美術館へ行っても、作品名と作者名を読んだだけで通り過ぎてしまう。そんな経験はありませんか。
西洋美術史は、年代や画家名を暗記するだけのものではありません。何が描かれているか、誰のために描かれたか、どこに目が導かれるか、光や色にどんな特徴があるか、筆触や絵具の跡が見えるか、前の時代と何が変わったかを比べると、時代の変化が一本の流れとして見えてきます。
東京・上野の国立西洋美術館は、後期ゴシックからルネサンス、バロック、ロココ、印象派、20世紀美術までを実物でたどれる場所です。この記事では、同館の所蔵作品を手がかりに、西洋絵画の時代区分と名画の見方を初心者向けに解説します。建物の成り立ち、松方コレクション、ル・コルビュジエによる世界遺産の本館、前庭のロダン彫刻も紹介します。
展示作品は入れ替わります。この記事で紹介する作品が訪問日に展示されているとは限りません。出かける前に、国立西洋美術館公式サイトの「展示中の作品」または所蔵作品検索をご確認ください。
- 西洋美術史をざっくり理解する|時代区分と大きな流れ
- 国立西洋美術館はどのように生まれたのか
- 建物そのものも世界遺産|国立西洋美術館の建築
- 作品を見る前に知っておきたい6つの観察点
- 後期ゴシックとイコン|絵は「見る聖書」だった
- ルネサンス|神の世界から人間と現実の世界へ
- マニエリスム|正しさよりも技巧と個性を見せる
- バロック|光、動き、感情の美術
- ロココと18世紀美術|軽やかさと優雅さ
- 19世紀前半|感情を描くロマン主義と現実を描く写実主義
- 印象派|物ではなく光の見え方を描く
- 印象派の後|画家たちは別々の方向へ進んだ
- 20世紀前半|現実の形を壊して組み直す
- 第二次大戦後|描かれた物より、行為や素材を見る
- 彫刻も見てみよう|ロダン作品の楽しみ方
- 国立西洋美術館で実際に作品を見る方法
- 初心者が混同しやすい美術用語
- まとめ|西洋美術史は時代ごとの変化を比べると面白い
- 参考文献
西洋美術史をざっくり理解する|時代区分と大きな流れ
西洋美術の時代区分は、ある年を境に全地域の画風が一斉に変わったという意味ではありません。新しい様式が生まれても、古い様式はしばらく残り、地域や注文主、画家によって異なる表現が同時に存在しました。それでも大きな流れをつかむためには、前半と後半に分けて眺めると分かりやすくなります。


- 後期ゴシックとイコン:信仰の対象や聖書の物語を、決まった形式と象徴で伝える。
- ルネサンス:古典古代を学び、人体や空間を現実らしく表す。
- マニエリスム:完成された写実を前提に、誇張や複雑な構図で技巧を示す。
- バロック:強い明暗、動き、感情によって見る人を場面へ引き込む。
- ロココと18世紀美術:宮廷や都市の社交文化を背景に、軽やかな色と親密な主題が広がる。
- ロマン主義と写実主義:感情や想像力を重視する方向と、同時代の現実を主題にする方向が現れる。
- 印象派:物の固有色より、光によって変わる見え方と一瞬の視覚を描く。
- 印象派以後の多様な展開:ポスト印象派、新印象派、象徴主義などへ分かれ、色、構造、感情、物語をそれぞれ深める。
- 20世紀前半:形を分解し、多視点や幾何学を用いて現実の表し方を問い直す。
- 第二次大戦後の美術:行為、素材、重力、抽象そのものを表現の中心にする。
後半の流れは、光の見え方を追った印象派から始まり、色・形・感情・構造へと関心が枝分かれし、20世紀には分解や抽象、さらに制作行為そのものへ展開したと捉えると理解しやすくなります。
注文主や鑑賞者も変化しました。教会や王侯貴族だけでなく、都市の市民、美術市場、美術館へと作品を支える人が広がり、宗教画に加えて肖像画、風景画、静物画、日常生活、抽象表現が重要になりました。
国立西洋美術館はどのように生まれたのか
