鳥越川の暗渠と蔵前を古地図で歩く|浅草御蔵・鳥越神社・甚内橋跡の歴史散歩

台東区鳥越にあるおかず横丁の商店街

浅草橋から蔵前、鳥越、新御徒町へ歩き、江戸時代の鳥越川の流路と浅草御蔵、鳥越神社、甚内橋跡、浅草天文台跡などを古地図と現在の町並みでたどる歴史散歩です。現在は道路や市街地になった場所にも、川や米蔵、武家屋敷があった時代の痕跡が残っています。

主な見どころは、蔵前という地名の由来になった浅草御蔵、現在は暗渠となった鳥越川、川に架かっていた甚内橋の跡、鳥越の地名と関わる鳥越神社です。浅草天文台跡では、高橋至時や伊能忠敬につながる江戸時代の天文学・測量史にも触れられます。

今回のコース概要|浅草橋・蔵前・鳥越・新御徒町

  • 出発地:浅草橋公園
  • 到着地:佐竹商店街
  • 主なエリア:浅草橋、蔵前、鳥越、新御徒町
  • 主要スポット:第六天榊神社、浅草御蔵跡、揖取稲荷神社、浅草天文台跡、鳥越神社、甚内橋跡、甚内神社、佐竹商店街
  • テーマ:鳥越川の暗渠、浅草御蔵と蔵前の地名、江戸の天文学、鳥越の寺社と橋跡
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鳥越川とは|不忍池から隅田川へ流れた川の跡

鳥越川は、不忍池から忍川を経て三味線堀へ入り、隅田川へ注いでいた川です。台東区の公式観光情報では、現在の蔵前通りと並行して流れていたとされています。川そのものが見えなくなった現在は、橋跡の石碑や道路の位置を古地図と照らし合わせると旧流路を追いやすくなります。

このコースでは、鳥越川入口とされる地点から鳥越神社、甚内橋跡へ進みます。甚内橋跡は、かつて鳥越川に橋が架かっていたことを現地で確認できる重要な手がかりです。

【紫色:主な見附 白色:主なスポット 青色:現在の主要線路】見附とは見張り番所がある城門のことで、江戸城の見附は主に枡形門と堀に架けられた橋が一体となったものが多かった。実際は36以上あったが俗に江戸城三十六見附と呼ばれている。現在でも一部残っている。

今回いくところ

江戸今昔巡りで古地図を見ながら歩きます。

  1. 浅草橋公園
  2. 蔵前警察署 須賀橋交番
  3. 第六天榊神社
台東区蔵前にある第六天榊神社の西側鳥居
第六天榊神社の西側鳥居、2014年。撮影:Thirteen-fri/Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0。
  1. 蔵前御蔵跡
  2. 揖取稲荷神社
  3. 天文台跡
  4. 鳥越川入口(須賀橋交番前交差点)
  5. 鳥越神社
台東区鳥越にあるおかず横丁の商店街
鳥越おかず横丁、2005年。撮影:Kentin/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.1 Japan。
  1. 甚内橋跡
  2. 甚内神社
  3. カトリック浅草教会
  4. 佐竹商店街

蔵前の歴史|浅草御蔵が町名の由来

浅草御蔵は、江戸幕府が天領から運ばれた年貢米や買い上げ米を収納・保管した倉庫です。大坂、京都二条の御蔵とともに三御蔵と呼ばれました。現在の「蔵前」という町名は、この御蔵の前にあたる地域であることに由来します。

現地では浅草御蔵跡碑を確認できます。周辺の揖取稲荷神社も御蔵と関係が深く、慶長年間に米倉造営用の石材を運ぶ船の航海安全に関わる由緒が伝わります。御蔵跡と稲荷社を続けて見ると、隅田川の水運と幕府の米蔵が結びついていた蔵前の性格をつかみやすくなります。

第六天榊神社と浅草文庫跡

第六天榊神社の境内には、明治7年(1874)に創設された官立図書館「浅草文庫」の跡碑があります。浅草文庫は和・漢・洋の書籍を収蔵し、明治14年に閉鎖されました。江戸の御蔵だけでなく、明治初期の文化施設の記憶も蔵前周辺に残っています。

