台湾、朝鮮半島、大連などには、日本の統治・支配下で建設され、戦後80年以上を経ても使われている鉄道、ダム、発電所、空港、橋があります。残り方は、当時の施設・設備が運用される例、戦後の改修を重ねて同じ機能を継承する例、場所や路線を引き継ぐ例に分かれます。
台湾・朝鮮は植民地、関東州は租借地で、法的地位が異なります。地域ごとの制度は日本の旧外地行政庁とは何かで整理しています。
日本統治期インフラ10選を一覧で見る
| 施設 | 地域 | 成立・完成 | 現在の用途 | 継承の形 |
|---|---|---|---|---|
| 烏山頭水庫・嘉南大圳 | 台湾 | 1920~1930年 | 灌漑・水利 | 改修継承 |
| 日月潭水力発電・大観発電所 | 台湾 | 1934年 | 水力発電 | 改修継承 |
| 天送埤発電所 | 台湾 | 1922年 | 水力発電・灌漑 | 原形継承 |
| 阿里山林業鉄路 | 台湾 | 1912年開業 | 旅客・観光鉄道 | 改修継承 |
| 彰化扇形車庫 | 台湾 | 1922年 | 鉄道車両の運転・検修・調度 | 原形継承 |
| 台北松山空港 | 台湾 | 1936年 | 民間・公用航空 | 場所・機能継承 |
| 清平水力発電所 | 韓国 | 1943年 | 水力発電 | 改修継承 |
| 影島大橋 | 韓国 | 1934年 | 道路橋 | 復元・改修継承 |
| 水豊ダム・水力発電所 | 北朝鮮・中国国境 | 1938~1944年 | 水力発電 | 改修継承 |
| 大連の路面電車201路 | 中国・大連 | 1909年開業 | 都市交通 | 路線・車両系譜継承 |
「原形継承」は当時の施設・設備が現在の運用に直接関わる例、「改修継承」は修理・増設・機器更新を重ねて同じ場所と機能が続く例、「場所・機能継承」は場所や交通機能を引き継ぎ、設備の多くが戦後に更新された例です。
1.烏山頭水庫・嘉南大圳|台湾
嘉南大圳は1920年に着工し、1930年に完成した大規模な灌漑システムです。烏山頭水庫、幹線・支線水路、取水・排水施設を組み合わせ、嘉南平原へ水を送ります。台湾農業部農田水利署は、現在も雲林・嘉義・台南地域の農業灌漑で重要な役割を担うと説明しています。
烏山頭水庫と水路網は現在も農業用水を供給し、戦後も補修・改良が続いています。計画・建設を率いた八田與一、工事の犠牲者、農民の費用負担や作付け制度については八田與一と嘉南大圳・烏山頭ダムの解説で詳しく扱っています。
2.日月潭水力発電・大観発電所|台湾
台湾総督府は1919年に日月潭水力発電計画を進め、台湾電力株式会社が建設を担いました。濁水溪から日月潭へ水を導き、水社壩・頭社壩で貯水し、高低差を利用して発電する大規模な水力発電システムです。1934年に完成した門牌潭発電所は日月潭第一発電所を経て、戦後に大観発電所と改称されました。
戦後に修復、設備更新、増設が行われ、現在も日月潭を調整池として利用する水力発電の骨格と発電所の系譜が続いています。
3.天送埤発電所|台湾
宜蘭の天送埤発電所は1922年に運転を始めました。台湾電力の2025年の資料では、宜蘭で現在も運転する最古の発電所とされ、発電後の水は安農溪へ流れ、三星郷や冬山郷などの農地を灌漑しています。
台湾電力の電業文物資料によると、1922年に設置された電業社製の水車3基は現在も安定して稼働しています。発電所の用途と初期設備の一部が100年以上にわたって引き継がれています。
4.阿里山林業鉄路|台湾
阿里山林業鉄路は、阿里山の森林資源を運び出すため日本統治期に建設されました。1912年に嘉義から二万平までが正式に開通し、1914年に沼平まで延伸されました。木材輸送を目的に始まった鉄道は、戦後に旅客・観光輸送へ役割を変えました。
林業保育署阿里山林業鉄路及文化資産管理処は現在も本線・支線を運営しています。線路、車両、橋梁は更新を受けながら、山岳鉄道の路線と機能を継承しています。
5.彰化扇形車庫|台湾
彰化扇形車庫は1922年に建設されました。中央の転車台から放射状に線路を延ばし、機関車を車庫へ出し入れする施設です。保存された鉄道遺産であると同時に、現在も彰化機務段の業務施設です。
台湾鉄路は、現在も動力車両の運転・検修・調度を行い、転車台も日々の運転調度に応じて使用すると案内しています。日本統治期の鉄道施設が同じ系統の用途で運用される例です。
6.台北松山空港|台湾
現在の台北松山空港は、1936年に開設された台北飛行場を起源とします。同年には日本航空輸送による台北と日本を結ぶ定期航空輸送が始まり、台湾島内の定期路線も開かれました。戦後は軍民共用空港となり、現在も台湾国内線と東京・上海・ソウルなどへの国際線が発着しています。
1960年代以降に大規模な拡張が行われ、滑走路やターミナルも更新されました。日本統治期に開設された飛行場の場所と航空拠点としての機能が、戦後の改築を経て引き継がれています。
7.清平水力発電所|韓国