松方幸次郎と松方コレクション
国立西洋美術館の出発点は、実業家・松方幸次郎がヨーロッパで集めた「松方コレクション」です。松方は第一次世界大戦期に川崎造船所を率い、1916年ごろから約10年間にわたって絵画、彫刻、版画、工芸などを収集しました。
目的は個人邸を飾ることだけではありません。日本の若い画家や市民が本物の西洋美術に触れられる場をつくろうとしていました。
松方が構想した共楽美術館
松方が構想した施設は「共楽美術館」と呼ばれました。「ともに楽しむ」という名のとおり、収集品を社会へ開く美術館を目指したものです。しかし、昭和金融恐慌で事業環境が悪化し、計画は実現しませんでした。日本へ届いた作品の一部は売却され、ロンドンに残された一部は倉庫火災で失われました。
戦争とフランスでの接収
パリに残されていた作品は、第二次世界大戦末期にフランス政府によって敵国財産として接収されました。戦後、サンフランシスコ平和条約によってフランス国有となり、日本へ自動的に戻る状態ではなくなります。
寄贈返還とは何か
日仏交渉の結果、フランス政府は作品群を日本政府へ「寄贈」する形で返すことを決めました。これが寄贈返還です。元の所有権をそのまま戻す通常の返還ではなく、フランス所有となった作品を新たに日本へ贈る法的な形式でした。一部作品はフランスに残されましたが、375点が寄贈返還されました。
1959年の国立西洋美術館開館
寄贈返還作品を保存・公開するため、1959年6月10日に国立西洋美術館が開館しました。松方が実現できなかった「本物の西洋美術を日本で共有する場」という構想は、形を変えて受け継がれたのです。
建物そのものも世界遺産|国立西洋美術館の建築
ル・コルビュジエとは
本館を設計したル・コルビュジエは、20世紀の近代建築を代表する建築家です。鉄筋コンクリートを用い、建物の用途、人の動き、光、標準化された寸法を組み合わせて、新しい建築のあり方を追究しました。
ル・コルビュジエの人物紹介
Le Corbusier(1887–1965)
スイス生まれでフランスを中心に活動した建築家・都市計画家。近代建築の理念を世界へ広め、日本では国立西洋美術館本館を設計しました。この記事では、無限成長美術館、ピロティ、モデュロールを紹介します。
無限成長美術館という構想
本館には「無限成長美術館」の考え方が反映されています。中心部から渦巻き状に展示空間を広げ、収蔵品が増えれば外側へ増築できるという構想です。展示室を歩くと、方向を変えながら次の空間へ導かれる感覚があります。
ピロティと19世紀ホール
ピロティは、柱で建物を持ち上げて地上部分を開放する仕組みです。前庭から入口へ向かうと、建物の下を人の流れが通り抜けます。内部の「19世紀ホール」は高い吹き抜けで、上から入る自然光、スロープ、階段が立体的な動線をつくります。
モデュロールとは
モデュロールは、人体の寸法と黄金比を組み合わせたル・コルビュジエ独自の尺度です。柱の間隔、天井高、手すりなどを、人が立ち、歩き、手を伸ばす身体感覚と結び付けようとしました。
坂倉準三・前川國男・吉阪隆正の役割
本館の基本設計はル・コルビュジエが担い、彼に学んだ坂倉準三、前川國男、吉阪隆正が日本側の協力者として実施設計や監理に関わりました。三人を本館の「共同設計者」と単純に置き換えるのではなく、海外から届いた基本案を日本の法規、材料、施工へつなぐ重要な役割を担ったと捉えると正確です。
前川國男が手がけた新館
1979年に完成した新館は、株式会社前川國男建築設計事務所による設計です。本館の外観や動線を尊重しながら展示面積を拡張しており、師ル・コルビュジエの建築へ弟子世代が応答した建物として見ることができます。
前川國男の人物紹介
Kunio Maekawa(1905–1986)
