流山・柏の葉の歴史散歩|白みりん・近藤勇・流鉄・柏飛行場跡を歩く1日コース

流鉄流山線の流山駅舎と駅前の様子

流山本町には、江戸川の舟運と白みりんで栄えた醸造の町、近藤勇が最後に陣を敷いた幕末史、地域の商工人がつくった流鉄流山線の歴史が重なっています。そこから柏の葉へ移動すると、旧陸軍柏飛行場、戦後の柏通信所、現在の公園・大学・研究施設へ続く土地利用の変化を歩いて確かめられます。

このページでは、流山本町から柏の葉までを一日でたどる順番と、各地点で何を見ると歴史がつながるのかを初心者向けに解説します。固定時刻はダイヤ改正で変わるため、移動は駅名・停留所・系統を中心に案内しています。

30秒で分かる流山・柏の葉の歴史散歩

  • 流山本町は、江戸川舟運と白みりん醸造で栄えた町です。
  • 近藤勇陣屋跡は、新選組局長・近藤勇が流山で陣を敷き、自首した場所です。
  • 流鉄流山線は、地元の商工人が設立した地域鉄道で、醸造業や軍用施設の物流とも関わりました。
  • 柏の葉一帯は、小金牧、開墾地、柏飛行場、米軍柏通信所を経て、公園・住宅・研究教育地区へ変わりました。
  • 全行程は一日向けですが、流山本町と柏の葉を別日に分けても楽しめます。

コース概要

項目内容
主な出発地点流鉄流山線 平和台駅
主な終了地点つくばエクスプレス 柏の葉キャンパス駅周辺
所要時間の目安流山本町2~3時間、移動・休憩1~1.5時間、柏の葉3~4時間
主なテーマ白みりん、新選組、流鉄、軍用鉄道、柏飛行場、柏通信所、跡地利用
向いている人地域史、新選組、鉄道史、戦跡、都市開発に関心がある人
歩く際の注意柏飛行場関連地点には公開施設ではない場所もあります。私有地や管理区域へ入らず、公道・公園から確認できる範囲で歩いてください。

流山と柏の葉を一本につなぐ四つの歴史

江戸川舟運と白みりん

流山本町は江戸川に面し、江戸時代から大正時代にかけて舟運と醸造業で発展しました。流山は白みりん発祥の地として知られ、現在も古い商家や蔵、みりんに関係する施設が町並みに残っています。白みりんの歴史を知ると、流鉄や貨物引込線が必要とされた背景も理解しやすくなります。

幕末の新選組

戊辰戦争が始まった1868年、近藤勇らは甲州勝沼で敗れた後、会津方面へ向かう途中で流山に陣を置きました。流山市は、近藤が町を兵火に巻き込むことを避けて自首したと説明しています。流山は、新選組の京都での活動だけでは見えにくい「終幕の地」の一つです。

地域鉄道と軍用物流

流山の商工人は、常磐線の駅まで歩かなければならない不便を解消し、町の産業を支えるために鉄道建設を進めました。1913年に流山軽便鉄道株式会社が設立され、1916年に馬橋―流山間が開業します。大正末期に陸軍の糧秣施設が置かれると、国鉄貨車を直通させるため1924年に軌間が広げられました。地域の暮らし、醸造業、軍用物流が一本の線路で結ばれたのです。

柏飛行場から柏の葉へ

柏の葉一帯は、江戸時代には小金牧の一部でした。明治期の開墾を経て、1938年に陸軍柏飛行場が完成し、首都防空の航空基地となります。戦争末期にはロケット戦闘機「秋水」の実戦配備準備も進められ、こんぶくろ池自然博物公園には専用の推進剤貯蔵施設秋水燃料庫が残っています。戦後は入植地と米軍柏通信所を経て、1979年に全面返還されました。現在の柏の葉公園、大学、研究機関、住宅地は、軍用地と通信基地の跡地利用の上に形成されています。

出発前の立ち寄り|松戸市馬橋・萬満寺

萬満寺は、流山へ向かう前に馬橋で立ち寄れる寺院です。松戸市によると、山門の阿形・吽形の木造金剛力士立像は国の重要文化財で、像高はいずれも約2.5メートルあります。寺院の創建は1256年と伝えられ、境内には市指定文化財の阿弥陀如来坐像なども残ります。

