要な犯罪意思を適切に求めていなかったことです。これは監査品質やエンロンとの関係を全面的に無問題と認定した判決ではありません。反対に、最高裁が犯罪を改めて認定したわけでもありません。法的な有罪評決が破棄された時点で、監査事業と信頼の崩壊は元に戻せませんでした。
米国では2002年のサーベンス・オクスリー法によりPCAOBが設けられ、監査人独立性、一部非監査業務の制限、監査委員会、文書保存などが強化されました。これは米国の制度であり、世界共通法ではありませんが、世界の監査・企業統治に大きな影響を与えました。
BIG4はなぜ一つの会社ではなくネットワークなのか
監査、会計士資格、会社法、税制は国ごとに違います。監査法人は各国の法律と資格制度に基づき、現地規制当局の監督下で活動します。そのためBIG4は、世界本社が全法人を直接所有する一社ではなく、各国の法的に独立したメンバーファーム等が、ブランド、方法論、IT、品質管理、人材育成、国際案件で協力するネットワークとして組織されています。
デロイト、PwC、EY、KPMGの公式説明はいずれも、ネットワーク組織と各メンバーを区別しています。ただし国際組織の法的形態やメンバー関係は四つで同じではありません。国際組織自身が顧客サービスを提供しない構造もあり、一国の法人が負った法的責任を世界中の全法人が自動的に共同負担するとは限りません。
ネットワーク型は、各国規制へ対応しながら国際連携する現実的な仕組みです。同時に、ブランドを共有するため、一国の品質問題が世界全体の評判を傷つけるという緊張も抱えます。法的独立とブランド上の一体性を同時に理解することが、BIG4を正確に見る鍵です。
4つへの集中は何をもたらしたのか
四つへの寡占には利点があります。多国籍企業を世界各地で監査でき、業種別専門家を集め、高度な会計・税務・IT問題へ対応できます。共通手法、品質管理、データ分析、AIへの投資も大規模に行えます。
しかし、選択肢は減ります。企業が監査人を交代しようとしても、候補が別の業務を提供していて独立性上選べないことがあります。一社が退出すれば市場全体が不安定になり、大型上場企業を監査できる事務所がさらに減ります。巨大顧客の報酬と独立判断の緊張、人材・経験の大手集中、中堅事務所の参入障壁も問題です。
英国FRCが2023年に公表したレビューでは、2022年のFTSE 350監査報酬の98%をBig Fourが占めたとされました。これは2022年の英国大企業市場のデータであり、2026年の世界シェアではありません。FRCの2025年公表資料は非Big Fourの存在感が増していると報告しており、市場構造は固定されたものではないものの、集中と強靱性は現在も重要な政策課題です。
日本のBIG4はどのように形成されたのか
日本の流れは、世界のBig8再編をそのまま縮小コピーしたものではありません。第二次世界大戦後、証券市場の整備と公認会計士制度の導入が進み、上場企業が増えるにつれて、企業から独立した監査の需要が拡大しました。監査法人制度が整えられると、個人事務所だけでなく、多数の会計士が組織として大型企業を監査する基盤ができます。
高度成長期以降、日本企業は輸出、海外工場、国際資金調達を拡大しました。海外子会社まで含む連結財務諸表を監査するには、現地の会計士との連携と国際基準への対応が欠かせません。国内監査法人は海外ネットワークとの提携を深めました。日本の株式会社、銀行、証券市場が信用を組み立ててきた背景は、「渋沢栄一が形づくった東京」や「財閥とは何か」にもつながります。
1990年代以降は、金融危機と不良債権、企業再編、会計基準の国際化が監査実務を変えました。会計不祥事を受けて制度改革が重ねられ、内部統制報告制度も導入されます。監査法人には決算書の確認だけでなく、複雑な金融商品、連結範囲、減損、企業継続、IT統制などを評価できる組織力が求められました。一方、同じブランドの別法人ではM&A、税務、リスク、デジタル変革への需要が広がりました。
2026年7月20日時点で各公式サイトに掲載されるBIG4系の主要監査法人は、有限責任監査法人トーマツ、PwC Japan有限責任監査法人、EY新日本有限責任監査法人、有限責任 あずさ監査法人です。これらの監査法人と、同ブランドのコンサルティング会社、税理士法人、アドバイザリー会社は同一法人ではありません。契約主体、責任、規制、提供できる業務が異なります。
つまり日本では、戦後の証券市場と監査制度、企業の海外進出、国際基準、金融危機、企業不祥事、内部統制、M&Aとデジタル需要が重なり、国内監査法人を世界ネットワークへ結びつけました。日本企業の国際化を扱う「総合商社とは?」を読むと、顧客側がなぜ世界規模の会計・監査網を必要としたのかも見えやすくなります。
現在のBIG4は会計事務所なのか、コンサル会社なのか
答えは「監査・保証業務を源流とし、現在は幅広い専門サービスを扱う国際ネットワーク」です。監査・保証は今も中核機能の一つですが、税務、M&A、財務アドバイザリー、リスク、サイバー、業務改革、クラウド、データ、AIなどへ領域が広がりました。
日本で「BIG4コンサル」と言うと、各ブランドのコンサルティング法人等を指すことが多く、監査法人がすべてのコンサル業務を直接提供しているわけではありません。同じブランドでも契約主体と法的責任が異なり、監査先へ提供できる非監査業務には独立性上の制限があります。「監査をやめてコンサル会社になった」と説明するのは不正確です。
