東京大学赤門の歴史と建築|加賀藩前田家の御守殿門から耐震改修まで

東京大学の赤門は、正式名称を「旧加賀屋敷御守殿門」といい、1827年に加賀藩前田家の上屋敷に建てられました。東京大学が創立した1877年より50年前の建築です。赤い塗装と中央の薬医門、左右の番所を備えた江戸後期の大名屋敷門が、大学の象徴として残されてきました。

2021年2月に耐震性の問題で閉鎖され、2025年11月から耐震改修工事が行われています。東京大学は創建200年と大学創立150年を迎える2027年の再開を目標としています。2026年10月現在、工事のため門には覆いと足場があり、通行止めとなっています。

赤門を含む加賀藩邸から現在までの建築史は東京大学本郷キャンパス建築ガイドにも掲載しています。

1827年――溶姫の輿入れと御守殿門の建設

加賀藩13代藩主・前田斉泰は1827年、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉の21女である溶姫を正室に迎えました。前田家では輿入れに先立つ1825年から、溶姫の住まいである御守殿と朱塗りの御守殿門の新築を進めていました。

明暦の大火以後、将軍家から三位以上の大名へ娘が輿入れする際には朱塗りの門を設ける慣習がありました。御守殿門は前田家の上屋敷に置かれた溶姫の住居への表門でした。

赤門の形――中央の門と左右の番所・繋塀

文化庁の文化遺産データベースは、赤門を「三間薬医門、切妻造、本瓦葺」、左右の繋塀と番所を伴う建造物として記録しています。中央の門だけでなく、番所と塀を含む全体が江戸後期の門構えを形成します。

中央には大きな屋根を掛け、その両側に塀と独立した番所を配します。番所は各桁行三間・梁間二間、前後に唐破風を備えています。赤い塗装と瓦屋根、番所の屋根曲線が、一般的な大学の通用門とは異なる外観をつくっています。

耐震改修前の東京大学赤門と左右の番所を含む門構え
東京大学赤門、2004年。撮影:Tomgally/Wikimedia Commons/Public Domain。

赤門が残した江戸の技術――焼失したら再建しない御守殿門

御守殿門には、将軍の娘の輿入れに伴う特別な門という性格がありました。東京大学の東大史Q&Aは、江戸時代に御守殿門が焼失した場合は再建を認められなかったと説明しています。赤門は、当時の御守殿門の姿と建築技術を現在まで伝える例として高く評価されています。

東京大学総合研究博物館は2017年に「赤門――溶姫御殿から東京大学へ」展を開催し、御守殿門の部材や修理史料、加賀藩邸の出土品などを紹介しました。門の建築史は、周辺の地下遺構とあわせて研究されています。

1877年――加賀藩邸から東京大学の門へ

加賀藩の上屋敷は明治維新後に官有地となり、1871年に大部分が文部省用地となりました。東京医学校は1876年に本郷へ移り、1877年の東京大学創設で赤門を含む敷地が大学の一部になります。

東京大学総合研究博物館によると、赤門は当初「西門」とも呼ばれ、1885年の公文書には「西門」を朱書きで「赤門」と訂正した例が残されています。江戸時代の大名屋敷の門が、大学の入口の名称として定着する過程を示す史料です。

1903年の移築――現在の位置へ15メートル移動

東京大学の文化財紹介によれば、赤門は1903年に現在の位置へ移されました。もともとは現在より約15メートルキャンパス内側にあり、明治30年頃から進められた医科大学の校舎建設に合わせて移築されたとされています。

1903年の移築後、赤門は本郷通り沿いに立つ大学の門となりました。1923年の関東大震災では屋根瓦がずれるなどの被害があり、1925年8月の写真には屋根や番所に草が生えた様子が残っています。修理後の1926年2月には門の外観が回復し、本郷通り側の番所前に白い石柱が設けられました。

1905年頃の東京帝国大学赤門の古写真
1905年頃の東京帝国大学赤門。Wikimedia Commons/Public Domain。

1931年――国宝指定と現在の重要文化財

赤門は1931年12月14日、旧国宝保存法による国宝に指定されました。文化庁の文化遺産データベースには同日が現在の重要文化財の指定年月日として掲載されています。1950年の文化財保護法施行後は重要文化財として扱われています。

門の文化財としての価値は、1827年の御守殿門の建築形式を番所や繋塀とともに伝える点にあります。現在も東京大学が所有する、江戸後期の大名屋敷建築です。

2021年2月の閉門――耐震診断の結果

東京大学基金の記録によると、耐震基礎診断で一部の耐震性能が低いことが判明し、2021年2月12日から赤門の通行が禁止されました。門をくぐって大学へ入る動線は閉鎖されています。

赤門は文化財建築であるため、建物の形を維持しながら耐震性能を向上させる必要があります。東京大学は修理と周辺の歴史環境の整備を進めるため、「ひらけ!赤門プロジェクト」を立ち上げました。

2025年11月からの耐震改修――屋根を軽くする

赤門の耐震改修工事は2025年11月に始まりました。瓦を土で固定する「土葺」から、釘などで固定する「空葺」へ変更して屋根を軽量化します。解体調査では、従来の屋根も瓦の中央部分だけに土を盛る「筋葺き」で、過去の修理で軽量化が図られていたことが確認されました。状態のよいサワラ材の屋根下地は、防腐処理を施して再利用する方針です。

歴史的な外観の修理に加え、地震で門全体が倒れる危険を抑えるための補強が行われています。東京大学は2026年3月の広報で、工事用の足場と覆いのため赤門の全体が見えず、工事期間は2027年秋頃までの予定と案内しています。

2027年の再開計画――創建200年と大学創立150年

赤門は2027年に創建200年、東京大学は同年に創立150年を迎えます。東京大学は赤門を再び通行できる状態へ戻すとともに、周辺を歴史環境を感じられる場所として整備する計画です。

大学の2026年3月の説明では工事完了の目安を2027年秋頃としています。2026年10月現在、赤門は工事中であり、再開は予定段階です。通行再開日や工事区域の変更は、東京大学の最新案内で確認する必要があります。

赤門の建築・保存年表

年出来事
1825御守殿と御守殿門の建設着手
1827溶姫輿入れ、赤門完成
1877東京大学創設、大学の門へ
1903約15メートル移築
1925修理工事の写真史料が残る
1931旧国宝保存法による国宝指定
2021耐震性能の問題で2月12日閉門
202511月に耐震改修工事開始
2027再開目標、創建200年

現地で確認できること

工事中は本郷通り側から赤門周辺の状況を確認できますが、門の全体は覆いで隠れています。2026年時点では赤門からの入構は停止されています。工事用の柵や作業区域には近づかず、大学の案内に従ってください。

建築の細部は、修理前の写真と文化庁の建造物データ、東京大学が公開する工事説明図を比べると、中央の門、左右の番所、瓦屋根の構成を確認できます。

参考資料