毎年5月になると、全国の税務署に高額納税者の氏名、住所、所得税額が掲示されました。新聞社や出版社は各地の情報を集め、全国順位や芸能人、スポーツ選手、経営者などのランキングに仕立てました。一般に「長者番付」と呼ばれたものです。
最後の公示は2005年。対象となったのは2004年分の所得税で、全国1位は投資家の清原達郎でした。本人が後年明らかにした所得税額は36億9238万円です。
翌2006年、所得税法などの改正によって申告書の公示制度は廃止されました。
制度の出発点は1950年です。当初は高額所得者の氏名・住所・所得額を公示し、1983年分から所得額の代わりに所得税額を公示する方式へ変わりました。
目的は金持ちランキングの作成ではなく、戦後に始まった申告納税制度を定着させることでした。高額な申告内容を社会に公開し、第三者から税務署へ情報が寄せられることを期待した制度です。半世紀後には、犯罪、嫌がらせ、目的外利用、プライバシーの問題が強く意識され、廃止に至りました。
- 長者番付はいつ廃止された?
- 「長者番付」は国が作った全国ランキングではなかった
- 公開されたのは所得?納税額?時代によって違った
- 江戸から明治へ―金持ちを「番付」にする文化
- 1947年、他人の申告書まで閲覧できた
- 1950年、高額所得者だけを公示する制度へ
- なぜ金持ちの所得を公開した?第三者の目で申告を確かめるため
- 1983年、所得額から所得税額へ
- 新聞・テレビが「今年の金持ち」を作った
- 長者番付が表したのは「純資産」ではなく、その年の所得・税金
- 最後の1位は投資家・清原達郎
- なぜ廃止された?犯罪・嫌がらせ・プライバシー
- 2006年、所得税だけでなく相続税・法人税・贈与税も終了
- 廃止後、税務署による「金持ち実名ランキング」は復活していない
- 長者番付は研究資料としても使われてきた
- 年表|江戸の番付から最後の長者番付まで
- まとめ
長者番付はいつ廃止された?
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1947年 | 申告納税制度が本格導入。申告書閲覧制度なども設けられる |
| 1950年 | 申告書閲覧制度に代わり、高額所得者を対象とする公示制度を導入 |
| 1950~1982年分 | 高額所得者の氏名・住所・所得額を公示 |
| 1983年分~ | 高額納税者の氏名・住所・所得税額を公示 |
| 2005年 | 2004年分について最後の公示 |
| 2006年4月 | 申告書の公示制度を法律上廃止 |
国税庁の「平成18年分 所得税の改正のあらまし」は、「平成17年分以後」の所得税確定申告について公示を行わないと説明しています。最後の公示は2005年、法律上の制度廃止は2006年です。
「長者番付」は国が作った全国ランキングではなかった
一般に「長者番付」と呼ばれた仕組みの土台は、所得税法などに基づく申告書の公示制度でした。
末期の所得税では、所得税額が1000万円を超える人について、氏名、住所、所得税額が公示されました。2002年の政府税制調査会資料では、公示期間は翌年5月16日から5月31日までで、税務署の掲示場などに掲示する仕組みとされています。
税務署が全国順位や職業別ランキングを作ったのではありません。新聞社、テレビ局、出版社、名簿業者などが各地の公示情報を集め、地域別・職業別に整理して順位を付けました。
国立国会図書館には、民間業者が刊行した『長者番付 : 高額所得納税者納税額1,000万円以上 全関東版』などの名簿も残っています。国による公示と、民間による集計・ランキング化が組み合わさって、長者番付という社会現象が生まれました。
公開されたのは所得?納税額?時代によって違った
1950年に導入された高額所得者公示制度では、高額所得者について氏名、住所、所得額が公示されました。1983年分からは、納税額を公示する高額納税者公示制度へ変更されます。
| 時期 | 公示の中心となった金額 |
|---|---|
| 1950~1982年分 | 所得額 |
| 1983年分以降 | 所得税額 |
どちらの時代も氏名と住所を伴って公示されました。住所や電話番号などの公開範囲が日本でどのように変化したかは「昔は他人の住所を簡単に調べられた?紳士録・電話帳から見る日本の個人情報史」でも扱っています。
江戸から明治へ―金持ちを「番付」にする文化
戦後の公示制度より前から、日本には富裕層を番付形式で並べる文化がありました。江戸時代には相撲番付の形式を借り、役者、名所、商品、人物などを並べた見立番付が流行し、長者番付も作られました。
明治になると、地価、所得、営業金額、納税額などの数字を利用した番付が作られるようになります。
1881年、岩崎弥太郎と五代友厚が「大関」に並ぶ
国税庁の租税史料特別展示には、1881年刊『巳春新版大日本持丸長者鑑』が残されています。持丸は金持ちを意味する言葉です。
