西台天祖神社の歴史|1883年の井戸掘り絵馬と大山講・伊勢講の記録

板橋区西台二丁目の西台天祖神社は、江戸時代に神明社と呼ばれた西台村の鎮守です。神社に残る絵馬の中には、明治16年(1883)に奉納された「井戸掘り絵馬」があります。井戸を掘る仕事の様子を描いた絵馬として板橋区内で唯一確認されており、明治の暮らしと地域の技術を伝える文化財です。

西台村の鎮守としての歴史

西台天祖神社の創建年代は分かっていません。江戸時代には神明社と称し、西台村と周辺の人々が祭礼を行う場所でした。村人は日々の仕事とともに神社へ願い事を託し、絵馬や扁額を奉納しました。これらの奉納物が、暮らしや祭りの歴史を残しています。

25点の絵馬と15点の扁額

調査で確認された絵馬は25点です。明治時代の作が10点、大正時代の作が1点あり、残り14点は明治から昭和期の制作と考えられています。人々が神前で祈る姿を描いた絵馬のほか、神功皇后と武内宿禰や歌舞伎の「勧進帳」を題材にしたものもあります。

扁額は15点確認され、明治16年(1883)から平成2年(1990)までに制作されたものです。神社の社号を刻むものや、伊勢神宮・相模国大山への参詣を記念したものが含まれます。奉納品の年代と図柄を比べると、明治から平成まで続いた信仰や行事を知ることができます。

上総掘りを描く1883年の井戸掘り絵馬

井戸掘り絵馬には、長い道具を使って深い地中から水を得る「上総掘り(かずさぼり)」の仕事が描かれています。上総掘りは竹などを使った掘削の技術で、職人が装置を操作して地下水を探る方法です。絵馬には作業の様子が細かく表されており、当時の井戸工事の技術を調べることができます。

この絵馬を奉納したのは、西台村で井戸掘りを仕事としていた人物です。井戸は村の家々で飲み水や生活用水を確保するために必要でした。井戸掘りの職人が活動していたことは、西台の農家や住民が必要とした水をどのように得ていたかを考える手がかりとなります。

伊勢講と大山講が残した参詣の記録

神社に伝わる扁額には、西台の人々が組織した伊勢講・大山講の参詣記念があります。講は同じ信仰を持つ人々の集まりで、旅費を助け合いながら神社や霊山へ参詣しました。遠方の伊勢神宮や大山での経験を、帰郷後に扁額として奉納したものです。

井戸掘りの絵馬には村の仕事が、参詣の扁額には村を越えた旅の記録が残されました。生活の技術と宗教的な集まりの両方が伝わる資料群は、平成29年(2017)3月29日に板橋区登録有形民俗文化財となりました。

所在地と見学

所在地は板橋区西台2丁目6番29号です。絵馬や扁額は神社が所蔵する文化財で、一般公開の状況は祭礼や行事によって異なります。見学の際は神社の案内に従ってください。周辺の発掘調査や寺社については、常盤台・前野・西台周辺の歴史と文化財も参照できます。

参考資料