「John Bates Clark Medal(ジョン・ベイツ・クラーク・メダル)受賞者の約40%が、のちにノーベル経済学賞を取る」と長く紹介されてきました。ところが2026年9月1日時点で、1947~2026年の実受賞者48人を数えると、2025年までにノーベル経済学賞へ進んだのは15人。単純比率は31.25%です。
ただし、ClarkからNobelまでには平均21.1年、中央値22年かかっています。受賞後20年以上たった世代だけなら14人/29人で48.3%、30年以上なら13人/24人で54.2%。全48人の31%と、時間を置いた世代の約半数という数字は両立します。鍵は「若手賞からNobelまでの長い時間差」です。
- クラーク・メダルとは?40歳未満の経済学者に贈られるAEAの賞
- 「受賞者の約40%がNobel」はどこから来た?
- 1947~2026年の全48人をNobel公式一覧と突合
- 全48人では31%――この数字だけでは見誤る
- ClarkからNobelまでは平均21年かかる
- 20年以上経過した受賞者では48%、30年以上では54%
- Nobelまで進んだ15人――若手時代の研究は後の受賞理由につながったか
- Clarkを取ってもNobelを取らなかった大物たち
- 2009年になぜ隔年から毎年へ変わったのか
- 1953年は受賞者なし――Clark Medal自体も揺れた70年史
- 2026年最新受賞者Ludwig Straubを今「非Nobel」と数える意味
- 結局「ノーベル経済学賞への登竜門」と呼んでよいのか
- 主な公式・研究資料
クラーク・メダルとは?40歳未満の経済学者に贈られるAEAの賞
John Bates Clark MedalはAmerican Economic Association(AEA)が授与する、若手経済学者向けの最も権威ある賞の一つです。AEAは現在、米国で働く40歳未満の経済学者のうち、経済思想と経済学の知識へ最も重要な貢献をしたと判断された人物へ毎年4月に授与すると説明しています。対象は米国籍に限られず、受賞時点で米国で働く経済学者です。
1947~2009年は原則隔年で、2010年以降は毎年授与されています。重要な共同研究がある場合には共同授賞も可能ですが、2026年までの歴史では実受賞者は48人です。経済学賞全体の位置づけは世界の権威ある経済学賞で比較しています。
賞名のJohn Bates Clark(1847~1938)は、新古典派経済学の形成期に活動した米国の経済学者で、限界生産力による分配理論などで知られます。Clark Medalはその名を冠して1947年に始まりました。
「受賞者の約40%がNobel」はどこから来た?
「約40%」には実在する根拠があります。2005年、MITはDaron AcemogluのClark受賞を伝える公式記事で「29人のClark medalistsのうち11人がNobelを受賞」と紹介しました。11÷29=37.9%です。
2010年のEsther Duflo受賞時にも、MITは過去の受賞者のおよそ40%がNobelを取ったと紹介しました。2010年時点までのClark実受賞者32人のうち、その時点でNobel受賞済みは12人で、12÷32=37.5%です。
「40%説」は2000年代の実績を丸めた数字です。その後、Clarkが毎年化され、受賞後の経過年数がNobelまでの平均所要21.1年を下回る近年受賞者が分母へ急速に増えたため、2026年の単純比率は31.25%まで下がっています。
1947~2026年の全48人をNobel公式一覧と突合
集計はAEA公式John Bates Clark Medal一覧と、NobelPrize.orgの1969~2025年Economic Sciences受賞者を人物単位で照合しました。1953年の「No Award」は受賞者人数に含めず、2026年Nobelは9月1日時点で未発表のため対象外です。「未受賞」は2026年9月1日時点の状態だけを示します。
| Clark年 | 受賞者 | 後のNobel |
|---|---|---|
| 2026 | Ludwig Straub | 未受賞 |
| 2025 | Stefanie Stantcheva | 未受賞 |
| 2024 | Philipp Strack | 未受賞 |
| 2023 | Gabriel Zucman | 未受賞 |
| 2022 | Oleg Itskhoki | 未受賞 |
| 2021 | Isaiah Andrews | 未受賞 |
| 2020 | Melissa Dell | 未受賞 |
| 2019 | Emi Nakamura | 未受賞 |
| 2018 | Parag Pathak | 未受賞 |