萬満寺を省略する場合は、平和台駅から流山本町の散歩を始めると、時間に余裕を持てます。

流山市の位置と市域を示す地図

流山本町の歴史散歩

1.平和台駅と旧陸軍糧秣本廠流山出張所跡

平和台駅から、旧陸軍糧秣本廠流山出張所跡石碑へ向かいます。糧秣とは、兵士の食糧と軍馬の飼料を指します。流山市立博物館の常設展示では、大正14年(1925)に流山出張所が設置されたとしています。流山が醸造の町であるだけでなく、近代には軍の補給拠点でもあったことを示す場所です。

この施設は流鉄の貨物輸送とも結びつきました。後で流山駅を見るときは、地域鉄道が旅客だけでなく、産業と軍用物資を運ぶ役割を担った点に注目してください。

2.流山寺・赤城神社・光明院

赤城神社は、お椀を伏せたような小山の上に鎮座します。上州赤城山の土や神札が流れ着いたという伝承があり、「流山」という地名の由来を語る場所として親しまれてきました。地名の由来には諸説あり、この話は地域に伝わる由来譚です。

秋の大しめ縄行事では、長さ約6.5メートル、重さ約500キログラムとされる大しめ縄がつくられます。地名伝説と地域の祭礼が同じ場所で受け継がれている点が見どころです。

3.一茶双樹記念館と白みりんミュージアム

杜のアトリエ黎明一茶双樹記念館では、流山の醸造家と文化人の交流をたどれます。俳人・小林一茶は流山を50回以上訪れ、みりん醸造家の五代目秋元三左衛門、俳号・双樹と交流しました。記念館の双樹亭は、幕末の商家建築を伝える建物です。

流山市白みりんミュージアムは2025年3月29日に開館しました。流山本町と白みりんの歴史、もろみ仕込み、工場の工程などを展示と体験で学べます。2026年7月確認時点では、開館は9時から17時、月曜休館を基本とし、有料展示と体験は事前予約制です。料金や休館日は変更されることがあるため、来館前に公式サイトを確認してください。

白みりんは、江戸の消費地、江戸川の舟運、醸造家の資本、流鉄の建設を結びつける、流山本町の歴史の中心です。

4.流山まちなかミュージアムと貨物引込線・万上線跡

流山本町には、古い建物や店舗を生かして町全体を展示空間のように見せる取り組みがあります。万上線跡は、みりん工場へ原料や製品を運んだ引込線の痕跡です。道路の形や線路跡の方向を見ると、醸造業が鉄道と直結していたことが分かります。

5.近藤勇陣屋跡|新選組終幕の地

近藤勇陣屋跡は、当時の酒造家・長岡屋があった場所です。近藤勇らは会津方面を目指しながら流山で部隊を立て直そうとしましたが、新政府軍に包囲されました。流山市は、近藤が町を戦火に巻き込むことを避けて自首したと説明しています。

新選組の出発点や隊士たちの関係を先に知ると、流山での別れがより理解しやすくなります。日野の新選組ゆかりの地を歩く記事では、近藤勇・土方歳三・井上源三郎らの背景を年表とともに紹介しています。江戸の道場跡をたどるなら、試衛館跡を含む江戸川橋・市ヶ谷の歴史散歩も参考になります。

6.本町通り・行灯回廊と流山浅間神社

本町通りでは、歴史的な建物、蔵、店舗、行灯が連なる町並みを歩きます。浅間神社の富士塚は明治時代につくられた流山市指定有形文化財です。富士山へ容易に参詣できなかった時代、人々は身近な場所に人工の富士山を築き、信仰の対象としました。

7.流山駅と流鉄流山線

流山駅は、流山本町の産業史を締めくくる場所です。駅にはコミュニティースペース兼観光案内所のmachiminがあります。

  • 1896年:後の常磐線に松戸駅が開業し、流山の人々は徒歩で鉄道駅へ向かいました。
  • 1898年:馬橋駅が開業し、流山から鉄道を利用しやすくなりました。
  • 1913年:流山軽便鉄道株式会社が設立されました。
  • 1916年3月14日:馬橋―流山間が開業しました。
  • 1924年:国鉄貨車を直通させるため、線路の軌間を広げました。
  • 2008年:社名を流鉄株式会社、線名を流山線へ改称しました。

