渋谷イルミネーション散歩|再開発と街の歴史をたどる夜コース

2024年のShibuya Sakura Stageの外観

渋谷駅の南側から代々木公園まで、冬の光をたどりながら歩く夜散歩コースです。渋谷ストリームの足元には旧東横線の線路跡が残り、桜丘では大規模再開発が街の動線を変え、道玄坂の西側には東急の拠点が積み重なってきました。公園通りまで進むと、1970年代のPARCO文化と、さらにその先に練兵場・ワシントンハイツ・東京オリンピックを経た代々木公園があります。

もともとは、ゆる歴史散歩会で実際に歩くためにつくったルートです。イルミネーションの開催内容は年によって変わりますが、街の歴史を知ってから歩くと、光の向こうに渋谷の地形、鉄道、再開発、都市文化の重なりが見えてきます。

散歩コース|金王橋から代々木公園へ

渋谷駅南側から桜丘、道玄坂、公園通りを経て代々木公園へ向かいます。各地点のリンクはGoogleマップです。

  1. 金王橋広場
  2. 渋谷ストリーム
  3. 渋谷サクラステージ ときめきSTAGE
  4. 渋谷サクラステージ にぎわいSTAGE
  5. 渋谷サクラステージ はぐくみSTAGE
  6. 石井幹子「MOTOKO LIGHTS」
  7. セルリアンタワー東急ホテル
  8. 渋谷フクラス 屋上テラス SHIBU NIWA
  9. 渋谷マークシティ
  10. 渋谷PARCO
  11. 代々木公園 ケヤキ並木

渋谷は谷・川・鉄道が重なる街

渋谷駅周辺は、台地の間を渋谷川が流れる低地に発達しました。駅の南側では川と鉄道が近接し、東横線の地下化後には旧線路跡を使った再開発が進みました。現在の巨大な複合施設を順番に歩くと、地形と交通の制約を解きながら街をつなぎ直してきた過程を追えます。

渋谷川や暗渠をもっと深く知りたい場合は、東京の暗渠まるわかりガイド、駅周辺の再開発全体は東京の再開発10地区の歴史と未来で詳しく紹介しています。

金王橋広場|渋谷川と旧東横線の記憶

散歩の起点は渋谷川沿いの金王橋広場です。現在は渋谷ストリームへ続く開放的な空間ですが、この一帯には2013年まで地上を走っていた東横線の記憶が残ります。東急は旧線路跡を渋谷川沿いの約600メートルの遊歩道「渋谷リバーストリート」として整備しました。金王橋周辺にも鉄道の痕跡を意識した意匠があります。

渋谷ストリーム|旧東横線渋谷駅の線路跡

東横線渋谷駅は2013年まで地上にありました。副都心線との相互直通運転に伴って地下化され、その旧ホームと線路跡地を活用して2018年に開業したのが渋谷ストリームです。建物の2階には旧東横線を思わせるレール状のラインが走り、国道246号を越えるデッキには旧高架橋の構造も生かされています。

渋谷ストリームから南へ延びる旧線路跡と、その横を流れる渋谷川を一緒に眺めると、鉄道が街をつくり、地下化後の土地が再び歩行空間へ変わった流れがよく分かります。

Shibuya Sakura Stage|桜丘をつなぎ直した再開発

JR線の西側に広がる桜丘では、2014年に地区計画の変更と桜丘口地区第一種市街地再開発事業の都市計画が決定されました。Shibuya Sakura Stageは2023年11月に竣工し、駅南側にはJR線を横断する歩行者通路が開通しました。現在は渋谷ストリーム側と桜丘側を線路上空で行き来できます。

2024年のShibuya Sakura Stageの外観
Shibuya Sakura Stage、2024年。撮影:Akonnchiroll/Wikimedia Commons/CC0 1.0。

ときめきSTAGE、にぎわいSTAGE、はぐくみSTAGEを巡ると、再開発が建物だけでなく広場や歩行者動線まで含むことが体感できます。光の演出を手がける石井幹子いしい もとこは、日本を代表する照明デザイナーの一人です。「MOTOKO LIGHTS」は、夜の都市空間そのものを見どころに変える作品としてこのルートによく合います。