日本の近代建築を代表する建築家。ル・コルビュジエのアトリエで学び、本館建設では日本側協力者となりました。1979年竣工の新館は前川國男建築設計事務所が設計しています。
重要文化財と世界文化遺産の違い
本館は2007年に日本の重要文化財に指定されました。これは日本の文化財保護法に基づく国内制度です。一方、2016年には7か国17資産からなる「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」の構成資産として世界文化遺産に登録されました。世界遺産になったのは美術館の所蔵品ではなく、本館とその建築的価値です。
作品を見る前に知っておきたい6つの観察点
- 何が描かれているか:宗教、神話、肖像、風景、日常生活など、まず作品の主題を確認します。
- 誰のために描かれたか:教会、王侯貴族、市民など、鑑賞者や注文主を考えます。
- どこに目が導かれるか:人物の視線、構図、線の流れから、画家が見せたい場所を探します。
- 光と色にどんな特徴があるか:明暗の強さや色づかいを見ると、時代や画家の個性が見えてきます。
- 筆触や絵具の跡が見えるか:表面がなめらかか、筆の跡が残るかで、表現の違いが分かります。
- 前の時代と何が変わったか:主題、描き方、空間表現の変化を比べると、美術史の流れが見えてきます。

時代や地域によって特徴は重なります。六つすべてを一度に確認する必要はありません。まず一つ気になった点から見始めてください。
後期ゴシックとイコン|絵は「見る聖書」だった
中世末期の宗教美術は、聖書の物語や信仰上の存在を、文字を読めない人にも伝える役割を持っていました。アンドレアス・リッツォス《イコン:神の御座を伴うキリスト昇天》では、金地、正面性、上下の秩序が重要です。現実の一瞬を切り取るというより、永遠の聖なる世界を示しています。
イコンはキリストや聖人を表した礼拝用の聖画像、テンペラは顔料を卵などの媒材で練る技法です。木の板へ描く板絵や、教会の祭壇を飾る祭壇画も広く用いられました。祭壇画下部の細長い画面はプレデッラと呼ばれ、関連する物語が連続して描かれます。
人物の大きさや空間が現実と違って見えても、技術が低いという意味ではありません。信仰上の重要度、聖性、物語の順序を見やすくするため、意図的に象徴的な形式が選ばれているのです。聖人を見分ける持物はアトリビュートと呼ばれます。
ルネサンス|神の世界から人間と現実の世界へ
ルネサンスは古代ギリシャ・ローマの文化を学び直し、人間の理性、身体、自然を重視した運動です。遠近法によって奥行きを組み立て、解剖学的な観察で人体を立体的に表しました。
ただし、宗教画が消えたわけではありません。ルカス・クラーナハ(父)《ゲッセマネの祈り》やパオロ・ヴェロネーゼ《聖女カタリナの神秘の結婚》を見ると、宗教的主題が現実らしい自然、建築、身体、表情の中へ置き直されていることが分かります。
ヴェロネーゼでは、人物の配置がつくる三角形、衣服の色、身振り、空間の広がりを見てください。板に描くテンペラから、乾きが遅く色を重ねやすい油彩が普及したことで、肌や布、光の細かな表現も発達しました。
マニエリスム|正しさよりも技巧と個性を見せる
16世紀の画家たちは、ルネサンスの遠近法や人体表現が高い水準へ達した後、さらに複雑で人工的な美を追究しました。これがマニエリスムです。人体を引き伸ばす、不安定な姿勢をとらせる、空間を圧縮する、意外な色を組み合わせるなど、技巧が前面に出ます。
ティントレット《ダヴィデを装った若い男の肖像》では、身体のひねりと暗い背景から浮かぶ顔や手に注目してください。ジョルジョ・ヴァザーリ《ゲッセマネの祈り》では、落ち着いた均衡より、複雑な配置と演劇的な身振りが目を引きます。マニエリスムはルネサンスの単純な否定ではなく、習得した「正しさ」をあえて崩して個性を示す動きでした。
