板橋区大門の大門遺跡では、新大宮バイパスの建設に伴って昭和63年(1988)から平成元年(1989)に発掘調査が行われました。旧石器時代の石器とともに、古墳時代中期の方形周溝墓が見つかり、その溝から赤い顔料が入った壺形土器が出土しています。
道路建設で発見された古い土地の記録
大門の台地は、現在は道路や住宅地として利用されています。昭和63年から翌年の調査では道路の建設予定地を調べ、地下に残されていた石器や墓の跡を記録しました。古い時代の遺構は地表からは見えなくても、土の層や溝の形が残っていることがあります。
旧石器時代の石器
発掘では旧石器時代の石器類が良好な状態で見つかりました。石を割って鋭い縁を作る技法や、出土した地層の位置を調べることで、縄文時代より前の人々がこの地域で活動した様子を検討できます。
大門遺跡だけでなく、成増や西台でも旧石器時代の資料が確認されています。武蔵野台地の北側が長い時間にわたって人々の生活の場となっていたことを伝える遺跡の一つです。
方形周溝墓と赤色顔料入りの壺
古墳時代中期の方形周溝墓は、墓の周囲に四角い溝を巡らせた埋葬施設です。大門遺跡ではその周溝から壺形土器が見つかり、器の中に赤色顔料が入っていました。
赤色顔料は古代の葬送や儀礼に関わる資料として各地の遺跡で研究されています。大門遺跡の壺についても、墓の周囲でどのような行為が行われたのかを調べる重要な手がかりです。墓の形と出土品の組み合わせが記録されているため、当時の埋葬を具体的に検討できます。
徳丸東遺跡との比較
徳丸東遺跡でも方形周溝墓が確認されています。徳丸東遺跡では弥生時代後期から古墳時代前期、大門遺跡では古墳時代中期の墓が紹介されており、同じ種類の墓を時代を分けて比較できます。
現地の発掘地点は道路沿いの土地に含まれ、出土した遺構全体を見学できる場所ではありません。赤塚・成増周辺の歴史と文化財から周辺の遺跡や寺社との関係をたどれます。
参考資料
- 板橋区『令和7年度版 板橋区文化財マップ』「大門遺跡」