| 2017 | Dave Donaldson | 未受賞 |
| 2016 | Yuliy Sannikov | 未受賞 |
| 2015 | Roland Fryer | 未受賞 |
| 2014 | Matthew Gentzkow | 未受賞 |
| 2013 | Raj Chetty | 未受賞 |
| 2012 | Amy Finkelstein | 未受賞 |
| 2011 | Jonathan Levin | 未受賞 |
| 2010 | Esther Duflo | 2019 |
| 2009 | Emmanuel Saez | 未受賞 |
| 2007 | Susan C. Athey | 未受賞 |
| 2005 | Daron Acemoglu | 2024 |
| 2003 | Steven Levitt | 未受賞 |
| 2001 | Matthew Rabin | 未受賞 |
| 1999 | Andrei Shleifer | 未受賞 |
| 1997 | Kevin M. Murphy | 未受賞 |
| Clark年 | 受賞者 | 後のNobel |
|---|---|---|
| 1995 | David Card | 2021 |
| 1993 | Lawrence H. Summers | 未受賞 |
| 1991 | Paul R. Krugman | 2008 |
| 1989 | David M. Kreps | 未受賞 |
| 1987 | Sanford J. Grossman | 未受賞 |
| 1985 | Jerry A. Hausman | 未受賞 |
| 1983 | James J. Heckman | 2000 |
| 1981 | A. Michael Spence | 2001 |
| 1979 | Joseph E. Stiglitz | 2001 |
| 1977 | Martin S. Feldstein | 未受賞 |
| 1975 | Daniel McFadden | 2000 |
| 1973 | Franklin M. Fisher | 未受賞 |
| 1971 | Dale W. Jorgenson | 未受賞 |
| 1969 | Marc Leon Nerlove | 未受賞 |
| 1967 | Gary S. Becker | 1992 |
| 1965 | Zvi Griliches | 未受賞 |
| 1963 | Hendrik S. Houthakker | 未受賞 |
| 1961 | Robert M. Solow | 1987 |
| 1959 | Lawrence R. Klein | 1980 |
| 1957 | Kenneth J. Arrow | 1972 |
| 1955 | James Tobin | 1981 |
| 1951 | Milton Friedman | 1976 |
| 1949 | Kenneth E. Boulding | 未受賞 |
| 1947 | Paul A. Samuelson | 1970 |
1953年はAEA公式一覧にも「No Award」と記録されています。この年を1人として数えると分母が狂うため、実受賞者は48人です。
全48人では31%――この数字だけでは見誤る
2026年Clarkまで含めた全48人のうち、2025年Nobelまでに両方を受賞したのは15人です。
- 15 ÷ 48 = 31.25%
- ClarkとNobelの対象年をともに2025年までにそろえると、15 ÷ 47 = 約31.9%
31.25%は現在の全歴代受賞者を単純に割った正しい数字です。ただし、Clarkは40歳未満の若手賞で、Nobelは研究が長期に評価された後に授与されることが多いため、両者の時間軸は大きく違います。
ClarkからNobelまでは平均21年かかる

ClarkとNobelの両方を受賞した15人について、Nobel年からClark年を引くと平均21.07年、約21.1年です。中央値は22年。最短はEsther Dufloの9年、最長はJames Tobin、Robert Solow、David Cardの26年です。
15人のうち20年以上を要したのは10人で、3分の2にあたる66.7%です。第1回受賞者Paul A. Samuelsonも1947年Clarkから1970年Nobelまで23年かかりました。若手時代の評価が約20年以上後のNobelへつながる時間軸を象徴する例です。
| Clark年 | 人物 | Nobel年 | 所要年 |
|---|---|---|---|
| 1947 | Paul A. Samuelson | 1970 | 23 |
