東新町氷川神社の歴史|上板橋村の鎮守と1000点を守る郷土資料館

板橋区東新町二丁目の氷川神社は、かつての上板橋村で鎮守として祀られてきた神社です。境内には、地元の有志が昭和46年(1971)に建てた郷土資料館があります。館内に残る農具や生活道具は1,000点余り。江戸時代から昭和までの村の暮らしを伝える資料として保存されています。

旧上板橋村の鎮守として続いた氷川神社

氷川神社は旧上板橋村の字上ノ根に鎮座し、地域の祭礼を支えてきました。祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)で、創建年代は明らかになっていません。江戸時代の上板橋周辺には畑作を営む村々が広がり、川越往還を通じて野菜などの農産物が江戸へ運ばれました。

東新町の氷川神社は、農村であった時代の地域社会と結び付いた神社です。昭和期に住宅地が広がっても、神社と祭礼の場は同じ地域に受け継がれました。

昭和40年代の宅地化と暮らしの道具の変化

昭和40年代以降、上板橋の農地は宅地へと姿を変えていきました。農業をやめる家が増え、古い母屋や納屋が建て替えられると、農具や家事道具も使われなくなりました。稲作や畑仕事の道具だけでなく、衣類の保管、調理、家の行事に使う道具も処分されていきました。

生活の変化が進むなか、地域の有志は古い道具を集めて残す活動を始めました。昭和46年(1971)8月、氷川神社の境内に郷土資料館が建てられ、寄せられた資料を収蔵する場所が整えられました。

1,000点余りの農具・生活用具

資料の大半は氷川神社の氏子の範囲から集められ、江戸時代から昭和期に用いられた道具が1,000点余りに達します。衣食住に関わる道具がおよそ300点、生業に関わるものがおよそ285点、社会生活に関わるものがおよそ250点など、用途ごとに多様な資料があります。

収蔵品には、農作業に使った器具のほか、嫁入りの際に曳いてきた車輪付きの箪笥なども含まれます。道具の形や使い方には、家庭での仕事の分担、農家の収納や運搬の工夫、婚礼の習慣が残されています。現在では見慣れない道具も、かつての上板橋では毎日の生活に使われていました。

昭和59年の文化財指定

昭和59年(1984)12月20日、資料館の収蔵品一括は板橋区の有形民俗文化財に指定されました。地域の暮らしを支えた道具がまとまって残り、集められた地域も比較的はっきりしているため、農村から住宅地へ変わった過程を調べることができます。

個々の道具の制作年代や用途に加え、何を残すべきだと考えて住民が収集したかという昭和期の活動も、郷土資料館の成立を考えるうえで重要です。保存された資料は、地域の暮らしの変化を記録しています。

所在地と見学方法

氷川神社の所在地は板橋区東新町2-16-1です。東武東上線ときわ台駅から徒歩約12分の場所にあります。郷土資料館の見学には事前の連絡・予約が必要です。訪問方法は神社または板橋区の文化財案内で確認してください。近くの安養院や常盤台住宅地などについては、常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財で紹介しています。

参考資料