浅草天文台跡|高橋至時と伊能忠敬につながる場所

浅草橋3丁目付近には、江戸幕府の天文方が観測を行った浅草天文台の跡があります。天文方の高橋至時らが寛政の改暦に際して観測した場所で、至時の弟子には全国測量で知られる伊能忠敬がいました。

葛飾北斎の『富嶽百景』「鳥越の不二」には、富士山とともに天体観測器具の渾天儀を備えた浅草天文台が描かれています。現地の案内板と古地図を確認すると、現在の市街地に江戸の観測施設が置かれていたことを具体的に想像できます。

鳥越神社|鳥越の地名と浅草御蔵の歴史をつなぐ

鳥越神社は、651年に日本武尊を祀って白鳥神社と称したことに始まると伝わります。前九年の役に向かう源義家がこの地で白い鳥を見て浅瀬を知り、隅田川を渡ることができたため、鳥越大明神と改めたという伝承があります。

江戸時代までの社地は約2万坪とされましたが、幕府の米を収める蔵や大名屋敷の建設に伴って土地が縮小しました。鳥越神社を見るときは、社殿だけでなく、浅草御蔵の整備によって周辺の土地利用が変わった歴史にも注目すると、鳥越と蔵前のつながりが分かります。

甚内橋跡|暗渠になった鳥越川を現地で確認する

甚内橋は鳥越川に架かっていた橋です。現在は川も橋もありませんが、浅草橋3丁目の十字路に甚内橋跡の石碑が残っています。鳥越川が現在の蔵前通りと並行して流れていたことを踏まえて周辺の道路を見ると、古地図上の水路と現在の街路を対応させやすくなります。

暗渠散歩では、水面が残っていないため、橋跡や地名、道路の方向が重要な手がかりになります。鳥越川入口から鳥越神社、甚内橋跡へ歩く区間は、このコースの中心です。

佐竹商店街|佐竹家上屋敷から続く土地の記憶

コースの終盤で訪れる佐竹商店街は、春日通りから清洲橋通りへ続く全長約330mの全蓋式アーケードです。江戸時代、この一帯には出羽国久保田藩の佐竹家上屋敷がありました。明治になると屋敷跡は「佐竹っ原」と呼ばれ、見世物小屋などが集まる場所を経て商店街へ発展しました。

鳥越川と御蔵をたどった後に佐竹商店街まで歩くと、江戸の河川・幕府施設・大名屋敷が、現在の道路、町名、商店街へどう引き継がれたかを一つの散歩で見比べられます。

浅草橋・蔵前周辺を別ルートでも歩く

水辺と江戸の町を別の方向から歩きたい場合は、清澄から人形町の夜景と史跡を楽しむナイトウォークもあわせてご覧ください。隅田川周辺の歴史散歩を広げたい場合は、両国歴史散歩も参考になります。

解説付きの歴史散歩に参加する

ゆる歴史散歩会では、東京の史跡、神社仏閣、建築、地形、暗渠などを現地で見ながら歩くイベントを開催しています。募集中の企画はイベント一覧から確認できます。歴史初心者や一人参加でも参加できる街歩きです。

TimeWalkで近くの歴史スポットを探す

TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある歴史スポットを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。浅草橋・蔵前・鳥越を自分のペースで歩くときや、コース周辺の史跡へ寄り道したいときに利用できます。

参考資料

関連する現地散歩として、下東上野、佐竹っ原、鳥越きりしたんなど新御徒町エリアの史跡をめぐるお散歩書きもあわせて参照できます。

この記事を書いた人
ゆる歴史散歩会 運営者
なかまつ

北海道大学工学部卒。現在はIT系会社員の傍ら、年間400回以上の街歩きイベントを企画し、これまで延べ25,000名以上の方にご参加いただいている、ゆる歴史散歩サークルを運営しています。東京の歴史・文化・建築・地形などを、初心者でも気軽に楽しめるイベントとして企画しています。

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