同資料は明治13年の富豪を相撲番付のように並べ、大関には三菱を興した岩崎弥太郎と、大阪経済界で活躍した五代友厚の名があります。中央には各地の国立銀行が並んでいます。

三菱をはじめ近代日本の財閥がどのように成長したかは「財閥とは何か|三井・三菱・住友・安田からわかる日本近代経済史」で紹介しています。
所得税が始まると納税情報を利用した番付が増えた
日本で所得税が導入されたのは1887年です。所得税調査委員を選ぶため、税務当局は所得税納税者の氏名と住所を管内に公告しました。新聞社などはこうした公的情報と取材を組み合わせ、地域の所得番付を制作しました。
1904年刊『日本多額納税者一覧表』には、地租、所得税、営業税の多額納税者が掲載され、納税額から田畑の所有高、所得額、営業取引額などを推計する計算法まで記されていました。
戦前には雑誌付録の「全国金満家大番付」も登場
1930年代には講談社の『講談倶楽部』が「全国金満家大番付」を新年号の付録にしました。国税庁によると、1929年に最初の版が出され、1931年、1934年を合わせて計3回刊行されています。帝国興信所などの調査が利用されました。
1947年、他人の申告書まで閲覧できた
1947年、所得税や法人税などに申告納税制度が本格導入されました。納税者自身が所得と税額を計算し、申告する制度への転換です。
制度開始直後は、戦後の混乱、納税者数の急増、新制度への不慣れ、税務職員の大量補充などが重なり、税務行政は大きな課題を抱えていました。その時期には、申告書等を第三者が閲覧できる制度も設けられました。
国税庁の研究では、この申告書閲覧制度は個人所得の秘密を過度に侵害する問題があり、1950年に廃止され、高額所得者に対象を絞った公示制度へ転換した経緯が説明されています。高額所得者の公示制度が始まったのは1950年です。
1950年、高額所得者だけを公示する制度へ
1949年、カール・シャウプを団長とする税制使節団が日本の税制改革を勧告しました。シャウプ勧告は、申告書そのものを広く閲覧させる方式から、高額所得者について氏名や所得金額を公表する方式へ移すことを提案します。
1950年、高額所得者を対象とする公示制度が導入されました。それまでの申告書閲覧制度から見ると、公示対象を一定以上の高額所得者へ絞り、公開範囲を限定する改革でもありました。
なぜ金持ちの所得を公開した?第三者の目で申告を確かめるため
高額所得者公示制度の中心的な目的は、正確な申告を確保することでした。地域の人、取引先、関係者などが公示内容と実態の違いに気づけば、税務当局へ情報が寄せられる可能性があります。
政府税制調査会は後年、公示制度の目的を「第三者の監視による牽制的効果」によって適正な申告を確保することと説明しています。
「脱税を通報すると報奨金」という別制度もあった
申告納税制度の開始期には第三者通報制度も導入されました。国税庁には1948年の制度を知らせるチラシが残っており、通報が追徴税額につながった場合などに報奨金を支給する仕組みでした。
国税庁の研究では、妬みや私怨を背景とした通報や「職業的通報者」も問題となり、この制度は1954年に廃止されました。高額所得者公示制度とは別の制度です。
1983年、所得額から所得税額へ
公示基準となる所得額が物価や所得水準の上昇に追いつかず、公示対象者は増え続けました。1970年ごろは約7万8000人、納税者の1.7%でしたが、1981年分には約40万7000人、6.6%、1982年分には約44万人、6.7%まで増えます。
1983年分から、所得1000万円超を基準とする方式から、所得税額1000万円超を基準とする方式へ変更されました。政府はこの変更に、第三者による申告チェックに加え、高額な税を負担した納税者を社会的に評価する「顕彰」の意味も含めました。
2002年時点では公示対象者は約8万人、納税者の1.1%でした。
新聞・テレビが「今年の金持ち」を作った
税務署が公示したのは、基準を超えた納税者の氏名、住所、税額です。新聞、雑誌、テレビなどはそのデータを集計し、全国、芸能人、スポーツ選手、作家、会社経営者、土地長者などの切り口で順位を付けました。
制度本来の目的は適正申告の確保でしたが、社会では「今年は誰が一番稼いだのか」を見るランキングとしても定着しました。国税庁70年史によると、情報公開法施行後は公示関係書類を目的とした開示請求が国税庁への請求の大部分を占め、2006年の制度廃止後に件数が大幅に減少しています。
長者番付が表したのは「純資産」ではなく、その年の所得・税金
戦後の公示制度が示したのは、1950~1982年分では一定以上の所得額、1983年分以降では一定以上の所得税額です。
土地や株式を大量に保有していても、その年に大きな課税所得が生じなければ上位には出ません。一方、土地や株式の売却で巨額の譲渡所得が生じた年には、一時的に高額納税者になることがあります。長者番付は純資産ランキングとは異なる指標でした。