バロック|光、動き、感情の美術
17世紀のバロック美術は、強い明暗、対角線構図、画面外へ続く動きによって、見る人を出来事の中へ引き込みます。ただし、地域によって姿は異なります。カトリック圏では宗教的な劇性、宮廷では権威と豪華さ、オランダでは市民向けの風景画、静物画、風俗画が発達しました。
ペーテル・パウル・ルーベンス《眠る二人の子供》では、柔らかな肌と赤み、呼吸を感じさせる生命感を見ます。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《聖トマス》では、暗い背景から顔、手、槍が浮かび、静けさの中に緊張が生まれます。ヤーコプ・ファン・ロイスダール《砂丘と小さな滝のある風景》では、空、樹木、水の動きが自然を一つの主役にしています。
ルーベンスの人物紹介
Peter Paul Rubens(1577–1640)
フランドルを中心に活動したバロック画家。大画面の宗教画や神話画で知られ、豊かな色彩と動勢を得意としました。国立西洋美術館では《眠る二人の子供》を紹介しています。
ラ・トゥールの人物紹介
Georges de La Tour(1593–1652)
フランス東部ロレーヌで活動した画家。限られた光源と簡潔な形で、静かな宗教的緊張を生みました。この記事では暗い背景と人物の存在感が際立つ《聖トマス》を扱います。
ロココと18世紀美術|軽やかさと優雅さ
18世紀フランスのロココは、宮廷や貴族の社交文化を背景に、明るい色、曲線、恋愛や遊び、田園の情景を好みました。バロックの重厚な劇性より、親密で軽やかな雰囲気が前面に出ます。
ジャン=オノレ・フラゴナール《丘を下る羊の群》では、細部を硬く描き込まず、素早い筆触と雲間の光で風景を生き生きと見せています。ただし18世紀美術をすべてロココと考えるのは適切ではありません。
マリー=ガブリエル・カペ《自画像》は、女性が職業画家として自分をどう表したかを考える作品です。ユベール・ロベールの空想的なローマ景観は、実在する遺跡や彫刻を組み替えたカプリッチョで、古代への関心と想像力を結び付けています。
フラゴナールの人物紹介
Jean-Honoré Fragonard(1732–1806)
フランスで活動した18世紀の画家。ロココの軽快な筆づかいと、人物や風景を包む光の効果で知られます。この記事では《丘を下る羊の群》を紹介します。
19世紀前半|感情を描くロマン主義と現実を描く写実主義
ロマン主義
ロマン主義は、理性や古典的秩序だけでは捉えきれない感情、想像力、異国、歴史、自然の脅威を重視しました。ウジェーヌ・ドラクロワ《聖母の教育》では、輪郭を硬く閉じるより、色の重なりと柔らかな筆づかいが人物の親密さをつくっています。
ドラクロワの人物紹介
Eugène Delacroix(1798–1863)
フランス・ロマン主義を代表する画家。色彩、動き、歴史や文学的主題を重視しました。国立西洋美術館所蔵の《聖母の教育》では、色と筆触が生む感情の温度を見られます。
写実主義
写実主義は「写真のように上手に描くこと」だけを意味しません。それまで高級美術の中心だった神話や英雄から離れ、同時代の現実、普通の人々、労働、身体を重要な主題として扱う姿勢です。
ギュスターヴ・クールベ《眠れる裸婦》では、理想化された女神ではなく、重さを持つ現実の身体として裸婦が描かれます。滑らかな肌だけでなく、布のしわ、姿勢、画面へ近接する身体の存在感を見てください。
クールベの人物紹介
Gustave Courbet(1819–1877)
フランス写実主義の中心人物。同時代の人間や土地を、伝統的な理想化から距離を置いて描きました。この記事では《眠れる裸婦》を通じ、写実主義の身体表現を見ます。
印象派|物ではなく光の見え方を描く
