護国寺から池袋へ向かい、地上から姿を消した水窪川の流れを逆向きにたどります。川そのものは見えなくても、細く曲がる道、台地との高低差、谷底に沿う街路、東池袋の小さな広場や路地に、かつて水が流れていた地形が残っています。
終点は池袋駅東口の美久仁小路・栄町通り周辺。水窪川の源流部とされる低地と、戦後の池袋の横丁文化が重なる場所です。護国寺の江戸史、大塚・東池袋の谷地形、池袋の戦後史を一本のルートでつなげて歩きます。
2025年11月17日開催レポート|8人で夜の水窪川を遡る
2025年11月17日(月)19時から、「《護国寺〜池袋》池袋の消えた川・水窪川(暗渠)をブラタモリ風にゆる散歩します」を開催しました。参加者は8人。今回は護国寺側から池袋へ向かい、現在は暗渠となった水窪川を、流れとは逆向きに水源部へさかのぼる夜の歴史散歩です。
イベント前には、みんなで食事会。ナンとカレーを囲んでから街へ出ました。夜の暗渠散歩は水面を見る散歩ではありません。道幅、曲がり方、周囲との高低差、古い街路と現在の防災空間など、地上に残された痕跡を一つずつ拾っていきます。

今回のコース概要
護国寺駅周辺を出発し、護国寺東側の低地から大塚・東池袋を抜け、池袋駅東口の美久仁小路・栄町通り方面へ向かいました。水窪川は本来、池袋側から護国寺・音羽方面へ流れていたため、今回は源流へさかのぼる向きです。
- 護国寺駅周辺・護国寺
- 富士見坂周辺と谷地形
- 大塚から東池袋へ続く水窪川の暗渠
- ポポー広場周辺
- 日光広場(第4辻広場)
- 池袋駅東口・栄町通り、美久仁小路周辺
水窪川とは|池袋東口から神田川へ流れていた川
水窪川は、池袋駅東口側の低地を源流部として、東池袋・大塚・護国寺・音羽を経て神田川方面へ流れていた小河川です。現在は大部分が暗渠となり、水面の代わりに道路や路地として流路の輪郭が残っています。
暗渠歩きで手がかりになるのは、川名の標識よりも街の形です。周囲より一段低い道、谷底へ下りる坂、整然とした街区の中に残る細い曲線、崖下に沿う道などを連続して見ることで、旧河道を立体的に想像できます。この夜も住宅地の細い道を進み、目の前の道と周囲の高さを見比べながら池袋方向へ歩きました。


水窪川を池袋東口から神田川まで通して追いたい方は、水窪川跡を歩く|池袋東口から護国寺・音羽・神田川へ続く暗渠と歴史散歩で全体像を詳しく紹介しています。
護国寺|江戸の大寺院と水窪川の谷が接する場所
護国寺は1681年、五代将軍徳川綱吉が生母・桂昌院の願いにより創建した真言宗豊山派の大本山です。現在の本堂は元禄10年(1697)の建築で、月光殿とともに国の重要文化財です。
護国寺周辺では、寺院の歴史と地形を一緒に見るのがポイントです。高まりにある境内の周辺には谷筋が入り、池袋方面から流れてきた水窪川の低地へつながります。大きな寺院や幹線道路だけに目を向けず、その脇へ延びる低い道を見ると、現在の都市景観の下にある地形が見えやすくなります。

東池袋の小広場|ポポー広場で街路の変化を見る
大塚から東池袋へ入ると、暗渠沿いの細い道と住宅地の中に小さな広場が現れます。今回立ち寄った一つがポポー広場です。写真では、広場に植えられたポポーの木と樹名板を確認できます。樹名板には北米原産の果樹であることが記されており、夜の街歩きではこうした小さな目印も現在地を読み解く手がかりになりました。


