2026年10月24日から国立西洋美術館で開催される「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」は、テート美術館所蔵を中心とするJ.M.W.ターナーの油彩・水彩80点超を通して、英国風景画の巨匠が追究した光、大気、自然の力をたどる展覧会です。さらにマーク・ロスコ、バーネット・ニューマン、オラファー・エリアソン、ヴォルフガング・ティルマンスら現代・20世紀の作家を併置し、ターナーの表現を現代の視点から読み直します。
入口になる言葉が「崇高」です。山岳、雪崩、荒海、闇、巨大な光景の前で、人間が自分の小ささを意識するような驚きや畏怖を含む美的経験を指します。ターナーの絵で空や海の境界が崩れ、人物や船が光や霧に溶けていく表現も、この言葉から理解しやすくなります。
※アイキャッチはJ.M.W.ターナー《戦艦テメレール号》(1839年、ナショナル・ギャラリー所蔵)の参考画像です。本展出品作ではありません。
ターナーはなぜ「光の画家」と呼ばれるのか
ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851)は、ロンドンに生まれた英国ロマン主義を代表する画家です。14歳でロイヤル・アカデミー附属美術学校に入り、1790年から水彩、1796年から油彩を同アカデミー展に出品しました。初期には地形や建築を明確に描く地誌的な水彩で評価を得ています。
その後のターナーは、対象の輪郭を正確に写すこと以上に、光によって風景がどう変わるかを追究しました。水面の反射、朝夕の霞、雲の厚み、雨や海しぶき、遠景を覆う大気までを絵画の主要な要素として扱います。ナショナル・ギャラリーがターナーを「光の画家」と紹介するのも、鮮明な色彩そのものより、光が形や距離、空間の見え方を組み替える表現が画業の中心にあるためです。
ターナーは17世紀の風景画家クロード・ロランを生涯にわたって研究し、光に満ちた理想風景の構成を学びました。その上で現地スケッチと水彩の技法を油彩へ持ち込み、輪郭を削り、色の層や拭き取り、にじみを使って、風景を「物の集まり」から「光と大気の現象」へ変えていきました。
「崇高」とは何か―美しい風景との違い
18世紀英国で「崇高」を考えるうえで大きな影響を与えたのが、エドマンド・バークの『崇高と美の観念の起原』です。バークは、美が小ささ、滑らかさ、繊細さ、明るさなどと結びつくのに対し、崇高は巨大さ、力、暗さ、曖昧さ、恐怖を呼び起こすものと結びつくと考えました。現実の危険から一定の距離を保ちつつ圧倒的な力を感じるとき、恐れと快が混ざるような経験が生まれます。
この区別をターナーに当てはめると、どこに注目するかが明確になります。山は人をのみ込みそうな質量として描かれ、海は船や人間の営みを消し去りかねない力として現れます。光は形を溶かし、視界そのものを不安定にする現象になります。
第2章の《グリゾン州の雪崩》(1810年展示)は、その見方をつかみやすい作品です。画面を支配するのは、人物の物語よりも崩れ落ちる雪と岩の運動です。人間の尺度を超える自然を前にしたとき、画面の中心は「何が描かれているか」から「どれほど大きな力にさらされているか」へ移ります。
嵐・海・雪崩―自然の恐怖を絵にする
ターナーはアルプスの雪崩、荒れる海、難破、捕鯨、燃える都市など、安定した日常が崩れる場面に繰り返し向き合いました。メトロポリタン美術館の研究解説でも、ターナーは同時代の生活にある「崇高」な側面に惹かれ、大きな感情を表現した画家として位置づけられています。
本展の第5章「荒れた海」では、《荒海と難破船》や《捕鯨船エレバス号に万歳! もう一頭獲ったぞ!》などが紹介されます。海と空の境界が薄れ、船や人の形まで溶けかける画面では、自然と人間の力関係が逆転しています。公式解説によれば、ターナーが残した作品群では海景が大きな比重を占め、海は人間の営みと自然の力が衝突する場所として繰り返し現れました。