19世紀後半、鉄道、都市改造、写真、チューブ入り絵具の普及などが、画家の制作環境を変えました。印象派は戸外へ出て、物の輪郭や固有色より、天候や時間で変わる光の見え方を描こうとしました。
クロード・モネ《舟遊び》(1887年)では、舟が画面の端で切れ、水面が広く取られています。青、ばら色、緑、暗い影の筆触が、揺れる光をつくります。近くでは絵具の跡が見え、数歩離れると水面と人物が一つの空気にまとまります。
《睡蓮》(1916年)では、岸や地平線がほとんどなく、水面、反射、花の境界が曖昧です。物を輪郭で説明するより、画面全体を色と筆触の場として見る方向へ進み、後の抽象絵画にもつながります。
カミーユ・ピサロ《立ち話》では、農村の日常が主題です。印象派は自然だけでなく、都市、余暇、労働など近代生活も描きました。影を黒一色で塗らず、周囲の色や補色を置くことにも注目してください。
モネの人物紹介
Claude Monet(1840–1926)
フランス印象派を代表する画家。時間や天候で変わる光を、残した筆触と色の対比で追究しました。この記事では《舟遊び》と《睡蓮》を紹介します。
ピサロの人物紹介
Camille Pissarro(1830–1903)
フランスで活動した印象派・新印象派の画家。農村、都市、働く人々の日常を継続して描きました。国立西洋美術館では《立ち話》を手がかりに近代生活の主題を見ます。
印象派の後|画家たちは別々の方向へ進んだ
「印象派以後」は一つの共通画風ではありません。印象派が開いた色と筆触の自由を出発点に、ポスト印象派、新印象派、象徴主義など、画家たちは異なる方向へ進みました。感情を強い色と筆触で表す道、自然を形と構造で組み直す道、神話や夢を象徴的に描く道、色彩理論を用いる道が並行して展開します。
感情と色――フィンセント・ファン・ゴッホ
《ばら》(1889年)では、花や葉を写し取るだけでなく、方向性の強い筆触と色のうねりが画面全体へ広がります。色と筆触が対象の説明を超え、感覚を直接伝える力を持ちます。
ゴッホの人物紹介
Vincent van Gogh(1853–1890)
オランダ生まれでフランスでも制作した画家。強い色彩と方向を持つ筆触で、風景や静物へ独自のリズムを与えました。この記事では《ばら》を紹介します。
形と構造――ポール・セザンヌ
《葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々》では、短い筆触が積み重なり、木、空、地面が色の面として組み立てられます。遠近法だけに頼らず、見る角度や面の関係から空間を構築する点が20世紀美術へつながります。
セザンヌの人物紹介
Paul Cézanne(1839–1906)
南フランスを中心に制作した画家。自然を色の面と構造で捉え直し、キュビスムなど20世紀美術へ大きな影響を与えました。この記事ではジャ・ド・ブッファンの風景を扱います。
象徴と物語――ギュスターヴ・モロー
《牢獄のサロメ》では、聖書の物語が宝石のような細部と暗い幻想空間に変えられています。目に見える現実より、神話、夢、精神世界を重視する象徴主義の特徴が分かります。
モローの人物紹介
Gustave Moreau(1826–1898)
フランス象徴主義を代表する画家。聖書や神話を、緻密な装飾と夢のような色彩で再構成しました。この記事では《牢獄のサロメ》を紹介します。
色の科学――ポール・シニャック
《サン=トロペの港》では、細かな色点や短い筆触を並べ、鑑賞者の目の中で色が混ざるようにします。これは色彩分割や点描と呼ばれ、光の効果を理論的に追究した新印象派の方法です。
シニャックの人物紹介
Paul Signac(1863–1935)
フランス新印象派の画家。色彩理論を踏まえ、純色の小さな筆触を並べる方法を発展させました。この記事では《サン=トロペの港》を紹介します。