東池袋四・五丁目では、道路や公園とあわせて小規模な「辻広場」が整備されてきました。豊島区によると、辻広場は昭和61年(1986)から平成10年(1998)にかけて11か所が整備され、それぞれテーマを持つ地域の憩いの空間となっています。暗渠散歩では旧河道だけでなく、川が見えなくなった後の街がどのように防災・生活空間をつくってきたかを見ることもできます。
日光広場(第4辻広場)|暗渠沿いに残る防災の小空間
続いて立ち寄ったのが、東池袋4丁目15番5号の日光広場です。豊島区の施設資料では「第4辻広場(日光広場)」として掲載され、平成2年度(1990年度)に設置された26.89平方メートルの小広場です。区の防災資料では街かど消火栓の設置場所にも挙げられています。


写真を見ると「防火水槽 5t」の表示や消火器具収納箱があり、広場の小ささに対して防災設備が目立ちます。東池袋四・五丁目は現在も地域まちづくりの中で防災生活道路や辻広場、公園の整備が進められている地区です。川跡をたどっていると、地形の記憶と現在の防災まちづくりが同じ細街路の中に重なっていることが分かります。
池袋東口へ到着|栄町通り・美久仁小路と水窪川の水源部
暗渠をさかのぼり、最後は池袋駅東口側へ到着しました。写真は栄町通りの入口です。この周辺は水窪川の水源部を考えるうえで重要なエリアで、現在の繁華街の姿と、かつて水が集まった低地という土地の履歴を重ねて見る場所です。

池袋東口では、川の痕跡だけでなく横丁の歴史にも注目しました。美久仁小路と栄町通りは現在の豊島区景観計画でも池袋駅東口周辺の景観形成を考える対象に含まれています。区の景観審議会でも、美久仁小路・栄町通りについて昭和の風情を残す小路界隈として議論されてきました。豊島区の商店会一覧には現在も「東池袋栄町通り商店会」「美久仁小路料飲商店会」が掲載されています。

池袋の別の「消えた川」も比べると地形がさらに分かりやすくなります。池袋西口側から雑司が谷・護国寺へ向かった流路は、弦巻川跡を歩く|池袋・雑司が谷の暗渠と川跡をたどる歴史散歩レポートで紹介しています。駅周辺の歴史スポットを広く巡るなら、池袋の歴史散歩|駅周辺8スポットを巡るモデルコースも参考になります。
暗渠散歩で見るポイント
- 高低差:坂の下や崖線に沿って低地が連続しているか。
- 道の曲線:周囲の区画と合わない細い曲がり道が続いているか。
- 街路の幅:広い道路の間に、旧河道を思わせる細い道が入り込んでいないか。
- 広場と防災設備:東池袋の辻広場のように、細街路の中で現在の防災機能を担う空間がないか。
今回の散歩では、食事会から始まり、夜の細い暗渠、ポポー広場、日光広場を経て、明るい池袋の繁華街まで8人で歩きました。水窪川という一本の消えた川を追うことで、江戸の寺院、谷地形、住宅地の防災空間、池袋の横丁が一本の線につながります。水面がなくても、街そのものを資料として読むのが暗渠散歩の面白さです。
散歩の続きはTimeWalkで
TimeWalkは、現在地や指定地点の近くにある史跡・寺社・記念碑などを地図で探し、自分で歴史散歩を楽しめるWebアプリです。護国寺や池袋周辺を歩くときも、近くの歴史スポットを確認できます。
参考資料
- 文京区「護国寺(ごこくじ)」― 創建、本堂・月光殿など護国寺の基本情報。
- 文京区「国指定文化財」― 護国寺本堂(元禄10年建)・月光殿の文化財情報。
- 豊島区「公共施設の概要」― 第4辻広場(日光広場)の所在地、設置年度、面積。
- 豊島区「街かど消火栓」― 第4辻広場(日光広場)の防災設備。
- 豊島区「東池袋四・五丁目地区のまちづくり」および地区ニュース― 防災生活道路・辻広場の整備、11か所の辻広場の位置づけ。
- 豊島区「景観計画」・景観審議会会議録― 美久仁小路・栄町通りを含む池袋駅東口周辺の景観形成。
- 豊島区「豊島区の商店会」― 東池袋栄町通り商店会、美久仁小路料飲商店会。