さらに本章では《奴隷船》のイメージと、オトリス・グループの映像作品が結びつけられます。ここで海は、奴隷貿易、移動、搾取、金融資本主義といった歴史を抱える空間として扱われます。ターナーの「崇高」は自然への驚異だけで完結せず、人間社会の暴力や近代化とも交差します。
形が消え、光と大気が主役になる
晩年のターナーを見ると、建物、船、人物などの輪郭はさらに弱まり、色面、霞、光の渦が前面に出てきます。第6章では海面、雲、海しぶき、波頭を記録したスケッチと油彩を組み合わせ、同じ海が刻々と変化する様子を追います。固定した一場面を完成させるというより、変化し続ける現象をどう画面に留めるかが課題になっていきます。
第7章「根源的崇高――後期ターナーという問題」では、《荒海とイルカ》《三つの海景》など、光と大気へ強く集中した作品が中心になります。後世から見ると抽象画を思わせます。出発点は、海、空、霧、光といった現実の観察でした。対象を見続けた結果、物の輪郭より見る経験そのものが前に出てきます。この流れが後期作品を理解する手がかりになります。
80点超でたどるターナーの変化
本展は、初期から晩年までの油彩・水彩80点超を通して、ターナーの変化を「具象から抽象へ」という一方向の流れより広く捉えます。若い頃から英国各地を歩いて地形を観察し、1802年には初めて英国外へ旅し、アルプスなどを描きました。イタリア、ライン地方、スイスなどへの旅行では多数のスケッチを残し、現地観察をロンドンのアトリエで油彩や水彩へ展開しています。
同時に、ターナーは歴史画や古典絵画の権威を強く意識していました。第3章ではティツィアーノ、クロード・ロラン、リチャード・ウィルソンらの記憶をもつ歴史画が扱われ、第4章では1819年、1833年、1840年の三度訪れたヴェネツィアが中心になります。古典的な構図を学びながら、現地で見た光や水の変化を重ねることで、伝統の内側から絵画を変えていきました。
1851年の死後、ターナーが国家へ遺贈した膨大な作品群は、今日のテート・ブリテンが世界有数のターナー・コレクションをもつ基盤になりました。ナショナル・ギャラリーによれば、遺贈全体は約300点の油彩と約3万点の素描・水彩を含みます。本展では80点超を通して、代表作に加え、観察、試行、反復の積み重ねまで追えます。
なぜロスコやエリアソンと並べるのか
現代作家との併置は、直接的な影響関係の証明よりも、共通する問いの比較に重点があります。自然の巨大さ、光、色、歩行、気候、海に刻まれた歴史などを、別の時代の作家が異なる方法で扱う構成です。
第1章では、自然のなかを歩き、その行為自体を作品化するリチャード・ロングが登場します。第2章では、ターナーが描いたメール・ド・グラス氷河と、オラファー・エリアソンが1999年と2019年に同じ氷河を記録した写真シリーズが並びます。19世紀の風景は、21世紀には気候変動を記録する場所として読み替えられます。
序章では、日食の記録像の反射光を用いたケイティ・パターソンのインスタレーションが、ターナーの月光や日食への関心と結びつきます。最終章では、マーク・ロスコとバーネット・ニューマンがターナーと並びます。巨大な自然景観を直接描かなくても、色と光が鑑賞者の視野を包み込み、見る行為そのものを揺さぶる点で、「抽象的崇高」という20世紀の議論へ接続されます。
出品作家にはピーター・ドイグ、ハワード・ホジキン、リサ・ミルロイ、コーネリア・パーカー、ヴォルフガング・ティルマンス、ジェシカ・ウォーボイズらも含まれます。同じ問いを異なる素材、時代、社会状況から見直す点が、本展の特徴です。
序章+7章の展示構成を初心者向けに読む
展示は序章と7章で構成されます。章題を順に追うと、「光を見る」ことから始まり、英国の風景、山岳、歴史画、ヴェネツィア、荒海、海と空の観察を経て、晩年の根源的な光と色へ進む流れが見えます。
序章「暗い部屋」
《月光、ミルバンクでの習作》や日食のスケッチブックから、光と闇への関心を確認します。ケイティ・パターソンの作品も加わり、自然科学的な観察と現代の光の表現が最初から交差します。
第1章「はじまりの歩み、英国の風景から」