M&Aでは財務デューデリジェンスや統合支援などが重要になりますが、監査と買収助言は目的も責任も異なります。企業買収後の変化は「PEファンドに買収された会社はどうなる?」も参考になります。
AI時代に監査とBIG4はどう変わるのか
AIは、仕訳・契約・取引データの分析、異常検出、監査証拠の収集支援、文書比較、リスク評価、生成AIを使った調査などで利用が進んでいます。顧客向けにはAI導入支援、AIガバナンス、モデルリスク管理、AIシステムの保証業務も成長分野です。
ただしAIが監査意見を自動発行するわけではありません。職業的懐疑心、重要性の判断、経営者への質問、証拠の評価、説明責任、独立性は人間の専門職に残ります。AIも誤るため、不正を必ず発見できるとは限りません。
現時点の動きから考えると、AIは監査の対象範囲と速度を広げる一方、大規模なデータ基盤へ投資できる大手を有利にし、市場集中を強める可能性があります。技術革新と競争政策を別々に考えられない時代になりつつあります。
よくある誤解
BIG4は売上高世界上位4社ですか
毎年の売上高順位で機械的に選び直す名称ではありません。Big8からの合併とアーサー・アンダーセンの退出により、世界規模の大手監査ネットワークが四つへ集約された歴史から定着した通称です。
BIG4は四つの世界企業ですか
単一法人が世界中の組織を所有する四社と考えるのは不正確です。各国の法的に独立したメンバーファーム等がブランドと方法論を共有する国際ネットワークです。
BIG4は監査法人ですか、コンサル会社ですか
監査・保証を源流とする総合専門サービス・ネットワークです。同ブランドの監査法人とコンサルティング会社は別法人である場合が一般的です。
KPMGが1987年にできた時、Big8はBig7になったのですか
なりません。KPMGはBig8のPeat Marwickと、一般的なBig8の一社に数えられていなかったKMG側の統合でした。Big8がBig6へ減ったと説明されるのは1989年の二つの大型統合です。
なぜBig5ではなくBig4なのですか
2001年のエンロン破綻後、監査人だったアーサー・アンダーセンが2002年に米国の公開企業監査から事実上撤退し、国際ネットワークが解体したためです。
2005年に判決が破棄されたならアーサー・アンダーセンは無実だったのですか
最高裁は陪審への法的説示に問題があるとして有罪判決を破棄・差し戻しました。監査品質やエンロンとの関係を全面的に無問題と認定した判決ではなく、破棄時には監査事業の崩壊を元へ戻せませんでした。
監査を受ければ会社の不正は必ず発見されますか
必ずではありません。監査は重要な虚偽表示のリスクを合理的に低い水準へ抑える証拠を集める仕事で、すべての不正や将来の破綻がないことを絶対保証するものではありません。
BIG3とBIG4はどちらが上ですか
上下を示す共通ランキングではありません。BIG3は戦略コンサル大手3社、BIG4は監査を源流とする四大専門サービス・ネットワークという別の分類です。
まとめ|四つのブランドの背後には180年の再編史がある
BIG4が四つである理由は、単に「五社目が消えたから」だけではありません。産業革命で巨額資本を集める株式会社が増え、株主と経営者が分かれ、独立監査が必要になりました。会計士は資格、倫理、基準を備えた専門職となり、顧客企業の国際化に合わせて世界的ネットワークを築きました。
その過程でBig8は規模、技術、専門人材、国際拠点を求めて合併し、1989年にBig6、1998年にBig5へ集約されました。エンロン事件とアーサー・アンダーセンの退出は、監査人の独立性と社会的信頼が事業基盤そのものであることを示し、2002年にBig4の時代が始まりました。
現在のBIG4は、四つの単一世界企業ではなく、各国の独立法人が協力するネットワークです。世界規模の監査能力を生んだ一方、競争、選択肢、独立性、一社退出時の強靱性という新しい問題も抱えます。なぜ4社なのかを理解するには、株式会社、監査、専門職化、国際化、合併、企業不正、規制という約180年の因果関係を一続きに見る必要があります。
主な参考文献・公式資料
- Deloitte, Our heritage
- Deloitte, Independence and objectivity
- Deloitte, About the network
- PwC, History and Milestones
- PwC, How we are structured
- KPMG, Our history
- KPMG, Governance
- EY Deutschland, 100 Jahre EY Deutschland
- EY, EY Network
- U.S. SEC, Statement Regarding Andersen Case Conviction
- U.S. Supreme Court, Arthur Andersen LLP v. United States
- U.S. SEC, Sarbanes-Oxley Spotlight
- UK FRC, Annual Review of Competition in the Audit Market
- UK FRC, 2025 competition update
- UK CMA, Statutory audit market study
- 金融庁「監査基準」
- 日本公認会計士協会
事実確認日:2026年7月20日。組織名、ネットワーク構造、制度、市場データは基準日後に変更される場合があります。
