東京大学本郷キャンパスと、その北東に続く弥生・浅野地区を歩くと、江戸の大名屋敷、明治の大学創設、関東大震災後の復興建築、日本史の時代名になった「弥生」、近代科学の発展までを一度にたどれます。赤門や安田講堂だけを見て終わるより、土地の高低差とキャンパスの成り立ちを知って歩くと、本郷の風景がぐっと立体的になります。
中心となる見どころは、旧加賀藩上屋敷の記憶を残す赤門と三四郎池、近代大学を象徴する安田講堂、日本史の「弥生時代」という呼称につながった弥生式土器発見の地、そして東京大学農学部と深い関係を持つ上野英三郎博士とハチ公です。2023年6月28日には、ゆる歴史散歩会で本郷から弥生・根津・湯島へ歩き、大学の歴史だけでなく、樋口一葉、近代建築、根津神社、春日局まで時代を横断してたどりました。
- 2023年6月28日開催レポート|8人で本郷・弥生・根津・湯島を夜散歩
- 今回のコース概要
- 赤門から樋口一葉「桜木の宿跡」へ
- 東京大学農学部|上野英三郎博士とハチ公の「再会」
- 弥生正緑館|1906年に建てられた国登録有形文化財
- 根津神社|江戸の社殿と本郷台地の縁を歩く
- お化け階段|段数の不思議と本郷台地の高低差
- 麟祥院と春日局|江戸初期の女性と本郷・湯島
- 東京大学本郷キャンパスは、江戸の加賀藩上屋敷から始まる
- 赤門|1827年、溶姫の輿入れで建てられた御守殿門
- 三四郎池|加賀前田家の大名庭園「育徳園」の中心
- 正門から安田講堂へ|近代大学がつくった一本の軸線
- 本郷・弥生という地名|「弥生時代」の名前が生まれた場所
- 地震学発祥記念碑|近代日本の地震研究が始まった本郷・弥生
- 上野英三郎博士とハチ公|渋谷だけではないハチ公の物語
- 本郷台地から根津・不忍池へ|高低差で歴史を読む
- 見学前に知っておきたいこと
- 参考資料
- 現在地から歩ける歴史スポットを探すならTimeWalk
- 東京大学本郷キャンパスは、江戸から近代科学までを歩ける
2023年6月28日開催レポート|8人で本郷・弥生・根津・湯島を夜散歩
2023年6月28日18時30分、「東京大学の本郷キャンパスをぐるっと回る夜散歩。弥生時代から現代までの歴史を巡ろう」を開催し、8人で歩きました。集合は東京大学の赤門前。日が長い6月の夕方から歩き始め、次第に暮れていく本郷・弥生の街で、江戸の大名屋敷、明治文学、近代農学、弥生の歴史的建築、江戸の神社、坂と階段、春日局ゆかりの地へと時代をつないでいくコースです。

今回のコース概要
写真の順に、赤門前で集合 → 樋口一葉「桜木の宿跡」 → 東京大学農学部「上野英三郎博士とハチ公像」 → 弥生正緑館 → 根津神社 → お化け階段 → 麟祥院前の春日局像へ進みました。大学構内だけで完結せず、本郷台地から根津側へ下り、再び湯島方面へつなぐことで、この一帯の高低差と歴史の重なりを体感できる散歩になりました。
赤門から樋口一葉「桜木の宿跡」へ
赤門前から歩き始めて立ち寄ったのが、法眞寺近くにある樋口一葉「桜木の宿跡」です。樋口一葉は24年余りの生涯のうち約10年を文京の地で過ごしました。文京区によると、樋口家は明治9年(1876)に法眞寺の隣へ移り、一葉は9歳までの5年間をここで暮らしました。のちに一葉自身がこの家を「桜木のやど」と呼んで少女時代を懐かしんでいます。

東京大学の赤門という江戸の大名屋敷の遺構から少し歩くだけで、明治文学を代表する作家の幼少期へ話題が移るのが本郷散歩のおもしろいところです。大学史だけに絞らず周辺の町へ出ることで、本郷が教育・文学・寺社の歴史を近い距離に抱えていることが見えてきます。
東京大学農学部|上野英三郎博士とハチ公の「再会」
続いて弥生キャンパスの東京大学農学部へ。ここで見たのが、上野英三郎博士とハチ公の像です。渋谷駅前では待ち続けるハチの姿が有名ですが、こちらの像はハチが上野博士に飛びつき、互いに再会を喜ぶ場面を表しています。東京大学農学部の公式資料によれば、ハチ公没後80年にあたる2015年3月8日に除幕されました。