桜丘の西側に残る近代の邸宅地の記憶

桜丘から西へ坂を上がる南平台・鉢山周辺には、明治期から邸宅地として発展した歴史があります。近くには明治政府で海軍大臣などを務めた西郷従道さいごう つぐみちの邸宅もありました。現在の高層ビル群だけでなく、駅西側の丘に邸宅が広がった時代まで視野を広げると、渋谷の高低差が街の性格を分けてきたことが分かります。

1882年に撮影された西郷従道邸の外観
西郷従道邸、1882年。撮影:Hugues Krafft/Wikimedia Commons/Public Domain。

この周辺の歴史散歩は、大橋・鉢山町・猿楽町・鶯谷町ナイトウォークでも紹介しています。

セルリアンタワー|東急本社跡から21世紀のランドマークへ

セルリアンタワーが建つ場所には、1950年から東急の本社がありました。旧本社敷地を中心とした再開発で建設され、2001年にグランドオープン。ホテル、オフィスに加えて能楽堂やジャズクラブも備え、渋谷の南西側に新しい文化・業務拠点をつくりました。

開業した2000年代初頭は、渋谷にIT企業が集まり「ビットバレー」と呼ばれた時期とも重なります。東急が鉄道だけでなく沿線住宅地や商業地を築いてきた流れは、五島慶太と東急帝国で詳しくたどれます。

渋谷フクラス|旧東急プラザから西口の玄関へ

渋谷フクラスの場所には、1965年に開業した東急プラザ渋谷がありました。旧施設は2015年に閉館し、建て替えを経て2019年に渋谷フクラスが開業しました。上層部のSHIBU NIWAから駅周辺を眺めると、桜丘、道玄坂、渋谷駅の再開発が近い範囲に集中していることが分かります。

渋谷マークシティ|鉄道施設が何層も重なる場所

渋谷マークシティは2000年開業。東急、京王、当時の営団地下鉄による共同事業で、銀座線の車両基地、井の頭線渋谷駅、東急がバス発着基地として使っていた旧玉川線関係の土地を一体的に再開発しました。

外から見ると巨大な複合施設ですが、その土台には銀座線、井の頭線、路面電車、バスという複数の交通史が重なっています。渋谷が巨大ターミナルになった理由を一つの建物から読み取れる場所です。

渋谷PARCO|公園通りを育てた1970年代の都市文化

渋谷PARCOは1973年に開業しました。ファッションだけでなく、演劇、音楽、広告、アートを横断する情報発信を続け、駅前から公園通り方面へ人の流れを広げる存在になりました。現在の建物は建て替えを経て2019年に再開業しています。

2008年の旧渋谷PARCO PART-1
旧渋谷PARCO PART-1(2008年)。撮影:ITA-ATU/Wikimedia Commons/Public Domain。

西武と東急が渋谷・池袋で展開した都市文化の競争は、西武 vs 東急|池袋と渋谷をつくった二人の戦争で詳しく紹介しています。

代々木公園ケヤキ並木|練兵場からワシントンハイツ、オリンピックへ

公園通りを抜けた先の代々木公園は、渋谷の近現代史が大きく切り替わった場所です。現在の公園一帯は陸軍代々木練兵場となり、戦後は米軍住宅のワシントンハイツ、1964年東京オリンピックの選手村を経て、1967年に代々木公園として開園しました。

ケヤキ並木が冬のイルミネーションに包まれる風景は、この土地の長い変化の最も新しい層です。軍用地、米軍住宅、国際大会、公園、イベント空間という変化を知ると、同じ並木道の見え方が変わります。代々木公園周辺をさらに歩くなら、代々木公園~新宿のマニアックスポット巡りもあわせてどうぞ。

その年のイルミネーション情報

イルミネーションの点灯場所や開催期間は年度によって変わります。各施設やイベントの公式情報を確認すると、その年の光景と街の歴史を一緒に楽しめます。

2026年秋冬は、代々木・渋谷エリアが東京国際文化芸術祭「ARTE TOKYO」のコアエリアの一つとなり、代々木公園の夜間アートと渋谷公園通り・表参道のイルミネーションが呼応する構成です。

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主な参考資料