| 1951 | Milton Friedman | 1976 | 25 |
| 1955 | James Tobin | 1981 | 26 |
| 1957 | Kenneth J. Arrow | 1972 | 15 |
| 1959 | Lawrence R. Klein | 1980 | 21 |
| 1961 | Robert M. Solow | 1987 | 26 |
| 1967 | Gary S. Becker | 1992 | 25 |
| 1975 | Daniel McFadden | 2000 | 25 |
| 1979 | Joseph E. Stiglitz | 2001 | 22 |
| 1981 | A. Michael Spence | 2001 | 20 |
| 1983 | James J. Heckman | 2000 | 17 |
| 1991 | Paul R. Krugman | 2008 | 17 |
| 1995 | David Card | 2021 | 26 |
| 2005 | Daron Acemoglu | 2024 | 19 |
| 2010 | Esther Duflo | 2019 | 9 |
20年以上経過した受賞者では48%、30年以上では54%
2026年時点で、Clark受賞後に一定年数が経過した過去コホートだけを切り出すと、歴史的なNobel到達率は大きく変わります。
| 対象 | Clark受賞者 | 後にNobel | 歴史的到達率 |
|---|---|---|---|
| 10年以上経過(2016年以前) | 38 | 15 | 39.5% |
| 15年以上経過(2011年以前) | 33 | 15 | 45.5% |
| 20年以上経過(2005年以前) | 29 | 14 | 48.3% |
| 30年以上経過(1995年以前) | 24 | 13 | 54.2% |
| 40年以上経過(1985年以前) | 19 | 11 | 57.9% |
この表は、過去の特定コホートについて2026年までにNobelへ到達した実績率を示します。
統計では、受賞から観察期間が短い人を含む問題を「右側打ち切り(right censoring)」と呼びます。2026年受賞者を、平均21年かかるNobelとの関係で直ちに「未到達者」として数えると、長期実績は機械的に低く見えます。
Nobelまで進んだ15人――若手時代の研究は後の受賞理由につながったか
ClarkとNobelは、評価する時点も目的も異なる賞です。代表例では、若手時代にClarkが捉えた研究テーマが、後のNobel citationへかなり明瞭につながっています。
David Card――労働経済学の実証研究
David Cardは1995年にClark Medalを受賞し、2021年Nobelでは「労働経済学への実証的貢献」が評価されました。自然実験を活用し、最低賃金、移民、教育などの因果効果を実証する研究は、若手時代から後のNobelまで連続しています。
Esther Duflo――開発経済学のフィールド実験
Esther Dufloは2010年Clark、2019年Nobelで、所要9年で15人中最短でした。Clarkでは開発経済学やフィールド実験を用いた研究が評価され、Nobelでは「世界の貧困削減への実験的アプローチ」が受賞理由になりました。
Daron Acemoglu――制度と繁栄へつながった幅広い研究

Daron Acemogluは2005年Clarkで、労働経済学、マクロ経済学、制度経済学、政治経済学にまたがる貢献を評価されました。2024年Nobelでは「制度がどのように形成され、繁栄へどう影響するか」の研究が評価されています。Clarkの時点ですでに制度と経済発展は主要テーマの一つでした。
Joseph StiglitzとA. Michael Spenceの情報の非対称性、Daniel McFaddenの離散選択分析、Paul Krugmanの国際貿易と経済地理、Robert Solowの成長理論でも、若手期の研究軸と後年のNobel評価には強い連続性があります。15人の研究領域は複数分野にまたがり、分野別に単純集計するより個別のcitationを追う方が実態に合います。
Clarkを取ってもNobelを取らなかった大物たち
2005年以前の受賞者だけを見ても、Kenneth E. Boulding、Zvi Griliches、Dale W. Jorgenson、Martin S. Feldstein、Jerry A. Hausman、Sanford J. Grossman、David M. Kreps、Lawrence H. Summers、Andrei Shleifer、Matthew Rabin、Steven Levittなど、経済学へ大きな影響を与えながら2026年9月時点でNobel未受賞の研究者がいます。