流鉄は、白みりんをはじめとする町の産業、住民の移動、陸軍糧秣施設への貨物輸送を支えた地域インフラです。

流鉄流山線の流山駅舎と駅前の様子
流鉄流山線の流山駅、2023年。撮影:Manabu Itoh/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0。
平和台駅と鰭ヶ崎駅の間を走る流鉄流山線5000形なの花
流鉄流山線5000形「なの花」、2025年。撮影:MaedaAkihiko/Wikimedia Commons/CC0 1.0。

8.流山市立博物館で答え合わせをする

流山市立博物館では、白みりん、新選組、流鉄、戦時下の流山などを地域史の中で確認できます。町を歩いた後に立ち寄ると、個々の史跡がどの時代に位置するのか整理しやすくなります。

流山本町から柏の葉へ移動する

流山本町から柏の葉へは、流山おおたかの森駅を経由する方法が分かりやすいです。流山駅・流山市役所周辺から流山おおたかの森駅方面へバスで移動し、柏の葉側の起点へ向かいます。元の行程では加二号公園前から流山おおたかの森駅西口方面、続いて高田原交番前方面へ移動しました。

バスの系統、停留所、時刻は改正されます。出発前に利用日の経路を検索してください。昼食と移動に1時間以上を確保し、柏の葉側を急がず歩ける計画にすると安全です。

柏市の位置と市域を示す地図

柏飛行場と柏の葉の歴史

小金牧から十余二の開墾へ

江戸時代、現在の柏の葉を含む一帯には、幕府の御用牧である小金牧が広がっていました。十余二は高田台牧に含まれ、野馬を管理する土手も築かれました。明治維新後、牧は開墾地となり、十余二という地名は開墾順の12番目に由来します。

高田台牧の野馬土手は、柏飛行場より前の土地利用を伝える痕跡です。戦跡だけに注目すると見落としやすいですが、この場所には牧、農地、軍用地、研究都市という複数の時代が重なっています。

1938年、首都防空の柏飛行場が完成

陸軍は1937年に田中村十余二への飛行場建設を決め、1938年11月に柏飛行場が完成しました。立川から飛行第5戦隊が移り、東京東方の防空拠点となります。戦争末期には四式戦闘機「疾風」などがB-29の迎撃に出動し、ロケット戦闘機「秋水」の基地化も計画されました。

現在の町並みでは、営門跡、倉庫関連施設、誘導路や掩体壕に関係する地点、地形や道路の向きから、かつての滑走路と基地の広がりを読み取ります。

戦後の入植と米軍柏通信所

1945年の敗戦後、旧飛行場には引揚者や旧軍人らが入植し、農地への転換が進められました。その後、朝鮮戦争を背景に米軍の通信施設用地となり、1955年に柏通信所が開設されます。農地と基地が同居する時期を経て、返還運動の結果、1979年8月14日に188ヘクタールが全面返還されました。通信施設の技術史を広く知るには、日本の通信史をわかりやすく解説した記事も参考になります。

返還地から柏の葉へ

返還後は、国・千葉県・地元による跡地利用が進みました。1984年から土地区画整理事業が始まり、1990年に完成します。公募で「柏の葉」という地域名が選ばれ、県立柏の葉公園、学校、病院、住宅、東京大学柏キャンパスなどが配置されました。

柏の葉の整然とした街区と豊かな緑は、牧、開墾、飛行場、通信基地という歴史を引き継ぎながら再編された都市空間です。

柏の葉で歩く戦跡と跡地利用

1.飛行場北西側の軍事施設関連地点

これらの地点には、常時公開の文化財施設ではない場所も含まれます。現地の状況、標示、立入条件を確認し、住宅地や事業用地では周囲の生活に配慮して歩いてください。

2.柏通信所跡と柏の葉公園

柏の葉公園は45ヘクタールの県立都市公園です。日本庭園の牧が原園、バラ園、四季の広場、競技場、野球場などがあり、軍用地・通信基地跡が公共の緑地と文化・スポーツ施設へ転換されたことを体感できます。

柏の葉公園の日本庭園・牧が原園
柏の葉公園の牧が原園、2010年。撮影:あばさー/Wikimedia Commons/パブリックドメイン。

園内の休憩やトイレは、公園内施設を利用できます。開園・利用時間が定められた施設は、県や指定管理者の案内を確認してください。

3.飛行場跡・こんぶくろ池・誘導路

掩体壕は航空機を空襲から守るための施設で、誘導路は格納・待機地点と滑走路を結びました。現在の遺構や説明の位置は整備・工事・植生で変わることがあります。現地説明板がある場合は、地図上の名称より説明板を優先してください。