初期の英国風景を通して、ターナーが自然の形、色、光、大気を細かく観察していたことを見ます。山や湖へ実際に歩み入る姿勢は、リチャード・ロングの歩行を用いた芸術とも対照されます。
第2章「山々の内部へ」
1802年以降の大陸旅行とアルプスが中心です。《グリゾン州の雪崩》では自然の巨大な力が前景化し、エリアソンの氷河写真では約200年を隔てた環境の変化が視野に入ります。
第3章「歴史的崇高」
古典神話や歴史画を扱いながら、ティツィアーノやクロード・ロランなど先行画家の伝統をどう受け継ぎ、実験的な色や筆触へ変えたかを見ます。
第4章「崇高の都市、ヴェネツィア」
水面、空、建築が光のなかで溶け合う都市を扱います。最後の1840年滞在で描いた水彩と、その後に発表した油彩を比べると、現地観察が完成作へ変換される過程を追えます。
第5章「荒れた海」
難破、捕鯨、荒波を通して、海を自然と人間の力が衝突する場所として見ます。《奴隷船》とオトリス・グループの映像作品の対話では、海に埋め込まれた搾取と交易の歴史へ視野が広がります。
第6章「黙想、海と空を見つめつつ」
激しい嵐からいったん距離を取り、雲、海しぶき、波、光の微細な変化へ目を向けます。油彩と多数のスケッチをあわせて見ることで、ターナーの観察の細かさが分かります。
第7章「根源的崇高――後期ターナーという問題」
輪郭がほどけ、光と大気が画面を支配する後期作品を、ロスコやニューマンと併置します。「抽象画の先駆者」という後世の見方にとどまらず、自然観察から出発した絵画がどこまで形を手放せるのかを見る章です。
開催概要
| 展覧会名 | テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話 |
|---|---|
| 会期 | 2026年10月24日(土)~2027年2月21日(日) |
| 会場 | 国立西洋美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園7-7) |
| 開館時間 | 9:30~17:30(金・土曜は20:00まで)※入館は閉館30分前まで |
| 休館日 | 月曜日、2026年11月24日、12月28日~2027年1月1日、1月12日 ※2026年11月23日、2027年1月11日は開館 |
| 当日料金 | 一般2,400円、大学生1,500円、高校生1,100円。中学生以下無料 |
| 前売料金 | 一般2,200円、大学生1,300円、高校生900円 |
| 主催 | 国立西洋美術館、テート美術館、朝日新聞社、テレビ朝日 |
観覧当日に限り、本展の観覧券で常設展も観覧できます。ただし2027年1月12日から2月21日までは常設展が閉室します。料金の減免条件などを含む最新情報は、国立西洋美術館の展覧会ページと展覧会公式サイトで確認できます。
同じ国立西洋美術館での鑑賞企画の記録として、「クロード・モネ没後100周年」を鑑賞した開催レポートと、「ほぼモネ展」を楽しんだ開催レポートもあります。展示内容は本展と異なりますが、上野の同館で西洋近代絵画に触れる関連記録として参照できます。
参考文献
- 国立西洋美術館「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」
- 「テート美術館 ターナー展――崇高の絵画、現代美術との対話」公式サイト
- 同公式サイト「展覧会構成」
- The National Gallery, “Joseph Mallord William Turner (1775–1851)”
- The National Gallery, “The Turner Bequest”
- The Metropolitan Museum of Art, “Joseph Mallord William Turner (1775–1851)”
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, “18th Century British Aesthetics”

