東京大学弥生キャンパス建築ガイド|農正門・農学部1〜3号館・弥生講堂を歩く

東京大学弥生キャンパスの農正門を入ると、右に農学部1号館、左に2号館、その先の正面に3号館が並びます。この配置は、門から主要校舎へ向かう見通しを意識した内田祥三のキャンパス計画です。1号館は1930年、2号館は1936年、3号館は1941年に完成しました。

本郷通りに面したこの敷地には、以前は第一高等学校がありました。農学部が駒場から移った1935年を境に、学校と建物の役割が変わります。戦後は木造の弥生講堂とアネックスが加わり、昭和初期の鉄筋コンクリート校舎と現代の木質構造を同じ敷地で見られるようになりました。

本郷地区全体の建築史は東京大学本郷キャンパス建築ガイド、内田祥三の建築意匠と復興計画は内田ゴシック建築完全ガイドに整理しています。

第一高等学校から農学部へ――1924年の敷地交換決定と1935年の移転

農学部の前身は明治初期の農学校で、長く駒場に校地を置いていました。一方、現在の弥生キャンパスには第一高等学校がありました。1924年には東京帝国大学と第一高等学校の敷地交換が取り決められ、1926年から農学部新校舎の建設が進みます。1934年に農学部移転を含む本郷拡張復旧計画が決定し、1935年7月17日に農学部の所在地を向ヶ岡弥生町へ正式に変更しました。

移転は校舎の完成を待ちながら段階的に進められました。農学部の沿革には、旧駒場側に実験室が残り、講義を受ける学生や教員が両キャンパスを移動した時期が記録されています。第一高等学校は代わりに駒場へ移り、旧制一高の本館・講堂・図書館などが建設されました。

内田祥三の配置計画――農正門・1号館・2号館・3号館

東京大学の東京都選定歴史的建造物の紹介は、農正門を入って右側に1号館、左側に2号館、正面奥に3号館が置かれ、「ヴィスタを重視する配置」であると記録しています。門からの視線が建物の正面へ集まり、左右の校舎が前庭を囲む構成です。建物の位置を先に確認すると、3棟を単独の校舎として見る場合とは異なる設計意図が分かります。

1937年の東京帝国大学本郷キャンパスと農学部の建物鳥瞰図
『東京帝國大學本部構内及農學部建物鳥瞰圖』1937年。東京大学農学生命科学図書館所蔵。

農学部1号館――1930年竣工、先に完成した校舎

農学部1号館は1926年8月に着工し、1930年2月に竣工しました。農学部の公式沿革は、内田祥三の震災復興計画に従って1・2・3号館が設計されたと説明しています。第一高等学校がまだ弥生の敷地で授業を行っていた時期に工事が進み、建設の騒音に苦労したことも一高側の記録に残ります。

門から見ると、1号館は道路に沿って右側の輪郭をつくります。ほぼ同時代に整備された本郷の校舎とともに、鉄筋コンクリート造の躯体と重厚な外観を用いてキャンパス景観の統一が図られました。

農学部2号館――1936年完成、門の左側を構成する

農学部2号館は1932年8月着工、1936年2月10日竣工です。同時期に1号館の増築も記録されています。1935年に移転した農学部にとって、2号館の完成は新キャンパスの研究・教育施設を整える過程に位置づけられます。

農正門――1937年の門と旧一高の記憶

農正門は1937年竣工。門・農学部門衛所・農学資料館を一組の建造物として、2024年に東京都選定歴史的建造物へ選定されました。東京大学の記録によると、この場所には第一高等学校の向陵正門がありました。敷地交換後に現在の農正門へ改められ、2003年の改修時には扉材に木曽檜が用いられています。

東京都は、本郷通りの曲がり角に位置する門を、周辺の街道景観とキャンパスの緑をつなぐランドマークとして評価しています。門を通過する前に通りから門衛所と資料館の配置を確認すると、正門が校地の外側にも向けて設計されたことが分かります。