上野博士は東京帝国大学農科大学で農業土木を研究した人物です。この像を前にすると、ハチ公の物語を「渋谷の忠犬」だけでなく、飼い主だった研究者と大学の歴史まで含めて捉え直せます。今回の夜散歩でも、人物の逸話と学問の歴史が一つの場所でつながるポイントになりました。
弥生正緑館|1906年に建てられた国登録有形文化財
弥生では、国の登録有形文化財である弥生正緑館(渋谷家住宅洋館)にも立ち寄りました。文化庁の国指定文化財等データベースと文京区の資料では、主屋と庭門はいずれも明治39年(1906)の建築で、1998年に登録されています。主屋は木造2階建、庭門は銅板葺の門で、明治期の住宅建築を今に伝えます。

写真では夕暮れの門構えを外から見学しました。東京大学周辺というと赤門や安田講堂に目が向きやすい一方、弥生の住宅地にも近代建築が残っています。キャンパスから少し外へ足を延ばすことで、明治以降の東京の住まいの歴史まで散歩のテーマが広がりました。
根津神社|江戸の社殿と本郷台地の縁を歩く
夕暮れが深まるころ、根津神社へ向かいました。根津神社の公式由緒では、古くは千駄木に鎮座し、5代将軍徳川綱吉が現在地を献納して社殿を造営、宝永3年(1706)に遷座したとされています。現在地はかつて甲府宰相徳川綱重の山手屋敷で、のちの6代将軍徳川家宣が生まれた場所でもありました。

赤門が加賀前田家と将軍家の婚姻を伝える遺構なら、根津神社は徳川将軍家との深い結びつきを伝える場所です。同じ散歩の中で両方を訪ねると、現在の大学や住宅街の下に江戸の大名・将軍家の土地利用が重なっていることが分かります。
お化け階段|段数の不思議と本郷台地の高低差
根津周辺では、文京区弥生2丁目にある「お化け階段」も歩きました。文京区は、上りと下りで段数が異なることからこの名で知られる階段と紹介しています。現在は拡幅され手すりも整備されていますが、途中で折れ曲がって先を見通せない形や、一部の階段が途中で途切れる構造が独特の雰囲気を残しています。

夜の階段は名前にもよく似合う風景でしたが、歴史散歩として注目したいのは高低差です。本郷・弥生の台地から根津の低地へ向かう地形を、地図の等高線ではなく自分の足で感じられます。大学の歴史、町の歴史に加えて地形を見ると、散歩の解像度が一段上がります。
麟祥院と春日局|江戸初期の女性と本郷・湯島
散歩の終盤は、麟祥院前の春日局像へ。春日局は3代将軍徳川家光の乳母として知られます。文京区によると、春日局が本郷湯島に寺院を建立しようとした際、家光が土地を寺地として与え、寛永7年(1630)に僧を迎えて自身の菩提寺としました。のちに春日局の法号にちなみ「天沢山麟祥院」と号するようになりました。

現在も麟祥院は春日局の墓所として知られ、文京区の「春日」という町名の由来にもつながる人物です。赤門で始まった今回の散歩は、江戸の大名屋敷、明治の文学と近代建築、大学と科学、地域の寺社を経て、再び江戸初期の人物史へ戻ってきました。