Clarkは40歳未満までの研究成果を評価し、Nobelは後年に特定の発見や長期的貢献を評価します。目的も時点も違います。Nobelは原則として発表前に亡くなった人物を授賞対象外とするため、歴代Clark受賞者の比較には生存期間という制度上の条件も影響します。
2009年になぜ隔年から毎年へ変わったのか
AEAは2009年に授賞頻度を見直し、2010年以降は毎年授与する方式へ移りました。背景には、1947年の創設時より経済学界とPhD取得者の規模が大きくなり、各世代からClark受賞者となる割合を創設当初に近づける考えがありました。同時に、頻度を上げた場合の賞の価値への影響も議論されました。
制度変更はNobel比率の分母へ直接影響します。2010~2026年だけで17人が受賞しました。その多くは受賞から21.1年未満です。「毎年化で近年の受賞者が増えた」ことと「Nobelまで長い時間がかかる」ことが重なり、全48人での単純比率は下がりやすくなっています。
1953年は受賞者なし――Clark Medal自体も揺れた70年史
Clark Medalの権威は創設後しばらく不安定でした。Beatrice CherrierとAndrej Svorenčíkの2020年の経済学史研究によると、創設後20年間に賞は3回ほど廃止寸前になり、1953年は実際に「No Award」となりました。
当初の賞には、経済学者の専門性を他分野の科学者、政策担当者、一般社会へ示す役割も期待されていました。初期は理論研究者が多く、後には実証・政策研究者の受賞が増えています。誰を「優れた経済学者」とみなすかという学界の変化自体が、Clark Medalの歴史へ映っています。
同研究が対象とした当時の40人では、24~25人がHarvard、MIT、ChicagoのいずれかでPhDを取得したか、受賞時に勤務していました。この24~25人という数字は当時の40人に限った集計で、研究拠点の集中という学界構造を考える材料になります。
2026年最新受賞者Ludwig Straubを今「非Nobel」と数える意味
2026年のClark MedalistはHarvard UniversityのLudwig Straubです。AEAは、異質な家計や主体をマクロ経済モデルへ組み込み、貯蓄行動、金利、金融政策、部門間波及、所得・資産分布を分析した研究を評価しました。
2026年9月時点でStraubのClark受賞からは数か月です。2025年Stefanie Stantcheva、2024年Philipp Strack、2023年Gabriel Zucman、2022年Oleg Itskhoki、2021年Isaiah Andrews、2020年Melissa Dellにも同じ時間差があります。
表の「Nobel未受賞」は2026年9月1日時点の状態を示します。平均21年かかる関係の長期実績を測るとき、受賞直後の研究者を成熟した過去世代と同じ重みで分母へ入れると比率は低く出ます。論点は、観察期間の違いが比率へ与える影響です。
結局「ノーベル経済学賞への登竜門」と呼んでよいのか
Clark Medalとノーベル経済学賞は独立した選考制度です。Nobel選考にClark受賞者向けの優先権・推薦枠という制度はなく、両賞は別々に選考されます。
一方、1947~2026年の48人から15人が2025年までにNobelへ進み、受賞後20年以上たった過去世代では48.3%、30年以上では54.2%が到達しています。2000年代に広まった「約40%」にも当時の実績という根拠がありました。
「登竜門」を「若手時代の卓越した研究を捉え、後のNobel受賞者を歴史的に多数輩出してきた賞」という比喩として使うなら、データはその評価をかなり支えます。同時に、一流のClark受賞者が多数Nobel未受賞であること、ClarkとNobelでは評価時点と目的が違うことも、この比喩の限界です。
主な公式・研究資料
- American Economic Association:John Bates Clark Medal
- AEA:Ludwig Straub, Clark Medalist 2026
- MIT News:Acemoglu wins Clark Medal(2005)
- MIT News:Esther Duflo wins Clark medal(2010)
- NobelPrize.org:Economic Sciences laureates
- Cherrier & Svorenčík, Defining Excellence: Seventy Years of the John Bates Clark Medal