清平水力発電所は朝鮮半島の漢江水系に建設され、1943年に完成しました。韓国水力原子力の現行資料では、設備容量140.1MWの現役発電所として掲載されています。
戦後に発電機の増設や性能改善が行われ、2014年には1・2号機の性能改善工事が実施されました。1943年のダム・発電所を起点に、設備を更新しながら同じ場所で水力発電を続けています。
8.影島大橋|韓国・釜山
釜山の影島大橋は1934年に完成した道路橋です。釜山中心部と影島を結び、船を通すため橋桁を持ち上げる跳開橋として造られました。朝鮮戦争期には、避難民が離散した家族との再会を待つ場所にもなりました。
跳開機能は1966年に停止し、2013年の復元・拡幅工事で復活しました。釜山市によると、現在も道路橋として使われ、土曜日には跳開が行われています。
9.水豊ダム・水力発電所|北朝鮮・中国国境
水豊ダムは鴨緑江に建設された重力式コンクリートダムです。1938年に着工し、1944年に完成しました。朝鮮総督府と満洲国側の共同事業として進められ、日本窒素肥料が開発を主導しました。朝鮮北部と満洲の工業化に必要な電力を供給する大規模事業でした。
朝鮮戦争による被害の後に修復・増強され、1953年には北朝鮮と中国が共同管理する組織を設立しました。韓国学中央研究院の資料では、現在も両国による共同管理・運営が続いています。
10.大連の路面電車201路|旧関東州
大連の路面電車は1909年に開業しました。当時の大連は、日本がロシアから租借権を引き継いだ関東州に含まれていました。関東州は租借地で、台湾や朝鮮とは制度上の位置づけが異なります。
201路は現在も大連の都市交通として運行されています。大連博物館は、201路で1935~1938年に日本の鉄道車両メーカーが製造した3000型車両が使われてきたことを紹介しています。車体・機器は長年にわたって改造・更新され、路線と車両の系譜が現在の公共交通に残っています。
「いまも使われている」の中身は同じではない
天送埤発電所や彰化扇形車庫では、日本統治期の施設・設備が現在の運用に直接関わっています。嘉南大圳、日月潭水力発電、清平水力、水豊ダムでは、基幹施設や機能を受け継ぎながら補修・増設・機器更新が重ねられました。松山空港では、飛行場の場所と航空拠点としての役割が継承されています。
現在の運用は、戦後に各地域で続けられた維持管理、改修、増設によって支えられています。
なぜ日本は各地でインフラを建設したのか
嘉南大圳は農業生産の拡大、日月潭や朝鮮半島の水力発電所は産業用電力の確保、阿里山林業鉄路は木材輸送、大連の路面電車は都市交通を担いました。これらの事業は、植民地統治、資源開発、産業政策、軍事・物流政策とも結びついていました。
水利・交通・電力の利用が広がる一方、土地利用や農業経営の統制、労働負担、資源移出を伴った事業もあります。各地域の統治制度は旧外地行政庁の解説、植民地期を現在の中国・韓国・台湾がどう教えているかは中国・韓国・台湾の歴史教科書比較で扱っています。
関連情報:泰緬鉄道は同じ分類に入るのか
泰緬鉄道は、日本軍が1942~1943年にタイと当時のビルマを結ぶ軍事輸送路として建設した鉄道です。連合軍捕虜と多数のアジア人労働者が動員されました。タイと当時のビルマは、台湾・朝鮮とは日本との法的関係が異なりました。
戦後に路線の多くが廃止され、タイ側のカンチャナブリーからナムトック方面では旧線の一部が鉄道として利用されています。植民地統治下の社会基盤とは成立事情が異なる、戦時占領・軍事輸送インフラの継承例です。
現在は使われていないが紹介したい施設
旧ソウル駅舎は1925年に京城駅として完成し、現在は文化施設「文化駅ソウル284」として保存されています。台北水道水源地の旧ポンプ室は1908年完成で、現在は台北自来水博物館です。近代交通と水道の実物を伝える施設として残されています。
華川水力発電所は韓国水力原子力が現在運用する発電所で、ダムの完成年は1944年です。1・2号機は日本統治期、3・4号機は戦後に完成しました。清平水力と同じく、設備更新を重ねながら発電機能が続いています。
よくある質問
日本統治期の施設が当時の姿のまま使われているのですか?
彰化扇形車庫や天送埤発電所では、当時の施設・設備の一部が現在も運用されています。ダム、発電所、空港、鉄道では、戦後の修理・更新・増設を受けながら機能を継承する例が多くあります。
これらはすべて日本の植民地に造られた施設ですか?
台湾と朝鮮、南樺太、関東州、南洋群島では統治の根拠と制度が異なりました。大連を含む関東州は租借地です。
インフラ整備は現地のために行われたのですか?
生活や産業に利用された施設がある一方、建設目的には植民地経営、商品作物の増産、資源開発、工業化、輸送、軍事上の必要も含まれました。目的、費用負担、労働、戦後の利用は施設ごとに異なります。
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