安田講堂の建築史|内田祥三・岸田日出刀と東京大学の象徴ができるまで

東京大学本郷キャンパスの正門から銀杏並木を進むと、赤茶色の外壁と中央に高くそびえる塔を持つ安田講堂が正面に現れます。正式名称は東京大学大講堂。1925年7月6日に竣工し、現在も大学の式典や学術行事に使われています。

設計の中心は建築家・構造学者の内田祥三で、岸田日出刀も参画しました。1923年の関東大震災を建設中に経験し、その後のキャンパス復興で整備された「内田ゴシック」の建築群と同じ意匠を用いています。国の登録有形文化財第1号として1996年に登録された建築です。

本郷全体の建築史は東京大学本郷キャンパス建築ガイド、内田が手がけた校舎との関係は内田ゴシック建築完全ガイドで確認できます。

1921年の寄附――安田善次郎と大講堂建設

東京大学基金の記録によると、安田講堂の建設計画は1921年、安田保善社の創設者・安田善次郎から110万円の寄附を受けて始まりました。安田は東京大学の建物に、重要な行事を行うにふさわしい講堂がないことを気にかけ、建設資金を提供しました。

「安田講堂」は寄附者の名に由来する通称で、大学の正式名称は「大講堂」です。東京大学文書館は、1925年の竣工記念絵葉書や建築関係史料を保存しています。

内田祥三の基本設計と岸田日出刀の参画

内田祥三は東京帝国大学の建築学科に学び、鉄筋コンクリート構造の研究を進めたのち、大学営繕を指導しました。安田講堂の基本設計を担当し、岸田日出刀が参画、施工は清水組が行いました。

建物の外観では、ゴシックの垂直性と表現主義的な造形を組み合わせています。文化庁は、赤茶色のタイル貼りと垂直方向に強い構成を評価しています。東京大学の文化財解説によれば、内田はケンブリッジ大学の門塔を着想源にしたとされています。

内部には柔らかなロマネスク風の造形があり、舞台付近の天井には曲線や幾何学模様を使ったアール・デコの要素もあります。東大の講堂では、外観の塔とアーチによる重厚さと、内部の異なる意匠が一体になっています。

関東大震災を経験した建設工事

安田講堂は1923年9月1日の関東大震災の時点で工事が進んでいました。東京大学の卒業式告辞に記された建築史によると、建設途中で大地震を受けましたが、大きな損傷はなく工事が継続されました。

同じ地震で、本郷構内の明治期の煉瓦造校舎や旧図書館は大きな被害を受けました。安田講堂の工事経験と震災後の復興は、東京大学が主要校舎を鉄筋コンクリートや鉄骨鉄筋コンクリートへ切り替える過程と重なります。旧図書館の被災と再建は東京大学総合図書館の建築史で詳しく追えます。

1925年7月6日竣工――鉄筋コンクリート4階建てと塔屋

安田講堂は1925年7月6日に竣工しました。文化庁の国指定文化財等データベースでは、鉄筋コンクリート造4階建て塔屋付き、建築面積1,818平方メートルと記録されています。外壁には赤茶色のタイルを使い、塔屋の垂直線が建物全体の印象を決めています。

1925年の第一・第二階平面図には、講堂の客席と周辺の室が描かれています。現在の建物の外観だけでなく、当時の設計図から人の出入りと客席の配置を確認できます。

1925年の東京帝国大学大講堂の第一階・第二階平面図
東京帝国大学大講堂(現在の安田講堂)の第一・二階平面図。東京大学総合図書館所蔵/Public Domain。

正門軸の終点――講堂の配置と内田ゴシック

東京大学正門は1912年竣工で、伊東忠太が設計しました。正門から銀杏並木を通った正面に安田講堂の塔を置くことで、門から大学の中心施設へ視線が通る構成が生まれました。

内田祥三は震災復興で、個々の建物だけでなく道路や広場、校舎の配置を同時に計画しました。安田講堂の赤茶色のタイルとゴシック系の意匠は、工学部列品館、法文1・2号館、総合図書館などへ展開しました。総合図書館は講堂と異なる淡褐色の外壁ですが、入口のアーチや柱型に共通した意匠が見られます。

講堂内部――客席と舞台、天井に残る意匠

東京大学の施設案内は現在の客席数を1,136席とし、1階728席、2階408席と記録しています。舞台と客席を大きな屋根で覆い、学内の式典や講演に使う大空間です。

2014年の改修では、落下防止のため天井を従来の約6分の1の重さの材料に替え、創建時の意匠を復元しました。遮光フィルムを取り除き、屋根裏の高窓に電動カーテンを設けて自然光を取り入れる計画も回復しています。内部の見学は行事や公開条件によって異なります。

1968~1969年の東大紛争と長期閉鎖

安田講堂は1968~1969年の東京大学紛争で、学生と機動隊の衝突の舞台になりました。建物は損傷し、紛争後は長期間閉鎖されました。講堂という本来の用途に加え、大学の自治や学生運動をめぐる戦後史とも結びついた場所になりました。

東大紛争後に長期間閉鎖されていた講堂は、1990年の大規模な修復を経て、1991年から卒業式で再び使われるようになりました。

1996年――登録有形文化財第1号

1996年12月20日、安田講堂は国の登録有形文化財に登録されました。文化庁の登録番号は「13-0001」で、登録基準は「造形の規範となっているもの」です。文化庁は、ゴシックおよび表現主義の影響を持つ垂直性の強い外観と、赤茶色のタイル貼りを特徴として挙げています。

2013~2014年の全面改修――耐震化と創建時の意匠

東京大学は2013年6月から2014年12月にかけて安田講堂の全面改修を実施しました。耐震性能の向上、防災機能の強化、バリアフリー化に加え、講堂内部を建設当初の計画に近づける改修が行われています。外観は変更せず、歴史的な姿を残しました。

2011年の東日本大震災での被害は軽微でしたが、天井などの耐震性能が改修の課題となりました。屋根の小屋組には補強用の鉄骨827本を追加し、既存材と区別できるよう新設材を灰色としました。窓枠にも従来のスチールと新しいアルミを組み合わせ、歴史的外観を保ちながら性能を更新しています。

安田講堂の建築史年表

年出来事建築上の要点
1921安田善次郎から110万円の寄附大講堂計画の財源
1923関東大震災建設中の講堂は大きな損傷を免れる
19257月6日竣工鉄筋コンクリート造、塔屋付き
1968~69東大紛争損傷と長期閉鎖
1988~94大規模修復大学行事での利用再開
1991卒業式再開講堂としての機能回復
1996国登録有形文化財に登録第1号、登録番号13-0001
2013~14耐震化を中心とする全面改修外観保存、内部の機能更新

現地で見るポイント

正門の外側から入って銀杏並木を進み、安田講堂の塔が道の正面に重なる位置を確認します。建物に近づくと、外壁タイルの色と貼り方、正面入口のアーチ、塔の縦線を見比べられます。講堂の左右からは塔屋の高さと低層部分の関係が分かります。

講堂内部は大学の式典・催事・利用許可によって入場条件が異なります。内部の見学を予定する場合は東京大学の施設案内や公開イベント情報を確認してください。

参考資料