聖テモテ教会、2つの赤門、東京大学の建築、ハチ公と教授、三四郎池などを巡ってみよう

【紫色:主な見附 白色:主なスポット 青色:現在の主要線路】見附とは見張り番所がある城門のことで、江戸城の見附は主に枡形門と堀に架けられた橋が一体となったものが多かった。実際は36以上あったが俗に江戸城三十六見附と呼ばれている。現在でも一部残っている。

今回いくところ

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  1. 東京聖テモテ教会
  2. 涅槃山 究竟院 西教寺(もう一つの赤門)
  3. 東京大学農学資料館(近くに上野博士とハチ公像がある)
  4. ドーバー海峡大橋
  5. チャールズ・ウェスト像
  6. キャンパスの国指定文化財の一覧
    1. 工1号館(1935)
      旧工科大学本館が関東大震災で損壊したため,その跡地に建築されたもので,昭和10年に竣工。鉄骨鉄筋コンクリート造で煉瓦タイル貼になる。外観は正面にゴシックアーチのアプローチが付き,各柱筋にバットレス風の付柱を持つ。設計は内田祥三。
    2. 工学部列品館(1925)
      正門の左手奥に建つ建物で,工学部の本部が置かれる。建築途中に震災を受けたが,内田祥三の設計で,彼の震災復興計画に符合する形で完成した最初の建物としても知られる。かつては伊東忠太や関野貞等の収集した中国や朝鮮での調査資料が陳列されていた。
    3. 法文1号館(1935)
      東大キャンパスの主軸をなす正門と大講堂を結ぶ東西軸に沿って建つ校舎の一つで,入口ポーチのフィニアルは,旧校舎のものを再用した。1階部分に三廊形式の教会内部を思わせるゴシック様式のアーケードを配し南北通路を跨ぐ構成とする。設計は内田祥三。
    4. 法文2号館(1938)
      法文1号館と東西軸を挟んで向かい合う位置に建つ校舎で,1号館同様1階部分にゴシック様式のアーケードを配し通路を設けるが,西端部は法学部3号館を意識したL字型の平面構成となる。法文1号館とも,近年4階の1部が増築された。設計は内田祥三。
    5. 法3号館(1927)
      正門のすぐ右手に建つ校舎で,工学部列品館とは東西軸を挟んで向かい合う。正面の出入り口は列品館と同様のゴシックアーチのアーケードを設けるが,東面の意匠は総合図書館と工学部1号館を結ぶ軸線を意識した垂直線を強調する構成になる。設計は内田祥三。
    6. 東大正門と門衛所(1912)
      東京大学の正面を飾る一連の施設で,左右対称型に正門・煉瓦塀・門衛所が建ち並ぶ。花崗岩製の正門は,冠木門を基調にデザインされたといわれ,むくり屋根の妻を見せる門衛所とも伝統的な様式形態を保ちつつ新たな時代性を追求している。設計は伊東忠太。
    7. 東京大学安田講堂(1925)
      ゴシック及び表現主義の影響が色濃く見られる垂直性の強いデザインが特徴。外壁は赤茶色のタイル貼りで,意匠的に極めて優秀である。設計は内田祥三,施工は清水組。昭和63年から平成6年にかけて改修が行われている。
    8. 旧加賀屋敷御守殿門(赤門)(1827)
  7. 東京大学総合図書館
    1923(大正12)年9月、関東地方を襲った関東大震災は、東京大学にも大きな被害を及ぼした。震災で発生した猛火によって、図書館も一瞬のうちにほとんどの書物とともに消失してしまった。国内外を問わず次々と本の寄贈の申し出があり、その総数は26万冊を超えた。そんな折、海外から1通の電報が届いた。当時、アメリカにおいて巨万の富を成していたロックフェラー財団からの寄付の申し出だった。それは当時の金額で400万円という、巨額のものであった。後に総長も努めた内田祥三(よしかず)教授が設計監督を、大林組が施工を担当した。1926年着工、1928年竣工。
  8. 育徳園心字池 (三四郎池)
  9. 懐徳館庭園(旧加賀藩主前田氏本郷本邸庭園)※入れないので手前まで。
  10. 東京大学総合研究博物館