竹芝・日の出ふ頭の歴史散歩|東京港・スマートシティ・レインボーブリッジ夜景

竹芝客船ターミナルとさるびあ丸の夜景

竹芝から日の出ふ頭へ続く海辺は、レインボーブリッジと東京湾を望む散歩道です。高層ビルや劇場、客船ターミナルが並ぶ景色の下には、関東大震災後に本格化した東京港の建設史が重なっています。

日の出ふ頭は1925年、竹芝ふ頭は1934年に完成し、1941年5月20日に東京港が開港しました。現在はスマートシティ、干潟の再生、芝浦の大規模再開発まで、約100年にわたる湾岸都市の変化を歩いてたどれます。

竹芝・日の出は「東京港が生まれた場所」

現在の竹芝・日の出・芝浦一帯の景観は、明治以降の東京港整備によって形づくられました。1906年に第1期隅田川口改良工事が始まり、航路や船だまりの海底を掘った土砂などを使って、月島や芝浦方面の埋め立てが進みます。

転機は1923年の関東大震災でした。陸上交通が大きな被害を受け、東京に本格的な港が必要だという認識が強まります。1925年に日の出ふ頭、1932年に芝浦ふ頭、1934年に竹芝ふ頭が相次いで完成し、1941年5月20日に東京港が開港しました。

海辺の散歩道を歩くと、現在の華やかなウォーターフロントと、その基盤をつくった近代港湾の歴史を同じ場所で見ることができます。

「竹芝」の名は『更級日記』へさかのぼる

竹芝という名には、港がつくられるよりはるかに古い記憶があります。11世紀の回想録『更級日記』には「竹芝といふ寺」が登場し、武蔵国の海辺を旅する場面に竹芝の物語が記されています。

作者は菅原孝標すがわらのたかすえの娘です。1020年、13歳だった彼女は父の任地だった上総国から京都へ戻る旅の途中、蘆や荻が茂る武蔵国の海辺を通りました。物語に出てくる竹芝寺の故地には複数の伝承がありますが、「竹芝」という古い呼称が中世以前の記録に現れること自体が、この土地の名前の奥行きを伝えています。

東京ポートシティ竹芝:自然とデータを組み込んだスマートシティ

散歩の出発点にしたいのが東京ポートシティ竹芝です。オフィスタワーのスキップテラスには「雨・水・島・水田・香・菜園・蜂・空」をテーマにした「竹芝新八景」が設けられています。水田や菜園、巣箱などを都市空間に組み込み、生物多様性や環境教育につなげる仕組みです。

竹芝ではスマートシティの実装も進み、人流、道路、交通、水位などのデータを事業者間で活用する仕組みが整備されています。混雑の緩和や防災の強化を目指す取り組みで、緑地とデジタル技術の両方から都市環境を更新しているのが特徴です。

竹芝客船ターミナル:島への玄関口とモヤイ像

1934年に完成した竹芝ふ頭は、現在も伊豆諸島・小笠原諸島へ向かう船の玄関口です。客船ターミナルの海側にはプロムナードが延び、停泊する船の向こうにレインボーブリッジやお台場を望めます。

中央広場に立つ男女2体のモヤイ像は、新島から離島観光PRのために寄贈された作品です。1978年に贈られ、渋谷駅前のモヤイ像より約2年早く設置されました。新島の抗火石こうかせきでつくられ、「モヤイ」には船をつなぎとめる「舫う」と、助け合う意味が重ねられています。

竹芝ふ頭の夜景:レインボーブリッジを正面に

レインボーブリッジを眺める散歩会参加者
竹芝客船ターミナルからレインボーブリッジを望む。2023年の散歩会で撮影

竹芝客船ターミナルのプロムナードは、東京湾岸の夜景を楽しめる場所です。視界の正面にはレインボーブリッジ、左手にはお台場方面が広がり、客船が入る時間帯には港らしい景色が加わります。