軍用飛行場と航空機工場の跡地利用を比較するなら、中島飛行機武蔵製作所や引込線をたどる武蔵野・西東京の戦争遺跡散歩もあわせて読めます。千葉県北西部の軍事施設跡との比較には、市川国府台・国分から松戸本町まで歩く戦跡と歴史散歩が参考になります。

コースの終点は、東京大学柏の葉キャンパス駅前サテライトと柏の葉キャンパス駅周辺です。飛行場・通信所跡が、大学や研究機関の集まる地区へ変わった現在の姿を確認して散歩を終えます。

このコースを歩くときの実用情報

  • 一日で歩く場合:流山本町を午前、移動と昼食を昼、柏の葉を午後にすると、ゆとりを持って歩けます。
  • 分けて歩く場合:流山本町は平和台駅から流山駅、柏の葉は高田原交番前周辺から柏の葉キャンパス駅周辺で区切れます。
  • 施設確認:博物館、記念館、白みりんミュージアム、日本庭園などは休館日や入館条件を事前確認してください。
  • 戦跡見学:私有地、住宅地、研究施設、管理区域へ無断で立ち入らないでください。
  • 夏季:柏の葉側は屋外区間が長いため、飲料、帽子、休憩時間を確保してください。

よくある質問

流山本町だけでも楽しめますか?

楽しめます。白みりん、一茶双樹記念館、近藤勇陣屋跡、浅間神社、流山駅を中心にすると、2~3時間の歴史散歩になります。

柏飛行場の滑走路は残っていますか?

飛行場全体は失われていますが、道路、地形、営門や倉庫に関係する地点、誘導路・掩体壕の痕跡、説明板を組み合わせると、基地の広がりを読み取れます。

子どもと歩けますか?

流山本町と柏の葉公園は歩きやすい場所が多く、白みりんミュージアムや公園を組み合わせられます。全行程は長いため、子ども連れでは流山編と柏の葉編を別日に分ける方法がおすすめです。

戦跡は自由に見学できますか?

公開施設ではない地点や、住宅地・事業用地に近い地点があります。公道と公園から確認できる範囲にとどめ、立入禁止表示や現地管理者の案内に従ってください。

どの季節が歩きやすいですか?

長い屋外区間があるため、春と秋が歩きやすい季節です。夏は熱中症対策、冬は日没時刻を考慮し、柏の葉側を明るいうちに歩けるように計画してください。

まとめ|醸造の町から軍用地、研究都市までを歩く

流山本町では、江戸川舟運と白みりん、商家文化、新選組、流鉄、陸軍糧秣施設が近い範囲に重なっています。柏の葉では、小金牧、開墾、柏飛行場、柏通信所、公園と研究教育地区への転換をたどれます。

二つの地域を続けて歩くと、町の名産、鉄道、戦争、戦後復興、都市開発が別々の話ではなく、土地と交通を介して連続していることが分かります。

参考文献・参考サイト

  1. 流山市「流山市白みりんミュージアム」
  2. 流山市「近藤勇陣屋跡」
  3. 流山市「赤城神社 大しめ縄行事」
  4. 流山市「浅間神社 富士塚」
  5. 流山市「流山の鉄道今昔」
  6. 流鉄株式会社「流鉄について・沿革」
  7. 松戸市「木造金剛力士立像」
  8. 柏市「米軍通信所が返還された日」
  9. 柏市「柏の軍事基地」
  10. 千葉県「柏の葉公園」
  11. 柏市教育委員会『歴史ガイドかしわ』
  12. 千葉県東葛飾都市計画事務所『柏の葉 柏都市計画事業柏通信所跡地土地区画整理事業完成記念誌』
  13. 戦跡紀行ネット「陸軍柏飛行場関連の戦跡散策」(現地探索の補助資料)

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散歩中に周辺の史跡や記念碑を探すときは、ゆる歴史散歩会の街歩きWebアプリ「TimeWalk」も利用できます。現在地の近くにある歴史スポットを距離順に表示し、場所ごとの解説や関連人物を確認できます。

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この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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