最後は春日局像の前で、この日歩いた場所を振り返って終了しました。8人で夕方から夜へ移り変わる街を歩いたことで、昼間とは違う静かな本郷・弥生・根津・湯島の表情も楽しめました。個々の史跡を点で見るのではなく、歩いてつなぐことで「弥生時代から現代まで」という今回のテーマを実感できる夜散歩になりました。
同じエリアを自分のペースで歩くなら、東大本郷キャンパスを一周する歴史散歩や、上野公園から本郷・春日へ歩く歴史散歩コースもあわせてどうぞ。現在地から周辺の史跡を探したいときは、TimeWalkで現在地から歩ける史跡を地図で探すこともできます。
東京大学本郷キャンパスは、江戸の加賀藩上屋敷から始まる
現在の本郷キャンパスの大部分は、江戸時代には加賀藩前田家の上屋敷でした。大学の敷地になる以前から、この高台には御殿、庭園、馬場、家臣の長屋などが広がっていました。現在も赤門や三四郎池が残り、地形や道筋にも大名屋敷時代の痕跡があります。
明治4年(1871)、加賀藩邸の大半は政府に収公され、文部省の用地となりました。東京大学は1877年に東京開成学校と東京医学校をもとに創設され、のちに本郷へ機能を集約していきます。大学の歴史は明治から始まりますが、キャンパスという「場所」の歴史は江戸時代、さらに発掘調査では旧石器時代までさかのぼります。
東京大学埋蔵文化財調査室によると、本郷地区は「本郷台遺跡群」「弥生町遺跡群」として登録され、旧石器時代から近世までの複合遺跡です。赤門のイメージが強い場所ですが、地面の下には大学以前の長い歴史が積み重なっています。
赤門|1827年、溶姫の輿入れで建てられた御守殿門
赤門の正式名称は「旧加賀屋敷御守殿門」です。加賀藩第13代藩主・前田斉泰が、第11代将軍徳川家斉の娘・溶姫を正室として迎えるため、文政10年(1827)に建てました。
将軍家の娘が三位以上の大名家へ輿入れする際、朱塗りの御守殿門を設ける慣習がありました。赤門はその貴重な遺構で、現在は国の重要文化財です。もとは現在地より約15メートル構内側にあり、明治36年(1903)に現在の位置へ移されました。
赤門を見るときは、大学の校門というより、江戸の大名屋敷で将軍家の姫を迎えた正門として見ると印象が変わります。2026年現在は耐震改修工事が進められており、東京大学は工事完了を2027年9月頃と案内しています。
三四郎池|加賀前田家の大名庭園「育徳園」の中心
本郷キャンパス中央の三四郎池は、正式には育徳園心字池です。加賀藩第3代藩主・前田利常の時代、寛永15年(1638)に庭園が整えられたとされます。池、築山、橋、茶屋などを巡る回遊式の大名庭園で、江戸の加賀藩邸を象徴する空間でした。
「三四郎池」という呼び名は、夏目漱石の小説『三四郎』にこの池が登場したことから広まりました。現在も池の周囲は一段低く、赤門側や正門側の高台から下っていく地形がよく分かります。この高低差は、本郷台地の端に庭園が造られたことを実感できるポイントです。
正門から安田講堂へ|近代大学がつくった一本の軸線
現在の本郷キャンパスで強い印象を残すのが、正門から銀杏並木を通って安田講堂へ向かう直線です。正門は1912年に完成し、安田講堂はその正面奥に建てられました。江戸の大名屋敷を継承した敷地に、近代大学の象徴的な景観が重ねられています。
安田講堂の正式名称は「大講堂」。実業家・安田善次郎の寄附を受け、1925年に竣工しました。設計を主導したのは建築家・内田祥三です。現在は国の登録有形文化財で、東京大学の式典や学術行事に使われています。
1923年の関東大震災では本郷キャンパスの建物の多くが被害を受けました。その後、内田祥三を中心に復興計画が進み、暗赤色のタイル、垂直線を強調した外観、ゴシックを思わせる意匠をもつ建築群が整えられました。現在「内田ゴシック」と呼ばれる本郷独特の景観は、この震災復興を背景に形成されたものです。