実際の夜散歩の雰囲気は、竹芝~大門~芝公園の歴史夜散歩・開催レポートでも紹介しています。

WATERS takeshiba・竹芝干潟:埋め立てた東京湾に干潟を戻す

WATERS takeshibaの夜景
WATERS takeshibaの夜景。2023年の散歩会で撮影

WATERS takeshiba前の水辺には、2020年に船着場と竹芝干潟が整備されました。竹芝干潟は、かつて東京湾に多くいた貝類や甲殻類などが生息できる連続した環境の保全・再生を目指した場所です。環境学習や研究のフィールドとしても使われています。

明治から昭和にかけて海を埋め立てて港を築いた地域で、21世紀には干潟をつくり、江戸前の海の環境を取り戻そうとしている。この対比は竹芝の都市史を象徴しています。

汐留川水門

WATERS takeshibaの南側に見える汐留川水門は、1969年度に竣工した高潮対策施設です。有効幅14メートルの複葉ローラーゲートで、高潮などで外側の水位が高くなったときに閉鎖し、内側の水位上昇を抑えます。華やかな水辺のすぐ横で、東京の低地を守るインフラが現役で働いています。

日の出ふ頭:1925年に完成した東京港最古の近代ふ頭

竹芝から南へ歩くと日の出ふ頭に着きます。1925年に完成し、翌1926年3月に供用を開始した東京港最初の近代的ふ頭です。竹芝より9年早く、関東大震災後の港湾整備を最初に形にした場所でした。

古い平屋倉庫が残る港湾風景に、2019年開業のHi-NODEが加わり、船着場、飲食店、芝生広場を備えた水辺へ変化しています。BERTH ONEから海を眺めると、物流の港として始まった日の出ふ頭と、現在のウォーターフロントの両方を感じられます。

BLUE FRONT SHIBAURA:東芝ビルディング跡から新しい水辺へ

日の出ふ頭から東芝浦橋を渡った先では、旧浜松町ビルディング(東芝ビルディング)の建替事業「BLUE FRONT SHIBAURA」が進んでいます。南側のTOWER Sは2025年9月1日に全体開業し、北側のTOWER Nは2030年度の竣工が予定されています。

かつての散歩ルートにあった「東芝 本社」という案内は、現在は「BLUE FRONT SHIBAURA(旧東芝ビルディング)」と見るのが正確です。芝浦の埋め立て、産業、花街、旧協働会館まで掘り下げるなら、芝浦散歩と伝統文化交流館(文化財・旧協働会館)もあわせて読めます。

金杉橋から大門へ:旧東海道と明治のガス灯

東京タワーを眺めながら大門方面へ歩く散歩会参加者
竹芝から大門方面へ。東京タワーを正面に歩く。2023年の散歩会で撮影
大門周辺の夜の街歩き
大門周辺の夜の街歩き。2023年の散歩会で撮影

芝浦側から大門へ戻る途中の金杉橋は、江戸の東海道に架かっていた橋です。日本橋から約一里の地点にあり、討ち入り後の赤穂浪士あこうろうしが泉岳寺へ向かう途中に渡ったと伝えられています。歌川広重の「名所江戸百景 金杉橋芝浦」には、橋のすぐ先に江戸湾が広がる景色が描かれました。

1874年12月、東京で都市ガス事業が始まると、金杉橋から新橋駅前を経て京橋まで85基のガス灯がともりました。海辺の東海道から近代都市の夜へ、金杉橋は東京の景観が変わる境目にもなりました。

竹芝・日の出ふ頭の散歩ルート

  1. 竹芝新八景・東京ポートシティ竹芝
  2. 竹芝客船ターミナル中央広場
  3. モヤイ像
  4. 竹芝干潟
  5. 汐留川水門
  6. 竹芝ふ頭プロムナード
  7. BERTH ONE
  8. 日の出ふ頭
  9. 東芝浦橋
  10. BLUE FRONT SHIBAURA
  11. 金杉橋
  12. 大門駅

竹芝駅から大門駅まで、立ち止まって歴史や夜景を楽しみながら歩くと約1時間半~2時間が目安です。日の出ふ頭や芝浦までゆっくり見る場合は、余裕を持った散歩にすると水辺の変化を味わえます。

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参考資料

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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