若木稲荷神社の歴史|1885年の「四季農耕図」絵馬と中台村の農業

板橋区若木一丁目の稲荷神社には、明治18年(1885)に奉納された「四季農耕図」絵馬が伝わっています。一年を通した農作業が順を追って描かれ、田畑が広がっていた旧中台村の暮らしを伝える文化財です。現在の住宅地に残る神社から、江戸時代から明治時代にかけての農村の姿をたどることができます。

旧中台村の鎮守と稲荷信仰

稲荷神社は板橋区若木1丁目13番付近に鎮座します。江戸時代には中台村の鎮守で、中台の延命寺が別当として神社の管理に関わっていました。神社の創建年代は分かっていません。境内には稲荷大神が降臨したという伝承があり、かつて「稲荷渡」と呼ばれた場所に関わる由緒が伝わっています。

鎮守は村の人々が祭礼を行い、収穫や家内の平穏を祈る神社です。旧中台村では田畑を利用した生活が続き、農作業の節目と神社の祭りが結び付いていました。現在の若木という町名が使われる以前の地域史を知る場所でもあります。

1885年に奉納された「四季農耕図」絵馬

「若木稲荷神社『四季農耕図』絵馬」は、明治18年(1885)に氏子の中台東組が奉納しました。田を荒起こしするところから、代かき、苗取りなどの作業を経て、収穫後の祭りに至るまで、一年の営みが絵の中に配置されています。

絵馬は神仏への祈願や感謝を込めて奉納する絵入りの額です。四季農耕図の場合、何を祈ったかという信仰の記録に加え、農具の使い方や人々の作業、季節ごとの仕事を読み取ることができます。農作業を一連の場面として描くことで、田植えや収穫だけでなく、その前後に必要な仕事も記録されています。

村の暮らしを残す区指定文化財

絵馬は昭和59年(1984)に板橋区指定有形文化財となりました。文化財としての名称は「若木稲荷神社『四季農耕図』絵馬」です。奉納年と奉納者のまとまりが分かり、明治時代の農業と村の信仰を同時に知ることができる資料です。

近代の都市化によって、中台・若木周辺の田畑は住宅地へ変わっていきました。かつての土地利用は現地の街並みから把握しにくくなっていますが、絵馬には当時の人々が日常的に行っていた作業が描かれています。絵馬の保存によって、村の農業を具体的な場面から調べることができます。

境内のムクの木と見学

境内には「稲荷越の大木」と親しまれたムクの木があり、板橋区登録の天然記念物「稲荷神社のムク」として知られています。神社の樹木も、旧中台村から続く地域の風景を伝えるものです。所在地は板橋区若木1丁目13番付近です。

「四季農耕図」絵馬の拝観は、通常の境内参拝と区別して確認してください。文化財の撮影・見学には所有者の承諾が必要です。公開日や展示場所は板橋区の案内で確認してください。周辺の遺跡や寺社の歴史は、常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財にもまとめています。

参考資料