最後の1位は投資家・清原達郎
最後の公示は2005年に行われ、対象は2004年分の所得税でした。全国1位はタワー投資顧問でファンド運用を担っていた清原達郎です。
本人がForbes JAPANのインタビューで明らかにした所得税額は36億9238万円。3位にはユニクロ創業者の柳井正が入り、所得税額は10億8393万円でした。
国税庁は制度廃止により、平成17年分以後の所得税確定申告について公示を行わないと説明しています。
なぜ廃止された?犯罪・嫌がらせ・プライバシー
公示制度への疑問は、個人情報保護法の全面施行より前から強まっていました。
2002年の政府税制調査会は、公示制度について、本来の目的以外への利用、犯罪や嫌がらせを誘発する要因、個人のプライバシーへの配慮、第三者監視という制度本来の意義への疑問を挙げ、廃止を含めた検討が必要としました。
2005年4月には個人情報保護法が全面施行されました。同年の税制調査会も、犯罪・嫌がらせ・目的外利用などの問題と個人情報保護をめぐる社会環境の変化を踏まえ、公示制度の廃止を検討する方向を示します。
個人情報保護法が長者番付を直接禁止したのではありません。制度固有の問題が以前から指摘され、個人情報保護を重視する社会環境の変化も廃止を後押ししました。
2006年、所得税だけでなく相続税・法人税・贈与税も終了
申告書の公示制度は所得税だけに存在した制度ではありません。2002年の政府税制調査会資料では、法人税、相続税、贈与税にも公示制度があったことが確認できます。
- 所得税:一定以上の税額について氏名、住所、所得税額
- 法人税:一定以上の所得を持つ法人について法人名、納税地、代表者、所得金額など
- 相続税・贈与税:一定基準を超える申告について氏名、納税地、課税価格など
2006年度税制改正では、所得税法、法人税法、相続税法に置かれていた申告書公示制度が廃止されました。財務省の法律案要綱では、2006年4月1日より前に行われた公示には経過措置を置く一方、それ以後の制度を廃止することが示されています。
廃止後、税務署による「金持ち実名ランキング」は復活していない
現在の国税庁の申告書等閲覧サービスは、納税者本人や代理人が自身の過去の申告内容を確認するための制度です。第三者が他人の所得税申告書を自由に調べる仕組みではありません。
富裕層や高所得者への課税・税務調査は現在も行われていますが、個人の氏名・住所・所得税額を公示し、全国ランキングに加工できる制度は復活していません。
長者番付は研究資料としても使われてきた
高額所得者・高額納税者の公示データは、日本の高所得層の所得分布や格差を分析する研究にも使われました。国税庁の研究資料も、公示個票データを用いた研究の蓄積を紹介しています。
制度廃止後は、個人を公表する公示データではなく、匿名化・秘匿化した税務データを使う方向へ移っています。
年表|江戸の番付から最後の長者番付まで
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 江戸時代 | 相撲番付を模した見立番付が流行し、富豪を並べる長者番付も作られる |
| 1881年 | 『巳春新版大日本持丸長者鑑』刊行。岩崎弥太郎、五代友厚が大関 |
| 1887年 | 所得税導入 |
| 1890年代 | 公告や納税情報を利用した所得・納税番付が刊行 |
| 1904年 | 『日本多額納税者一覧表』。税額から所得・取引額等を推計する計算法も掲載 |
| 1929年 | 『講談倶楽部』付録「全国金満家大番付」第1回 |
| 1947年 | 申告納税制度を本格導入。申告書閲覧制度なども設けられる |
| 1948年 | 第三者通報制度を知らせる国税庁史料が残る |
| 1949年 | シャウプ勧告 |
| 1950年 | 申告書閲覧制度に代えて高額所得者公示制度を導入 |
| 1954年 | 第三者通報制度廃止 |
| 1983年分 | 所得額公示から所得税額公示へ変更 |
| 2002年 | 税制調査会が犯罪・嫌がらせ・プライバシー等を理由に廃止を含む検討を提言 |
| 2005年 | 2004年分を最後に公示終了。全国1位は清原達郎 |
| 2005年4月 | 個人情報保護法全面施行 |
| 2006年4月 | 所得税・法人税・相続税・贈与税の申告書公示制度廃止 |
まとめ
日本の「長者番付」は、政府が全国の金持ちを順位付けした公式ランキングではなく、税法に基づく公示情報を新聞、テレビ、出版社などが集計して生まれた社会現象でした。
公示制度は1950年に導入され、当初は氏名・住所・所得額、1983年分以降は氏名・住所・所得税額を公示しました。目的は第三者の目を利用して適正な申告を促すことでした。
公示情報はランキング、報道、名簿販売など制度目的を超えて利用され、犯罪や嫌がらせ、プライバシー問題への懸念が強まりました。2004年分を最後に公示は終了し、2006年に制度も廃止されました。