本郷・弥生という地名|「弥生時代」の名前が生まれた場所
本郷キャンパスの北東側へ進むと、弥生キャンパスと浅野キャンパスに入ります。この一帯は日本考古学史で特別な意味を持ちます。1884年、現在の文京区弥生付近で、それまで知られていた縄文土器とは異なる土器が見つかりました。
発見された土器は、発見地の町名から「弥生式土器」と呼ばれるようになり、のちに「弥生時代」という時代区分の名称へつながりました。町名が考古学の時代名になった、全国でも非常に珍しい例です。
浅野地区と言問通りの間には「弥生式土器発掘ゆかりの地」の碑があります。近くの弥生二丁目遺跡は国の史跡で、東京大学の埋蔵文化財調査室も弥生町遺跡群を弥生土器第1号発見推定地として紹介しています。
実際に周囲を歩いたコースは、東大本郷キャンパスを一周|赤門・弥生式土器・本郷の歴史散歩で詳しく紹介しています。
地震学発祥記念碑|近代日本の地震研究が始まった本郷・弥生
弥生キャンパスには「地震学発祥記念碑」があります。明治初期、日本に近代的な地震観測と研究が導入され、東京大学はその中心の一つになりました。記念碑は、地震研究の始まりを本郷・弥生の土地に結びつける目印です。
現在の東京大学地震研究所は1925年に設置されました。関東大震災から2年後のことで、地震や火山現象を総合的に研究する拠点として発展しています。安田講堂を含むキャンパス復興と同じ時代に、地震研究の組織も大きく整えられました。
上野英三郎博士とハチ公|渋谷だけではないハチ公の物語
弥生キャンパスの農学部には「上野英三郎博士とハチ公」の像があります。上野英三郎は東京帝国大学農科大学で農業土木を研究し、日本の農業土木・農業工学の発展に大きく貢献した人物です。
ハチは1923年に秋田県で生まれ、翌年、上野のもとで暮らし始めました。上野は1925年に急逝しますが、ハチはその後も渋谷駅へ通い続けたことで知られるようになります。2015年、ハチ没後80年にあわせて農学部キャンパスに上野とハチが再会する姿の像が設置されました。
渋谷駅前では「忠犬ハチ公」の物語が中心ですが、弥生キャンパスでは飼い主だった上野の研究者としての歩みまで知ることができます。東京で上野英三郎の足跡を広げて歩くなら、東京で三重県を探す歴史散歩も関連します。

本郷台地から根津・不忍池へ|高低差で歴史を読む
東京大学の本郷側は台地、根津・池之端側は低地です。キャンパス東側から無縁坂や根津方面へ下ると、高低差がはっきり体感できます。三四郎池も本郷台地の縁に位置し、かつて池から流れ出た水は弥生門付近を通って不忍池方面へ向かっていました。
この地形をさらに歩いて確かめるなら、上野公園から本郷・春日へ|不忍池・東京大学の歴史散歩コースや、藍染川・谷田川の暗渠を歩く|上野〜谷根千「へび道」歴史散歩につなげると、本郷台地と根津の谷の関係がより分かりやすくなります。
見学前に知っておきたいこと
東京大学は本郷地区キャンパスの屋外や一般開放施設を見学できます。2026年9月時点で、大学は見学時間を原則7時〜18時と案内しています。各門の開閉時間や入構制限は変更されることがあるため、訪問前に東京大学公式「本郷キャンパスの見学について」で最新情報を確認すると安心です。
本郷地区は本郷・弥生・浅野の3キャンパスに分かれています。赤門、安田講堂、三四郎池、上野英三郎博士とハチ公像、弥生式土器発掘ゆかりの地を一度に巡るなら、大学公式のキャンパスマップも役立ちます。
参考資料
- 東京大学「国の重要文化財 指定」
- 東京大学「東大史Q&A Q4-1」
- 東京大学「国の登録有形文化財 登録」
- 東京大学埋蔵文化財調査室「東大の遺跡」
- 東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部「農学部キャンパス」
- 東京大学農学部「東大ハチ公物語」
- 文京区「法眞寺」
- 文京区「国登録文化財」
- 文化庁「国指定文化財等データベース:弥生正緑館(渋谷家住宅洋館)主屋」
- 根津神社「根津神社について」
- 文京区「お化け階段」
- 文京区「麟祥院」
現在地から歩ける歴史スポットを探すならTimeWalk
本郷や根津を自由に歩くなら、TimeWalkでは現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探せます。大学の見学とあわせて、現在地から歩ける史跡を地図で探すと、本郷・湯島・根津まで散歩を広げやすくなります。
東京大学本郷キャンパスは、江戸から近代科学までを歩ける
赤門は加賀藩上屋敷、三四郎池は大名庭園、安田講堂は震災復興と近代大学、弥生の碑は考古学、地震学発祥記念碑は近代科学、ハチ公像は農学の歴史につながります。同じキャンパスを歩きながら、時代の違う史跡が連続して現れることが、本郷・弥生散歩の大きな魅力です。