20世紀前半|現実の形を壊して組み直す
写真の普及は絵画の役割を考え直す一因になりましたが、それだけで20世紀美術を説明することはできません。画家たちは都市化、科学、戦争、異文化との出会いの中で、現実を再現する以外に絵画が何をできるかを探りました。
アルベール・グレーズ《収穫物の脱穀》(1912年)では、人物や機械、農作業の空間が幾何学的な面へ分解され、複数の視点が一画面に組み直されています。キュビスムは、単一の視点から見た自然な遠近法を問い直しました。
マックス・エルンスト《石化した森》(1927年)では、木や地形のような形が不思議な質感で現れます。物の表面を紙へ写し取るフロッタージュなど、偶然や無意識を制作へ取り込むシュルレアリスムの関心と結び付きます。
第二次大戦後|描かれた物より、行為や素材を見る
第二次大戦後の美術では、画面に何が描かれているかだけでなく、絵具をどう置いたか、身体がどう動いたか、素材や重力がどう働いたかが重要になります。
ジャクソン・ポロック《ナンバー8, 1951、黒い流れ》は、エナメル塗料の流れや飛沫が画面を横断します。完成した形だけでなく、腕や身体を動かし、絵具を垂らした時間を想像すると作品が見やすくなります。
ジョアン・ミロ《絵画》では記号のような形が余白の中で関係を結び、フェルナン・レジェ《赤い鶏と青い空》では単純化した具象と鮮明な色面が共存します。ジャン・デュビュッフェ《美しい尾の牝牛》は、洗練された美術の基準から離れ、粗い表面や素朴な形を積極的に扱います。
ポロックの人物紹介
Jackson Pollock(1912–1956)
アメリカ抽象表現主義を代表する画家。床に置いた画面へ絵具を垂らす制作で、身体の動きと時間を作品化しました。この記事では《ナンバー8, 1951、黒い流れ》を紹介します。
彫刻も見てみよう|ロダン作品の楽しみ方
前庭では、オーギュスト・ロダンの《地獄の門》《考える人(拡大作)》《カレーの市民》を建物と一緒に見ることができます。
《地獄の門》はダンテの『神曲』「地獄篇」をもとに、多数の人物がうごめく巨大な門です。《考える人》の原型は、この門の上部中央で地獄を見下ろす人物として構想されました。その像が独立し、さらに拡大されたものが、広く知られる《考える人(拡大作)》です。
ブロンズ彫刻は、粘土や石膏などの原型から型を取り、金属を流し込む鋳造でつくられます。同じ原型から複数の鋳造が可能です。正面だけでなく周囲を歩き、肩、背中、手足の量感、表面の凹凸が生む陰影を見てください。《カレーの市民》では、英雄的に一人を高く掲げるのではなく、六人それぞれの不安や決意が群像として表されています。
ロダンの人物紹介
Auguste Rodin(1840–1917)
フランス近代彫刻を代表する彫刻家。身体の量感と表面の起伏によって感情や動きを表しました。この記事では《地獄の門》《考える人》《カレーの市民》の関係を紹介します。
国立西洋美術館で実際に作品を見る方法
- 作品名を見る前に、まず10秒眺めます。
- 最初に目に入った場所を確認します。
- 人物、光、色、構図を順に見ます。
- 作品名と解説を読み、主題や時代背景を確かめます。
- 近づいて筆触、絵具の厚み、素材を見ます。作品や柵には触れません。
- 数歩離れ、全体の構図と色のまとまりを見ます。
- 隣の作品と比べ、何が違うかを一つ見つけます。
「正しい感想」を言う必要はありません。最初の印象と、解説を読んだ後の見え方がどう変わったかを楽しむことが、鑑賞の第一歩です。
30分で見る場合
入口で現在の展示を確認し、各時代から一作品ずつ選びます。中世・ルネサンス、バロック、印象派、20世紀の四つを比べ、最後に前庭のロダン彫刻を見ると、大きな流れをつかめます。
60分で見る場合
