2026年10月29日(木)14時から、ゆる歴史散歩会では東京都文京区の根津神社を訪ね、境内の重要文化財を見学した後、東京文化財ウィークにあわせた社殿内部の特別拝観に参加する予定です。拝観は15時から。徳川綱吉が宝永3年(1706)に造営した社殿の建築様式と、境内に残る将軍家・文豪ゆかりの史跡が主な見どころです。
参加前の予習として、拝観で注目したい点と境内の歴史を整理しました。当日の写真や参加者の様子は、開催後に確認した内容を加えて記録します。
開催予定と見学の流れ
- 日時:2026年10月29日(木)14:00~15:30予定
- 集合:根津神社鳥居前(詳細はイベントチャットで案内)
- 予定:14:00集合、14:15境内文化財見学、15:00社殿特別拝観、15:30終了
- 拝観料:300円(社殿で各自支払い)
神社公式の特別公開は10月28~30日、各日10:00~10:20と15:00~15:20です。参加する回は15:00~15:20で、団体イベント全体の終了予定15:30とは時間が異なります。見学は神社の案内に従います。
根津神社の歴史|徳川綱吉と6代将軍家宣
根津神社の由緒によると、創祀は日本武尊(やまとたけるのみこと)が千駄木に祀ったという約1900年前の伝承にさかのぼります。室町時代の文明年間には、太田道灌が社殿を奉建したと伝えられています。古い社地は現在の境内とは別の千駄木にありました。
現在の神社が建つ土地は、3代将軍徳川家光の子・徳川綱重の屋敷地でした。その子の綱豊はここで生まれ、後に6代将軍徳川家宣となります。5代将軍徳川綱吉は綱豊を後継者として迎え、その産土神である根津権現を厚く祀りました。
宝永3年(1706)、綱吉は屋敷地を献納し、社殿を大規模に造営して根津権現を現在地に遷しました。本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門の7棟が一組として残り、国の重要文化財に指定されています。1945年には一部が戦禍で損傷し、戦後の修復を経て今日の姿に至っています。
正徳4年(1714)には家宣ゆかりの盛大な天下祭が行われました。神社が保管する大神輿3基は家宣の奉納とされ、将軍家とのつながりは祭礼にも受け継がれています。
特別拝観で見る「権現造」
根津神社の社殿は、拝殿(参拝する場所)、幣殿(拝殿と本殿を結ぶ部分)、本殿(神様を祀る奥の建物)が一体につながる権現造(ごんげんづくり)です。外から参拝する際には拝殿が正面に見えます。社殿内に入る特別公開では、外観だけで見るときよりも建物の奥行きや空間の連続性に注目できます。
江戸幕府の造営による朱漆塗り、飾り金具、木組みや天井まわりも見学の対象として興味深い部分です。どの場所まで入れるか、どの装飾を近くで鑑賞できるかは現地の案内によります。
三十六歌仙絵と和歌文化
神社の文化財紹介には、社殿内にある森村宜永筆「三十六歌仙絵」が掲載されています。三十六歌仙は、平安時代の藤原公任が選んだ優れた36人の歌人を指し、その姿を表す絵は和歌文化と神社の装飾が交わる題材です。今回の特別公開案内にも歌仙絵の写真が用いられていますが、当日鑑賞できる作品と展示範囲は現地で確かめます。
特別拝観以外の見どころ
楼門|随身像と漆塗りの建築
表参道から神橋を渡って向かう楼門は1706年造営の重要文化財です。神社は江戸の神社に現存する唯一の楼門と紹介しています。門に安置された随身像のうち、向かって右側は水戸黄門こと徳川光圀をモデルにしたとの伝承があります。随身像の表情と、柱・梁・軒を支える組物、漆の色彩を見比べます。
唐門・西門|異なる門の構造
唐門は屋根の両妻に唐破風(からはふ)を備える「平唐門」です。彫刻や飾り金具のほか、かつて天井に龍の墨絵が描かれていたという記録も伝わります。一方、西門は柱2本を主体とする棟門形式。豪華な唐門と簡潔な西門を比較すると、同じ境内でも門によって役割と造りが異なることを観察できます。
透塀|菱形格子と地中の基礎
社殿を囲む透塀(すきべい)は、菱形の格子越しに内側が見える構造です。総延長は約200m。根津神社によると近年の調査で地中約8mまで基礎工事が施されていることが分かりました。装飾の美しさに加えて、300年以上残る木造建築と基礎の技術にも注目します。
駒込稲荷神社|徳川綱重の屋敷の記憶
駒込稲荷神社は、根津神社が移転する前にこの地を占めていた徳川綱重の屋敷の守り神でした。屋根には徳川家の葵紋が残っています。1706年の造営以前から続く土地の歴史をたどれる場所です。
乙女稲荷神社と千本鳥居|池と舞台造り
奉納された朱色の鳥居が連なる参道は、乙女稲荷神社へ続きます。池を見下ろす舞台造りの社殿と、穴の中に設けられた祠が特徴です。古い記録では「穴稲荷」とも記されています。鳥居だけでなく、池の水面と舞台の高さ、祠の位置を合わせて見ると地形を生かした配置が分かります。
徳川家宣の胞衣塚|将軍の出生地
境内には、後の6代将軍家宣の胞衣(えな、胎盤)を納めたと伝わる塚も残ります。綱重の屋敷と家宣の出生、根津権現の遷座が一つの土地で結びつく史跡です。
文豪の石と森鷗外碑銘水
夏目漱石と森鷗外は根津神社の氏子で、境内を散歩した際に腰を下ろしたと伝わる「文豪の石」があります。また「森鷗外碑銘水」は、陸軍軍医監でもあった森鷗外(森林太郎)が日露戦争の戦勝記念に奉納した戦利砲弾の台座を転用したものです。砲弾は戦時中の金属供出で失われました。文学史と近代日本の軍事史が重なる場所です。
願掛けカヤの木と舞殿
境内のカヤの木には、白蛇が宿り願いをかなえたという伝承があります。舞殿は社伝神楽「三座ノ舞」などを奉納する場所です。社殿だけでなく、民間信仰と祭礼の営みにも目を向けます。
拝観時の注意とアクセス
根津神社の公式撮影案内では、社殿内や社殿前の石畳上での撮影を禁止しています。境内の写真も、参拝の妨げにならない場所・方法で撮影します。千本鳥居は奉納者の氏名などが写り込む場合があるため、公開写真では配慮が必要です。
所在地は東京都文京区根津1丁目28-9。東京メトロ千代田線「根津駅」「千駄木駅」、南北線「東大前駅」からそれぞれ徒歩約5分です。
根津・文京区をさらに歩く
以前のゆる歴史散歩会の記録として、東京大学本郷・弥生から根津神社へ歩いた開催レポート、根津神社のツツジと白山神社のフジを訪ねる散歩案内があります。根津の谷と街の地形を詳しく知るには、藍染川・谷田川の暗渠とへび道も関連します。
近隣の歴史スポットを自分で探す場合は、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリTimeWalkも利用できます。