農学部3号館――1941年の内田ゴシック

正門からの軸線を受け止める農学部3号館は1941年竣工です。内田祥三が設計した鉄筋コンクリート造、地上4階・地下1階の校舎で、2004年に東京都選定歴史的建造物となりました。農正門の選定は2024年で、建物と門では選定された時期が異なります。正面玄関には連続アーチが並び、上階の縦長窓と立ち上がる柱型が垂直方向を強調しています。

建物は農学部が弥生へ移転した後、最後に完成した主要校舎です。東京都は、関東大震災後の本郷キャンパスで採用されたゴシック系の意匠を踏襲した建築として評価しています。正門・1号館・2号館との関係に加え、近づいてアーチの柱の形と上部の壁面意匠を見ると、内田ゴシックの後期の表現が分かります。

東京大学弥生キャンパス農学部3号館の外観と連続アーチ
東京大学農学部3号館。撮影:BLKCRAYON/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。

1937年の野球場――戦前の大学スポーツ施設

弥生地区には1937年竣工の野球場観覧席・ダッグアウト・フェンスが残り、国の登録有形文化財になっています。講義室や研究室のほかに学生の運動施設も整えられていたことを示す遺構です。鉄筋コンクリート建築の主要校舎と並んで、大学の日常生活を支えた施設として位置づけられます。

弥生講堂一条ホール――2000年竣工の木造建築

弥生講堂一条ホールは農学部設立125周年記念事業として一条工務店の寄附で建設され、2000年3月に竣工しました。設計は香山壽夫建築研究所です。東京大学農学部の施設紹介によると、木造一部鉄骨造、地上2階、延床面積998.77平方メートルで、2002年の日本建築学会作品選奨を受けました。

カラマツの構造用集成材、スプルースの天井格子パネル、羊毛断熱材などを使用した省エネルギー・環境調和型の講堂です。一条ホールは固定椅子278席を備え、最大300人に対応します。主要な木質材料と断熱材は、農学部が建物完成後も研究対象として観察する計画でした。

弥生講堂アネックス――2008年の木質HPシェル

弥生講堂アネックスは2008年8月竣工。設計は河野泰治アトリエ、構造は東京大学大学院農学生命科学研究科の木質材料学研究室が担当しました。地上2階の木質構造で、延床面積は497.48平方メートルです。

セイホクギャラリー(定員80人)には、木質構造によるHP(双曲放物面)シェルを採用しました。研究棟の1階講義室(定員30人)では、国産ヒノキの105ミリ角の柱を密に並べ、柱と梁で一方向ラーメン構造をつくっています。

弥生キャンパスの主な建築年表

年建築・出来事確認する要点
1924東大・一高の敷地交換を取り決め弥生と駒場の役割を交換
1926農学部1号館着工一高の在校中から工事
1930農学部1号館竣工門の右側
1935農学部が弥生へ正式移転第一高等学校は駒場へ
1936農学部2号館竣工門の左側
1937農正門竣工、野球場施設整備門とスポーツ施設
1941農学部3号館竣工軸線の正面、連続アーチ
2000弥生講堂一条ホール竣工木造の講堂
2008弥生講堂アネックス竣工木質HPシェル
2024農正門が都選定歴史的建造物に街道と門の景観

建築を見て歩く順路

本郷通りから農正門を正面に見て、門衛所・農学資料館を確認します。門を入った位置で左右の農学部1・2号館を見比べ、正面の3号館まで進むと、設計された軸線と建物の配置を一続きに確認できます。3号館の正面階段からは連続アーチと柱型を近距離で見ることができます。

戦前の校舎を見た後に弥生講堂一条ホールとアネックスを訪れると、鉄筋コンクリート造から木質構造への技術の変化を比較できます。講堂・研究室などの内部利用は施設ごとに条件があるため、現地の掲示と東京大学の案内に従ってください。

参考資料