時代ごとに二、三作品を比較します。特にルネサンスとバロック、バロックとロココ、印象派と印象派以後を並べて見ると変化が明確です。19世紀ホールやピロティにも時間を取ります。
90分以上ある場合
作品解説を読み、近くと遠くから見比べます。画家の違いだけでなく、同じ画家の作品や、絵画と彫刻、建築と展示動線の関係まで観察できます。展示替えがあるため、訪問前に公式の展示中作品を確認してください。
初心者が混同しやすい美術用語
- 宗教画
- 聖書、聖人、信仰上の出来事を主題にした絵。
- 歴史画
- 歴史、神話、聖書など、社会的に重要とされた物語を描く絵。
- 風俗画
- 市井の暮らし、仕事、遊びなど日常生活を描く絵。
- 肖像画
- 特定の人物の姿や社会的立場を表す絵。
- 風景画
- 自然や都市景観を主要な主題にした絵。
- 静物画
- 花、果物、器、道具など動かない物を組み合わせた絵。
- 祭壇画
- 教会の祭壇周辺に置かれる宗教画。複数の板からなることもあります。
- イコン
- 東方キリスト教で礼拝に用いられる聖画像。
- テンペラ
- 顔料を卵などの媒材で練る絵画技法。
- 油彩
- 顔料を乾性油で練る技法。色を重ね、透明感や質感を表しやすい。
- 遠近法
- 平面上に奥行きのある空間を表す仕組み。
- 明暗法
- 光と影の差で立体感や劇的効果をつくる方法。
- 筆触
- 画面に残る筆の跡。速さ、方向、絵具の厚みを読み取れます。
- 具象
- 人物や物など、現実の形を認識できる表現。
- 抽象
- 現実の形の再現を主目的とせず、色、線、面、素材を中心にする表現。
- サロン
- フランスの公的展覧会、または知識人や芸術家が集う社交の場。
- アカデミー
- 美術教育と価値基準を制度化した組織。歴史画や素描を重視しました。
まとめ|西洋美術史は時代ごとの変化を比べると面白い
西洋美術史は、時代名を順番に覚えるだけでは見えてきません。誰のために描かれたか、何を重要な主題としたか、現実をどのように表したか、光、色、形、筆触がどう変わったかを比べると、それぞれの様式が社会の変化と結び付いていることが分かります。
国立西洋美術館では、後期ゴシックの板絵からルネサンス、バロック、ロココ、19世紀絵画、印象派、抽象美術までをたどれます。さらに、松方コレクションの歴史、ル・コルビュジエの世界遺産建築、前川國男の新館、前庭のロダン彫刻まで一体で楽しめます。
作品名をすべて覚える必要はありません。「前の時代と何が変わったのか」を一つ見つけるだけで、美術館の歩き方は大きく変わります。
参考文献
- 国立西洋美術館「14世紀〜16世紀(後期ゴシック美術、ルネサンス美術、マニエリスム美術)」
- 国立西洋美術館「17世紀(バロック美術など)」
- 国立西洋美術館「18世紀(ロココ美術など)」
- 国立西洋美術館「19、20世紀(第二次大戦前)」
- 国立西洋美術館「20世紀(第二次大戦後)」
- Google Arts & Culture「The National Museum of Western Art, Tokyo」
- 国立西洋美術館「美術館の歴史」
- 国立西洋美術館「松方コレクション」
- 国立西洋美術館「美術館の建築」
- 国立西洋美術館「作品の画像利用について」
- 国立西洋美術館「所蔵作品検索」
- 独立行政法人国立美術館「所蔵作品総合目録検索システム」
- UNESCO World Heritage Centre “The Architectural Work of Le Corbusier, an Outstanding Contribution to the Modern Movement”


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